特別特級ドブカス転生無双   作:ToZooNo

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盆栽は嗜みやで?

まだ陽の光が障子を淡く染める早朝、禪院家の広い屋敷の隅にある小さな一室で、二つの小さな影がもぞもぞと動いていた。

一人は少しばかり気が強く、いつも眉間に皺を寄せているような表情の真希。

もう一人は、どこか寂しげで、姉の背に隠れるように佇む真依。

二人は双子の姉妹だった。

 

真希は、朝の冷たい空気の中で、隣でまだ眠たそうに目を擦る真依を少しだけ見下ろした。真依の長い睫毛が、寝起きでほんのり赤くなった瞼に影を落としている。

真希は、そんな妹の頼りない姿を見ると、いつも胸の奥がチクリと痛んだ。

 

「真依、起きろ」

 

小さな声で真希が促すと、真依はゆっくりと瞼を開けた。ぼんやりとした瞳が、姉の顔を捉える。

 

「ん……まきねえ…」

 

まだ掠れた声で妹が呼ぶのを聞くと、真希の表情は少しだけ和らいだ。普段は憎まれ口ばかり叩く相手だけれど、こうして眠そうな顔をしている妹は、年相応の子供らしさを覗かせる。

二人が暮らす禪院家は、呪術師の名門として知られていた。しかし、双子の姉妹には、他の子供たちのような期待はかけられていなかった。真希は生まれつき呪力が弱く、禪院家にとってはその存在意義すら疑問視されていた。真依は真希とは対照的に呪力を持っていたが、その才能は姉を守るためだけに使うことを強いられているようだった。

幼い頃から、二人は常に一緒だった。庭の隅で虫を追いかけたり、古くなった絵本を二人で覗き込んだり。真希は木登りが得意で、よく真依を誘ったが、怖がりの真依はいつも木の下で見上げているだけだった。それでも、真希が少しでも高い枝に登ると、真依は心配そうに「ねえね、危ないよ」と声をかけた。

夕焼けが空を茜色に染める頃、二人は縁側に並んで座り、ぼんやりと庭を眺めていた。真希は拾ってきた小石を弄び、真依は姉の横顔をじっと見つめている。

「真依」

ふと、真希が声をかけた。

「ん?」

「いつか、この家を出よう」

真希の言葉に、真依は目を丸くした。

「どこへ?」

「どこでもいい。誰も私たちを邪魔しない、私たちの居場所へ」

幼いながらも、真希は禪院家での自分たちの立場を理解していた。呪力を持たない自分と、そのせいで常に辛い思いをしている妹。この場所にいても、未来はない。そう感じていた。

真依は、少し不安そうな顔で姉を見つめた。

「私……ねえねがいなきゃ、何もできないよ」

その言葉に、真希は少しだけ微笑んだ。

「大丈夫。私がずっと、真依を守るから」

幼い姉妹の間に交わされた、小さな約束。それは、過酷な運命に翻弄されながらも、二人が互いを支え合い生きていくための、最初の誓いだった。

この二人が、この静かな朝のように穏やかではいられない事を、まだ誰も知る由もなかった。

 

 

嵐の予兆は、幼い二人にとって嵐そのもののような貌でやって来た。

禪院家の広大な屋敷の一室は、低い唸りのような怒気に満ちていた。

中心に座る禪院扇は、拳を固く握りしめ、顔を歪めている。

彼の目は血走り、時折、何かを叩きつけるような音が部屋に響いた。

 

「あの小僧が、禪院の頭だと…!」

 

扇の声は怒りで震え、壁に飾られた由緒ある掛け軸がかすかに揺れた。彼の周りには、粉々に砕け散った花瓶の破片や、投げ捨てられた書類が散乱している。

禪院家の党首の座を兄と争い、長らく一族の中心にいた自負を持つ扇にとって、禪院家を蔑ろにする若造が党首の座を奪った事実は、到底受け入れられるものではなかった。

部屋の隅には、扇の娘である、真希と真依とその母親が、肩を寄せ合うようにして立っていた。三人とも顔色は青ざめ、夫であり父である扇の激昂に、ただ震えていることしかできない。

 

「黙って見ていろというのか!長年、 家のために尽くしてきた私が、こんな屈辱を受けるなどと!」

 

