「ねぇ、アスカ。昨日ちゃんと碇くんにチョコ渡した?」
珍しくゆったりした時間に登校してきたアスカにそう切り出しながら、ヒカリは「おや?」と小首を傾げた。
アスカの胸元から、甘いチョコレートのにおいがした気がした。
「あのね」ヒカリの前の席に腰掛けながら、アスカはやれやれといった様子で返す。
「高校二年にもなって、渡すわけないでしょ。バレンタインなんて、大人が金儲けのために作ったただのイベントじゃない」
そう言いながら、去年まではなんだかんだで手作りのチョコをシンジに渡していたことを、ヒカリは知っている。
「そんなこと言って、ホントは『プレゼントはわ・た・し』とか、やってたりして」
「え?」
「……え?」
「やってないわよ、そんなことっ」
アスカがぷいとそっぽを向いて、ヒカリは苦笑した。
(やった、のかな……?)
「……それ、なんの雑誌?」
机に頬杖をついていたアスカが、ヒカリの手元を指差した。
「あぁ、これ? 鈴原から没収したいかがわしいやつ」
「ふーん……」
ヒカリからその雑誌を受け取ると、アスカは興味がなさそうにパラパラとめくり始めた。
だが、そのページを開いた時、アスカの手がピタリと止まった。
「それとかさ、不潔っていうかなんていうか。ほんとバカだよね、男子って」
『バレンタイン特集!』と銘打たれたその見開きページには、スタイルのいい女性が上半身だけ裸でポーズをとっている写真が掲載されていた。水着の代わりなのだろう、トップレスのふたつの先端は溶けたチョコレートで覆われ、最低限のデリケートゾーンを隠している。
「こんなことする女子が実際にいるわけないのにね」
「え?」
「え……?」
「アスカ」
シンジが近づいてきて、アスカにハンカチとポケットティッシュを手渡した。
「今朝、忘れていってたから」
(あれ……?)
シンジの口元から、ほのかに甘いチョコレートの香りがすることに、ヒカリは気がついた。それは、アスカから漂っていたにおいと同じものだった。
「碇くん、アスカとお揃いのリップクリームしてる?」
「え? あ、あー、そう、そうなんだ」
なんだ。
アスカ、今年もやっぱり碇くんにプレゼントしてたんじゃない。お揃いのリップクリームとは、洒落たことをする。
「あーッ!」
突然、アスカが大声を出して立ち上がった。
「先生に頼まれてたプリント提出するの忘れてたッ! ほら、シンジ、急がなきゃ!」
「? え、ちょ、アスカ! うわっ!」
アスカがシンジのワイシャツの首根っこをつかんで、爆速で教室の外へ走り去っていく。
「なにか、気に触ることでも言っちゃったかな?」
取り残されたヒカリは、頭にクエスチョンマークを浮かべた。
アスカの机の上で、雑誌の中のチョコレートの女性が、健康的な笑顔で微笑んでいた。
了