「あ……」
財布を取り出したシンジは間抜けな声を上げた。
「シンジ?」
注文をしようとしていたアスカはシンジの手元を覗き込む。
「ごめん、お金が……」
しまった。見栄を張りすぎてしまった。
初めてもらったアルバイトのお給料で来た遊園地。デートの最後の締めに、出店のホットスナックとドリンクを買おうとしたところで、使えるお金がなくなってしまった。
財布から顔を上げたアスカから、シンジは思わず目を逸らした。少し泣きそうな顔を見られたことが、さらに情けなかった。
「ちょっと拝借」
「あ……」
アスカはシンジから財布を取り上げると、コインポケットから百円玉を二枚取り出した。
「これくらいなら、いい?」
「え? あ、うん……でも、それじゃあフライドポテトも買えないかも……」
シンジを無視して、アスカは出店のカウンターの方へ向き直る。
「おばちゃん、みたらし団子ひとつ」
「はいよ」
団子が五個の串団子を手にしたアスカは、シンジに向かってニヤリと笑ってみせた。
◯
十月も終わりの頃。
晩秋の夕暮れは肌寒く、シンジはジャッケットのファスナーを閉めなかったことを後悔した。両手はさきほど購入したコーヒーとカフェオレのカップに、手首には屋台で買った軽食やスナック菓子が入ったビニール袋まで提げていて身動きがとれない。
旅行帰りに立ち寄ったサービスエリアだった。平日ということもあってパーキングに車は少なく、レストランや売店にも人はまばらだ。
「買いすぎじゃない、シンジ?」
売店で大学の友人たちへのお土産を買い終えたアスカは、集合場所のトイレ前に戻ってくるなり呆れた様子で言い放った。
「ごめん。夜まで走るし、色々必要かなと思って選んでたらこんなになっちゃった」
「帰るだけなのに、浮かれちゃってさ。あんたって、いつまで経ってもしょうがないんだから」
アスカはシンジの右手からカフェオレのカップを受け取ると、自分たちの車に向かって歩き始めた。
運転免許を取得してから初めてのドライブ旅行だ。確かに浮かれていたのかもしれない。
さすがに学生の身分で車までは買えない。レンタカーの赤い軽自動車に乗り込み、シンジは助手席のアスカへサービスエリアの戦利品が入ったビニール袋も手渡した。
「疲れてない?」
なんだか寂しくなって、シンジはぼそりと訊ねる。
「うん」
「楽しかった?」
「うん」と頷いてから、アスカはジトっと横目でシンジを睨めつけた。
「……って、なに? ご機嫌とるみたいに。なんか許してほしいことでもあるわけ? まさかおそろで買ったペンダント失くしたとかじゃないでしょうね?」
「ち、違うよ! そういうんじゃないから」
旅の終わりが寂しく感じるのはなぜだろう。帰り着いた後もアスカはシンジのアパートに泊まっていくし、離れ離れになるわけでもない。あるいはパーキングエリアの眼前に広がる黄昏時の海が、ノスタルジーを誘うからだろうか。
マジックアワーの景色は、オレンジというよりかはむしろ朱色に染まっていて、シンジとアスカはコーヒーカップに口をつけながら、穏やかに凪いでいる海をぼんやりと眺めていた。
随分遠くまで来てしまった。ふと昔を懐かしむ。
エンジンはかけずに、音もなく。
世界には自分とアスカの二人しかいないのではないかと、シンジは錯覚した。
「あ……みたらし団子」
売店のビニール袋を漁っていたアスカが、うれしそうな声を上げた。
「甘いもの食べたくて。一本だけだけど、今食べない?」
「うん。いいね」
団子が五個の串団子。
アスカは覚えているだろうか?
「交互ね」
「うん」
シンジは少し、驚いた。
アスカがまず、シンジの前にみたらし団子を差し出したからだ。
あの日と同じように。
「いいの?」
「さっさと食べなさいよ」
炭焼きされた甘辛い団子を、交互に口へ含んでいく。最初にシンジが食べたので、当然最後の一個はシンジに当たる。
そこでアスカはピタリと動きを止めた。しまった、と思ったらしい。
「いいよ、アスカ。食べて」
アスカがクシャッと笑って、シンジはやわらかい笑顔を浮かべた。
時は流れて、疎遠になった人たちも多いけど。
どうやら、全然変わらないこともあるようだ。
「へへー、シンジ大好き」
——その一言が聞きたくて。
一本しか買わなかっただなんて、恥ずかしくて口にはできないシンジだった。
了