俺の名はユーゴ。しがないレユニオン(兵士)だ。
チェルノボーグ事変の一件から感染者を保護し非感染者の排除を目的に掲げる過激組織レユニオンに参加した一般人だ。
俺の父はウルサスで教導官を務める軍人だったのだが、ある日、街中で起きた工業用オリジニウム回収車の交通事故により運悪く母と共に感染した。
ウルサスにおける感染者の扱いは止まることを知らないように苛烈で凄惨なものだった。
時折り視察帰りの父が言った言葉を覚えている。
「彼らは人として扱われない。障害者、老人、少年、少女問わず劣悪な環境下に隔離され、体内をおかす源石が臓物を食い荒らす時まで働かされる。」
「…こんな国が『帝国』を名乗るなどとは、嘆かわしいものだ。」と。
感染後、俺と母は父の伝手で他ブロックの都市の一軒家に秘匿された。
母は死ぬ最後まで父との暮らしを渇望していたが結局それは叶わず、3ヶ月に一度の手紙のやり取りでしか互いの状況を知るしかなかった。
しかしそんな便りが俺にとってどれ程心の良薬となったかは父ですら知る由はないだろう。
それだけ、社会と隔絶された日々の生活は孤独だった。
しかしそんな俺の日々にも一つの、大きな転換点を迎えた。
レユニオンである。
チェルノボーグで蜂起した彼らは手始めに非感染者を手当たり次第に虐殺し、連結を切り離して逃げ延びようとした他都市にも攻撃を加えた。
当然、俺が住んでた居住区もその攻撃に晒されたのだが、感染者であるということで歓迎された。
その時の彼らの謳い文句はよく覚えている。
『共に立ちあがろう!』
『俺たちの権利を勝ち取るんだ!』
『非感染者どもに裁きを与えるんだ!』
大方このようなものだった。
彼らの主張は一見正当なものに見えた。過去から現在に至るまで、感染者に対する風当たりや偏向報道は絶えなかった。
都市や化学工業の発展に伴いオリジニウムへの依存は高まるばかりだ。
それは即ち源石と社会生活の距離が縮まることを意味し、ひいては感染者の増加を意味するということだ。
というのに、ウルサスや他国家の対応というのは至って単純で隔離・追放・強制労働の三言で済まされるほどにおざなりにされている。
かといってレユニオンは本当に正しいのだろうか?
権利を勝ち取る……これが最たる目的なのは間違いない。
ではその権利とは感染者にとって何を意味する言葉なのだろうか?
当たり前に日々を過ごせる権利?道を歩いても心無い暴言や石ころを投げつけられない権利?適切な処置や治療を受けられる権利?他国家のように、自らの移動都市を持ち文字通りの独立を果たすことか?
いずれにせよ、非感染者に対して差別者・被差別者の区別もつけず手当たり次第に殺す姿勢を変えないことにはどうにもならないだろう。
憎悪や暴力は時としてこの上ない力となるが、気付かぬうちに敵を作りかねないものでもある。
どのあれ俺に選択肢はなかったようなものだった。
父との連絡が途切れた以上、これ以上に支援を求められるとは思えなかったし日々の外とは隔絶された生活ゆえか、彼ら……レユニオン達がひどく魅力的に思えたのだ。
『なんて、自由に生きているのだろうか』と。
必需品をまとめて、自宅から出てしばらくしたところに死体が転がっていた。
身なりから貴族の夫婦のものだと判断した。
彼らは自らの地位や既得権益の保護のためメディアやスピーチでちょくちょく煽動的な物言いで差別を助長させてきた。
ともなれば死体の原型が残っているだけマシと言えるのだろうか?
