特別特級ドブカス転生無双   作:ToZooNo

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ブラック労働は人の心をすり減らすわ

名前が田中で、職責が補助監督。

日陰の激務薄給と黒スーツが板についた独身。

仕事の合間のタバコとコンビニ晩酌だけが生きがい。

術師としても人間としても社会人としても平凡を嫌というほど積み上げてきた。

 

高専や高専出身の術者の場合補助監督が現場を仕切るが、各地に存在する土着の呪術師や名家の場合は、補助要員も自前の場合も多い。

とはいえ、調整役として補助監督も入る事はある。

家や土地が絡む話はとにかく面倒で厄介で嫌になる。

呪術界の上層部が結構なクソなのはその通りだが、地方の地縁血縁がらみの関係は、拗れた時にはとにかく陰湿だ。

川ひとつ山一つまたぐと全く対応が違って呪霊が放置されているなんてのはまだ可愛い方で、挨拶がどうだの、掟の恩讐だの、貸し借りだの、上下左右の格だの、兎に角面倒なのである。

面倒だからこそ補助監督に丸投げすることもあるのだが。

 

京都は高専の京都校があるだけでなく、呪い全盛の時代は京こそが都だった。

御三家ももちろん京が発祥だ。

だから戦力の布陣は充実はしているが、戦力を好きに動かせる訳では無い。調整が必須だ。

例えば人口と経済規模からすると、大阪の方が呪霊は多い。

それをどう捌くのか。持ち回りで当番したり常駐したり方法は色々なのだが、いくつもの歴史的な経緯で面倒な取り決めがいくつもある。

高専の人員をすっと動かすののなんと楽な事か。

もちろんそれで被害が拡大しては目も当てられないのだが。

 

 

その案件は最初からおかしかった。

普通なら取り決めに従って禪院あたりが出張るはず。

にもかかわらず、こちらに回ってきたのに、なぜか術師は派遣するという。

異例というか、意図がよくわからない。名前も聞いたことがなかった。

そして、迎えの場所に行ってみれば、なんとやって来たのは子供だった。

そもそも高専生が子供に見えないのは業界に染まり過ぎなのだが、それでも子供に見えた。

 

「よろしう」

 

しかも、割り当ては2級案件にもかかわらず、2級術師の付き添いもない。あの露払い部隊の護衛もない。

普通御三家の坊ちゃんならそこそこの付き添いがあるはず。

というかこっちはこの少年の等級を知らされていない。

御三家の場合は高専による認定ではなく、特別認定で等級がついている事もよくあるが、それがないというのに、いきなり2級案件というのは驚きだ。

もちろんそんな事は口に出来ないが、こういうよくないイレギュラーは大抵よくない事に繋がる。

 

起こって欲しくない時に限って、やらかしがおきる。

 

 

御三家がらみだと、何か起こった時の面倒臭さが尋常じゃない。

しかも多分これ、何か起こるのを期待してる奴がいるんでは?と邪推してしまう。

 

おいおい、勘弁してくれと。

 

現場は大阪の障がい者支援施設。

この施設では何人も自殺者が出た上に、殺人事件まで起こってしまった。

だから、こういう場所に呪霊が溜まる兆候がみられるのは、よくある案件だった。

そのはず、だった。

 

悪い予感が、当たってしまった。

 

いぬがみ。

 

古くは獣つきとして忌まれた人々の恨みやそれへの恐怖、もしくは狂犬病への恐怖など。

その本質は自分と違う他者への忌避と排斥、それを受けた側の恐怖と恨み。

 

忌ぬ神。

 

事故や獣に殺される人間は減ったが、社会から排斥されて自殺する人間の数は今や死因の上位だ。

よくある悪所に貯まる呪霊の駆除のはず。

それがフタをあけたら仮にも神の名と畏れを冠する相手。

 

最悪。

 

これは、2級どころか、準1級ですらない…1級案件だ。

 

等級詐欺。補助監督が、最もやってはいけない、命に関わるミス。

 

最悪だ。

 

 

すぐさま、応援を呼ばねばならなかった。

そのために普通はもっと離れた場所で待機するはずなのを押して、わざわざ現場まで来ているのだ。

 

正直、今は後悔している。

 

帳の外まで走る余裕はない。一度おろした帳を解いて連絡を。

今、要請出来る1級は? 担当の身内の禪院になら?ねじ込める?

一体、応援が来るまでに何分かかる?

何分、これ相手に生き残らなければならない?

