特別特級ドブカス転生無双   作:ToZooNo

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ヤニカスのシケモク

家入硝子(わたし)は、いわゆる天才だった。

 

誰に言われるでもなく、物心ついた頃から漠然とそう感じていた。

子供にありがちな物語の主人公のような万能感。

周囲の子どもたちが積み木遊びに興じている間、家入硝子は呪力に目覚めて、他人が見る事の出来ない呪霊に追いかけられたり追いかけたりして、時にはそれを祓っていた。

低級呪霊を祓うのは難しくなかったし、少し怪我をしても体はすぐに治っていた。

それが、呪術師の世界で反転術式と呼ばれる力の萌芽だったと知るのには、もう少し時間がかかったが、それだけだった。

呪術界と接触してからも、異才であるという自認は揺らがなかった。

どころか

呪力、術式、順転、反転

 

感覚でしか知らなかった概念を説明された事で、何がどうなっているのかが、理解るようになった。

だから、自覚的な反転術式は中学生にして完成し、そしてそれをアウトプットして他人の治療も出来るようにもなった。

弱冠にして反転術式のアウトプットの使い手が現れた事のインパクトは、狭い呪術界をざわめかせるには十分だった。

 

自分は他人とは違う。

 

それは傲慢さとは似ているようでちょっと違う、ただ、ありのままの事実として他人事のように受け止めているだけの感覚だった。

そして、呪術高専東京校。

異能と異才が渦巻くその場所には、後に特級となる二人の同級生がいた。

五条悟と夏油傑。無下限と呪霊操術。二人の術式は、まさに規格外だ。

呪霊をモノともしない力を、彼らはまるで呼吸をするように振るっていた。

その輝きはあまりに眩しく、常人ならば嫉妬や劣等感に苛まれてもおかしくなかっただろう。

それでも、家入硝子(わたし)のアイデンティティは揺らがなかった。

 

そんな彼らであっても、反転術式も、そのアウトプットも、出来なかった。

理想の、あるいは他人の生得術式を、いくら望んだり羨んだり悩んだりしたところで、使えないものは使えない。それはその名の通り生得で、つまりは生まれた時から変えられないから、生得術式なのだ。

だが、反転術式とそのアウトプットは原理的には誰もが使いうる技術で、それでいてなお使える者が著しく限られるのだ。

そう、そんな、誰もができるかもしれないが、誰もができない事をあっさりとやってのけるのが天才、家入硝子(わたし)なのだ。

 

自分は他人とは違う。

 

特級の同級生に挟まれても、私は家入硝子(わたし)。そこは揺らがなかった。

家入硝子(わたし)という、事実として替えの効かない、稀有な反転術式の天才。

その事実は、例え同級生がギラギラと輝こうと、あるいは見知った顔が呪霊との戦いで命を落とそうと、私を確かな場所に繋ぎ止めて()()

 

反転術式のアウトプットを習得して以降は、呪術界の歪みを押し付けるように、未成年の家入の下に多数のケガ人が送られてきた。

そして東京呪術高専に入学してからは、その指揮下に入る事でより大きな治療体制の下で歯車として効率的に稼働する事になった。

消毒液と血の匂いが混じり合って家入硝子(わたし)の制服に染み付いていったし、たばこの本数も増えていった。

 

それでも、苦痛ではなかった。自分にしか出来ないことがある。その自負が、家入硝子(わたし)を支えていた。呪術界が、怪我を負った人間が、寄せる期待に、自分は応えている。その確かな手応えが、そこにはあった。

 

だが、同時に少なくない人間を見送りもした。

天才でも、力は尽くしても。それでも助けられない命はある。

それが、見知った同じ高専生であろうと、いかつい図体のくせに実は優しい恩師が可愛がっていた子供たちであろうと。

手遅れなことは、ある。

 

 

それらは仕方のない事()()()

 

 

 

そう、全ては過去形だ。

禁忌を嘲笑うかのような〝怪物〟が現れてしまったから。

 

 

生命活動が停止した、死体への反転術式。

それは、どんな天才にとっても超えられないはずの壁()()()

 

 

半死人のように生気を失った夜蛾先生からの頼みで引き受けた、胡散臭い降霊術式持ちの巫女への反転術式を使った術式負荷の回復。

高専近くの民家をひそかに借り上げて行われた、()()()()によって、子供たちが回復する過程に家入硝子(わたし)は立ち会った。

それは、驚嘆すべき事例だった。

 