扇は怒りの矛先を、向けようのない周囲の物にぶつけていた。彼の言葉は荒々しく、 漂う空気は重苦しい。

三人は互いに視線を交わすことさえ憚られた。彼女たちにとって、扇の怒りは絶対的なものであり、逆らうことなど考えられなかった。

真希と真依の母親は、扇の激しい言葉を聞きながら、胸の中でひそかに娘たちのことを案じていた。呪力を持たない真希は、これまでも禪院家の中で冷遇されてきた。

扇との関係が悪い彼が党首になったことで、その立場はさらに悪くなるだろう。

 

呪力を持つ真依も、むしろ強気な姉に守られながら常に気を張り詰めて生きてきた。

新しい党首の下で、彼女たちがどのような扱いを受けるのか、想像もできなかった。

娘たちが、これまで以上に厳しい状況に置かれるのではないかという不安が、彼女の心を締め付けていた。

彼女たちは、互いに言葉を交わすこともなく、ただ扇の怒りが鎮まるのを待つしかなかった。彼女たちは、状況を変える力など、 欠片も持っていなかった。

やがて、扇の荒々しい息遣いが、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。それでも、彼の顔には深い憎悪の色が残っている。

 

彼女たちにできるのは、嵐が過ぎ去るのを静かに祈ることだけだったが、それは本当の嵐の単なる先触れでしかなかった。

 

 

 

禪院家の奥深く、古びた畳の匂いと、濃密な呪力の残り香が澱む一室。

 

そこに、二人の幼い少女が立たされていた。

瓜二つの顔を持つ双子の姉妹、真希と真依。

 

彼女たちの前に胡坐をかいて座す和装に金髪の男は、若き禪院家当主。

その細められた目に浮かぶのは、品定めするような冷ややかな光だった。

「あの人、怖い……」

真依は怯えたように身を縮こませ、姉の着物の袖をぎゅっと掴んだ。

 

「大丈夫よ、真依」

「真依ちゃん、もうちょっとしっかりした方がええで。こないだの伏黒くん見習わせたいもんやわ」

真希の言葉など意にも介さず、つまらなそうに呟く。

 

「ジロジロ見んな! なんの用なんだよ!」

 

真希は妹を背中に庇うように一歩前に出ると、鋭い視線で真正面から新たな当主を睨みつけた。たとえ幼くとも、その瞳には既に反骨の光が宿っている。

 

「おー、気合い入ってるやん。その意気や」

老獪な狐のような男は目を細めて、真希の反抗的な態度を面白がるように口角を上げた。

 

「でもこっちは、呪力ないねんな。お話にならんわ」

その言葉は、真希の胸に深く突き刺さった。

禪院家において、呪力を持たないことは存在価値がないことと同義だ。

 

「……っさい!」

 

 

「まあええわ」

 

悔しさに唇を噛む真希に、男は追い打ちをかけるように、しかし声音はあくまで平坦なまま告げた。

 

 

「今から君の首飛ばすから、死ぬ気で避けや。できたら見込みあり、っちゅうことで」

「は?」

 

真希もまた、恐怖よりも怒りを燃え上がらせて言い返すが、相手の纏う空気は氷のように冷たく変化し、その言葉が冗談などではないことを示していた。

 

ぞくり、と肌を粟立たせるほどの静かな殺気。

青年の手が、ゆっくりと腰の刀にかかる。

放たれた、恐ろしく、静かで、それでいて眼にも留まらぬ速さの抜刀。

閃光が走った、と真希は思った。

陽光を反射して煌めく鋼の軌跡は、死の予感を孕みながらも、あまりに洗練されていて――綺麗だ、と場違いにも感じてしまうほどだった。

だからこそ、その死線を見極められたのかもしれない。

思考が加速し、世界がスローモーションになる。

最小限の動きで、首筋を撫でるように通り過ぎる刃を、紙一重でかわす。

走馬灯のようにゆっくりと感じられた時間の中で、確かに避けたはずだった。

ざくり、と軽い音がした。

――なぜ。

 

通り過ぎたはずの刀が、まるで吸い寄せられるように、背後にいた妹の小さな胸に深々と突き立っていた。

何が起きたのか理解できず、きょとんとした表情のまま、真依は自分の胸に刺さった凶刃を見下ろしている。

「ぁ……、ま……ちゃ……」

弱々しく、途切れ途切れに紡がれた声。それが真依の最期の言葉だった。

「真依っ!! いやあああああっ!!」

真希の声にならない絶叫が、部屋に木霊した。

 

