特別特級ドブカス転生無双   作:ToZooNo

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一番値引きが効くのも命やで

 

「うーん、これ使わんなら持って帰ってもええ?」

 

青年は、こともなげにそう言った。まるで道端に落ちている物を拾うかのような、無邪気さすら感じさせる口調。だが、その言葉が指し示す対象は、先ほどまで夜蛾の腕の中で温もりを(錯覚だとしても)感じさせていた、我が子の肉体だった。

その瞬間、霊安室の冷気がさらに温度を下げたように感じられた。

 

「ちょっと!」

 

巫女服の女は耐え切れず、といった様子で顔を覆い、悲鳴に近い声を上げた。

 

「アンタね、借りはあるけど…そこまで血も涙もない要求の片棒を担がせるのは勘弁して! ?」

 

「なんや、同情してるんなら、助けたったらええやん」

青年は、心底不思議そうに首を傾げた。

 

「その子らに3人同時に降霊し続けて、家族で暮らさせたったら? ほら、五条悟がやっとるやろ。反転術式で脳みそ回復させながらの術式恒常展開。アレと同じことすればええねんで」

 

「っ無茶、言わないでよ!」

 

女は顔を真っ赤にして叫んだ。

彼女にとって降霊術はただでさえ精神を消耗する。

それを三人同時に、しかも恒常的に行うなど。

 

「私の脳が焼き切れるわ! あんなの、人間業じゃない!」

 

「せやな。でも無茶の一つや二つで助かる命なんぞ、世の中、ゴロゴロしとるやろ」

 

青年の声は、温度を失ったガラスのように冷たく響いた。

 

「自己満足したいんなら、霊媒術師でがっぽり稼いで、どこぞの途上国で井戸掘る金でも寄付しとき。そっちの方がよっぽど助かる命は多いで」

 

冷徹なロジックハラスメント。正論が、今は何よりも残酷な刃となって突き刺さる。

青年は、無造作に子供たちの亡骸の一つに手を伸ばしかけた。

 

「術師の血を引いてる、まだ『使える』体なんか、いくらでも使い道あるやろ。焼き捨てるんはもったいないから寄越せやっちゅうのは、当たり前の交渉や。…なあ、学長さん?」

 

その視線が夜蛾に向けられる。値踏みするような、それでいて何の感情も含まない、空虚な瞳。

 

「その交渉も出来んのなら、そもそも僕みたいなんを呼びつける資格ないやろ。僕はタダとちゃうぞ」

 

「だからっ、こんな、こんな事態になってる人に、金、金って…!」

 

巫女服の女が、もはや涙声で訴える。

本来であれば夜蛾との交渉に割り込むべきではないのかもしれない。それは交渉においては邪魔にも不利にもなりうる。

しかし、彼女の中の常識、倫理観が、目の前の現実と青年の言葉によって粉々に砕かれようとする事に対する、それは拒否反応であった。

 

「いや、金の問題しかないやろ?」

 

青年は、あっさりと断言した。まるで1+1=2を説くように。

 

「は?」女は、言葉を失う。

 

「せやから。君が降霊術式かけ続けて、自力で反転が無理なら、ボクと、まあ高専におる家入とが、つきっきりで反転かけ続けたら済む話やねんから。問題は、その膨大な人件費を、このオッサンが払えるかっちゅうだけの話やで、コレ」

 

あまりにもあっさりと、死は金の問題でしか無い、と。禁忌中の禁忌であるはずの死者蘇生すら、コスト計算可能な役務として語るこの男に、夜蛾も巫女服の女も気圧されていた。

傀儡、人形に魂を移し替える、その不完全な蘇生ですら、常人には踏み込んではいけない狂気の領域だった。だからこそ、それを遥かに超えた段階――本人の肉体での蘇生――が、可能性ですらなく、単なる金銭的な「選択肢」として存在するという指摘は、心胆を凍らしめるものであった。

人の命も、魂も、悲しみも、絶望も、全てが金の多寡で解決できる問題でしかないのだと、この男は言っているのだ。

 

「そら他人の子供の介護で、あんたの人生、一生終えたくはないやろ。せやから、なんぼ払うか、ちゅう話になるだけや」

 

「待て」

夜蛾が、低く、重い声で制した。床に落ちたままの眼鏡を探すことも忘れ、剥き出しの目で青年を睨み据える。

その目には、絶望の色の中に、わずかな、だが燃えるような光が宿っていた。父親としての、最後のあがき。

 

「技術的な問題は、無い、と言っているのか? 本当に…」

 

「そら、そいつの術式で呼ぶ魂とかいうのがホンモンかどうかは知らんで」

 

青年は肩をすくめ、巫女服の女を意味深にちらりと見た。

 

「―――っっ!?悪かったわね! !」

 

目を向けられた女は、苦虫をまとめて噛み潰したかのように顔を歪ませ、吐き捨てた。

夜蛾は知らぬ事だが、それは彼女のアイデンティティを的確に抉る言葉だった。

 

「まあ、それでもええんなら」青年は続ける。

 

「あとはそら、術式の持続時間の問題でしか無いやろ」

 

総監部やらとのゴタゴタは知らんけどな、と青年はクギを刺すのも忘れなかったが。

 

「っなら! 呪骸に入れる前に言いなさいよっ! あんた、わざと…!」

 

