……
…
「え!真嶌さん、フライアに行ったんですか!?」
昼前のラウンジにエリナの驚愕する声が響いた。
思った以上に驚いた彼女の反応に若干途惑いながらコウタは話した。
「あ、ああ。俺も今朝聞いたばっかりなんだけどさ、なんでも新設された部隊に転属することになったらしいんだ。あの人かなりのベテランだし、アドバイザーか何かで呼ばれたんじゃないかな」
「アドバイザーねぇー。参考にならないアドバイスしかしない人がねー」
得心のいかない表情でさらりと毒づくエリナに苦笑するコウタ。
すると、その隣で紅茶を飲んでいたエミールが口を開いた。
「とは言えあの人も人が悪い…せめて一言くれれば見送りに馳せ参じたものを…」
「あー、まあしょうがないけどな。ほら、昨日帰ってすぐ榊支部長に呼ばれてただろ?あの時に言われたんだってさ。急な話だよな」
「成る程。だが、上からの指示とは言え…あの人もなかなかの苦労人だ」
同情するように表情を落とし、エミールは再び紅茶を口に運んだ。
するとエリナが不思議そうな表情でコウタに話しかけた。
「…あの、コータ隊長」
「ん?」
「真嶌さんって、実際どういう人なんですか?一年くらい前に
「偉そうって…凄いんだぞ実際」
「隊長や他の先輩たちは尊敬してるみたいですけど、私はあの人のこと何も知りませんし、何が凄いのかも分かりません。確かに昨日の戦いぶりは凄かったですけど…連携は乱すし、周りの事見てないし、時間にはルーズだし、言ってる事いい加減で訳分かんないし…」
「ま、まぁ確かに…戦闘以外じゃあ色々と問題あるけど…」
「とにかく!あんな自分勝手で自己中な人に、ベテランってだけであそこまで偉そうにされなきゃいけないのかが分かりません!」
不平不満を連ね、ズバッと言い切るエリナに対し、コウタは困ったように苦笑いを浮かべた。
「うーん…って言われてもなぁ」
と、返答に迷っている所へヒバリがやって来た。
「あ、居た居た。コータさん」
「え?」
「榊支部長が昨日の任務の報告書なんですけど、真嶌さんの分も出しておいて欲しいって」
「げっ!マジ!?」
「じゃあ確かに伝えましたから」
それだけ告げるとヒバリはそそくさとエントランスへと戻っていった。
「ハァー…んじゃ、そう言う事だからこの話はまた今度な」
そう言ってガックリと項垂れながらコウタは二人を残してラウンジを後にする。
取り残された二人の間に、微妙な空気が漂う。
すると、相変わらず紅茶を啜るエミールにエリナが訊ねた。
「ねぇエミール」
「ム」
「あんたはさぁ…何か知らないの?あの人のこと」
「ふむ…生憎だが、僕もあの人が極東に来る以前のことはよく知らない。だがエリナよ、そんな事は瑣末なことだ!」
カップを置いたエミールが高らかに語る。
「過去がどうであれ、あの人が優れたゴッドイーターである事は違えようの無い事実!故に、僕はあの人の背を追うのだ!そう、騎士として!僕はいずれあの人を超える!」
握りしめた拳を高く掲げてエミールの演説が終わる。
結局最後はアンタの話か…とでも言いたげなエリナの冷たい視線が突き刺さるが、気に留めた様子も無くエミールは彼女に背を向けた。
「そう言う訳だ、僕は訓練に行って来るとしよう。いずれ騎士として、あの人の隣に立てるように…」
「…あっそ」
そう言って立ち去ろうとするエミールから視線を外し、エリナは物思うように天井を見上げる。
と、ラウンジを出ようとした所でエミールは立ち止まり、背中越しに語り掛けた。
「…時にエリナよ」
再び声を掛けられ、エリナは彼に視線を戻す。
「僕も詳しく知っている訳では無い。だがこの極東の地に住まう先人の神機使い達は皆、こぞって彼のことをこう呼んでいるらしい…“伝説の男”と…」
「…」
それだけ言い残すと今度こそエミールはラウンジから出て行った。
「伝説の…」
ラウンジに残ったエリナは、ジュースのグラスを見つめながらその言葉を繰り返す。
伝説の男…その呼び名にどれだけの意味があるのか。どれ程の畏敬の念が込められているのか。この時の彼女には、まだ知る由も無かった。
