合鍵で部屋に入ったアスカは、ハンカチで首元を拭いながらフローリングの床へトートバッグを放り投げた。
もう九月だというのに、残暑は厳しく、湿度が高い。シンジのアパートはわずか1Kの広さだが、エアコンをかけるとすぐに部屋中に冷房が効いてくるのはありがたかった。
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、一口含む。グビグビと飲み干したい衝動を、アスカは我慢した。
ブラジャーを外して、カラーボックスから用意したシンジのTシャツに着替える。ゆったりしたフォルムのそのシャツは、ショーツ姿のアスカの太ももあたりまでをうまく隠した。
脱衣所の小型洗濯機へワンピースを投げ入れ、中央のミニテーブルの前に腰を下ろす。アスカはしばらくスマートフォンで時間を潰した後、ベッドサイドのペンギン型の置き時計に目をやって舌打ちをもらした。
「おっそい」
まだ三十分しか経っていなかった。
テレビのスイッチをオンにして、リビングボードの上段に収納している据え置きのゲーム機へ手を伸ばす。コントローラーを持ち、ゲーム機本体の電源を押しかけたところで、アスカはまたしてもその動きを止め、「むむむ」と口を波打たせた。
結局、アスカはコントローラーをテーブルに置くと、テレビの隣の本棚からマンガを一冊抜き取り、背中からベッドに倒れ込んで、読み始めた。
が、十分もしない内に「だあぁ〜」と放り投げてしまう。
「この巻もう飽きたぁ〜! あのバカ、なんで続き買ってないのよ! この後どうなるか気になんないわけ!?」
両手を万歳して、何往復もゴロゴロとベッドの端から端を行き来する。シングルベッドの幅は狭く、その暇つぶしも五分ともたなかった。
「あぁ、もう! いい!」
アスカは立ち上がってベッドの上で地団駄踏んだ後、台所脇にあるビニール袋の前で仁王立ちした。
中にあるのは、昨日スーパーでシンジと選んだ新作ポテトチップス「黄金のコンソメ味」。
アスカはおもむろにポテトチップスの袋をつまんで持ち上げたが、苦虫をすり潰したような顔で逡巡した後、弱々しく袋を元に戻した。
また持ち上げ、また戻す。
五回ほど繰り返したところで、玄関のドアがガチャリと開いた。
「ただいまー。あぁ、涼しいや」
汗だくのシンジが入ってきて、振り返ったアスカと目が合った。
「ごめんね、アスカ。思ったよりゼミが長引いちゃって」
「遅い!」
アスカは腰に手を当て、右手の人差し指をビシッとシンジに突きつけた。
「だから、ごめんってば」
シンジは両目を吊り上げているアスカと、彼女の後ろのポテトチップスが入った袋を交互に見た。
「手洗ったら、飲み物、すぐに用意するね」
「む……」
シンジがやわらかな笑顔を向けて、両手を組み始めたアスカはわずかに眉を下げた。
「アイスコーヒーとレモンティー、どっちがいい?」
「……アイスコーヒー」
「冷凍庫にバニラのアイス残ってるから、乗っけてウィンナーコーヒーにしようか?」
目尻を大きく下げてこくこくと頷くアスカに、シンジは軽くハグをした。
「……あのさ」
「なに?」
ドリンクとお菓子の準備が整い、ソファーに腰を下ろしたシンジの股の間にお尻を捻じ込んだアスカは、深く背中を預けながら振り返った。
「これ、毎回しなきゃだめ?」
シンジは右手のポテトチップスの袋と、左手のアイスコーヒーのグラスを同時に持ち上げた。
「ゲーム、一緒にできないんだけど……」
「なに言ってんのよ。ホラーゲームなんだし、操作は私がするんだから別にいいでしょ?」
アスカはポテチをシンジの口へ運び、自分はアイスコーヒーのストローに口をつけた。胸を少し、シンジの腕へすりつけるようにしてやる。
お・い・し・いーと、アスカは口だけを動かした。
「まぁ、いいけどさ」
頬を赤らめながら、シンジが小さく体を捩る。
「今日はラストまでクリアするわよ、バカシンジ」
アスカはいたずらっぽく笑って、最高の笑顔をシンジへ向けた。
了