「鈴原のバカとは、飽きないの?」
駅前のカフェで向かい合わせに座りながら、アスカは美味しそうにケーキを頬張っているヒカリに言った。
「全然、仲いいよ」
ヒカリはうれしそうに、先ほど購入したワンピースが入った紙袋を持ち上げる。
「旅行、二人で行くわけ?」
「うん。大学が別だから、会う時間限られちゃうし、二泊三日で遠出しようって」
「ふーん……」
「アスカだって、碇君とはうまくいってるんでしょ?」
「そりゃあ、まぁ……腐れ縁だし」
「幼なじみってだけでそんなに続かないんじゃない?」
恋人との旅行用の服が調達できて、ヒカリは機嫌がいいようだ。
アスカは、ヒカリのまっすぐな眼差しから視線を逸らした。
カラン、とアイスカフェオレの氷が鳴って、夏の音色が儚く溶けた。
料理に挑戦しようと思ったのは、先日ヒカリと久しぶりに会ったのが原因だろうとアスカは思う。
シンジはゼミが入っていて、帰宅にはまだ時間がかかる。
合鍵でアパートの部屋に入り、少し早いが夕食の準備にとりかかる。料理といっても、シンジが買い溜めしていたそうめんを茹でるだけの簡単なものだ。これくらいなら、いくら自分でもなんとかなるだろう。
「うぇ……」
アスカの甘い算段は、薬味を用意しようとしたところで脆くも崩れ去った。包丁でネギと生姜を切ろうとしたところで、手が止まってしまう。
やり方がよくわからない。そもそもそうめんだって、パッケージ裏の説明によると茹で時間はほんの数分でよいらしく、それではすぐに茹で上がって、シンジが帰ってくる頃には伸びてしまっているかもしれない。
ーそもそも、そうめんって伸びるのか?
「ただいま、アスカ」
鍋がグツグツと湯立つ音だけが室内に響く中、シンジが帰ってきた。
「ごめん、一緒に帰れなくて……って」
今日は夜まで湿度が高い。シンジは額と首筋の汗をそのままに、キッチンで包丁を手にしたまま固まっているアスカを振り返った。
「まさか……晩御飯作ってくれてるの?」
「悪い?」
バツが悪そうにアスカが睨めつけて、シンジは慌てて首を横に振った。
「ううん! すっごく、うれしい」
「あ……そ、そう?」
「うん。あー、でも……どうしよう」
任せていい? という言葉を、シンジは飲み込んだ。
包丁の持ち方が危うい。あれではきっと、指を切ってしまう。
「手伝うね」
「……ありがと」
シンジはベッド脇に荷物を置き、シンクで手を洗ってから、冷蔵庫の横にかけていた愛用のエプロンをアスカの首から通した。
「使って、アスカ」
アスカの両腕をエプロンに通してから、背中で紐を蝶々結びにする。
「似合う?」
「うん。できる人みたい」
「バカ。でも、まぁ、悪くないかも」
シンジはアスカの背後から両手を通した。かすかにアスカが頬を赤らめたことにも気づかず、そのまま彼女の手の平を包み込むように両手を重ねる。
汗くさくはないが、シャワーは二人で浴びたい。夏の夜、二人の間から幼なじみの気配が消えて、男女のにおいがほのかに漂った。
「包丁を持つ時は、人差し指を伸ばして」
「こ、こう?」
「うん。左手は軽くグーにして、そう……うまいよ、アスカ」
ささやくようなシンジの声が耳元をなでて、アスカはドギマギした。後ろから肌を重ねる時よりも言葉が甘く響くのはなぜだろう?
結局、アスカの料理はネギを切るだけに留まり、そうめんと生姜の準備はシンジが担当した。そればかりか、シンジは茄子と蓮根、ごぼうの天ぷらまで用意して二人の食卓を彩った。
「なんか、複雑な気分……」
「どうして?」
隣に腰掛け、缶ビールで乾杯をしながら、シンジは小首を傾げる。
ねえ、シンジ。
ー好き?
シンジがあまりにも美味しそうにそうめんを頬張るので、アスカはその問いをぶつけるのが馬鹿らしくなってしまった。
「料理さ」
「うん?」
「簡単なやつから覚えるから、また教えてよ」
「いいけど……無理しなくても大丈夫だよ?」
「そうじゃなくて。秋から就活始まるし、一緒に帰れる日、減るかもだし……」
「そっか……。そうだね」
決して、離れるわけではないが。
きっと今年の夏もあっという間に過ぎ去って、気の早いコオロギが、遠くでもう鳴いている。
うなじへ頬をすり寄せてくるアスカを、シンジは彼女の腰に手を回してやさしく抱きすくめた。
朝夕に夏の暑さは幾分か和らぎ、シンジは今日もゼミで帰りが遅い。
合鍵で部屋へ入り、靴を脱いだところで、アスカはキッチンの違和感に気がついた。
冷蔵庫の脇に、二人分のエプロンがかけられていた。使い古したシンジのエプロンとお揃いのものを見つけるのは、苦労しただろう。
好きだな。
ーと、アスカは確かにそう思った。
了