照り付ける日差しとは対照的に、電話を叩き切ったボクに対する五条の蒼い視線が凍るように冷たい。
「好き勝手言ってたけどさあ、今のやりとり聞いて、俺が黙ってんな事やらせると思う訳ー?」
いきなりの展開にハシゴを外された五条がむくれている。
その手の構えが、その眼の視線がこちらに向けられている。
だが、それは怖くない。
「それを判断するのはキミとちゃうやろ?」
能力ガチャ当たりなだけの高校生の判断と実力を信じて、外交、安全保障上、100年単位で取り返しようのないダメージを負うリスクを犯すかどうかの判断は。
当たり前だが未成年の戦闘員が現場でやっていい話ではない。
ボクの電話の呼び出し音が空に鳴った。
「なんや?」
『…っ、いや。お前の要求はわかった。だが、時間が足りない。もう少し猶予が欲しい』
声には抑えているが、動揺の色が見て取れる。
五条悟への折り返しの電話がこちらにかかってしまったのだから。
「アカンに決まってるやろ。制限時間含めて縛りや。早よせんと交渉時間なくなるで?」
そう言ってぶちりと通話を切った。
そう。先ほどの犯行予告を発信したのは、五条悟の携帯の番号である。
発信電話番号の偽装はメアドの発信先偽装と同じで、逆よりも比較的簡単に出来る。
もちろん、それだけだと折り返し電話をかけたらすぐバレる。
だからかけ直すのは、正解だ。
それでも、かけ直しても繋がったのはこっち。
向こうの状況認識は一段と悪化したのは間違いない。
本人の携帯を持って今ここにいる五条悟は気づいていない。
彼の携帯の送受信する電波は、一番近い基地局へと繋がっている。
んで、それは文字通り
古典的かつ実績のある通信への攻撃手法。
五条悟が術師として才能てんこ盛りで持ってても、
そもそもの話、空母沈められる戦闘能力の奴の戦闘中の連絡手段が一般回線携帯な時点で
携帯をしまって五条悟に目を向ける。
あまり暇を持て余させるのは得策ではない。
「納得してへん顔やね。どうせ向こうで暫くゴタゴタしてるやろし、ちょっと状況の解説でもしたろか?」
「上から目線キッツ―。つか、俺のせいにしようとしてたけど、やったのお前なのバレバレじゃん?」
顔をしかめて不機嫌を露わにしているが、その態度はどこか気安い。
「まず、感覚が麻痺し切っとるから言うたるけど。空母沈めうるレベルの戦力が、何の連絡も無しに、射程圏内で自分から交戦、この時点で、アウト。アウト。アウト。スリーアウト、
防衛大臣や総理大臣のクビで済めばまだいいほう。
内閣不信任決議からの政権交代もあり得るレベルの話。
「実際に被害が出たら、そらもう当然話の次元がもっと上がるわな。アメリカが血眼で調べたら、何が出て来る? ボクのさっきの電話と、これから政府関係の人間に飛ぶもろもろの確認。情報だだ漏れや」
奇跡的に向こうの政権が日本の説明を聞いてくれたとして、アメリカ政府がそれを自国民に隠しておくのは無理だ。
リメンバーパールハーバーアゲイン。軍部も真に一枚岩ではない。情報を無理に隠せばリークされてしまう。
「米軍に巨大な被害が出てもうたら、五条悟どころか呪術協会丸ごと詰め腹切らしても米国の世論が収まらんわ」
笑える事に、日本政府は呪術協会全部どころか五条悟を捕まえて罰する力すらないのにな?
