特別特級ドブカス転生無双   作:ToZooNo

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ご無沙汰やで。劇場版ドブカスまでもうちょっとやなぁ。


御三家の後継ぎとかやるんか?

 

加茂家の次期当主である少年が足を踏み入れたのは、呪術界御三家の一つ、禪院家の奥まった敷地だった。

 

門をくぐった瞬間から、空気は重く淀んでいるように感じられた。

手入れはされているものの、どこか生気が感じられない庭園は、石灯籠の苔すらも冷たく見えた。

建物全体を覆うのは、古びた封建的な権威と、徹底した実力至上主義からくる、張り詰めた緊張感だ。

少年は、加茂家とはまた違う種類の、肌を刺すような冷たさを内包した呪力の気配を感じながら、案内人を待った。

 

しばらくして現れたのは、一人の女性だった。彼女は、家紋の入った地味な着物に身を包み、背筋を伸ばし、一言も発さずに少年の前に立った。

そして、すっと手で案内する先を示して歩き始めた。

 

御三家で立場の低い女性たちの多くがそうであるように、彼女の表情は感情の起伏を押し殺した能面めいたものだった。

年齢は二十代半ばだろうか、整った顔立ちをしているが、目元には微かに抑圧された疲労と、諦念の影が宿っている。

 

彼女の呪力量はごくわずかで、結界術師や戦闘員として扱われていないことが見て取れる。

まるで、この重苦しい館の装飾品のように、彼女はただ存在するだけであった。

 

少年は、その無言の圧力に、僅かに居心地の悪さを覚えた。

彼女の視線は、少年の顔ではなく、常に数歩先の畳に向けられていた。

 

女性は、踵の音さえ立てずに歩き始めた。少年もそれに倣い、静かに後を追う。

 

二人が進むのは、長く、暗い木造の回廊だった。廊下の床板は磨き上げられすぎて、まるで鏡のように鈍く光っているが、その冷たさが足の裏から伝わってくる。

両脇に並ぶ部屋の襖は、すべて固く閉ざされていたが、人気のなさとは裏腹に、その奥に何人もの気配が蠢いているように感じられた。

 

回廊の窓からは、枯山水の中庭が見えた。そこに広がる白い砂の模様は、完璧に掃き清められているが、その美しさにはいささかの情も感じられない。

それは、「強さ」というただ一つの美点のために、他の全てを切り捨てた禪院家の精神性を象徴しているようだった。

 

女性は、一度も立ち止まったり、振り返ったりすることなく、ひたすらに先導した。彼女は、与えられた「客を奥の座敷へ運ぶ」という役割を、感情を介さずに遂行する機械のようだった。

やがて、回廊の突き当たりにある、一層古い木材でできた襖の前で、彼女は初めて足を止めて跪き、中に声をかけた。

 

「いらっしゃいました」

 

中から、「やぁ、どうぞ」とくぐもった声が、分厚い襖の向こうから響いた。

その声には、場違いなほど軽い響きと、裏腹にまるで深海の底から発せられたかのような、奇妙な圧力があった。

 

「…案内、ありがとうございます」

 

少年が小声で礼を言っても、彼女はピクリとも反応せずに、跪いたまま頭を深く下げた。

 

 

 

 

 

少年――加茂家の次期当主は、僅かな緊張と共にそれに促され、そっと障子を開け、中へ踏み入る。

部屋の空気は温く、現代の屋内とは趣の違う薄闇に包まれていた。

 

「失礼します」

 

一礼し、背後の襖を静かに閉めた、その瞬間。

 

びくり、と少年は震えた。彼の全身の産毛が総毛立ち、肌を粟立たせる。空気の粘度が急激に増したかのように、呼吸までもが重くなる。

その空間が、いつの間にか濃厚な、ねっとりとした呪力に満たされた。

そして、動転した彼に空間そのものがその正体を直接に語り掛けてきた。

 

「っ領域…?!」

 

喉から絞り出すように、その単語を呟く。薄暗い部屋の隅に置かれた花瓶の水が、わずかにさざめいたように見えた。

 

「せやで、説明の()()は済んだやろ?気分は?」

 

薄暗い部屋に響く声は、どこか気だるげでありながら、それでいて有無を言わせぬ威圧感を纏っていた。

声の主は、座敷の奥、煤けたような影の中に座している。その輪郭は朧げだが、確かな存在感を放っていた。

 

少年は、微かな頭痛のする額を押さえながらも、その声に臆することなく、静かに答える。

障子の桟越しに差し込む細い光の筋が、部屋の中の淀んだ空気を切り裂いていた。

 

「…最悪ですよ。いや、ホントになんですか()()