「ま、確かに…遅刻や命令違反の数なら伝説になってそうだけど…」
皮肉るように独り言ちる彼女の頭には、あの眼帯の男の顔がチラついていた。
……一方、当の噂の本人はと言うと、
「ぶえっくし!!」
移動用のヘリの中で盛大なくしゃみをかましていた。
「風邪…いや、ちゃうな…誰かがワシの噂しとるな」
「分かるんですか?そんなこと」
ヘリのパイロットが操縦席越しに訊ねた。
「当たり前や、ワシの第六感ナメたらアカンで」
「第六感…ですか?」
「せや。長いことこないな仕事やっとったらなぁ、長年のナントカっちゅうやつぐらい備わるっちゅうねん」
「えーっと…つまり…勘、なんですね…」
ぼそりと言ったパイロットの一言が文字通り癇に触れるたのか、真嶌は後ろの席から手を伸ばすとパイロットの頭を鷲掴みにし、
「なんやおどれ、馬鹿にしとるんか?おぉ?」
そう言って彼の頭を揺さぶり始めた。
「ちょ!?危ないですって真嶌さん!ほら!もう着きますから!」
そう言ってパイロットは彼の意識を向けさせようと必死に窓の外を指す。
すると一旦手を止めた真嶌が視線を向けた先には、荒涼とした大地を突き進む要塞があった。
「あれか…」
「ええ、あれが極致化技術開発局…通称フライアです」
船の上にビルをそのまま載せたかのようなその支部の姿に、さすがの真嶌も思わず目が釘づけになる。
その後、着艦する為席に着くようパイロットに促され、言う通り席に座りシートベルトを締めた。
近づくにつれ、支部の全貌が細部にわたって見えてきた。
一言で言えば装飾華美とでも述べようか。
外観から漂う煌びやかな雰囲気に思わず眉を顰める。
「ハン…えらいケバケバしい所やなぁ」
不快そうに真嶌は言った。
「聞いた話じゃあここの局長の趣味らしいですよ。こんな見た目でも研究所として機能してるから本部も何も言わないようで…」
「こないな飾りなんかに金使うくらいやったら、他にせなアカン事あるやろがっちゅうねん」
「ハハ、言えてますね」
「笑い事や無いやろがドアホ!」
言いながら真嶌は背後から操縦席を蹴りつける。
「うあ!?だから真嶌さん!危ないですってば!!」
機内で暴れる真嶌に四苦八苦しながらも、パイロットは何とかヘリをフライアへと着艦させた。
「では、真嶌さん。御武運を」
「おう、おつかれちゃん」
パイロットに労いの言葉を掛け、真嶌は再び飛び立つヘリを見送った。
「随分と慕われているのですね」
不意に、背後からそんな声が聞こえた。
振り返ると、そこには車椅子に乗った金髪の女性が居た。
黒いドレスを身に纏い、レースの付いた帽子の下から覗かせるその顔は、異質なまでに穏やかだった。
「…あんたが例の博士か?」
確かめるように真嶌は訊ねる。
事前にこの女性について榊からある程度聞いていた真嶌ではあったが、凡その研究者とはかけ離れた彼女の雰囲気に違和感を覚えていた。
真島の問いに対し、女性は優い笑みを浮かべたまま口を開いた。
「お待ちしていましたわ。私がフライアの副開発室長、ラケル・クラウディウスです」
「…真嶌吾朗や。博士じきじきにお出迎えやなんて、えらい気が利いてるやないかい」
「フフ、当然ですわ。だって貴方は、極東の伝説の人なんですから」
変わらぬ笑顔で言った彼女の言葉に、真島の顔が不快げに歪んだ。
「やめやめ、その呼び方は…それは若い連中が勝手に言うとるだけや」
「あら、素敵な呼び名かと思いますけど…」
「いらん。そないな気取った呼び方、ワシは好きや無い。それより、こないな所でいつまでも立ち話しとってもしゃあないやろ。はよ中へ案内してくれへんか」
「フフフ、そうですね。ではこちらへ、私の部屋へ案内します」
そう言うと彼女の乗った車椅子がひとりでに動き出し、自動扉を潜ってヘリポートを後にする。真嶌はその後ろから付いて行った。
フライアの中は更に煌びやかな装飾で溢れていた。
貴族趣味とでも言おうか、極東の研究施設とはかけ離れた豪華なフライアの内装は、真島の機嫌をさらに悪くした。
飾られた絵や、ステンドグラスの飾りを見るたびに、真島の表情はどんどん不機嫌になってゆく。
