Episode FULL・BLAST 久遠の歌姫   作:ホシボシ

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SONG21 未体験ゾーン(後編)

 

 

こうして、世界は救われた。

 

 

司達を眠らせたナイトメアドーパントはどうやら撤退したらしく、姿を見せる事はなかった。

だがとりあえず場は丸くなったので良しとしよう。司達は葵達と合流するまでルカの屋敷に世話になる事になった。

今日はパーティだ。司がホールの端で窓の外を見ていると、ミクがジュースを持って話しかけてきた。

 

 

「本当にすごいね、司、あんなのに変身できて」

 

「ああ。仮面ライダーか」

 

「ありがとう本当に助かったよ。はい、これ」

 

「ありがとう」

 

 

ジュースを受け取ると、司とミクがグラスを軽くぶつけて乾杯を。

 

 

「仮面ライダーにも歌はあるんでしょ? 後で教えてよ。私、歌いたいな」

 

「ミクは本当に歌がうまいからな。楽しみだよ」

 

「あ、二人とも、何話しているんですか」

 

 

夏美もジュースを持って司のミクの間に入ってきた。

他愛もない会話だと答えると、夏美は頬を膨らませて唸り声を。

 

 

「ミクちゃんに鼻の下とか伸ばしちゃダメですよ、司くん」

 

「ハハハ、モテモテだね司は」

 

「よ、よしてくれよ……、ハハハ」

 

 

パーティは何の問題も無く終わり、司は自室に戻る事に。

すると、ふと、ミクが窓の外を見ているのを見つけた。なんだかとても寂しそうだ、司は思わず声をかける事に。

 

 

「会いたい人がいるの」

 

「え?」

 

「誰だが、分からないけど……、会いたい」

 

「誰だろう?」

 

「分からない。ごめんね、こんな話、突然」

 

「ああいや、いいんだ。おやすみ」

 

「うん。おやすみね、司」

 

 

ミクは司に手を振って別れを告げる。同じく自室に向かう司。

それを、夏美は複雑な表情で見つめていた。

 

 

「………」

 

 

司はベッドの上に寝転びながらジッと天井を見つめていた。

ムネモシュネの件はナイトメアドーパントが見せた悪夢だと言う事が分かったが、だからと言って問題はある。何故そんな悪夢を見せたのか、だ。

だが、まあ、仲間がいればなんとかなりそうな気がする。夏美達はココにいるんだ、今はそれを喜ぼうではないか。

 

そうだ、もう離さない。絶対に夏美達は死なせない。

緊張から解き放たれたのか、司は大きな欠伸を一つ。

心にあるのは安堵だ、皆がなんともなくて、本当に良かった。

本当に皆が変わっていなくて、良かった。

 

 

「――ァ」

 

 

そのまま眠ってしまったか、司は自分の名前を呼ぶ声で目を覚ました。

体を起こし、目を擦ると、そこには微笑みかけてくる夏美が見えた。

そうだ、微笑みかけてくれている。これほど幸せな事はない。

 

 

「どうした? 夏美」

 

 

夏美は制服から赤い服に着替えており、頬を桃色に染めていた。

モジモジとしながら、俯き、司の傍に足を進める。

 

 

「司くんは――、意地悪です」

 

「え?」

 

「ミクちゃんとあんなに楽しそうに私の前で話すなんて」

 

「あはは、まさか嫉妬してるのか?」

 

「も、もう! からかわないでください! 私の気持ち――、知ってるくせに」

 

「ごめん、ごめん。大丈夫だよ。ミクはただの友達だ。だいたい俺は目覚めたばかりなんだぞ」

 

「そ、そうですよね! あはは、私ったら勘違いして! ご、ごめんなさい」

 

 

夏美はニンマリと笑みを浮かべると、司のすぐ近くに座り、体を寄せ合う。

 

 

「ねえ、司くん、あんまり私以外の人に話しかけないでくださいね。嫉妬しちゃいます」

 

「――ああ、分かったよ」

 

「ふふっ、嬉しい。嬉しいけど、やっぱり心配」

 

「えぇ。信用無いなぁ、俺」

 

「司くんが悪いんです。あ、そうだ、だったら私とずっと一緒にいられる物あげます」

 

「なんだよそれ、ずっと一緒ってちょっと重いぞ」

 

「も、もう! 馬鹿にして! と、とにかく、とっておきのプレゼントあげますから!」

 

 

夏美はすぐに用意すると。

 

 

「コレで司くんをメロメロにしちゃいます。名づけて、『どこでも夏美ちゃん』です!」

 

「あはは、なんだよそのセンスの無い名前」

 

「だあもう! いいからいいから! ちょっと待ってて!」

 

 

 

夏美は早速、作業に取り掛かった。

司は笑みを浮かべながらそれを見ている。

夏美が頑張っている姿はなんともおかしく、思わず声が漏れた。

 

 

「くはっ」

 

「笑わないで」

 

「悪い悪い」

 

「うんしょ、うんしょ、ちょっと大変ですね」

 

「がんばれ、がんばれ」

 

『うん、がんばります』

 

「おお、応援してるぞー」

 

『棒読み止めて』

 

「あはは」

 

 

『もうすぐですよ司くん! ミクちゃんには司くんはふさわしくないんだから! 司くんは私のなんだから! 渡さないんだから!』

 

「モテるね俺は」

 

『できた! 司くん、ご褒美のハグを求めます』

 

「え? あ、あー、仕方ないな……」

 

『えへへ、さあ、何をしましょうか司くん』

 

「そうだなぁ、じゃあやっぱり……、仮面ライダーでも見るか」

 

『たはぁ。もうっ! そればっかりですね本当!!』

 

 

扉が開く音が聞こえた。

視線を移すと、そこには我夢と双護が立っていた。

 

 

「あ、どうしたんですか二人とも! 司くん、我夢君たちが来ましたよ」

 

「よおどうしたお前ら。悪いけど今、夏美と一緒に仮面ライダー見てるんだ」

 

「か――ッ、仮面――……」

 

「そうそう、何度見ても飽きないよな。なあ夏美」

 

「独特な昔のCGも今となっては味がありますよね」

 

「そう、そうなんだよ。特撮ってのは映像技術の進化も一緒に楽しむ事ができるんだよな。そりゃあ昔の作品は今見ると少し違和感があるかもしれないけど――」

 

「もう、そんなのはどうでもいいです! 司くんが喋るから音が聞こえないじゃないですか」

 

「悪い悪い。いやしかし電王はやっぱり面白いなぁ」

 

「モモタロスさんたち、楽しそうですね」

 

「そうそう。やっぱりこうアクターさんや声優さんの演技が光るというか」

 

「司、夏美、楽しいか?」

 

「そりゃあもちろん、お前にも貸してやるよ双護」

 

「夏美はどうだ? 本当は司に合わせてるんじゃないのか?」

 

「そんな事ありませんよ、そりゃ私も最初は乗り気じゃなかったけど」

 

「おい!」

 

「あはは、ごめんなさい。でも今は好きですよ。面白いです!」

 

「だってよ、双護」

 

「……そうか」

 

「あ、終わった。さあ次は何を見ようか、夏美」

 

「キバがいいです。キバ。私キバーラだから」

 

「お前は本編にはいなかったぞ」

 

「いいんです、キバがいいな。キバキバ!」

 

「はいはい、分かったよ。仕方ないなお前は」

 

 

ふと、我夢の後ろから人影が二つ。

ゼノンとフルーラはニヤニヤと笑いながら司と夏美を見ていた。

 

 

「ゼノン、フルーラ」

 

 

双護が声をかけると、ゼノンは帽子を上げて挨拶を。

 

 

「こう言うパターンもあるんだね、意外だったよ。新しい発見だ」

 

「それにしても滑稽だわ」

 

 

呆れた様に笑うフルーラにゼノンは同意を示す。

全ての終わりがこれならば――

 

 

「クソすぎるぜ。なあ、ディケイド!」

 

 

ゼノンは思い切り足を振るう。ヒットしたのは夏美の体だった。

首の無い、制服が血まみれになった夏美の胴体だった。

 

 

「夏美、キバはやっぱり今までのライダーとは少し雰囲気が違った作風がだな」

 

