シンジとアスカの短編集   作:アキみかん

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春の夢

 寒さも和らぎ、春が見え始めた昼下がり。

 アスカは上機嫌でシンジのアパートへ向かっていた。

 人工進化研究所への就職については、自分はともかくシンジが書類審査と面接のどちらかで落ちやしないかヒヤヒヤしなものだったが、年明けに無事二人揃って内定通知が出た。それ以来、アスカとシンジは残りの学生生活を余す所なく謳歌しているのである。

 そろそろシンジはアパートからの退居準備を始めなければならないが、半同棲で気ままに居座っていた自分には関係がないことだ。加えて、明日は丸一日予定がない。

「バっカシンジーっ♪ 今日は早めにお風呂に入って夜はゆっくり……」

 シンジの部屋の玄関のドアを開けた瞬間、アスカの全身が「カッチーン」と固まった。

「やぁ、アスカ。今日もご機嫌だね……」

 シンジが苦笑いしながらアスカに向かって手を振る。

「う……え? ママと、おばさま?」

 シンジの真正面に並んで座るキョウコとユイが、同時に振り返った。

 

「どういうことか説明してもらいましょうか、シンジ?」

 アスカはシンジと二人正座で縮こまりながら、突然シンジのアパートを訪問してきた母親二人をチラチラと観察した。

 ローテーブルを挟んだ向こう側、キョウコはいつも通り何を考えているかわからない様子でニコニコと微笑んでいるが、腕組みをしながらシンジを見下ろすユイは何やら複雑そうな表情だ。

 なぜいきなり二人で訪ねてきたのだろう?

 そういえば、シンジの引っ越しの手伝いをするために、二人が下見に来るとシンジから聞かされていた気がする。

「まぁまぁ、いいじゃありませんか、ユイさん」

「いいえ、よくありませんよ。まだ二人には早いと思います」

 キョウコの意味ありげな目配せとユイの物言い。

 ——バレてる……。

 アスカは確信した。

 アスカは無意識にベッド脇の本棚の下を盗み見た。

 救急箱の奥に隠してある、大量の「大人のおもちゃ」。今夜も使うからと、今朝はベッドの上に出しっぱなしにしていたのだ。

(ちょっと、シンジっ)

 アスカは隣のシンジの脇腹を肘で小突いた。

(ママたち、何時頃に来たのよ?)

(一時間くらい前だけど……)

 横目で目が合った後、シンジは情けないのか恥ずかしいのか、なんともよくわからない顔で俯いた。

(バレたのね?)

(? なんの話?)

 この期に及んでとぼけるとは。

 アスカは泣きたくなってきた。

「ねぇ、アスカ、シンジ君。若気の至りってやつよね?」

 キョウコがなだめるように言った。

 いいじゃないか、使ってみたらけっこう楽しかったんだから。焦らして焦らして、最後にシンジとひとつになると最高に満たされた気持ちになるんだから。

「こういうのは、社会人になってからだと私は思います」

「でもね、ユイさん。わたし、孫の顔を見るなら早いうちがいいなぁ〜って思うんですよねぇ」

「ふざけすぎです、キョウコさん」

「い、いいじゃないッ!」

 バンッ! とテーブルを叩いて、アスカは立ち上がった。

「そりゃあ、最初はラブグッズとかどうなのとは思ったけど! ママたちも知ってると思うけど、シンジとは中学の頃からつきあってるんだし、今だってほとんど半同棲みたいなことしてるんだから、部屋にそういうものがあったっておかしくないでしょ!」

 三人はぽかんとした顔でアスカを見上げていた。

 あぁ、もう!

 こうなったらヤケクソだ。

「でも、シンジとはちゃんと真面目につきあってるわよ! このバカ、私がいないとなんにもできないんだから!」

「あ、アスカちゃん……?」

「一人暮らし始めてからだって平気で寝坊するし、課題だっていっつも詰めが甘いし。卒論だって抜けてるところがあって、私が手伝ってなかったらってヒヤヒヤしたんだから。こんだけ面倒見てるんだから、週末の夜くらい二人でゆっくりしたっていいじゃない!」

 一気に捲し立てたアスカの息が切れる。

「……あのね、アスカ」

「なに、ママッ!」

 キョウコは立ち上がって、シンジの隣に座ると、おもむろにシンジのズボンの後ろポケットに手を突っ込んだ。

「んな……⁉︎」

「! あ、だ、ダメですよ、キョウコさん⁉︎」

「まぁ、いいじゃない? どうせ後でバレるんだから」

 呆気にとられるアスカに向かって、キョウコはシンジのポケットから取り出した四つ折りの紙を広げてみせた。

 それは、婚姻届だった。

「へ……?」

「なんかね、シンジ君役所に転出届けもらいに行く時に、一緒にもらってきたんだって」

「だから! どういうこと書かなきゃいけないのか、ちょっと気になったっていうか……」

「ふ……ぇ……?」

「まだ学生の身分で何言ってるのよ。そういうのはね、ちゃんと仕事に慣れてから考えなさい」

「わかってるよ、母さん」

 湯船にお湯がたまるように、首から上に向かって、徐々にアスカの顔が赤くなっていく。

「愛されてるわねぇ、アスカ」

 うふふ、とキョウコは耳打ちした。

「でも、あのおもちゃの量はちょっと買いすぎかもね」

 アスカの頭部が「ボンッ!」と爆発する。

「バあぁカシンジいィィーッ!!」

 ニヤけながら両眉を吊り上げるという器用な真似をしながら、アスカは全力の右ストレートをシンジの顔面に叩き込んだ。

「なんで僕が!」

 シンジの体が壁際まで吹っ飛ぶ。

 窓から差し込む春風が、ぐったりと倒れ伏すシンジの頬をやさしくなでた。

 

 

   了

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