「めっけ」
鄙びた山奥の村での、なんてことのない呪霊の退治のはずの案件。
しかし、呪霊を適当に祓った後で案内された村のはずれの屋敷のなかにしつらえられていたソレは、探していたものに間違いなかった。
座敷牢。家の中で人間を飼い殺すための檻。
その中にはケガだらけでボロボロ、垢だらけ、怪我と痣だらけの子供が二人。
抱き合うように身を寄せ合っていた。
普通の感性の人間が見たらこの集落の人間の正気を疑う光景だし、まあ間違いなく公的機関の介入が必要なレベルだろう。
案内した村人が向ける視線は悪意を隠そうともせず、刺々しいという次元を通り越している。
「やはり、この二人が一連の事件の原因でしょう?」
なにしろ、この人口百人程度の村の中で、何人もの死者が出た事件の犯人だと思い込んでいるのだから。
「あー、それはちゃうと思うでぇ」
的外れな妄想だったとしても、結論ありきになってしまった状態ではできる事は限られている。
「この二人は頭がおかしい不思議な力で村人をたびたび襲うのです」
「あーまあ頭のおかしい力ってのそうやなぁ」
いや、呪力はホンマ頭おかしいんはその通りやで。
なんでたかが炭水化物の人間が、空間歪めたり、ブラックホール作れるねん。
「私の孫もこの二人に殺されかけたことがあります」
「あれはあっちがっ」
少女たちには違う言い分があるようで、気の強そうな子は口に出して反論の声をあげていた
「黙りなさい化け物っ」
「あなた達の親もそうだった。やはり赤子のうちに殺しておくべきだった」
本人たちを前にして酷い言い分だが、しかし、今ではもう殺せない。殺したら、より事態が悪化する。
それを理解しているあたり、古い村もバカにしたものではないのかもしれない。
あるいは、ひょっとすると。
彼女らの歳を考えると、彼女らの親が死んだのは、そう昔の事ではないはずだ。
「あーなかなか過激な意見やね。まあでも、こちらに任してくださったらええですよ」
そういって金髪の青年は、座敷牢に閉じ込められ身を寄せ合う二人の少女の方へと檻越しに手を伸ばした。
着物の袖で二人が隠れたかどうか、薄暗い影の中では分からなかった。
しかし、青年が手を引いたときには、少女二人の姿は忽然と消え去り、座敷牢はもぬけの空になっていた。
「これは…」
「もう処分は仕舞いですわ、ほな」
関西弁の青年は、来た時と同じ黒塗りの車に乗りこんで村を後にした。
運転手は疲れた目をしたスーツの女性だ。
後には、昔ながらのどこにでもある鄙びた衰退途上の村だけが残った。
100人ほどしかいない人口が流出を重ねて減っていくのも時間の問題だろう。
山に閉ざされたこの村もまた一つの座敷牢なのかもしれない。
「お疲れさまでした。最後呼ばれたのはなんだったんですか?」
運転する補助監督が助手席に座る青年に声をかけると、青年はおもむろに振り返って後部座席に向かって袖をバサリと振った。
転がり出て来たのは、先ほどの二人の女の子だった。
「うぇ!?」
事情を知らない補助監督は思わず驚きの声をあげてしまう。
運転中にも関わらず、後ろの後部座席を振り返って確認せずにはいられない驚きの展開であった。
「前みとき」とそこへ同乗者の常識人ぶった突っ込みが入る。
「っど、その子たちどうしたんですか!? 誘拐!?」
慌てて説明を求める田中の耳元に青年が顔を寄せてかすかに、こう呟いた。
「隠し子♡」
「ハぁ?」
その説明に納得ではなく、氷点下のにらみつけが返って来て。
「ウソやて。そんな怖い目で見んとってや」
青年は着物の袖を持ち上げて降参のポーズをとる。
「処分せえって言われたから拾うてきた。術師の子やね。えらい虐待されてたみたいやから治療はしといたで」
言葉の通り、虐待を示す暴力の痕は、身体の随所に刻まれていたのだが、それはすっかり無くなっていた。
傷の跡も痛みも消え去り、村の景色も消え去り、彼女たちを虐げていた人々も居なくなった。まるで何もなかったかのように。
「どや、もう痛くないやろ?」と青年は優しく問いかけた。
「…はい。痛く…ないです」と答えたその声には、安堵の響きが含まれていた。
「ありがと…う」と震える声で感謝の言葉を絞り出す。
青年は狐目を細めたまま、にっこりと微笑みながら、こんこんと指で自身の派手な金髪の頭を軽く叩いた。
「見てのとおり、頭のおかしい不思議な仲間や。よろしう」