『もう人が集中して見てるんだから黙っててくださいよ』

 

「馬鹿野郎、作品って言うのは知識があってより面白くなるものなんだよ」

 

『押し付けるのは良くないと思います!』

 

「あ、ほら! 戦闘シーンだ。鎖の音がカッコいいよな」

 

 

司は一人で喋っていた。ベッドの上に寝転び、夏美の『頭部』を抱えて妄想相手に喋っていた。

悲しいかな、部屋にやって来た血まみれの夏美を見たとき、司の脳は壊れたのだ。

夏美はその後、自分で自分の首を切断した。転げ落ちた夏美の首を拾い上げ、司は自分の鳥篭の中で、永遠の世界を作る。

 

 

「夏美、キバはカッコいいなぁー」

 

 

もちろんキバなどどこにもいない。ただ脳内の中で繰り広げられる一人芝居に司は興じていたのだ。

夏美の首を抱きしめ、うつろな目で、薄ら笑いを浮かべている。

 

可哀想に。カゲロウデイズに心が折られたのだ。

いや、本当は司だって心のどこかで分かっていたはずだ。この時間軸も数多あるループの一つでしかないという事を。

なのにそこから目を反らし、都合の良い話を受け入れた。

 

つまり、司は戦う事を否定したのだ。夢を見せられていた? そんな馬鹿な話があるか。

なのにソレでいいと、ソレが良いと本気で思い、飲み込まれた。その結果がコレだ。

双護と我夢は屋敷の中が血で染まっているのを確認している。部屋で眠っていたユウスケ達は当然死んでいた。

 

誰が殺したのだろうか?

それは分からない。そんな事はもはやどうでもいい。

今はただ、目の前のベッドで寝転び、ヘラヘラ笑っている司がなんとも愚かに見えた。

 

 

「夏美ぃ、ずっと一緒にいようなぁ」

 

 

死体の首を抱え、赤子の様に丸まり、そして笑っている。

それは戦いの終わりだった。カゲロウデイズがもたらす現実を司は受け入れる事ができなかった。

あれだけ夏美を殺す事を渋っていた男が、最終的にこんな間抜けな終わりを迎える。

 

 

「フザけてんじゃねぇよゴミ屑がァ!」

 

 

珍しく怒号をあげ、ゼノンは夏美の髪の毛を掴み思い切り引っ張る。

司の腕からすっぽ抜ける夏美の首、すると司の表情が鬼気迫るものへと変わった。

 

 

「やめろッ! 返せよゼノンッ! 夏美を返せよ!!」

 

「アホかお前は!! こんな『おままごと』する為にお前は世界を繰り返してきたのか!?」

 

 

ゼノンは夏美の首を地面に叩きつけると、トリガーマグナムを連射して、夏美を崩壊させていく。

 

 

「やめろぉお! 夏美が痛がってるだろ!! 夏美が苦しんでるだろ! 止めろよ! 今すぐ離れないとぶっ殺すぞ!!」

 

 

涙目になりゼノンを突き飛ばす司。

本気なのだろうか? 本気で彼はその言葉を口にし、本気で夏美を守るためにゼノンを突き飛ばしたのだろうか?

ならばその時、聖司は完全なる敗北を遂げた。

彼の仮面ライダーディケイドは、死んだのだ。

 

 

「いい加減にしろ! 司ッッ!!」

 

 

動いたのは双護だった。

ゼノンの前に立つと、迫る司の襟首を掴み、直後全力で殴りつける。

うめき声をあげて倒れた司へ、再び双護は掴みかかった。

 

 

「夏美はもう死んでる! ココはまだカゲロウデイズの中だ! ムネモシュネが作った世界の中なんだよッ!」

 

「違う……! 夏美は――、そこにいる!」

 

「ナメてるのかお前! 首だけの人間が生きてる訳無いだろ! それにもうゼノンが壊した。次は眼球や脳みそにでも話しかけるか? お前! 本気でいい加減にしろよ!!」

 

「止めてください! 双護先輩ッ!」

 

 

我夢は悲痛な叫びを上げて双護に掴みかかる。ボロボロと涙をこぼし、上ずった声を荒げた。

 

 

「僕だって狂いそうだ! またアキラさんが死んでた! また守れなかったッ! ちくしょう! ちくしょうッ!!」

 

「それがどうした!」

 

「あ、あ、貴方は真由先輩がいないから耐えられてるだけだッ! 司先輩の気持ちを、少しは考えてあげてくださいよ!!」

 

「馬鹿かお前は!!」

 

 

双護は司を突き飛ばすと、直後、今度は我夢の肩を強く押して壁に叩きつける。

 

 

「確かに俺は、真由が一番大切だ! 正直に言えば、真由が巻き込まれていない事に心底安心してる!」

 

「ッ」

 

 

双護は泣いていた。ボロボロと泣いていた。

初めてだった。ココまで双護が涙を流すところを見るのは。

 

 

「だがな! アキラが死んで悲しくない訳がないだろ! 夏美が死んで苦しくない訳がないだろ!」

 

 

それは司と我夢だって同じはずだ。

誰も死んで欲しくない、誰も傷ついてほしくない。当たり前だ。ああ、当たり前なんだ。

 

 

「俺がお前らを、愛していない訳がないだろッッ!!」

 

「!」

 

「俺にとってお前たちは、初めて心のそこから親友と呼べる人たちなんだ!!」

 

 

守れなかったのは双護も同じだ。

最強と謳われる力があるのにも関わらず、皆を犠牲にしてしまった。

友を守れず、何が――、何が……。

 

 

「心が、身が、ズタズタに引き裂かれるように辛い! ああ! そうだ! 死ぬよりも辛い!!」

 

 

双護が視線を移すと、そこには夏美の胴体に手を伸ばしている司が見えた。双護は司の名を叫び、再び殴りつける。

うめき声をあげて床を転がる司。誰もがボロボロと涙をこぼし、視線を交差させる。

 

 

「いつまで目を背け続ける! いい加減に目を覚ませ! お前、仮面ライダーだろ!!」

 

「!」

 

「目を開けろ司! お前は何の為にライダーになった!? 夏美を守るためだったろう! そして次は、お前の信じる正義のためだ!」

 

 

大ショッカーに負け、なによりもCOBRAに負け、自分達は試練をリタイアする事も考えた。

しかし司は最終的に、COBRAに勝ち、戦い続ける事を宣言した。

 

 

「俺はお前の選択に、心から尊敬し、憧れを抱いた!」

 

 

司が説く正義、そして仮面ライダーに誇りを覚えた。

 

 

「そのお前なら分かる筈だ! 分かる筈だろッッ!!」

 

「双――ッ!」

 

「俺の本当の妹は俺の前で死んだ。眼球が飛び出し、脳が飛び散り、瓦礫の破片が顎を突き破って出ていた。だが俺は今! その死をしっかりと視ているぞ。覚えているぞ!」

 

 

そして、鏡治との戦いを経て、真由が本当の妹になった。

それは過去の記憶がしっかりと残っている証だ。つまり天王路双護が天王路双護であると言う紛れもない証拠。

 

 

「我夢だってそうだ。アキラが死ぬ運命を受け入れず、変えたじゃないか!」

 

「それは……!」

 

 

ヤマタノオロチとの戦いは我夢に確かな進化を与えた。

覚えている。覚えているぞ。それは我夢が我夢である証明。

 

 

「忘れたとは言わせないぞ司! 俺達はなんだ? 決まってる! 仮面ライダーだろ!」

 

 

自分達は神じゃない。守るべき人間を正しく決める事はできない。

だからこそ、目の前で危険に晒されている人間がいれば助ける。そう言ったのは他でもない、司ではないか。

 

 

「それが、ライダーの力を得た俺たちにできる、せめてもの正義だと、お前が言ったんだ! 司ッッ!!」

 

「双護……、俺は――ッ! 俺は!!」

 

「いいか司。俺たちはまだほんの少ししか巻き込まれていない。けれど、そう、ミク達は何十回、もしかすると何百回、いや、何千と巻き込まれたかもしれないんだ!!」

 

 