「やっぱり君は合格や」

 

狐のような目をした青年は刀を引き抜きながら、冷然と言い放った。

 

「こっちは不合格」

 

ぱしゅん、と奇妙な音を立てて、血を流す代わりに、真依の体は一枚のカードへと圧縮された。

ひらり、と畳へ落ちかけたそのカードを器用に刀の腹に載せて受け止め、すい、と納刀すると同時にカードは彼の袖の影へと消えた。

滑らかに淀みなく行われたその業前は、僅かに古びた畳に残るぬくもり以外、そこに一人の子供がいた形跡をもう何も残していなかった。

 

「知っとる? 双子はな、古来より忌み子とされとる。呪術的には一つの存在を分かち合うてる半人前や。せやから、昔はこうやってどっちか間引いとってんで」

 

何の感情も込められていない、事実だけを告げる声。

 

「きっさまぁあぁあああ……!」

 

真希の中で何かが焼き切れた。

恐怖も、悔しさも、悲しみも、全てが灼熱の怒りへと変わる。目の前の男が、たった今、自分の半身を消し去った。

この手で。

 

「ぶっ殺してやる!」

 

掠れた声ではない。腹の底から絞り出した、憎悪そのものを剥き出しにした絶叫だった。真希は、信じられない力で震える脚を叱咤し、ふらつきながらも立ち上がった。

呪力を持たないこの身体、それでも今持てる全て、今までの限界を遥かに超えた力で床を踏みしめる。

 

子供とは思えない凄まじい気迫と速度。放たれた小さな拳が、凶行にも関わらず澄ましたままの顔面へと、一直線に迫る。

 

だが、拳が触れる、まさにその寸前。

ぴしり、と空気が凍てつくような奇妙な感覚が真希を襲った。次の瞬間、全身が強烈な抵抗感と共に押し潰される。

腕が、胴が、脚が――まるで紙のように、抵抗する間もなく急速に“平面”へと圧縮されていく!

 

「おっと」

 

飄々とした声。男は、目の前で薄っぺらいカードのようになった真希を、まるで虫でも払うかのように指先でぴん、と軽く弾いた。

圧縮が解けた反動と、弾かれた勢いが合わさり、真希の身体はぐるぐると回りながらかなりの速度で後方へと吹き飛ぶ。

 

バリバリッ!というけたたましい音と共に、障子と襖をまとめて突き破り、部屋の外、手入れのされていない殺風景な庭へと弾き飛ばされた。

受け身も取れず、無様に地面に叩きつけられ、砂利と硬い草の上に転がる。

 

「ぐっ……ぁ……!」

 

全身が打撲とすり傷の痛みで悲鳴を上げていた。

しかし、それ以上に、心の奥底で燃え盛る炎が、真希を突き動かしていた。

 

「まだだ……!」

 

歯を食いしばり、泥にまみれた顔を上げる。

涙と泥でぐしゃぐしゃになった視界でも、道場の縁側に立つ男の姿は焼き付いていた。憎悪にギラつく瞳で、その姿を射抜く。ふらつきながらも、間髪入れずに立ち上がった。

 

「うおおおおおっ!」

 

再び、咆哮。理屈も戦略もない。ただ、この燃え盛る怒りを叩きつけたい一心で、一直線に妹の仇へと突進する。もう一度、今度こそ、あいつの顔を殴りつける。

 

しかし、現実は非情だった。繰り出される渾身の拳は、相手の身体に触れた、と思った瞬間に、またしてもあの奇妙な感覚と共に、体ごと重みも厚みも失ってしまう。

分厚い壁に衝撃もなくぶつかって、そのまま自分自身を薄っぺらく変えてしまう。

 

「なんで……なんでっ……!」

 

それでも真希は止まらない。止まれなかった。

叫びながら、悔し涙を止めどなく流しながら、何度も、何度も拳を振るう。届かなくても、触れた瞬間に無力化されても、この腹の底から湧き上がる、焼き尽くすような怒りを、どうしようもなく叩きつけずにはいられなかった。

 

「ははっ、元気やなあ、真希ちゃん」

 