と彼は冗談めかして言ったが、その目には鋭さが宿っていた。
「あの、私たち、これからどうなるんでしょうか…」と少女が不安そうに尋ねる。
青年は一瞬考え込んだ後、静かに答えた。
「大雑把に言うとルートは二つ。このお姉さんとこ行って、属してる割と大き目な組織の世話になるか、もしくは僕とこ来て個人的に世話するかや」
ふたりは顔を見合わせて頷きあうと、同時に青年の方に顔を向け、声を揃えて言った。
「「お兄さんの所がいいです」」
卵から孵ったヒヨコが目の前の人間を親だと思い込むように。
あるいは自分たちに優しくしてくれる可能性のある人間を逃してはならないという、強迫観念に突き動かされるように。
「さっきの手、暖かくて」
「ほわほわって」
治療の際に触れた手の温かさの感動を伝える二人の声は、真に迫っている。
反転術式は呪力と違い正の力。
負の悪意に晒される事に慣れ切っていた子供にとってはそれは心地よかった。
「おお、人気者やな。負けてもうたな?田中チャン」
「まあ、それは構いませんが、我々側のお話を聞いてから判断しても遅くないのでは。というか正直、子供があなたの毒牙にかかるのを見逃すのは心が痛むというか…」
「毒牙ぁ?心外やなぁ田中ちゃん。子供相手に妬いてんの?」
青年は肘を運転中の田中にぐりぐりと押し付ける。
「…っそういう所、本当にどうかと思います。」
じとりと恨みがましい目で彼女は助手席に座る相手を睨みつけた。
その晩、4人は古びた車庫付きの一軒家に一泊する事になった。
青年が普段住んでる関西へは車をここに置いて明日新幹線に乗った方が楽だからと。
少女たちの暮らしていた村と比べれば随分と拓けた所にあるように思えたが、
青年に言わせるとあちこちにいくつも持ってる拠点の一つでしかないらしい。
「ちょっと曰くつきの物件やから、えらい安かってん」
そう青年が言った通り、その家には、薄れてはいるものの、酷い臭いのする残穢が染みついていた。
恐らくこの家には二人が見た事のないレベルの呪霊が巣食っていたのだろう。
こんなに残穢が染み込むほどの長い時間にわたって。
確かにここに住みたいかと聞かれたら住みたくはないし、一晩泊まる事すら抵抗はあるから、安かったと言われればそうなのかもしれない。
「普段は民泊会社に管理してもろて怪談系民泊にしてんねん。ホンマの寒気が体験できる言うてな」
「マニアック過ぎて儲かってないですけどね。海外受けが良くてもファミリー需要投げ捨ててますから…」
手配を任されたという田中さんは、溜息をつきながら嘆いていた。
田舎に来て一番お金を使ってくれるのは家族旅行をする層らしい。しかし日本好き怪談好きはいるとしても流石に子連れで怪談系民泊には来ないだろう。
単身バックパッカーなら今度はこんな田舎の広い部屋はいらない。
「地方の一軒家なんて維持費が出てたら上々やん」
一方で持ち主だという青年はあっけらかんとしている。
ミミとナナからすると、道路も広いし、線路も見える所にあって、村よりもよっぽど田舎ではない気がするのだが、大人二人に言わせると立派な田舎らしい。
ミミとナナにもちゃんと部屋が一つあてがわれた。
多少古びてはいるがちゃんとした布団で寝られるなんて、座敷牢での生活からすれば夢みたいだ。
しかし、どうしても残穢は気になる。
二人は平気そうにしているが、肉食獣の臭いがたっぷり刷り込まれた洞窟に入る草食動物の気分だ。普通に怖い。
だから、普段よりずっといい環境だとは言え、二人がすぐ寝れなかったことに不思議はないし、二人が、気配に敏感になっていたのも当然の事かもしれない。
「――」
「―――――」
始めは気のせいかもしれない程度の、押し殺したような物音から始まったソレは、時とともにはっきりと、激しさを増していった。
ナニカが蠢く気配。
ギシッギシッと古い床が軋む音。
かすかでありながら荒々しい息音。
二人は顔を付き合わせて、身を寄せ合って、耳をそばだてていた。
ゾクゾクと肌が粟立っていることが、お互いに伝わってしまっている。
この家の呪霊はもう祓われたはず。
「―――隣に――――」
なら、いったい、なにが
「そりゃ―――期待は―――」
襖は閉じられているが、隙間から隣を伺う事はできるかもしれない。
しかし、覗いたら後戻りできない。
そういう不吉な予感があった。