「お前をここでぶっ殺して、
「こっちが交渉に応じたる言うてんのに、君が勝手にテーブル蹴飛ばしてリスク犯す権限が君にあると思てるん?君自身が政府の下部組織の自覚ゼロやん」
呪術協会は、実質的に日本の法律に従ってもなければ指揮下にもない。
実態はただの
それを歴史的経緯で誤魔化してるにすぎない。
せやのに、所属してる奴らは、政府どころか国家そのものと対立、決裂する可能性なんぞ全然考えとらん。
高専関係者や補助監督なんぞ、自分をほぼ公務員かなんかやと思うとるからな。
一方で圧倒的に戦力が高い奴はただの高校生。
「それに、キミ、僕の能力把握しとるんやろ?」
何かを示唆するように、手に持ったカードをピラピラと振って見せる。
アメリカ軍はロジスティクスが非常にしっかりした組織で、空母は3000人もの人間が勤務する移動する一つの町だ。
彼らにも当然生活があるし家族がいる。
「空母にはな
口にしたのは五条悟の
米軍の原子力空母は他にもあるから帳尻を後で合わせるのは簡単だ。
「君が余計な事言わんかったら保険は伏せ札で良かってんで?確かにセンス抜群の君やったら7割くらいで止められたかもな。でもそれを持ち出したせいで、リスクが30%から130%にアップや」
五条が苦虫を噛み潰したような顔をしているが、別にこれは明確で単純な話だ。
そもそも呪詛師のテロリスト適性は基本的に高い。高すぎると言ってもいい。
逆に五条がテロリスト役をやるから、警官役をやれと言われたら一発でお手上げである。
夏油に関しては... 人類抹殺を目標にしてすらおらず複雑な実験を優先していた羂索がどれほど被害を出せたか考えると、術師だけでなくテロリストにも向いていなかったという事だろう。
本人にとっては気の毒だが、人類にとっては幸運な話だ。
やるべき事は大体やった。
「この王手飛車、かけられてんのも、待ったにいくら積むか決めるんも、キミやなくて日本の政府や。君はどんだけ強うても王将ちゃうねん。分際、弁えろや」
まあ、暇つぶしにせいぜい最強をレスバで煽るとしよう。
その後、実際に総理からの折り返しがあってからは交渉の進展は早かった。
そもそも、こちらの最低限の要求である身柄の安全や免責、呪詛師認定の解除なんかは、あまり交渉の余地がないのは分かりきっている。
その上、この交渉は設定した交渉時間のデッドライン以外にも爆弾を抱えていた。
五条が、あろうことか領域展開!と叫んで印を結んだ挙句「やっぱ無理だったわ。たはー」などと言い出した時には、本当に起爆するかどうか
あの時だけは本当にちょっと冷や汗をかいた。
この
こちらがこれ以上のエスカレーションを望んでいないのを示してしまったからだ。
煽り過ぎは良くない、という事だろう。
だが、それが
政府側としては交渉時間が減る事はギリギリでリスクの許容範囲だったのだろうが、偶発的な交渉決裂のリスクには流石に耐えきれなかったようだ。
五条の行動を聞いた時の全関係者の胃に盛大な穴が開きかけたのは間違いない。
胃痛はしばらく続く事になるだろう。
だが、交渉は纏まった。
「お疲れさん。晴れて自由の身や」
「結局さー、何がしたかった訳?こんなアクロバティックな交渉しなくても良かったでしょ、さすがに」
宙にあぐらをかきながら、五条悟が尋ねた。
支払った労力にたいして得た結果が割に合っていないのが、違和感なのだろう。
それこそ家庭裁判所で済むような話を最高裁判所まで持っていったかのような。
「いうてキミも楽しんどったやろ。ま、
交渉で引き渡しを求められたが結局政府側が折れる事になった
赤くなった夕日がゆっくりと闇に変わりつつある黄昏時の空の只中で、指を2本立ててピースをしてニッコリ笑った。
「人を呪わば穴2つ、や」
そういって、立てた2つの指の一本を折った。
残った指で五条を指す。
「あ?」
意味を測りかねている五条をよそに、青年は手を振った。
「ほな僕は退散するわ。これがホントの雲隠れってな」
そう言うと彼は空に身を投げ出して落下していった。落下エネルギーを速度に変えながら、ジェットコースターのように機動を曲げて、翔ぶ。
昼と夜、空と海との狭間の雲の中へと
対象の呪詛師認定の取り消し。
対象の呪詛師認定されていた期間の行為の免責。
対象の特別特級術師の認定。
呪術協会は今後政府の許可無しに特級及びそれに準ずる者の処分を行わない事。
五条悟が親友、夏油傑の死を知ったのは、全てが取り決められた後の事だった。
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