〜解隊当日〜
俺自身としては居ても立っても居られない気分だった。
まるで自分だけが地に足をつけられていないような、現実という最も安心できる空間から意識が飛び出してしまっているような気分だった。
昨日に話した新米との会話はまだ頭の中でこだましていた。俺自身、適当なところで打ち切って自前の寝具に眠りつきたい気持ちだった。
食糧不足に、二分化、そこに拍車をかける衛生環境の悪化……対立関係が以前から露呈していた庶民層と貴族層の合同収容を成せば校内の治安悪化は避けられないことだとわかっていた筈だ。
ましてや校内を監視していたレユニオン兵達の撤退や移動などと、まるで意味がわからなかった。
現場監督者は一体全体誰だというのか?
そいつは20歳にも満たない女子供が殺し合う様をみるのが趣味な快楽主義者だとでもいうのか?
「ユーゴ、時間だ。」
こうしてブランドに集合命令がかかるまでの間、俺は自前の寝具に座り込んでは考え込んで、また何も考えなくなるようなループを繰り返していた。
錆びついた窓枠から外を覗くと、先の戦闘の生き残りや出立のおぼつかない新米達が、民間から奪い取ったバスに乗り込んでいくのが見えた。
俺たちが掃討したこの都市はチェルノボーク蜂起時にレユニオンの動向をいち早く察知して連結を切り離した都市だ。
あと30分もすれば移動首都であるチェルノボークに到達するらしい。
そして都市間の連結を終えた後、分隊員を乗せたバスが本部より事前に通達された指定部隊へ移動する手筈となっている。
俺と付き合いの長いブランドも同様に移転するらしく、龍門スラム街で活動中のレユニオン部隊の指揮を執るらしい。
最もこれは指揮官クラスに直接通達された極秘類のものなため、ブランド自身も詳しくは教えてくれなかった。
ただ彼の配慮で、先日射撃訓練にて同行してくれた例のエンジニアを俺と同じ隊の所属になるよう手配してくれた。
いかに丈夫な構造している銃とはいえまだ試作品の段階なため、非常時には専門家の助けが要るだろうと考えてのことだったそうだ。
「また何処かで巡り合うことだろうよ。その時は肴でも挟んで、くだらねえ世間話でもやろう。」
今思えば彼にはとことん世話になった。
入隊時から今に至るまで戦術、指揮、部隊の編成や運用法など良識あるかの指揮官からは学んだことは多かった。
この経験はこの先俺を生かすものともなれば自らを過信させ、早死にさせるものにもなり得るだろう。出来うる限り後者を選択せぬよう日々を生き抜こうとバスの車窓に頭を預け、眠りにつきながら心に誓った。
ーーーーーー
体感で1時間あたりは眠りについていただろうか?
覚醒してなお、瞼がやや重いのは睡眠が不十分であるという証左だ。
隣に座りんでいた例のエンジニアはこちらの目覚めに気がつき、部隊に到着するまであと10分もかからないことを教えてくれた。
今思えば、彼の事を俺は「エンジニア」と呼称しているだけで本名については全く知らない。この機会に互いに正しく自己紹介をするべきだろう。
「俺の名前はユーゴ。お前は?」
「ペトロフだ……ってまだ互いに名前すら知らなかったんだな。」
「これで解決したな。」
「ああ……だけどユーゴ、俺はこれからどうなるんだ?俺はお前の武器エンジニアだから基本的に2人1組で動くことになるだろうが、戦闘経験なんてないぞ?」
「だったらなるべく後方に下がってくれてればいい。お前がどうすべきかは俺が指示を出すし、非戦闘時に銃のメンテナンスや補助とかやってくれれば十分さ。」
「そうかそうか、これで一安心できるよ。お前が典型的なウルサス軍人の性分を発揮して妄言じみた理屈で俺を前線に引っ張り出そうなんて日には、この組織から脱走を企てただろうな。」
「おいおい、逃走者は銃殺するぞ?後ろからあの試験兵器でな。一発だ。」
「銃殺するにしても、もうちょっと穏やかな武器を選んでくれないか?」
「武器に穏やかも人道もあるか?」
「「ないな」」
などと今後の互いの行動や冗談を言い合って時間は経過した。
バスが速度を緩めて停車した時、周りには自らと同じく白いフードと仮面を装備している兵士たちが大勢いた。