覚えている筈だ。司達は助けを求める声を聞いてココにきた。

そう、カラスの言葉を信じるなら、この地獄を何の罪も無いミク達は味合わされ続けている。

それだけの人生があった。それは偽りかもしれないが、その記憶は確かに存在していたのだ。

 

構成は記憶から成るのか、存在から成るのか、それは双護にも分からない。

しかし一つだけ分かるとすればループした数の悲しみがあった。苦しみが合った。理不尽な死が、罪の無い人たちを苦しめた。

 

 

「そんな人たちを守り、助けるのが俺達(ライダー)の役目じゃないのか!? 答えろ! 聖司ァア!!」

 

「―――」

 

 

その時、司の目に光が灯った。

司は双護の手を振り払うと、部屋を飛び出し、走った。

ただひたすらに走った。階段を転げ落ち、走った。

 

 

そして、白。

 

 

雪が降っていた。雪が積もっていた。

 

 

「なんで……ッ!」

 

「―――」

 

 

レンは既に冷たくなったリンを抱きしめて大粒の涙を流す。

約束した、幸せにすると。しかしできなかった、殺した、自分が彼女を殺したんだ。

レンは歯を食いしばって強く強くリンを抱きしめた。

 

 

「愛していたのに――ッッ」

 

 

そうかレンはリンが好きだったのか、愛していたのか。

誰もが皆、悲しみの中で死んでいく。そしてそれをただ見る事しかできなかった司をミクはどう思っているのだろうか?

生き残った司は少し離れた所にいたミクを発見する。ミクは血まみれだった、何故こんな事になったのかは分からない。

分からないが、ミクの命がまもなく消え去る事だけは嫌でも理解できた。司はミクに何度も謝罪する。

 

どこかの時間軸、守ると言った。

皆の幸せを壊さないと誓った。しかし結果は誰もが全てを失う最悪の絶望。

そうか、そうだ、この世界も司は、仮面ライダーは負けたのだな。

 

 

「俺を許してくれ――ッッ」

 

 

守らなければならなかった。

命を賭けても愛を守る。それが――

 

 

「大……丈夫」

 

 

その時だった。

ミクは血まみれの手で司の頬を優しくなでた。

血がつこうとも関係無い、司は瀕死のミクの手を強く握り締める。

 

 

「ごめんね、迷惑……かけて、私のせい。私がいたから――、ムネモシュネが……」

 

「ミク! まさか、記憶が!」

 

「うん。たまに、戻るの。これから死ぬ少しの時だけ、本当の私になれる」

 

 

本当のミクは司に何度も謝罪を行った。

こんな筈じゃなかった。こんな事は、望んでなどいなかった。

 

 

「ムネモシュネがはじめに使ったカゲロウデイズ。あれは、二人が同じ時間に――、だから、それを引き起こしたのは――」

 

「いいッ、もういい! もう喋らなくていいんだ!!」

 

「でも……」

 

「すまない、本当に――ッッ、ごめん!!」

 

 

司はミクを恨まない。そして同時に、ミクは司を恨むなどしない、ただこの結末に涙は流す。

悲しい、悲しすぎる。皆で笑いあえる未来がよかった、皆が幸せに過ごせる世界がほしかった。

嘆き、悲しみ、恨み、絶望する世界なんていらなかった。望んでいなかったのに――ッ!

 

 

「司と、夏美達とかと、会って、友達に……なりたくて――」

 

 

いわば今が、司がミクと初めて知り合った場面だ。

次はまた、別の、偽りのミクが司の前に現れる。

 

 

「本当は、みんな……良い人たちばっかりなんだけどッ、分かって、もらえないのが、残念」

 

 

ボロボロと涙がこぼれていた。

司は強く頷く。掠れる目でも分かるように、強く、強く、大きく。

 

 

「紹介したかったな。レンくんとか、リンちゃんとか――、他にもいっぱい、お友達がいるから、きっと、みんな、仲良くなって……」

 

 

血が溢れた。

ミクは司の手を強く握りしめ、搾り出す様に言葉を放つ。

 

 

「もっと……生きたかったな……!」

 

 

震える声で『彼女』は笑っていた。

いや、笑いながら泣いていた。何故泣くのか、決まっている。

悲しいから、悔しいから、寂しいから、どうしようもなく無力だから。

涙が止まらなかった。司はミクの悲しみを受けて強く歯を食いしばる。

 

何故ミク達が死ななければならない。ミクが、ミクの友人が何をしたと言うのか!

彼女達はただ笑い会える世界を望んでいただけ。なのに何故世界はそれを否定する? なぜ彼女達を苦しめて殺すのか。

何故夏美達をも巻き込み、尚も地獄を形成しようと言うのか。

ミクはただ普通を望んだだけだ。どうしてその夢に答えない!?

 

 

「つ、司はさ、仮面ライダーなんだよね……!」

 

「ッ、ああ、ああ! そうだ、俺は――、俺は!!」

 

「私、知ってる……よ。仮面ライダーは――」

 

 

正義の、ヒーロー、なんでしょ?

 

 

「だ、だ、だったら――」

 

 

悲しみで、声が震えていた。

ミクは顔を歪め、無意味で儚い笑顔を浮かべていた。

 

 

「助けて……! くれない、かな?」

 

「――助ける」

 

「そう、みんな、違うの。私は皆が大好きなのに――ッ、なのに! 傷つけて、苦しめて、違うのに、違うよ、こんなの、ぜんぜんっ、違うから……!」

 

 

また血を吐いた。もう長くは無かった。

 

 

「友達なのに、殺したくなんて――ッ、ないのに!!」

 

「ああ、ああ、そうだな……! 友達は、傷つけたくないよな!」

 

「うん。だから、ごめん、こんなお願いしちゃいけないんだけど……」

 

 

それは優しい優しい、世界で一番残酷なお願いだった。

 

 

「みんなが傷つけあう前に、どうか、あなたが皆を、私を、殺してください……!」

 

「―――」

 

「それが無理なら、せめて、殺す様に――、頑張ってください」

 

「ミク……ッ」

 

「大好きなのに、傷つけるのは、もう、いやだよぉ……!」

 

 

ゆっくりと、その時は来た。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

ミクは涙を流したまま息を引き取った。

その亡骸を抱きかかえる司はぶつけ様の無い怒りをただひたすらに叫ぶだけだ。

抱きしめる体からは絞られる様に血と涙が零れて来た。紛れも無い真実、紛れも無いリアル。

守れなかったことが、現実なんだと司の心に刻まれる。

 

なんの為に仮面ライダーになった?

何のために正義を口にする。

 

こんな、誰も守れないで。

 

 

「クッソォォオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

酔生夢死と言う言葉がある。

なにもできず、死んでいくことだ。

ミク達も夏美達も、このまま無限の地獄にいれば、まさに何のために今までを生きていたんだ。そして何のために死んでいくんだ。

このままならば、ただ傷つけ、ただ苦しみ、ただ失うだけだ。

 

 

「どうすればいいッ!?」

 

 

悲痛な叫び。司の肩に、黒い鳥が舞い降りる。

 

 

(ころ)せ。世界を否定し、否定する残酷さを受け入れろ』

 

 

この世界は絶望をお望みの様だ。

困るんだよ、バッドエンドで終わる世界なんて。それはお前も同じだろう? 黒の翼は司にそう問いかけた。

絶望を望む世界なんて、敵じゃないか。

 

 

「……ああ」

 

 

掠れた声、司は殺意(きぼう)の決意を目に宿し立ち上がる。

目指すのは少し離れた所で自分と同じくリンの亡骸を抱えているレンだった。

そして司はライドブッカーを構え、レンの後頭部を撃つ事で殺す。何故? それは守る為に、愛する為に、希望を壊さぬために?

 

忘れていた。この世界にも、守るべきものがあったのだ。

夏美達だけじゃない、必ず助けなければいけない人たちがいた。

力がある自分達が救わなければならない人たちがいたじゃないか。

 

俺は何をやっているんだ。何をやっていたんだ。もっと大きな地獄に苦しめられている人たちがいたのに。

俺は、何をやっていたんだ。

 

 

「――れ」

 

 

いや、全てを――

 

 

「壊してやる……ッ!」

 

 

司はレンの返り血と、ミクと夏美の血でまみれた拳を強く握りしめる。

そうだ、壊すんだ。こんな世界(にせもの)なんてぶっ壊してやる!