もはや動くことすらせず、その場に立ったまま、真希の無力な攻撃を嘲笑っていた。

触れた瞬間に合わせて術式を発動する「落下の情」その精密な呪力操作を、まるで呼吸をするかのように、いとも容易く扱っているのだ。

真希の必死の攻撃は、彼にとっては文字通りただの子供の癇癪だった。

 

息が切れ、足がもつれ、全身の痛みは限界に近い。それでも、瞳の奥の憎悪の光だけは、決して消えなかった。

だが、相手は逆に繰り返される無益な、あまりにも一方的な抵抗に、次第につまらなそうな、あからさまに退屈そうな表情を浮かべ始めた。

 

「……飽きたわ」

 

声と同時に、デコピンの要領で、()()強く弾かれたカードは()()()()の勢いで床へ飛ばされて、地面に当たる直前に実体の少女へと戻った。

 

 

「ぐ……っ、ぉえ……!」

 

激しい衝撃が、真希の未熟な身体を襲った。

受け身など取る間もなく叩きつけられた衝撃は、まず腹の底を揺さぶり、酸っぱい胃液が喉を焼いて逆流する。畳に染みを作るそれを見る間もなく、後頭部を襲った鈍い痛みで視界がぐにゃりと歪み、白く明滅した。脳が頭蓋の内側でぐらぐらと揺さぶられる感覚。耳の奥でキーンという金属音が鳴り響き、平衡感覚が完全に失われていた。

 

夕暮れの薄明かりが障子越しに差し込み、道場の長く使い込まれた畳の目を鈍く照らしていた。

その畳の上に、まだ幼さの残る身体が、まるで海岸に打ち捨てられた魚のように転がっていた。

呼吸すらままならず、浅く、苦しい息が漏れるだけだ。

 

それでも、涙で滲み、畳の汚れと混じり合った視界の先に、憎むべき男の姿ははっきりと捉えていた。

 

「……殺して、やる……!」

 

か細く、掠れた声だったが、そこに込められた憎悪は、焼けつくような熱を帯びていた。

涙に濡れた瞳は、決して絶望の色だけではない。その奥底で、熾火が静かに、しかし激しく燃え上がっていた。

 

その声を聞き届けた男は、それまでの無表情から一転、口の端を歪めて嗤った。

それは、まるで面白い玩具を見つけた子供のような、あるいは、足元でじたばたともがく虫けらを見下すような、残酷な愉悦に満ちた笑みだった。

 

「ええで。ぶっ殺してみぃや」

 

からからと、乾いた声が道場に響く。男は、倒れ伏す真希を見下ろし、子供をあやすかのように、わざとらしくへらへらとした態度で続けた。

 

「銃でも呪具でも、なんでも好きなもん買うたるで。それで、ボクを殺せるんならな」

 

その言葉は、優しさなど一片もない、純粋な嘲りと侮蔑だった。真希の必死の抵抗など、取るに足らない児戯だと断じているのだ。

男は満足そうに踵を返し、軋む床を踏みしめながら道場を後にする。

障子戸がぴしゃりと閉められ、残されたのは、夕闇が深まる静寂と、畳に染みた胃液の酸っぱい匂い、そして、打ちのめされた少女の絶望だけだった。

 

力の差は、火を見るよりも明らかだった。

 

天と地ほども違う。今の自分では、あの男の指一本にすら敵わない。

その圧倒的な事実が、冷たい楔のように、真希の心臓に深く、深く打ち込まれた。

 

痛みと屈辱で震える身体。だが、涙はもう止まっていた。

 

代わりに、心の奥底から、溶岩のような熱い決意が湧き上がってくる。

 

(殺す……絶対に、この手で)

 

この日、この瞬間、禪院真希の人生の目標は、ただ一つに定まった。

 

あの男を殺す。

 

泥と吐瀉物にまみれた小さな拳を、爪が食い込み、薄皮が破れて血が滲むほど、強く、強く握りしめた。畳のささくれが指の間に食い込む痛みすら、今の彼女にとっては、この誓いを刻むための儀式の一部に過ぎなかった。

 

強くなる。誰よりも。あの男を殺せるだけの力を、この手に掴むまで。

 

夕闇に沈む道場の中で、少女の瞳に宿る墨のように黒い憎悪の炎は、静かにしかしより強く燻ぶっていた。






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