向かいの白塗りの豪邸のバルコニーからは、顔の原型が分からぬほどの殴打を受けた一家の死体がぶら下がっている。
「どうした新入り?」
「…いえ、何も」
「ああ、あれはまだマシな方さ。酷いものだとハラワタを引き摺り出されたやつまでいる。」
「貴族はもう全滅したんですか?」
「さあな。でもま、後悔はしてるだろうよ。」
俺を部隊へ先導してくれているこの男は『ブランド』と言う。
レユニオン結成時からいる古参兵だ。
その証拠に彼のユニフォームは泥や血のシミをいく層に重ねて乾かしたような異色を持ち、腰につけた武器も他の構成員のものよりも洗練され、機械的で高品質なものだった。
彼の元に集まった感染者は俺だけだったらしい。
尤もそれは当然だった。貴族の居住区域に隠れ住む感染者など俺以外に誰がいるだろうか。
その点をブランドはハッキリと警告した。
「お前は出自を誤魔化した方がいい。組織っつっても年齢や出身の違いなんざ此処(レユニオン)じゃざらだ。」
「面倒な奴…まあ稀だが、自国の歴史云々をぬかして他人を責め立てる奴すらいる。ましてやお前は貴族の居住区に隠れ住んでたんだ。勘のいいやつはお前の父親が権力者だってことにすぐ勘付くだろう。」
「……まあそう怯えるな。体から源石が生えてる以上、俺は仲間の生まれも育ちも気にしねぇよ。」
今思えば俺はブランドに会えて実に幸運だった。此処まで親身になってコミュケーションをとってくれる人自体が俺にとっては稀有だったからだ。
感染するまでは学校にもきちんと通っていたが軍人だった父の影響のせいか、あまり他人と円滑なコミュニケーションを取れなかったことがあった。
日々の通学を経て友と呼ぶに相応しい同級生は何人かいたが、感染者となってからは当然ながら音信不通となった。
それでも父からの便りには友達が心配して実家に訪ねてきてくれた事など、身を案じてくれたことが分かっている。
(お前は無事なのか………ソニア。)
この不安は誰にも届かないし、当の彼女が知ることもないだろう。
空高くから落っこちて、人知れず積もる雪のように誰にも知られず心の中に降り積もっていった。
「俺たちの任務は至って単純だ。残存兵の掃討と立市街地の占拠だ。隊の運用は15人1組で行う。10人だと少なすぎ、20人だとやや過剰だからな。」
「お前の面倒は俺が見てやる。だからしっかりと着いてこい」
入隊に次いで武器の支給がなされたが、実に簡素なものだった。
白に統一された野戦服に、視界用に貫通された穴が空いた仮面。反りのついたマチェテとクロスボウ・矢の一式。
今回の作戦に於いて俺は初陣だ。そんなわけで俺の持ち場は前衛……ではなくクロスボウを用いた後方支援を請け負うことになった。
幼い頃父と一緒に森へ狩猟やキャンプである程度武器の扱いについては知っているつもりだった。
が、標的がウサギではなく人となると話が違ってくる。
こちらと同じように思考し、考え、逃亡を図る民間人を撃つなどと。叶うことならしたくない。
が、現実は非常である。
軍という、非力な民間人にとって唯一の拠り所が壊滅状態にある今、現実と真逆の事実を放送するメディアによって状況が掴めない今、家から出た避難民
は自力でこの極限状態からの脱却を図らねばならない。
あるものは玄関の鍵を閉め、窓や裏口を板や椅子を用いて即席のバリケードを構築したりしたが、数で大いに勝るレユニオンの敵ではなかった。
軍も同様で、現実を顧みない士官の命令に耐えきれず投降する者。玉砕覚悟の突撃を行う者……なんであれ、一度戦闘に入れば阿鼻叫喚だった。
「α分隊は迂回しろ!民家の影を利用して敵の射線から外れて移動!!β分隊は敵先鋒に一斉射!Ω分隊は高所の遠距離兵に応射!」
ブランドの指示を受けた俺は、乗り捨てられた高級車の陰から必要最低限の部位だけ出してクロスボウを構えた。
このクロスボウの上部には中距離対応型のスコープが取り付けられている。十字が描かれた照準機を利き目に当て、交点にウルサス兵の頭部を合わせる。
トリガーを引く。
喉に命中した。
続け様に照準を合わせる。頭部を狙ったのにも関わらず命中点が下に逸れたのは距離による減衰効果のためだろう。
敵兵との距離は目算でおよそ45m。スコープの交点が敵兵の頭頂部に合わせ、トリガー引くが不思議なことに矢が発射されない。
…しまった!あろうことか矢を装填し忘れていた!
「クソッ!」
今日初めての暴言だった。改めて矢を装填し弦を発射位置に戻すための回転ハンドルを回して再び構える。敵はすでに後退し始めていて、背後からの攻撃となった。
功を焦った俺は既に距離が伸びているのにも関わらず射撃を行ったが、結果として瓦礫の瓦礫が転がるアスファルトに弾かれただけだった。
「何してるユーゴ!」
隣の分隊士に怒鳴られた。
「戦線はもう動いてんだ、俺たちも追撃するぞ!」
お互いにマスクを被っているせいでひどく声がくぐもっているが、指示はハッキリ聞こえた。
指示に合わせて遮蔽物から体を起こすが兵士の逃げた曲がり角より先から叫び声が聞こえた。
迂回したα分隊が、撤退しか眼中になかった敵兵の横腹を奇襲したのだろう。
結果としてウルサス兵は全滅。味方はそれぞれの分隊で3〜4名ほどの負傷者と3名の死亡者を出した。