それを思えば、もう司の体には何も無い。あるのはただ、純粋なる信念。

そして世界へ対する紛れも無い殺意。

 

 

「世界を、破壊してやるッッ!!」

 

 

積もる雪が放つ陽炎が、司の視界を振るわせた。

今ココに、世界の破壊者が誕生する。

 

 

 

 

 

 

 

カゲロウデイズが次の世界を提示した時、司はまず真っ先に一つ、行動を起こした。

 

 

「あ――、ぎッ!」

 

 

抵抗しようと手が伸びてくる。

しかしディケイドは迷わず、ただひたすらに力を込めてキバーラの首を絞めていた。

大丈夫だ。涙も、悲しみに歪む情けない顔も全て仮面が隠してくれる。ディケイドの面が、司の悲しみを無かった事にしてくれるから。

 

 

「だ、だずげで……! おがあざんッ、おどうざ――ん」

 

 

いないよ、お前には。

 

 

「―――」

 

 

だらりと、キバーラの手が地面に落ちた。

ディケイドは立ち上がるとライドブッカーをベルトに突き刺して『キバーラ』ごと夏美を殺害(はかい)した。

 

 

「カラス、これでいいんだろ」

 

『ああ。見事だよディケイド』

 

「ならば教えろ。俺達は何をすればいい」

 

『まずはやはり夏美達の洗脳を解除することだね。彼女達が記憶と自我を失っているのは、ムネモシュネがループを行うことでその全身に闇のベールを纏わせているからだ』

 

 

そのベールが何層にも重なっているのが今の状態だ。

ベールが多いほど侵食は深く、現にミク達に至っては容姿や年齢まで変わる始末。

 

 

「なるほど、なら、そのベールを破壊する方法は?」

 

『キミの破壊の力が必要となる。君が対象を破壊する事で、ベールは一枚剥がれる』

 

「そう言う事か。つまり夏美達を元に戻したかったら」

 

『そうだね、簡単に言えば、キミがココに来てから行ったループの数だけ、お友達を殺せば良い』

 

「……はーん」

 

 

つまり、ただひたすら、ディケイドが全員殺せばいいのだ。

そしてその殺害数がループを超えれば、夏美達は正気に戻ると。

 

 

『できるかい? ディケイド』

 

 

即答だった。ディケイドは変身を解除すると司に戻り、カラスを見る。

その目には、涙の筋はあれど、涙は無かった。

 

 

「余裕だぜ、俺が全員、破壊してやるよ」

 

 

そして、それは司だけではなかった。

 

 

「クハハ! なるほど、確かにディケイドの破壊の力があればそれは可能だ! なるほど、なるほど、考えたねカラス。いやむしろ何故ボクがその可能性に気づかなかったのか。いやいや、お恥ずかしい!」

 

 

逆転の発想なのだ。殺せば殺すほど、救いに近づいてくる。

もちろんだからと言ってそう簡単に割り切れるものではない。

が、しかし、司は既に覚悟を固めていた。もう迷う必要と時間は無かった。救えるのは自分たちだけ。ならば、何を戸惑う必要があろうか。

 

 

「いや、しかしできるのかいディケイド? 分かってるとは思うけど、全員を殺すとなると仮面ライダーの力を使わなくてはいけないよ」

 

「ああ。それでいい。俺はもう迷わない」

 

 

これは傷つけるためではない。守るためだ。救うためだ。

 

 

「俺は、絶望を壊すために、仮面ライダーの力で夏美達を殺す」

 

 

そうだ、それが、正義。

 

 

「俺は、この世界を救って見せる」

 

「ハハハ! 言うじゃないか! ああでも、アキラだけは例外かもしれない」

 

「?」

 

 

確かにこの方法でいくならば、ディケイドが夏美達を全員殺さなければならない。

しかし破壊の力は双護と我夢にもいくらかは継承されている。ゼノンは女性陣を『ヒロイン』としての役割を与え、男性陣の起爆剤にしてきた。

それは今も同じだ、繋がりは今も尚存在している。つまり男性陣と対応する女性陣は繋がっており、我夢にある破壊の力はリンク先の女性にはしっかりと適応するはずだと。

 

 

「つまり、アキラだけは我夢が殺してもセーフだ」

 

『そのようだねダブル。我夢とアキラは光の糸の様なもので繋がっている。関わりはそれだけ我夢に残存する破壊の力を共鳴し、増幅してくれる』

 

 

ならば、我夢もまた決断は早かった。邪神戦での恩義は今ココで返すべきなのだろう。

震える声ながらも、我夢の目にもまた殺意の光があった。友を、愛する人を救えるのならば――。

 

 

「僕は、鬼になります」

 

「カブトはどうする?」

 

「力を貸そう。コレ以上ループを重ねては、取り返しのつかない事になる」

 

 

地獄を終わらせるために地獄を始めるとは、なんとも皮肉で滑稽で哀れな話であろうか。

しかしそれでも守らなければならない人がいる、守るべき人たちがいる、救うべき世界がある。

それが唯一の原動力となり、司達の心を加速させていく。

 

きっとミクは信じているのだろう。長い夢を終わりを。

いつまでも待ちわびているのだろう。ならばその想いは、誰かが抱きしめなければならない。

 

 

「ゼノン、フルーラ。手を貸してくれ」

 

「いいよ。そろそろボクも無限に飽きてきた」

 

「ウフフフフ。悲劇な喜劇の始まりね」

 

 

そして、一つ、情報を与えるとカラスは告げる。

 

 

『ムネモシュネはおそらく役割に均等を求める。天秤の様に、正義と悪は決まる』

 

「どういう事だ」

 

『夏美達の役割が悪になるのか正義になるのかは、君たちがどちらにつくのかで決まると言う事さ』

 

 

当然例外もあるが、今まで、ほとんどがそうだった。

つまり司達が『悪人』になれば夏美達は『善人』寄りになり、司達が善人になれば夏美達は悪人寄りとなる。

ミク達は既にベールが厚すぎるために除外するが、夏美達ならばおそらくまだそのシステムにあるとカラスは言う。

司達が通常状態だった時には夏美達はミクの手下となり、人を傷つけていた。そして司が夏美を殺そうとした際には、夏美は『良い子』であった。

 

 

「つまり俺達が外道になればなるほど、夏美達は新世界でいつもどおりに近くなる訳か」

 

『そうだねディケイド。少なくとも、人を平気で殺す様な子にはならないだろうさ』

 

 

もちろんエノメナやギルガラス、パニックの発狂攻撃が始まる前までの話しだが。

それでも、夏美達は偽りの記憶で、偽りの世界で人を殺さずに済む。

 

 

「………」

 

 

誰もが無言だった。

しかし誰もが同じ答えを腹に抱えていた。激しく光る眼光には、より洗練された殺意が宿っていたのを、誰もが感じていたろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして世界は、ループする。

 

 

「止めて、お願い! その子は関係ない!!」

 

「だったら、動くな。変身を解除しろ!!」

 

 

子供のこめかみにトリガーマグナムを押し当てながらダブルが叫ぶ。

動けば子供の頭を吹き飛ばす。そう言うと、馬鹿正直に夏美達は変身を解除した。

すると赤い残像。夏美達の悲鳴が響く中、カブトは彼女たちを一箇所に集めていく。そしてカブトが撤退すると、そこにはディケイドが銃を構えて立っていた。

 

 

「死ね」『ファイナルアタックライド』『ディディディディケイド!』

 

「嫌ァアアアアアアアアアア!!」

 

 

恐怖に引きつった悲鳴を破壊の力が塗りつぶす。

生身の夏美達に命中したディメンションブラスト。肉片が飛び散る中で、ディケイドは静かに銃を下ろした。

すると背後に気配。ディケイドがライドブッカーを剣に変えて振るうと、丁度アリカポネのステッキがぶつかる。

 

 

「よお! また会ったな! ディケイド!!」

 

「………」

 

「ッ!?」

 

 

ディケイドはアリカポネの攻撃を軽く受け流すと、直後その腹部に拳を二発打ち込んだ。

うめき声を上げて地面を転がるアリカポネ。馬鹿な、なんだ? 明らかに力が上がっている。焦りの声を上げて、アリカポネは凄まじい勢いで後退していく。

並び立つディケイド、カブト、ダブル。その気迫が明らかに変化している。

 