 

()()()()やろ」

 

声の主は、くつくつと喉の奥で笑ったようだった。その笑いは、闇の中で転がる石のような、不気味な響きを持っていた。

 

「いやだって、部屋に入っただけでいきなり…え、これ、まさか、結界で閉じない領域…?」

 

「いやいや、()はさっき自分で閉めたやろ。部屋を外殻にしとるだけ。それに必中ではあっても必殺とちゃうやろ。条件も効果もゆるーい領域や。寛いでって、出入りも自由やで」

 

それは、一応、少年の乏しい知識に照らしても納得のいく説明ではあった。

しかし、目の前の若い禪院家の当主が「ゆるい」と言う言葉ほど、信用ならないものはなかった。この部屋には、無味無臭無色の毒が満ち満ちている。

 

「それで、何の御用ですか。煮るなり焼くなりどうぞご随意に。さすがに殺したら問題になりますよ。…なりますよね?」

 

わずかに、言葉の端に自信のなさが滲む。畳の目ひとつひとつが、彼の緊張を吸い込んでいるかのようだ。

 

「自信なさげやなぁ。それやと困るでこれから、色々」

 

影の中で、にやり、と口角を上げるのが見えた。その表情は挑発的でありながら、どこかこの状況を心底楽しんでいるようにも見える。

部屋の中には、微かに線香のような香りが漂い、一層、非日常的な空間であることを強調していた。

 

「五条家の当主は特級術師五条悟、禪院家の当主はボクで特別特級」

 

そう言いながら、彼は着物の袖から除く白い手ですっと指をさす。

その指の動き一つ一つに、淀みない優雅さと絶対的な自信が満ちていた。

 

「そんで最後の御三家の一角、加茂の次期当主はキミ、なんやからな」

 

言葉の端々には、相手への揺さぶりが明確に見え隠れする。

少年は、座布団の上に正座したまま、その視線をまっすぐに受け止めていた。

 

「いびりでしょうか。いいご身分ですね、好き放題出来る方たちは」

 

少年は吐き捨てるように言った。座敷の冷たい空気が、彼の言葉の熱を奪っていく。

 

「というか、ボクと君がこうやってサシで会っとる時点で力の格付けが済んでまうねんで。普通、未成年の次期当主を一人で呼び付けた外の人間と会わせたりせん。それを断れんかった時点でな」

 

禪院家の当主は、畳の上に肘をつき、嘲るような笑みを浮かべた。その笑みは、彼のいる影の領域と相まって、まるで能面のように感情を読み取らせない。

 

「…なるほど。ご忠告、感謝します」

 

皮肉とも取れる感謝の言葉に、相手は興味深そうに目を細める。彼の狐のような目元には、常に計算と愉悦の色が浮かんでいる。

彼の周囲の呪力の濃度が、わずかに揺らいだように感じられた。

そして、話題は加茂家の相伝の術式へと移った。

 

「赤血操術、君が加茂の跡取りになる理由。御三家相伝の術式、にしては弱いと思わん?」

 

「使い勝手は良くても、五条家や禪院の相伝と比べれば、ね」

 

発せられた不躾かつ無神経な問いに、少年は如才なく答える。

しかし、そう指摘するこの青年の術式、投射呪法も、無下限や十種影法術と並べば一歩見劣りすると言わざるを得なかったが、今や彼は特級殺し。

造りとは裏腹に外の音が一切聞こえないこの座敷で、彼の声だけがいつの間にか冷えた空気を震わせた。

 

 

「加茂家の赤血操術にはなぁ、()がある」

 

その言葉に、少年の表情に微かな動揺が走る。

彼の喉仏が、一瞬、ごくりと動いた。それを隠し切れなかったことに、遅れて焦りを浮かべる。

 

()?」

 

問い返す声に、相手はゆっくりと語り始める。

 

「君んところの今の当主の母、つまりキミのばあさんは、禪院の傍流や。逆に、加茂んところから何人も五条んところ行ってる嫁志願者には君んところの本妻の娘も入ってる。まあ御三家やから、さかのぼれば、どこかしらでお互い繋がりはある」

 

呪術界の御三家と呼ばれる家々の、複雑でどろどろとした血縁関係が、陰鬱な和室に明かされる。

その事実は、この座敷を覆う呪力よりも、遙かに根深く、陰湿なものとして少年の胸に突き刺さった。

 

()()()()()がな」

 

意味深に言われたその言葉がこの話題との繋がりで暗に示唆する内容は、少年にも察しがついた。

 

「血がつながっていたら、他人の血が操れる、とでも?」

 

