出発は、日がまだ登りきらない午前4時ごろだった。
多くの隊員が頭を起こしたばかりであくびをするもの、ふらついているもので一杯だった。中には仲間内で酒盛りをしていた連中もいたらしく、頭が割れそうだなどと溢していた。
作戦時に俺たちは小隊規模ではなく分隊規模で行動することになっている。
指揮官いわく、既に大方の脅威が取り払われている今、戦闘特化の編成よりも遠距離、近距離要員を混ぜ合わせた混成部隊の方が、今作戦への投入に適していると判断したそうだ。
確かに比較的入り組んだ市街地を分隊規模で、纏まった行動をとるのは些かもたつく。
小隊規模なら多くても18人程度の規模なので、逃げ隠れた敵兵の掃討に必要となる最低限の戦闘力と機動力を確保できる。故に、今回の編成は正しく思える。
俺たちの配属地区は都市中枢より幾分か南に離れた商業街だった。
戦火に巻き込まれてもなお、数々の店……百貨店や専門店、飲食店が原型を保って立ち並んでいる光景は、今はない、かつての賑わいや人混みを想起させるには十分な規模だった。
今となっては客どころか、それぞれの家屋の主すら居なくなってはいるが、それでも夜間の休憩所としては十分利用できる程度には損傷が少なかった。
そのため、隊の数人は何かと理由をこじつけて集団から離れてそこらの食品店に押し入ろうなんて言い出した。
此処最近、味気ない携帯食しか食べてこなかったこともあり彼らの言い分にはすこぶる共感したものだ。だが悲しいかな。此処は味方の戦線付近とはいえ、戦場であることには変わりない。
商店街のみならず、入り組んだ地形や遮蔽物の多い地形には多かれ少なかれの敵兵が潜んでいるのだ。
そのことを分隊長自身も理解していることもあり、彼らの言い分は却下された。
……それでも夜間の見張りの際、棄てられた商店街へ抜け出していく数人を見逃したことは内緒だ。
翌日に、折を見て彼らには声を掛けよう。
そして今夜起こったことをダシにして、俺の簡潔かつこの上なく分かり易い脅し文句を以って持ち帰ってきたお宝を幾分か分取ろう。
俺自身、美味いものはたらふく食べたいのだ。
翌日、早朝になり俺は例の隊員達の御様子を伺いに彼らの寝床へ寄った。
4人ほどの人数で固まって向かい合い、それぞれのバックからお宝を取り出しては朝食にと洒落込んでいた。
そんなご機嫌な彼らの背後から声をかけると、まるで背後のきゅうりに気づいて飛び上がった猫のような反応をした。
前述したような至極単純な脅しを用いた外交のもとに、彼らは白旗をあげ、俺に3袋ほどのスナック菓子を譲ってくれた。
他の隊員に見つからないよう足早に自身の持ち場へ踵を返し、結局3つのうち一つを今朝の朝食として完食した。
此処しばらく携行食か粗雑な缶詰程度しか食ってこれなかったこともあり、健康や合理性など度外視したこのジャンクフードは俺の小腹を満たすには過十分なほどの幸福感を口内にもたらしてくれた。
そこで理性よりも欲が先走って、結局二つ目の半分まで腹に注ぎ込んでしまった。
見張りの仕事というのは至極単純かつ暇なもので、それを担当する兵士の娯楽といえば、仲間内との雑談か、或いはこのような食事ぐらいだろう。
正午になって以降、寝床を取っ払い、再び小隊規模での移動を開始した。
先刻の兵士たちは例の戦利品を食い切れなかったのか懐が幾分か膨らんでいた。
あれでは他の隊員から怪訝な目で見られてもおかしくはなかったが、4人まとまって後衛の位置についているためあまり目立っていない……腹に食料詰め込んだ奴らが後衛ってマジカ?
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特に戦闘もない惰性な日々が続いた。
此処最近で、何か特別なことがあったとすればそれは大事にしてきたスナック菓子が残り一袋を切ったことぐらいだ。
隊員達の間では、一種の反抗というべきか、この特に変化の生じない掃討任務に嫌気のさしている者たちすら見られる。
ある奴はこんな錆びついたゴーストタウンなんかよりも、都市中枢に駆けつけて味方に加勢すべきなんじゃないかと大声でおらぶ者すらいた。
この者の言い分に対して、俺は何か適切な返答というものを持ち合わせていないし、何かと正論を持ち出せば却って反感を買う可能性すらある。
小隊長や新たな若輩分隊長殿がどのような考えを持ってこの任務を他小隊の連中と遂行しているのかは分からないが、少なくとも暇していることには差ないだろう。
だが、そんな俺たちの堕落を蹴り上げるような噂が此処最近広がっている。
言い出しっぺは、同じ部隊の無線通信手の男からだった。
どうやら此処最近、都市中枢近辺でウルサス軍とも警察隊ともいえぬ見慣れない部隊が活動しているらしい。
俺たち、白を基調としたユニフォームのレユニオンとは対照的に、黒や濃紺を基調としたタクティカルベストにクロスボウや近接武器を装備した少数の部隊だそうだ。
機密保持のためか、ゴーグルや帽子といった者で素顔を隠しており、潰走を続けているウルサス軍警よりも一段と強いらしい。
聞いた話では、ある部隊が中枢の包囲網から逃れようとした避難民を襲撃した際、その所属不明の部隊が突然現れて、小規模な衝突の後に避難民を連れて姿を消したそうだ。
戦闘に遭った部隊では死者は出ず、軽傷者のみに済んだそうだが、その大半が、盾とメイスを持った一人のクランタの女にやられたそうだ。
戦闘自体は数分と短けれど凄まじかったそうで、その女が突進するだけで包囲に穴が空き、メイスを一払いすれば、並の構成員達は吹き飛ばされたそうだ。
粗末な夜食の肴にと、言い始めた通信手の男の周りには続々と同じ部隊の連中が集まってきた。
どうやら彼の話は、変わり映えしない自堕落的な形式任務に飽きていた者達にとって良い目覚ましになったらしい。
自分の話に興味を持ってもらえたことに悦んだ男はさらに続けた。
その部隊の構成員は皆、肩に統一された部隊マークをつけており、それの下に連なった一文字が刻まれているらしい。
『RHODES ISLAND』
と。