 

「フン!」

 

 

ディケイドは銃弾を斜め下に撃ち、砂埃を発生させる。

そして砂が晴れたとき、そこにディケイド達の姿は無く、アリカポネは再び戸惑いに声を上げる。

 

 

「なんだ? おかしくなったのか? ま、まあいいか」

 

 

カラスが仲間になったのはディケイド達にとってはかなり大きかった。

ムネモシュネの管理者であったカラスは、ムネモシュネが乗っ取られた現在も干渉を行うことは可能で、アリカポネたちの強化を弱める事ができた。

もちろんそれでもディケイド達が真正面から戦って勝てるかと言われれば微妙だ。しかし怯ませる事はできる。

 

それにディケイド達の思惑を敵は全く理解していなかった。

まあ向こうもまさか殺す事で救いに近づくとは夢にも思っていないだろう。

故にディケイド達が夏美を殺すを止める事は特にしてこない。もちろん世界が大ショッカーの思惑通り、順調にループを重ねた事もあるのだろうが。

 

それにカラスは大ショッカーの動きを端的にではあるが捉える事ができた。

おかげで司達が動きやすくなったのは言うまでも無い。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ディケイドは血にまみれた。血にまみれ続けた。

ひたすらに剣を振るい、ひたすらに銃弾をばら撒き、夏美達を殺していった。

 

当然ディケイド達が『悪』になると言う事は夏美達が『正義』になることであり、衝突は避けられなかった。

しかし誰もが皆、信念を宿していたからこそ、破壊が揺らぐ事は無い。

 

 

「司!!」

 

 

双護がディケイドの前に立ち、ブレイラウザーとファイズエッジを身に受ける。

すまない双護。すまない、椿、拓真。ディケイドは双護の肩を蹴るとファイナルアタックライドを発動。

 

 

「ヤアアアアアアアアアアアアア!!」『ディディディケイド!』

 

 

まずはファイズを爆散させるとファイナルフォームライドでブレイドを大剣に変える。

それを思い切り振るうことで、アギトと美歩の胴体を切断してみせた。そしてカリスに向かって放り投げるブレード。

途中で変身が解除され、ブレイドはカリスにぶつかり、双方は共に地面へ倒れる事に。

そこへトリガーフルバーストが降り注いだ。弾丸の雨は二人の変身を解除させ、うめき声を上げながら椿は咲夜の無事を確かめる。

そこへディケイドは歩くと、咲夜の頭へ弾丸を撃ち込み、殺して見せた。

 

 

「テンメェエエエッッ!!」

 

 

怒りに燃える椿の拳がディケイドの頬に届く。

しかしディケイドはその手を掴むと、椿の胴へ、頭へ、何発も銃弾を打ち込んで絶命させた。

 

 

「ハァ、ハァ!」

 

 

変身を解除し、司は地面に膝をつく。絶対に引けない戦いだった。

もしも司が先に死ぬ様な事があれば、皆を助ける事ができなくなり、ループが一回分増えてしまう。それだけは絶対に避けなければ。

ふと、司は背後を振り向く。そこには多くの友の死体があった。

 

気づけば、涙が一筋、頬を伝っていた。しかし司はすぐに笑い始めると、椿の死体を何度も傷つけ始める。

ブレてはいけない、世界に司が悪と認識させなければ、友達が悪になってしまう。そして絶対に諦めてはいけない。

もしも司が折れれば、皆の死は偽りない死になってしまうからだ。

だから司は殺す。殺し続ける。全ては皆を救うために。

 

だがもちろん、楽な道ではなかった。

 

 

「我夢君――ッ、なんで……! 信じて――、た、のに」

 

 

アキラが涙を流しながら絶命するのを、我夢は耐える事ができなかったのだろう。

自分が殺したアキラを抱きしめ、響鬼は大声をあげて泣いていた。それを見ていた司の想いを、決して誰が理解できようものか。

そして当然世界には大ショッカーや怪獣が存在している。いくら強化を弱める事ができるからとは言え、立ち回りにも限界があった。

故に、殺せるのは『夏美達だけ』となる。

 

 

 

 

 

 

雨が降っていた、大降りの雨が。

曇天の空から大きな音を立てて降り注ぐそれは打たれる者の体温を容赦なく奪う。

それだけじゃない、周りの景色は曇天によって暗く染まり、水溜りに打ち付けられていく雨粒は雑音を倍増させるだけでなく、雨の匂いを辺りに拡散させていく。

 

 

「………」

 

 

司は木の下にいた。

バララ、バララ、バララララ、葉に当たる雨の音しか司の耳には入ってこない。

どれだけ耳を澄ませても、もうその音しか聞こえない。

ミクの声は、聞こえない。

 

 

「………」

 

 

司は先ほどからもうずっと無言で立ち尽くしていた。

灰色の空は益々雨の勢いを強めていく、それでも司は動かない。

木の下だというのに葉の隙間を抜けて雨は次々と不意注いで司の体を濡らしていく。

しかしそれでも司は動かなかった。目の前にいる、ミクを見つめるだけだ。

 

 

「―――」

 

 

ミクもまた無言だった。

司は大きく、深く、静かに息を吸う。

口で、鼻で、すると雨の匂いに混じってミクの優しい香りが――?

いや、血の臭いが鼻をつく。

 

 

「………」

 

 

司はそこでゆっくりと動き始めた。

まるでエネルギーの切れたロボットの様に不動だった司は、座り込んでいるミクの前に膝をつけ、そして優しくミクの頬に手を触れた。

すると眼を閉じるミクの頬を伝い、微かな温かさを感じた気がする。それは一瞬の話ではあったが。

 

多くの時間の中で、司はなんどもミク達と会話を交わした。

友達になった、何度も、歌を聴いて笑った。

しかし本当のミクと話したのは司が破壊者として覚醒するあの一瞬だけだ。他は全て偽り、ムネモシュネが見せた幻想である。

 

何も――、恋愛感情があった訳ではない。それだけの時間があれば? いや、ミクと自分達の間にあったのは絶対的な友情だったと確信している。

ただ一つ言えるのは、司にとってミクは大切な人だったと言う事だけだ。

 

特別長い時間を過ごしたわけでもないが、おそらく今の状況が皮肉にもミクの存在を何よりも高く昇華させているのだろう。

仮面ライダーを知っているとミクは言った。正義のヒーローだと。

 

しかし今の司は、守るべき筈のミクを守れない。

約束もできない、守れない。ミク達は世界に殺され、大ショッカーに殺され、今も地獄をさ迷い続ける。

 

 

「……すまない」

 

 

もう、手に感じる体温など存在していない。はじめから無かったのか、それともこの雨が奪ったのか。

 

 

「悪かった――ッ」

 

 

謝罪を、罪を覚えなければ壊れる。

赦してほしいのか? 誰に? もうその罪に塗れて彼女は壊れたのに。

 

 

「ごめんッッ!!」

 

 

司は少女の頬から手を離す。

名残惜しそうに頬から離れた手は、一瞬また彼女を求めるように動いたが、なにより司の心がそれを制した。

もう意味など無い。そうだろ? 彼女は――……死んだのから。

 

 

「俺を……許してくれ――ッ」

 

 

これより、また、悲劇が始まる。レンとリンが死ぬ事で世界が動くのだから。

救えなかった。守れなかった。わかるんだ、きっとレンも同じ思いを抱くのかと。

 

だから祈る。どうかキミは、俺の様な思いを抱かないでくれ。

その先には、悲しみしか無いのだから。

だがもちろんそんな言葉は無意味だ。ムネモシュネは絶対であり、ほとんどの人間がこれより死に至る。

 

 

「………」

 

 

司は崩れる様に膝をつく。

灰色の景色が、周りの色彩すら奪ってしまうのではないかと錯覚してしまう。

雨は、雲は――

 

闇は晴れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時には愛する二人を引き裂いた。

時には信じてくれた人を裏切った。時にはかつての仲間を後ろから刺した。

時には命乞いをする者を撃ち殺した。時には結婚式を血に染めた。時には妊婦を殺した。

結局、地獄は地獄のままだった。

そして、時には――。

 