「こういった趣向はお嫌い?」
顔を歪ませる真嶌に、振り返ることなくラケルは訊ねた。
「絢爛豪華っちゅうか…よう今の時代にこないなモン造る余裕があるのぉ」
「そうですね。でも…こんな時代だからこそ、余裕が必要なのでは?」
「はぁーん…少のぉとも、ワシの趣味や無いなぁ」
そんな他愛ない会話を交わしているうちに、二人はある部屋へとたどり着いた。
そこは密閉された広い空間で、中央には寝台のような台座が置かれていた。
「なんやここ?ここがアンタの部屋かいな?」
「いいえ…貴方にはまず、試験を受けて貰います」
そう言ってラケルは中央の台へと彼を案内する。
そこには、ちょうど人一人が横になれる大きさの台と、それに並んで置かれた一つの神機があった。
その光景に、真嶌は見覚えがあった。
「まさか…ワシにもっぺん適合試験受けろっちゅうんかいな」
「その通りです。貴方は古いゴッドイーターから…新しいゴッドイーターへと生まれ変わってもらいます」
「新しいゴッドイーター…」
「貴方は選ばれた血を持つ者…その力を目覚めさせるために、貴方には再び洗礼を受けて欲しいのです」
穏やかで優しい微笑みを浮かべながら、彼女は子供に言い聞かせるように言った。
適合試験…それは、正式に神機を持つために受ける適正検査のようなものであり、これを経て、入隊志願者はようやく正式なゴッドイーターになれる訳である。
だが試験には尋常じゃない苦痛が伴い、失敗すれば死ぬ可能性だってある危険なもの。
それをもう一度受けなければならない事実に、真嶌は思わず表情を曇らせる。
「かなわんなぁ…痛いのは嫌いやっちゅうのに」
「フフフ、ご安心を…これを乗り越えれば、貴方は更に超越した力を得られるのだから」
「ハァ…」
諦めたように重いため息を吐いて、真嶌は台の上へと寝そべった。
それを見てラケルは意味ありげな含み笑いをすると、そのまま別室へと移動した。
『気を楽に…貴方は選ばれてここに居るのですから』
スピーカーからラケルの声が部屋に響いた。
何も言わず、真嶌は色の無い表情で目の前の天井を見上げる。
すると突然右腕が固定され、手首に嵌められていた赤い腕輪が外された。
思わぬ事態に真嶌が驚いていると、すぐさま別の黒い腕輪が装着され、今度はドリルのような突起物が上から降りてきた。
額から嫌な汗が噴き出るのを感じながら、真嶌はそれを凝視し、そして、
「ぐぅううぉおあああああああああああ!!!」
試験場に、真島の絶叫が響き渡った。
降下してきたドリルは、黒い腕輪ごと右腕に突き刺さった。
……
…隣の研究室からその様子を眺める二人の人物が居た。
一人は試験を行っている張本人、ラケル。そしてもう一人は新設された部隊“ブラッド”のリーダー、ジュリウス・ヴィスコンティその人だった。
「適合失敗か?」
モニターに映った真島の悶える姿を見たジュリウスがラケルに訊いた。
「いいえ、よくご覧なさい」
彼女はすぐに否定した。
すると、画面の向こうに居る真嶌が、気合の一声と共に寝台から身を起こした。
『イッ………痛ったいちゅうねんボゲェ!!』
誰に向けられた訳でも無い罵声を放ち、真嶌は寝台から飛び降りた。
年のせいもあってか息は上がり、顔から滴り落ちる脂汗を拭いながら彼は部屋に取りつけられたカメラを睨みつける。
『ハァ…ハァ…どや、生まれ変わって若返った気分やで』
画面の向こうから放たれた一言に思わずラケルは笑みを零す。
「おめでとう…これで貴方は、新たなる力を持つ権利を得ました。ようこそブラッドへ、貴方には期待していますよ」
マイクに向かって祝いの言葉を投げる。
それを聞いた真嶌は、力が抜けたように再び寝台に寝転がった。
……
大きなため息を吐いて真嶌は呟いた。
「ハァー…しんど。もう二度と御免やで」
どっと込み上げてくる疲労感に苛まれながらも、彼はは再び立ち上がりラケルの研究室を目指した。
如何でしたか?
感想、ご意見お待ちしています。
あと、更新に些か間が空いてしまい申し訳ありません。
仕事が最近忙しくて更新が不定期になると思いますが、出来れば気長にお待ちください。