 

思考だけはぐるぐると回る回る。

だが、肝心の身体が動けない。

 

目を逸らしたら、背を向けたら

 

死ぬ。

 

術者は才能が8割だという。

才能がなくとも、なまじ、視て感じる事が出来るせいで、分かってしまう。

あれが大きな口を開けて牙をむいたら、自分は、何もできずに、惨たらしく、死ぬ。

額から汗が噴き出て、落ちた。

 

その瞬間

 

パン、と

 

柏手のような音がして、圧を放っていた呪霊は消えていた。

小さな背中の少年が、代わりに独り佇んでいる。

 

先ほどまで自分の少し前にいたはずの少年だ。

いつ動いたのか、それすらも分からなかった。

それほど、彼の動きが速かったのか、それとも呪霊に気圧されていたのか。

 

軽く前に突き出された少年の手には1枚のカード。それをひらりと袖にしまって踵を翻す。

 

振り返った少年と目があった。

獲物を賢く狩る狐のような目だ。

 

「ほな、帰ろか」

 

かけられた言葉は、先程までの張り詰めた空気を完全になかったかのようにあっけらかんとしていた。

あまりに、受け入れるべき現実の落差が激しい。

 

「え? いや、は?」

 

言葉をうまく受け答えできない。

 

これで、これだけで…

 

「ご苦労さん」

 

少年は、まるで全部終わったかのように。

まさか、本当に、今ので?

 

「い、”いぬがみ”は? いや、”いぬがみ”でした、よね、今の?」

 

恐る恐るあたりを見つつ訪ねると、少年は首を傾げた。

 

「あー詳しうないけど、そうかもなあ。結構呪力あったし。それで?」

 

だからどうしたと。

そう言わんばかりの。

ふてぶてしい態度。しかし、本当にコレが実力なら、確実に1級、それも上澄み。

あれが術式なら、その縛りは?

まさか、触る、だけ?

だとするとインチキじみた強さだ。

 

「”いぬがみ”は、1級案件かと」

 

「あー等級詐欺はアカンな。死人が出ることもあるしな。あんじょう文句言っといてや」

 

「は、ハイ、もちろん」

 

もちろん当然の抗議なのだが、被害も無しに軽く倒した術者が言うと、嫌味かのように聞こえる。

みっともない僻みだとは分かっていても、これだから、呪術の世界は嫌になる。

あまりに酷い格の違い。絶望的な才能の差。

 

唖然と、あるいは愕然とする補助監督を余所に、少年には何の感慨もなかった。

”この先”のレベルを考えれば、1級呪霊を祓えるのは本当に最低限の水準でしかない。

多少の演出すらする余裕がなければいけないくらいである。

 

他人からどう見えるか、どう認識されるか、それは一つの呪い。

だから、格好をつけた演出にも呪術的な価値はある。

 

例えば、術式の開示がより意義を発揮するには、逆説的に術の正体が普段は不明確な方がいい。

ネタばらしの驚きは、タネが割れていないからこそ。

 

今回の一件にもタネがある。

人間に限らず、意志を持った呪霊相手でも、投射呪法の硬直(フリーズ)の1秒縛りは当然ある。それは拡張術式であっても変わりはない。

あまりに縛りのない術式の拡張は逆に応用性や対象の広さを損なってしまう。

ではなぜ、呪霊を一発で硬直(フリーズ)を通りこして格納(ジップ)して終わりに見えたか。簡単なトリックだ。

呪霊を相手に硬直(フリーズ)させて一時的にカード化すれば、呪力を持った大きなものがいきなり視界から無くなる。

だから、周囲の人間の注目がソレに集まって、もう片方でこっそり別のモノを出しても、まず気付かれない。

 

取り出すのは、お馴染みのDIY獄門疆(処刑用)。呪力をたっぷりチャージした鋼鉄製の容器で、ぴったりカードが入る隙間が空いていて、中は高圧に耐えるよう球形にくり抜かれている。

サイズは捕獲用のものよりずっと小さく、オリジナルの獄門疆に近い。それをこっそり懐から取り出して還元(ゲイン)

取り出した獄門疆の中に呪霊のカードを投げ込んだ後で、再び獄門疆をカード化。

そう、カード化は入れ子にできるのだ。

とはいえ、1秒縛りはそのまま。

 

ではどうするかというと、この時、()()()()()()()は止めないのがコツだ。

還元(ゲイン)などの貪婪符呪(グリードカード)呪文(キーワード)の一つ、時進(オン)