 

「………」

 

 

目の前にミクがいた。

ミクは、赤ん坊だった。笑いながら司に手を伸ばしている。周りには同じく三歳くらいだろうか? レンとリンもいた。

 

 

「やめよう、ディケイド。無理をする事は無い」

 

 

珍しい。ゼノンが司を気遣った。

しかし司は首を振る。逃げは無意味だ。拒んだところでミクは死ぬのだろうし、世界がループすれば、それだけまたミク達が解放されるまでの期間が長くなる。

ましてやミク達は既に深層にいるため、善悪の立ち位置を司達が決める事ができない。

 

つまりこの目の前にいるミクが、例えばカイトやメイコ、グミに殺されるかもしれないと言う事になる。

フラッシュバックする。ミクと交わした本当の会話。

 

 

『助けて……! くれない、かな?』

 

『そう、みんな、違うの。私は皆が大好きなのに――ッ、なのに! 傷つけて、苦しめて、違うのに、違うよ、こんなの、ぜんぜんっ、違うから……!』

 

『友達なのに、殺したくなんて――ッ、ないのに!!』

 

『うん。だから、ごめん、こんなお願いしちゃいけないんだけど……』

 

『みんなが傷つけあう前に、どうか、あなたが皆を、私を、殺してください……!』

 

 

司は叫んでいた。

叫び、涙を流し、銃を赤ん坊に向けた。

分かる。分かっているさ。だから、許してくれ、だから、待っていてくれ。

高らかに響き渡る銃声が、全ての終わりと始まりを告げた。色を失った世界に少しずつ色が戻っていく。それは、美しい地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャーン! 衣装を作ってみました!!」

 

 

しかしそれでも司が折れなかったのは、その先にある希望を視ているから。

そしてなにより、仲間がいたからだろう。

ループを重ねる中で、フルーラが司に見せたのはディケイドをモチーフにした禍々しいジャケットだった。

 

 

「響鬼のもあるわ。カブトのも。ワタシ達のだって」

 

 

ダブルの紋章が刻まれた眼帯を嬉しそうに見せるフルーラ。

リボルギャリーの中でフルーラは洋服を広げると楽しそうに笑う。衣装を受け取った司達は戸惑いながら詳細を求めた。

 

 

「キャラ付けだよ。どうせやるなら、ちゃんとしようじゃないか」

 

「完全な悪になりましょうよ。ディケイドがリーダーで、ワタシ達はその下っ端!」

 

「そう、世界を破壊する新生チームディケイドの衣装さ!」

 

 

禍々しい衣装を受け取った司はため息をついて断ろうと――。

 

 

「割り切れば、少しは傷つかずに済む」

 

「………」

 

 

思わず笑みが漏れた。なんと回りくどい励ましであろうか。

司達は頷くと、その服を受け取った。

 

 

「ありがとう、フルーラ」

 

「ウフフ! 気にしないで! フルーラブランドのお洋服なんだから、大切に着てね! お洗濯は自分でしてね!」

 

「悪人なんだから笑い声は『ゲヒャヒャ』か、『ヒャハハハ』にしよう。あと響鬼、キミは毎回世界の半分をやるかどうか聞く事にしよう」

 

「め、面倒な役回りですね……。やめませんかソレ」

 

「カブトは一人称を『我輩』にしてみるとかどうかしら!」

 

「ええで。ワイはワイや」

 

「は?」

 

 

つくづく、仲間がいてくれてよかったと、司だけではなく双護と我夢も思っていただろう。

ゼノンとフルーラの提案を受け、司達は悪の破壊者となった。

ディケイドがリーダーとなり、仲間達と共に世界を破壊していく。なるほど、確かに演じるのは楽だった。悪の仮面をかぶれば、心はそれだけ守られる。

 

ディケイド達は戦った。

果てしなく続くユメの中で、ただひたすらに愛を、終わりを求めて。

そして、また、終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ……?)

 

 

ノイズがした。酷い耳鳴り、ぼんやりと夏美は窓の外を見る。

どうして今日は空が紫なんだろう? どうして教室の床が赤い液体で染まっているんだろう?

夏美はぼんやりと、何も考えずに目に映るものだけを見ていた。

空が紫なのは幻想。視界の周りが赤いから、青の空が紫に錯覚された。

 

 

『トリガー!』『マキシマムドライブ!!』

 

 

誰かの作った、まるで演劇みたいな笑い声がした。

すると空に黄色と青の球体が見えて次々に校舎に命中していくのが見える。

それらは学校を破壊し、多くの生徒の命を奪ったはずだ。現に今も外に投げ出される多くの人間が見えた。皆地面に叩き付けられ、動かなくなる。

 

 

「……ぁ」

 

 

夏美はぼんやりと教室に視線を戻す。

あれだけいた皆が血塗れで倒れていた、今朝も笑い合いながら登校してきた友里。

いつも元気にはしゃいでいる彼女だが、今はもうピクリとも動かない。隣では同じく美歩や薫が倒れている。

少し離れた所では鏡治が他の皆を守る様に沈黙していた。しかし鏡治も含めて血に塗れている事には変わりない。

彼等は、きっともう――

 

 

「………」

 

 

目の前がぼんやりしていく。

ああ、そうか、もう自分も終わりなんだな。

夏美は全身の力が抜けていくのを感じ、そのまま血に溢れた床に倒れる。

向かい側の屋上には一瞬人間じゃない何かが見えた気がするが――?

 

 

「―――」

 

 

眠くなってきた。

夏美にはもう苦しみなど無い、このまま目を閉じればきっと自分は死ぬんだろうが、苦しみや恐怖は無かった。

ただ気になる事はある。どうしてこうなってしまったのか、それに外では悲鳴が聞こえていた。何が起こっているんだろう?

本当なら、昨日も今日も明日も、皆と楽しく笑い合えていた筈なのに。

 

 

『まもなく全ての命が消え去るわ!』

 

「外はもう駄目だろう。放っておいても終わりさ」

 

 

すると同時に教室の外から声が聞こえてきた。

複数? 夏美は最後の力を振り絞ってその正体を確かめに動いた。

立ち上がる力は無い、足は変な方向に曲がっているし、感覚も薄い。だから彼女は地面を這って、扉から少しだけ顔を出して姿を見ようと。

 

 

「――ッ?」

 

 

最初に見えたのは体の半分で色が違うおかしな者だった。人とは言えないが、人の形をしている。

 

 

「教師達は全滅だ。残っているのは俺が片付けておいた」

 

 

赤いカブトムシ?

 

 

「学校はどうします? 僕が破壊しましょうか?」

 

 

鬼だ、確証は無い。

でもあの恐ろしい姿はきっと鬼。

 

 

「いや、いい。ご苦労だったなお前等」

 

 

新たに一人の男が教室に入ってくる。

もう視力が悪くなっていた為にぼんやりとしか姿が見えなかったが、まるで悪魔の様だった。

マゼンダ色の装甲が血に染まっている。全てを壊してきたんだろう、彼を見ると他の異形達は一礼を行う。

どうやら彼がボスらしい。じゃあ、この凄惨な状況も彼等が?

 

 

「どう……して――ッ?」

 

「………」

 

 

言葉を放ったから自分は見つかった、当然の事だ。

ボスらしき男は夏美の方を振り返るとその存在を確認する。

同時に夏美も気づく事があった、ボスらしき男の肩に黒い光を放つ球体があった。良く見れば鳥、だろうか?

 

 

「……生きていたか」

 

 

彼は肩に止まっていた黒い鳥と会話を行っている。

何を話しているんだろう? うまく聞き取れない、夏美はどんどん自分が弱っていくのを感じる。

だが不思議と痛みは無かった、血を流し過ぎたんだろうか?