その問いに、相手は意味深な笑みを浮かべる。

畳の上の埃が、彼の笑みと共に微細に舞い上がったかのように、においが鼻についた。

 

()()しれん」

 

()()だけになあ?と、胡散臭い男は続ける。

 

静かな、凍り付くような沈黙が部屋に満ちる。

 

「いや、ギャグとちゃうねんで。()()しれんってのはな」

 

金髪の軽薄そうな男は大げさな身振りで肩をすくめながら話を続けた。

 

古い呪術全盛の時代。血ちゅうもんに対する理解、認識は今より曖昧でいて強かった。

加茂家の人間は血を武器にする。そんで狭い呪術界、たどればどこかしら血は繋がっとる。

自分やのうても、自分の息子が、あるいは孫か。

 

「知っとるやろ。術式の拡張は術者の認識一つや。加茂の人間から本気で恨みを買ったらどうなる?そういう畏れが血の繋がりと共に積み重なるんや」

 

怖いやろ。呪術師にとって、呪術師の家門にとって、な。

加茂家の術式が、呪術界に長年刻んできた爪痕の意味を語る。

その言葉は、黒板を削るような耳障りな音となって、少年の耳に届いた。

 

「それが呪術の()や。表から見えるもん、そこに今あるもんが全てやない」

 

その言葉に、少年は自身の家系の持つ重み、そして呪術師の呪い呪われる世界の深遠さを改めて認識したようだった。

 

「なるほど面白い解釈ですね。禪院を継いだ貴方がおっしゃるなら、それが他家から見た真実の一端なのかも。しかし、それを、どうして今私は他家の人間から教わっているのでしょう」

 

静かな問いかけに、相手は再び笑みを浮かべる。障子の光が、彼の鋭い横顔を際立たせた。

 

「血は上から下に流れる。下るのは楽でも、遡るのは難儀や。つまり君の子供や孫が増えん限りは、今の当主位やろ。直接辿れるんは。そら加茂家が今君に教えるメリットはないわな」

 

「それは」

 

確かに納得のいく話ではあるが、聞いたことの答えの半分でしかなかった。

つまり、なぜ加茂家が教えないかの答えではあっても、禪院家の当主がそれを吹き込むことの答えではない。

 

それを指摘すると、男は三日月のように口を曲げて笑った。

 

「特級呪術師二人の陰で存在感うっすい加茂も、()()()の一角や。キャスティングを握る事もあるんやで。ちょっと空気(テコ)入れといたほうが面白いやろ」

 

 

青年は、狐を思わせる細い目で、向かいの少年を値踏みするように見つめていた。

その視線は、獲物の弱点を探るように執拗で、加茂の背筋に冷たいものを感じさせた。

 

()()()()といえば」

 

どこか楽しげに、それでいて底知れぬ意地の悪さを含んだ声で切り出した。

 

「キミはアレとも繋がってるなぁ。特級呪物、()()()()()

 

その言葉に、加茂家次期当主と目される少年は細い僅かに目を見開く。

その単語は、この薄暗い部屋に、凍えるような一筋の風を吹き込んだかのようだった。

 

(ここで、それを持ち出すのか…)

 

少年の心中には、戸惑いと、直哉の底知れぬ情報網に対する警戒心が渦巻いた。

彼は表情を悟られまいと、すぐに目を細め、静かな佇まいを装う。

しかし、微かに引き結ばれた口元が、動揺を隠しきれていないことを示していた。

 

「知っとるやろ?高専の忌み蔵に保管されとる」

 

直哉は、ニヤニヤと狐目の笑みを深める。その目は、獲物を弄び、やがて狩場へと追いつめる狐そのもののようだった。

加茂は、深く息を吸い込み、声を抑える。

 

「私に…使()()、とでも?」

 

その問いは、男の悪趣味な意図を的確に突いていた。

加茂は、禪院家という巨大な権力構造の前で、自らの立場が如何に脆いかを知っている。

しかし、彼の瞳の奥には、家系のしがらみと己の正義の間で揺れ動く、強い矜持の炎が燻っていた。

 

「キミ()()()()やし?縁はあるやん。()()()()()

 

少年、()()()()の背負う最大の呪いを無造作に踏みにじられる。

その名には、呪術界の暗部に深く根ざした血の穢れと、加茂家が背負う業、そして父と母と子のすれ違いが凝縮されていた。

その業を軽薄な口調で弄び、少年の心を抉ろうとする。

 

「っ」

 

加茂憲倫の喉から、一瞬、詰まったような息が漏れる。手の平の下で、畳の目が皮膚に食い込むほど、彼は拳を握りしめた。

彼の心臓は、警鐘のように激しく脈打っていた。

 