女が激昂して詰め寄る。

夜蛾が血を吐くように選び、踏み越えた禁忌の所業が、最善ではなかった可能性を、今になって突きつけられたのだ。

 

「だから、なんでお前が感情移入してるねん」青年は状況と心の整理が出来ていない彼女に対して心底面倒そうに溜息をついた。

 

「そっちの方が維持費が学長一人で済むから現実的ではあるやろ。その選択肢も尊重するで。で、そうするんなら、当然、体の方が浮く訳やから、さっきの『持って帰ってええか』ちゅう話になっただけや」

 

まるで出来の悪い生徒に言い聞かせるような口調だった。

 

「なんで交渉相手に、わざわざ懇切丁寧に解説せなアカンねん。コンサル費用も乗っけられたいんか、コラ」

 

夜蛾は、唇を噛み締めた。青年の言う通りだった。呪骸を選んだのは自分だ。だが、それは元の体での蘇生など不可能だと思っていたからだ。可能性があったのなら――。

 

後悔が再び胸を焼く。

 

「…もし頼んだら、いったい、いくらなんだ?」

 

絞り出すような声だった。もはや、倫理も禁忌も関係ない。

 

「そやなぁ」

 

青年は指を折りながら、楽しそうに金勘定を始めた。その仕草が、この場の重苦しさと致命的に乖離している。

 

「ボク、この間、とある交渉で一撃100億稼いだしな。さっきのアレかて、オンリー1の職人芸に特急深夜料金や。金とるなら3億くらいか? …で、365日、ボクか家入を拘束するなら、年100億でも良心的な方やで。仮に人生50年としても、5000億」

 

天文学的な数字が、こともなげに提示される。

 

「まあ、自己満足したいだけなら、さっきも言うたけど、その金で寄付でもした方がええで。僕に頼むより、家入とコイツをどうにか口説いた方が安上がりそうやけど」

 

家入硝子。高専の学生であり、青年と同じく反転術式を他者にアウトプットできる稀有な存在。

そして、隣にいる巫女服の女。彼らを説得し、協力を得られれば、あるいは――。だが、それは現実的なのだろうか。

莫大な費用、そして何より、他者の人生を、多くの人間を救えるであろう実力者のソレを、我が子らのために縛り付けることの重圧。

夜蛾は、言葉もなく立ち尽くした。それは、個人どころか、高専や、呪術界全体ですら容易に動かせない重みだ。

絶望的な天秤が、最後の希望すら打ち砕いていく。

 

「そ、そんな金額…いくらなんでも無茶苦茶よ…」

巫女服の女が、信じられないというように声を震わせた。それは、一個人が、いや、一組織ですら容易に捻出できる額ではない。彼女は夜蛾の強張った背中を痛ましげに見つめた。

 

 

「反転術式を回し続ける24時間体制の維持。それを年単位でやるんや。それに、僕は家入で代替できるけど降霊術式はできん。降霊術式(アンタ)はいくらやねん。言うとくけど、ボランティアしだしたら行列できるとかいう次元ちゃうぞ、降霊術式(アンタ)

 

青年の言い放つ言葉は、正論であるが故に残酷だった。

 

「わ、私は…」

 

「……もう、いい」

その声は、ひどく嗄れていた。絶望が、その響きに深く刻まれている。

しかし、夜蛾とて大人だ。

自分の、自分たちの家族の事で、いつまでも赤の他人を、良心のある若者を、この怪物の矢面に立たせ続ける事は出来ない。

 

「選択肢の提示には、感謝する。だが…払えん。彼女や家入を一生貼り付ける事も出来ん。それだけだ」

 

「せやろな」

 

青年は常に纏っている着物の肩をすくめた。まるで最初から分かりきっていたことのように。

 

 

「ま、交渉にならんなら、ボク帰るで。手間賃は貸しといたるけど、利息は付くで」

 

青年は、飽いたようにそう言うと、踵を返そうとした。その背中に、夜蛾は思わず声をかけようとしたが、言葉が出なかった。

スッと、青年が人差し指を一本立てた。こちらを振り向きもせずに。

 

「…1こ、アドバイスや。1億ぽっきり。ローン可。どうする?」

最後やで、と念を押すような響きがあった。

それは、周到に獲物を罠にかけた悪魔の囁きのようでもあり、気まぐれに投げかけられる最後の蜘蛛の糸のようでもあった。

 

 

「…わかった、払おう。聞かせてくれ」

 

夜蛾は、一瞬の逡巡の後、即決した。

どのみち、今となっては、金などもう大して使い途の無いものだ。

青年は、ようやく夜蛾の方を向いた。その顔には、やはり何の感情も浮かんでいない。

ただ、事実を告げるだけ、というように口を開いた。

 

「さっき、一生とか、50年とか、吹っ掛けたけどな。この子ら、別に天内理子みたいに脳みそぶちまけたわけやない。降霊術式の補助輪付きで生活してて術式切れた所で、降霊中の記憶は本体に残る仕様やろ。連続やのうて断続的にやっても、せいぜい半年くらいで済むんやない?リハビリ」

 

「ほな、おだいじに」そう言うと、青年は霊安室の仄暗い扉へと手をかけると、音もなく闇に溶けるように去っていった。まるで、最初からそこにいなかったかのように。

 




巫女「このやり取り必要あった??」

ドブカス「読者サービスや」

夜蛾「夏油は…」

ドブカス「アイツは出禁やで」
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