見る限り此処は前線基地というよりもそこから一歩引いた橋頭堡らしい。
夥しい数のテントや行軍中の隊列、そして境界の端にはウルサス軍から鹵獲したであろう数々の車両や榴弾砲などの装備が確認できた。
車両やドローンなどの比較的大型なものはきちんと整然されており状況が違えば、査察を受けた部隊のように整列された光景だった。
一方でヘルメットやタクティカルベスト等の雑多な装備品は道すがらに集合地点へ向かう途中で、所々山積みにされており、『必要なら勝手に持っていけ』と言わんばかりの状態だった。
だが俺は此処で、改めてレユニオンという組織の巨大さたるを再確認させられた。移動しているうちに特殊な迷彩パターンが施された狙撃隊、仰々しい角が特徴なサルカズの傭兵達、背中に何やら大柄な飛行装置を取り付けた空挺兵と思しき特殊部隊などなど、これまでの掃討戦ではお目にかかることもなかったであろう部隊を見ることができた。
隣のエンジニア、もといペトロフも周囲の光景に夢中になっていた。
時折り興味を惹く兵器を持ち歩いている者に近づいてはその性能や機構など質問責めしていたため、俺はその都度その相手に謝罪して半ば引きずるような形でその場を後にするようなことがあった。
やめろペトロフ。俺まで変な目で見られるだろうが
だがそれと同様に、俺もかなり目立ったようだ。何せ全長2メートルにも上るライフルを担いでの移動だ。
この物々しい兵装を視界の中に入れれば、俺だって暫くは目が離せずに観察してしまうことだろう。
ーーーーーーー
指定キャンプへ移動すると、指揮官と思しき人物が俺たちを出迎えてくれた。
声の高低からしてブランドよりも若年だと当時俺は推測したが、実際その通りだった。
何せその男は先日の戦闘で戦死した小隊長の代理を務める副官の立場だった人物だからだ。
彼はそのよく響き渡る声で新隊員である俺たちに向かってこう宣言した。
「今日からは私がお前達の指揮官だ。お前達がかつての旧隊でどのような扱いや戦術に則って戦ってきたかは知らんが、これからは私の部下になった以上、私の指揮に従ってもらう。これは絶対だ。」
かの指揮官の軍装は一般兵士と同じく、白いフードと無機質な仮面だったが、その仮面には一筋の切れ目が入れられていた。察するに敵との戦闘中に入れられたものだろうが、実戦における実力がどのようなものかは推察しかねる。
もっとも、それは近いうちに証明されることだろう。
此処に至るまで数多くの特殊部隊を見たが、言い換えれば此処チェルノボーグ都市は他方へ逃げ出した小都市よりも遥かに戦線が広く、かつ多くのウルサス兵の残党が隠れ潜んでいるという事を如実に示している。
そのための収集だったのだろう。
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夜間のミーティングで指示された作戦はこれまでと同じく、残党狩りだった。
ただ此処は他都市と違い、連結時には中心都市としての役割を果たす文字通りの『都市』なため地形条件や敵との遭遇率はこれまでとは違ってくるだろう。
ビルの密集率、防衛時に砦として利用できる建物の配置や数……卓上に広げられた地図を見るだけでその情報量がどれだけのものか理解できた。
当然、俺たちの指揮を執るこの若い隊長様はそれら全ての要素を把握して作戦立案を行うべきなのだが
例の小隊長様は何処か満足げな様子だった。というのも、俺たちが担当する区域は激戦区というには殆ど味方制圧下にある地域であり、大方の主力部隊はレユニオンの精鋭部隊が片付けてしまったようだ。
つまり、此処での俺の仕事はブランドの元でやっていた頃と同じような掃討戦であるというのだ。
それに気づいた隊員達の反応は様々で、一部は安堵、一部は落胆、一部は無関心というような雰囲気だ。
かくいう俺自身も少し落胆している。
ブランドやペトロフが手間暇かけて用意してくれたこのライフルは、結局使わずじまいか……というふうに。
だが、作戦開始から2日とたたずに俺たちレユニオンは、全く新たな敵と遭遇することになる。
俺たちと同じく感染者に降り注がれる迫害と差別の根絶を謳い、ひいては鉱石病そのものの根絶を掲げる組織。
ロドスだ。