(この男の言いなりになるのは危ない。だが、どう動けば、この場を凌げる…)

 

少年は、眼前の男の底知れぬ悪意と、自らの一族の血という逃れられない鎖に、深い憤りと焦燥を感じていた。

 

事は封印された特級呪物の話である。

手を出せば、よりにもよって()()()()が手を出せば、タダでは済まない。

 

障子から漏れる月の光は、夜気が湿気と共に運んでくる微かな花の香りを際立たせるだけで、部屋の隅々までは照らしきれない。

磨き上げられた黒い柱は、この家の長い歴史と血の重さを物語るかのように鈍い光を返し、重苦しい静寂が空間を支配していた。

 

 

禪院家の当主が座すのは、上座に置かれた、紋を織り込んだ分厚い座布団。

その前に、背筋を伸ばし正座する加茂少年の姿が、どこか窮屈そうだ。当主から発せられる、捉えどころのない、しかし圧倒的な呪力の残滓が、少年の呼吸を浅くさせていた。

 

少年の口元が、悔しげに引き攣る。

 

「なんや、つまらん顔しとるな。まあ、血と呪いのどろどろの話とか、イマドキの若者にはおもろないわな」

 

男からの圧力が、ふと嘘だったかのように消え去り、押さえつけられていた汗が少し遅れて毛穴からどっと吹き出した。

緩急をつけられているのだとはわかっても、揺さぶられる。

 

「術式の解釈は時代と共に変わりうる。投射呪法も。赤血操術もな」

 

禪院家の当主は、身を乗り出す。その動きは、獲物に忍び寄る猛獣のように静かだった。

 

「血への解釈は、曖昧さも呪的意味も薄ぅなったけど、理解はより深まっとるんねんで。若者のキミに、ワクワクする話もしたろうやないか」

 

昏い着物の袖の下から、ヌッと本の束が取り出された。本の表紙は鮮やかな色で、この部屋の陰鬱さとは不釣り合いなほど明るかった。

どさり、と座布団に座る加茂少年の前に放られた。畳の上で、鈍い音が響く。

 

「それやるわ」

 

「マンガ、ですか。これは『はたらけ細胞』…」

 

話題の転換に少し期待を持たされた心が急速に戸惑い、あるいは失望に傾き始める。

 

「白血球と赤血球との職場ボーイミーツガールものや」

 

「はあ」

 

(どう反応すればいい。試されてるのか。それともただ揶揄っているのか)

 

「血小板ちゃんとか、マクロファージ、免疫細胞の話とか、いろいろ勉強になるねんで」

 

「はあ」

 

少年の困惑は、隠しようもなかった。

彼はこの状況を「呪術」とはかけ離れた、無意味なやりとりなのではないかと感じ始めていた。

 

「なんや反応うっすいな。赤血球を擬人化して軍隊召喚する拡張術式とかどう?」

 

「宴会芸をやらせたいなら、他をあたって下さい」

 

少年は焦燥が、苛立ちに変わりそうになるのを必死で堪えている。

 

「なんやノリ悪いなぁ。その本にヒントがあると思てるのはホンマやで」

 

赤血球のライフサイクルはな、もう解明されとるねん。

造血幹細胞から他の細胞にも枝分かれする系統樹から始まって、未熟な血芽球を経て赤血球に至るねんで。

さて、赤血球と血芽球の違いはなんやと思う?

そう問いかけながら、男は少年を覗き込む。

 

「わかりません」

 

「奪核や」

 

「奪核?」

 

(だっかく?核を奪う?つまり)

 

「…細胞核がなくなる?」

 

「せや、成熟した赤血球には細胞核は無い。通常は骨髄から出る事はない血芽球は、まだ細胞核を残しとる」

 

すると彼は一つの小瓶を袖から取り出して投げつけた。

ぱし、と小さな音が響き、少年は反射的に受け止めた。

 

瓶の中身は、深紅の液体だ。

 

 

「これは?血ではなさそうですが」

 

濃赤の染料(カーマイン)や。細胞核には何がある?()()()や。染料で染まるから染色体。その(カーマイン)で染まる染色体が何を運んどるかくらいは知っとるやろ?」

 

「…D()N()A()

 

 

少年の瞳に、初めて明確な理解の光が宿る。それは、彼の術式の可能性という、底知れぬ深淵を覗き込んだ光だった。

彼の全身から、さっきまでの寒さが引き、熱を感じた。

 

「そう、DNAや。赤で書かれる血縁を表現する最古から続く最新の記号。赤血操術を拡張するなら至れる()()なぁ」

 

どうや、ちょっとはワクワクしたか?

 

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