そして気がつけば、彼が自分の前に剣を持って立っている。

 

 

「なんで……こんな――事を…?」

 

 

弱々しく呟く夏美、消え入りそうな声だったが彼はしっかりと答える。

 

 

「お前が知る必要は無い」

 

 

尤も、それは彼女が望む答えではないが。

 

 

「あなた……だ…れ?」

 

「俺? 俺は――」

 

 

男は緑色の複眼に彼女を映し、手に持っていた剣を強く握り締めて振り上げた。

夏美はそれをぼんやりと見ているだけしかできない。ただハッキリと耳には彼の言葉が鮮明に聞こえてきて――

 

 

「俺は、この世界を壊す……破壊者だ」

 

「―――ッッ!」

 

 

夏美の目から涙があふれた。

そこで彼女は――

 

 

「なんで……つ――」

 

 

破壊者の剣が自分を貫く音が聞こえた。

ノイズ。そこで彼女の意識はブラックアウト。

いつまでも、何も知らずに歌っていれば良かったのに。

尤も、それができないから皆壊れてしまったんだけど。

 

 

「―――」

 

 

心臓を貫かれて夏美は息絶える。

彼女は目を開けたまま死んでおり、一変の光も無い濁った瞳は一瞬だけ揺らめく陽炎を映した。

 

 

「世界が終わるね、ディケイド様」

 

 

今回はループまでの時間が長めなのか、ゆっくりと空に亀裂が走っていく。

司達は変身を解除し、唇を噛み、真紅の空を睨んでいた。フルーラは切なげな表情で倒れた夏美の血をハンカチで拭いている。

 

 

「フルーラ」

 

「ディケイド様、もう世界は変わるわ。今更よ」

 

 

優しくした所で、夏美はもう死んでいるのだから構わない。

悪に変わる人間はいないのだ。それになにより、フルーラとて、この地獄のループには思う所がある。

それにまずは同じ女性として、このまま放置されるのはいたたまれない思いがある。だからせめて死に顔だけは綺麗にしてあげたかったのだろう。

 

 

「!」

 

 

ふと、フルーラは何かを発見し、直後呆れた様に笑みを。

 

 

「ディケイド様だって、結局まだ動揺してるじゃない」

 

「何?」

 

「右と左、間違えてるわ」

 

 

ディケイドを心臓を貫いたと思っていたが、刺し傷は逆の胸にあった。

とはいえ心臓と言うのはだいたい中央部にあるもの、いずれにせよ刃は心臓には届いているだろう。

が、しかし、そこは強化が施されている身ゆえ、夏美の目に光が戻り、直後苦しげに咳き込む声が聞こえた。

 

 

「づがざ……くん――ッ」

 

「!」

 

「ごめんなさい――、迷惑、かけて……」

 

「夏美、お前まさか――」

 

 

ゼノンは腕を組み、静かに笑っていた。

 

 

「……いらない奇跡ほど、起きるものだ」

 

 

ゼノンは指を鳴らす。

すると灰色のオーロラが目の前に現れ、フルーラの手を取って歩き始めた。

 

 

「先に行くよ、ディケイド様」

 

「……ああ。またな」

 

 

全てを理解したのか、司はゼノンとの再会を誓い、別れを告げる。

消えていくゼノンとフルーラ。目を見開き、立ち止まっている我夢と双護を通り抜け、司は倒れている夏美に手を伸ばした。

確かに――、フルーラの言うとおりだ。司は優しい笑顔で、夏美に語りかける。

 

 

「一緒に来るか? 夏美」

 

 

夏美の目から、涙が溢れたのは、言うまでも無い。

青ざめ、血が口から漏れる。しかし夏美は笑顔を浮かべ、弱弱しい声を上げた。

 

 

「――うん。連れてって」

 

 

一緒に行こう。大好きな君と行こう。

誰も味わったことのない、誰も見たことの無い、未体験ゾーンへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が崩壊をはじめ、ガラスの破片が落ちるように崩落が始まった。

太陽が黄金に染まり、光と共に粒子を振りまいていた。西日が世界をオレンジに染め、ビルは消え、人は消え、世界は荒野に変わっていく。

暗黒の夢の中で、スポットライトが残された男達を照らす。

 

アクセルグリップをまわし、エンジンを吹かした三人の男は、同時にスタートを切った。

 

一瞬で到達するトップスピード。

光を反射するスピードメーターはよく見えない。

けれども誰もが分かっている。速度を示す針は、限界値の場所で震えていた。

 

崩壊していく破片を越え、男達は肩を並べて世界を振り切っている。

中央にいた少年だけは二人乗り、少年の肩に腕を回していた少女は、うつろな目をしていた。

 

流れ出る血は、涙は、地面に落ちる前にスピードに振られ、霧となる。

まもなく消え去る命だとしても、彼女は構わなかった。

 

少女は幸せだった。

 

カーブを回り、三人のバイクからは爆音が鳴った。

限界値を迎えても徐々に加速していくスピード、直進の中で、少女は――、夏美は口を開いた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

謝罪だった。

けれども、少年は――、司は鼻を鳴らす。

 

 

「いいんだ、別に。好きでやってる」

 

「……どうして」

 

 

激しいエンジンの音が三つ並んでいるのに、小さく消え入りそうな声はしっかりと耳に届いた。震える景色の中で、世界はよく目に映った。

 

 

「愛してるんだ」

 

 

友愛、恋慕、全て覚えている。

心がずっと、答えを示し続けているから。

 

 

「こんな事を、させたくなかったのに……」

 

「いいんだ。現実と真実は違う」

 

 

俺はもう迷わない。俺はもう見失わない。

もう立ち止まらない。もう苦しまない、悲しまない、全てを振り切ろう。

 

 

「俺達は、進み続ける」

 

 

ライトを灯した。

 

四人が進む道を、光が照らす。

 

 

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 

 

夏美はとめどない涙を流した。

震える声は、全てを思い出したからだ。

 

 

「どうして、私は――、こんなに覚えているのに……」

 

 

確かに変身できたのは最後だ。

でも皆から話を聞いて覚えている。みんなの事を心配していたのは本当だったのに。何故、何故――。

それが悔しくて、夏美は笑いながら泣いていた。

 

 

「私はクウガの試練を覚えています――」

 

 

一番初めの試練だった。

ユウスケが変身したのは本人と同じ、教会の中だった。桜ちゃんを守るために、ユウスケはヒーローになった。

 

 

「私はキバの試練を覚えています」

 

 

夏美は堪える様に泣いていた。

ファンガイアと人間、亘は種族の争いを止めるためにヒーローになった。

 

 

「アギトの試練を覚えています」

 

 

幻想の世界で翼は愛する人の幻に取り込まれそうになった。

しかし翼はそれを振り切った。残された者達の為に、現実を選んだ。だから彼はヒーローになれた。

 

 

「ファイズの試練を覚えています」

 

 

山のようにいるクラウン達に皆、立ち向かった。

化け物になるのに、世界を守るために拓真は化け物になった。だからヒーローになれたんだ。

 

 

「龍騎の試練を覚えています」

 

 

はじめて出会う本当の仮面ライダー。

それでも真志は戦った。少しでも本物に近づくために。そして死を否定するために。だから真志はヒーローになれた。

 

 

「ブレイドの試練を覚えています」

 

 

愛する人を助けるために、椿は勝ち目の無い戦いを挑んだ。

しかし彼が勝利を収めたのは、ヒーローだったからに違いない。

 

 

「カブトの試練を覚えています」

 

 

双護の目が変わった。

家族と言う呪縛に縛られながらも、最終的には彼が愛を掴んだのは、ヒーローとしての資格があったからだ。

 

 

「響鬼の試練を覚えています」

 

 

姿勢を低くして凱火のスピードを上げる我夢。彼は泣いていた。

愛する人を救うために世界と戦い、神の名を冠する化け物に勝ったのは、我夢がヒーローだったからだ。

 

 

「ディケイドの試練を……覚えています」

 

 

力を手にしたのにCOBRA達に負けた時は本当に悔しかった。

それは司も同じだろう。しかし司は再び立ち上がり、COBRAに勝った、ハサミジャガーたちを倒した。

それは、司が――。

 

 

「貴方が……、ヒーローだったから――ッ」

 

「………」

 

「覚えてるのに――、こんなに覚えてるのに、どうして私は、忘れて――ッッ」

 

 

振り返りそうになった。しかし司はただ前を見てスピードを上げ続けた。

振り返る必要がない。意味がない。過去を見ることはない。ただ前を、今は未来だけを見て突っ走ればいい。

 