銃弾で脳みそをぶちまけた天内理子の()()もたいがい常軌を逸していたが、それでも回復には至っていなかった。

しかし、あっさりと禁忌と限界を踏みつぶして実現しまった、奇跡。

 

 

それに直面しながら、家入硝子(わたし)は隠れるようにして、毎日、胃が空になるまで吐いた。

酸っぱい胃液が喉を焼き、涙で視界が滲む。便器に突っ伏しながら、ぐるぐるとずっと同じ思考が脳を支配した。

 

死体に、反転術式がかけられるなら。

失われた命が、魂が、呼び戻せるのなら。

それが、この世で可能なことだったのなら。

 

――なら、私が見送ってきたあの人たちは、なんだったんだ?

 

答えは、残酷なまでに明白だった。

 

それは、家入硝子(わたし)が未熟だったから。

家入硝子(わたし)に、才能が、技術が、足りなかったから。

だから、彼らは死んだままだったのだ。

 

「仕方なかった」という便利な言葉で蓋をしていたパンドラの箱が、ぽっかりと真っ黒な昏い口を開いてしまった。

 

 

高専の授業に加えて、特級の夏油が抜けた事で激しさを増す術師たちの任務に伴う治療体制への参加、そして隠れて参加する降霊術式を使った夜蛾先生の子供たちへのリハビリのサポート。

それら全てのノルマをひたすら機械のようにこなし、疲弊した身体と脳に鞭打って、ようやく自分のための()()の時間が取れた。

 

夜中の医務室で。誰もいない安置所で。

ネズミの死骸に。野良犬の死体に。任務で死んだ見覚えのある術師の遺体に。

試せるありとあらゆる「死」に、家入硝子(わたし)は向き合った。

 

だが、何度やっても何をやっても同じだった。

死体は死体のまま、冷たくなりながら横たわっているだけだ。

真似も出来ない。糸口すら掴めない。全く意味不明、ちんぷんかんぷんだった。

呪力を反転した正のエネルギーを注いでも、それは起点を持たず、ただ霧散していくだけ。

温もりも、鼓動も、血流も、何も戻らない。

 

 

――鮮度が良い方が簡単なのだろうか。

 

狂気が、理性の淵を侵食し始める。

素直に考えれば、その推測には、ほとんど疑う余地はないように思われた。

死んでから時間が経ちすぎて、細胞が、完全に活動を停止してしまっているよりは、死んですぐの、鮮度が高い状態の方が、少しは簡単で、つまりは初心者むけである、はずだった。

 

だから、より新鮮な死体を使ってみるために、モルモットを、うさぎを、犬猫を、殺してみることもした。

 

たった今まで生きていた。自分が、まさに今、奪った命。まだ温もりがあって、細胞はまだ生きているかもしれない。

失われてしまった、命。

震える手で、すぐに反転術式をかける。

 

戻れ、戻れ、戻れ……ッ!

 

だが、どうあがいても無駄だった。無意味だった。

手の中の温もりは急速に失われ、ただの肉塊へと変わっていく。

気が狂いそうだった。

 

練習が失敗するたびに、家入硝子(わたし)はメスで自分の手首をザクリと切るようになった。

日焼けのない生白い皮膚の上にすうっと走る赤い血の線。反転術式ですぐに治るので、もちろん死にはしないが。だが、痕には残すように。

 

最初は、無駄にした命への贖罪のつもりだった。

 

失敗した自分への戒めのつもりだった。

 

しかし、傷と吸い殻を積み上げるウチに、いつしかそれは言い訳をするための儀式に変わっていた。

 

ここまでやっても出来ないんだから仕方ない。

私だって毎日がんばってるんだ。

気が狂いそうだ。

 

だから。

 

それで。

 

誰への何の言い訳なのかも分からない。

パンドラの箱の底に残った希望という名の悪魔に呪われてしまったのだ。

 

増えていく傷痕は、無駄に繰り返される努力と呼べるかもわからなくなった、越えられない壁の高さを示す、惨めな目盛りだった。

 

 

結局のところ、ありていにいって、現実は単純だった。

 

 

家入硝子(わたし)は、どうしようもなく、凡人だった。

 

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