この状態では、圧縮されているのは空間だけで、空間内では時間経過があり、動くことができる。

 

すると外側であるDIY獄門疆のカード化の制限が来る前に、中の時間が進行して、カード化した呪霊が元のサイズに戻る。

戻ろうとする。

狭い空間の中で元のサイズに戻ろうとした呪霊は、DIY獄門疆の中で、高圧に押し潰される。

カードを入れた穴はちゃんと逆止弁になっていて、中の圧力が高まると閉まるのでより高圧がかかる。

面白い事に、呪霊の血や体は、圧縮率が実は高い。水は極性を持っているから本来の物性なら、圧力をかけても大して縮まないのだが、呪力でできた呪霊は、実態を持った水よりはるかに小さく圧縮できる。

だからと言って、呪霊がぐちゃぐちゃに高圧で圧縮されて死なないわけではない。

高圧に耐えられなかった呪霊が死んだ時点で、入れ子になっていた外側のカード化の時間制限の縛りがなくなる。

よって、そのままカードとして保持できる。

 

お祓い終了だ。

 

しばらく待ってから時停(オフ)にすれば圧縮された血肉は消えるのでDIY獄門疆は同じように再利用可能。

すぐに時停(オフ)にすれば中身を保存できるので、これはこれで使い途が有る。

 

 

ともあれ、それが先程起こった事である。

名付けて、密紙殺陣(インサイドキル)

 

誰に向けての解説やねん、と少年は突っ込みながら考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

すっかり暗くなった夜の街を走る車のハンドルを握るのも、タクシーの運転手よろしく当たり障りのない会話を振るのも慣れたモノだった。

車で少年を送る帰りの道中、そうやっていつもと同じようにいつもと同じことを繰り返していると、ふと少年が窓の外を見て、呼びかけた。

 

「なあ」

 

「ハイ」

 

割と機敏に返事ができた事に、田中は心の中で自分を褒めつつ、何を言われるのかビクビクとした。

ルーティーンにない事は苦手なのだ。

 

「ちょっと疲れたから、休憩したいねんけど。」

 

絶対、疲れてなさそうな様子で、金髪の少年は言った。

とはいえ、もちろんそんな口答えはしない。

はっきり要望を口にしてくれるなら、対応はむしろ楽ちんである。

 

「はい、もちろん大丈夫ですよ」

 

「じゃあ、そこ」

 

指差した先に目をやると…確かに()()の文字がある。

金額と共に、デカデカとテカテカと書いてある。

 

「ぶっ、いや、あそこは…」

 

だが大人としては激しく動揺せざるをえなかった。

世の中には休憩と書いてあるが休憩する場所ではない場所というものがある。

 

「休憩できるて書いてあるで?」

 

素朴な疑問だとでもいうように、少年は首を傾げる。

こんな時だけ年相応の雰囲気を出すのはなんなのだろうか。

 

「それはそう、ですが、あれは、その」

 

「そういえば、案件詐欺のお詫び、してもらわんとな?」

 

狐目の少年はニヤニヤと笑いを隠さず、悪びれもなく言った。やはり金髪は不良だ。

 

ああ、コイツ…分かって言ってやがる、と諦めた()()が車を停めた場所は…どうみてもガッツリとラブホだった。

 

というかこれは犯罪では?

アッチに脅されてるのにコッチが捕まる奴では?

ぐるぐると冷たい汗と暑い頬に感情を乱されながら、彼女は一応訪ねた。

 

「どうして私なんかを? 禪院の御曹司で、その実力なら選り取りみどりなんじゃ?」

 

そう聞いてみたのだ。そこに、少し期待がなかったかというと嘘だろう。

だが、淡い期待はガッツリと裏切られた。

 

「最近、色々手続きやら手配やら要るようになってきてな。補助監督を()()()()だら便利かなて」

 

「クソ野郎じゃないですか!? 」

 

あまりの扱いに思わず抗議の声をあげる。

そりゃこの仕事をやっていれば面倒ごとの手配や手続きには慣れるが、さすがにその口説き文句はないだろう、と思わずには居られない。

そりゃ甘酸っぱい告白を期待してはいなかったが…

もう少し、こう、オブラートというか、お仕着せというか、いい衣に包まれたかった、と思ってもバチは当たるまい。

そんな事をこの場で考えている時点でほぼ負けているのだが。

 

それを見透かしたかのような少年は、それに、と付け足した。

 

「スーツ似合う女は、脱がせたいやろ」

 

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