タイヤが地面に擦れ、その摩擦で炎が舞った。

火花の中を、紅蓮の中を、司はただ前を見て走った。もしもココで振り返れば、きっと自分はまた立ち止まってしまう。

そんな格好悪い姿を、キミには見せたくない。

 

 

「安心しろ夏美。俺達は絶対に投げ出さない、逃げ出したりなんてしないから」

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

「いや――、謝るのは俺のほうだ。もっとあった筈なんだ。みんなを助けられる方法が」

 

 

苦しめ、傷つけ、悲しませる。こんな道を歩ませたくは無かった。

きっともっと、本当の仮面ライダーなら。本物なら。

 

 

「お祖父ちゃんが言ってました。本当のね、失敗にはね、本当の価値があるんですって」

 

「………」

 

「だから、気にしないで。それにね――」

 

 

夏美はそう言いながら腕を肩から腹部へとまわした。

司の腹部、そこで夏美は腕をしっかりと組んだ。それはベルト、夏美の腕でできたベルトは白い残像を――、ディケイドライバーの影を映す。

 

 

これは司の、聖司だけのベルト。

 

 

「貴方は、私のヒーローだから」

 

「――ありがとう。夏美」

 

 

刹那、エンジン音が世界に鳴り響いた。

スピードメータにある針が限界をブチ抜き、システムを破壊しながら加速する。

針は高速でメーターを回転し、マシンディケイダーは、凱火は、カブトエクステンダーは虹色の光を放ちながら世界を駆けた。

 

光の粒子が閃光に変わり、世界の景色が流れていく。

ディケイドは、響鬼は、カブトは、遥か遠くに見える黄金の太陽の光を受けながら世界の終わりを目指した。

 

黄金の光が視界を覆う。それでも、ディケイド達は前を見て走り続けた。

 

過去に味わったことの無い未体験のスピードに、夏美はあどけない表情を浮かべ、風を全身で感じた。

髪がフワリと浮き上がり、何故か世界がスローに見えた。

 

カーブに差し掛かる。

大きく膨れるが振り落とされたりはしない。当たり前だ。ココで終わる理由がない。

光を顔に受けながら、尚、まだ、速度を上げるのか。

 

フルスロットルで進むバイクは時に螺旋を描き、時に抜きあい、時にタイヤを並べる。

 

 

「待ってろ、もうすぐ、助けてやるからな」

 

「うん。待ってる……。だから、迷わないで」

 

「ああ、殺されても戻るんだ。何度だって立ち上がってやるさ」

 

 

音が遠くなっていく。意識もまた。

だから夏美は必死にディケイドにしがみついた。

 

大丈夫、大丈夫だ。

 

涙も。

 

血も。

 

全て地面に落ちる前に消えるから。

すすり泣く声が聞こえた。

誰? 分からない。だって皆、仮面を被っているから。

 

 

「我夢君、ごめんね」

 

「夏美先輩――ッ!」

 

「双護くん、司くんを、助けてあげてください……」

 

「ああ。約束しよう。必ず守ってみせる」

 

 

黄金の光が暖かかった。

視界を染める光がまぶしくて、夏美の目からはボロボロと涙がこぼれた。

 

ハンドルを持つ手も、光に消える。

 

景色は景色ではない、閃光の中で、さらにバイクは加速していく。

もうすぐ、終わりなんだな。夏美だってそれくらい分かる。

これはユメ? ううん、でも、本当でもある。それは司達だって同じだ。

 

だから、せめて、生きた証を刻みたい。今も、これからも、きっと。

 

 

「司くん。あなたは――、生きて」

 

「……ああ」

 

「私は、あなたを、仮面ライダーと認めます」

 

 

奇跡は起こせるでしょう。だってあなたには力があるから。

勇気が、あるから。

 

 

「夏美……」

 

「だから、頑張ってください……」

 

「夏美――ッ」

 

「応援――、してます」

 

「夏美ッッ」

 

 

振り返らない。

振り返ってはいけない。

しかし、心が割れる程に苦しかった。

たった一人守れないで、ああ。

 

 

「司くん、愛してます。だから――」

 

「行かないでくれ……ッ!」

 

 

組んだ腕が、指が、ゆっくりと解けた。

 

 

「まけないで」

 

 

エンジン音に混じって悲しみに叫ぶ声が聞こえた。

ディケイドの後ろには、誰もいなかった。ディケイドの腹部にあったのはディケイドライバー、ディケイドのベルトだった。

 

誰も振り返らない。

ただひたすらにグリップに手をかけて光の速さで駆けていく。

遥か後方で、ゆっくりと地面に落ちていく天使がいるのに。誰も、何も、振り返らない。

 

だが、それでいい。目を閉じた天使に表情はない。だから笑顔に変えるんだ。

そのためには、振り返る必要などなかった。

 

 

「俺は――」

 

 

黄金の中を突き進む三人。

スピードメーターの中の針は既に存在しない。もはやそれは概念。

陽炎を三人は完全に振り切った。身に纏とわりつく筈の歪みは、三人には追いつけない。

 

意識が遠くなっていく。次の世界が見えてきた。

だからその前に、三人は声を重ねて、叫ぶ。

 

 

「俺は、仮面ライダー!」

 

 

タイヤが浮き上がった。バイクが宙に跳ねた。

風を切り裂き、ディケイドは、響鬼は、カブトは、空間を破壊して飛んでいく。

次に目を開けたとき、三人は濁った黄色い空の下、中世の世界に立っていた。

 

 

 

「もう止めてください! 司くん!!」

 

「こんなの! 私が知ってる司くんじゃありません!!」

 

「友達……じゃないの?」

 

「大切な者を壊してでも、守らなければならない物がある」

 

「メビウス。お前に理解できるか、俺の正義が!」

 

『俺の正義はウルトラマンが教えてくれました』

 

「邪魔するよ! 友達を殺そうなんて、絶対にしちゃいけない!!」

 

「どんな時でも助け合うのが友達でしょ!?」

 

「何――ッ?」

 

「夏美ちゃんは信じてる! たとえ変わっちゃっても、友情は変わらないって!」

 

「黙れ!」

 

「黙らない!! 司さんの為にできる事を必死に探してる! 司さんを助ける方法を必死に探してる! だって夏美ちゃんにとって、貴方は大切な人だから!!」

 

「友達を、悲しませないでッッ! 絶対に泣かせないで!!」

 

「オレは好きなヤツの味方をして、嫌いなヤツをぶっ飛ばす!!」

 

「俺の、俺達の想いは全てを超える」

 

「俺の正義は、不滅だ」

 

 

 

陽炎が、見える。

男の子と、少女が笑顔で話していた。

二人は、笑顔で泣いていた。

 

 

「良い子にしてれば、いつか助けてくれるよ。それがね、ヒーローだからね」

 

「会えるかな。本当に、会えるのかな」

 

「会えるよ。誰に会いたい? 私はね、しんちゃんとプリキュアに会ってみたい」

 

「ぼくはね、ウルトラマンと、仮面ライダーと、ガンダムと、レンジャーに会いたい」

 

「あはは、いっぱいだね」

 

「ダメかな?」

 

「ううん。会えるよ。きっと、みんなが助けてくれる」

 

「うん!」

 

 

泣いていた。

泣いて、泣いて、笑っていた。

 

 

陽炎が、見える。

 

 

空は青かった。草原の中で、一本、大きな木があった。

その周りに集まっていた。ミライ、みゆき、なお、あかね、そしてレイジは目を見開いて話を聞いていた。

 

 

「じゃあ、つまり――」

 

 

ミライの言葉に、木にもたれかかっていた男は――、聖司は頷いた。

 

 

「そうだ。おかしくなっていたのは、変わってしまったのは俺達じゃない。夏美達の方だ」

 

 

司は頭を下げる。

最後の希望を無駄にはできない。

 

 

「頼む! ミライ、みゆき、あかね、なお、レイジ! 俺に力を貸してくれ!」

 

 

カウントは間違っていない。

ならば、今回が終わりだった。

 

 

「この世界で夏美達を殺せば、あいつらは元に戻る!」

 

 

殺せば終わる。

その言葉に、ミライは拳を握り締め、戸惑いに歯を食いしばった。

 

 

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