ようこそYAMA育ち。   作:ドクトリン

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普通じゃないヒト

故郷は時間が永遠に感じる場所だった。

 

いや、ともすれば時間という概念すらも存在していなかったのかもしれない。

日の出とともに起床し、日々生きるために活動し、日没とともに眠る。

そんな当たり前の日々を、当たり前に消費してきた。

けれど、その当然は呆気なく崩壊した。

 

脚を折った草食動物が捕食されるように、太陽が昇り沈むように、命あるものが、いずれ息絶えるように。

崩れ去ることは決定していたかのように。

当然だと思いこんでいた日々を失った。

 

そして、俺は独りになった。

 

 

高度育成高等学校。

日本国の将来を担う人材を育成するために創設された国立高校。

今日はその入学式。恐らくは校舎に向かうバスというやつなのだろう。

だが確信が持てず、バスに乗るか乗らざるかで懊悩していたところ、目の前で一人の女の子が転びそうになりつい手を出して支えてしまった。

 

「大丈夫かい?」

「ありがとう、ございます」

杖をつき歩く彼女は少しバツが悪そうにそう答えた。

澄んだ碧い瞳、白磁のような白い肌と折れそうなほどの細い四肢。

西洋人形をそのまま人間にしたような造形でいて、今にも消え入りそうな儚さを持つ。

深窓の令嬢とはまさにこのことなのかな、と思った。

 

「助けていただきありがとうございます」

「こちらこそ、勝手に触ってしまいすまない」

そう返し、俺は再度バスの目的地があっているか考える。

 

「バス、お乗りにならないのですか?失礼ながら申し上げますが、少々目立ってしまってますよ」

そう言われてハッと気づいた。俺はバスの入り口の前でぶつぶつ呟きながら考え込んでいたようで、後ろには数人の生徒が怪訝な顔をしながらバスに乗らない俺を不審そうに見ていた。

 

「ごめん。高度育成高等学校という施設に行きたいんだけれど、このバスがそこに向かうのか確信が持てなくて。よければ教えて貰えると助かるんだけど…」

その少女は驚いた顔を見せつつ明瞭に返事をしてくれた。

 

「はい、このバスは高度育成高校…「高育」へ向かうバスですよ。何を隠そう私もそちらに向かう途中ですから」

「ありがとう。本当に助かった。間違いだったらどうしようと心配だったんだ。このお礼はまたいずれ」

 

そう返事をしながらバスに乗り込む。

既に乗っていた学生にちらちらと顔を見られている気もしたが、とりあえず空いていたやや後方の席に座った。

少し後、先ほど俺にバスの行き先を教えてくれた少女が近づいていた。

 

「お隣、よろしいですか?」

「勿論だよ」

失礼します、と言いながら腰を下ろす。所作の一つ一つが美しい、と俺は思った。

 

「先ほど私があなたの質問にお返ししたお礼、というわけではないのですが。目的地まで少し時間もあるようですし、お話に付き合って頂けませんか?」

勿論というように俺は頷いて自己紹介をする。

 

「俺は静希草十郎。どうやら同じ施設で厄介になるようだね。今後も仲良くしてくれると嬉しい」

「私は坂柳有栖と申します。こちらこそよろしくお願いしますね、静希君。私のことは、坂柳とでも、有栖とでも好きにお呼びください」

「じゃあ有栖、それにしても君は物知りなんだね。バスの行き先、俺には自信が持てなくて」

「静希君こそ、面白い方ですね。ひと目見たらわかると思いますよ」

「ひと目?」

 

周りをサッと見渡す。

バス内は広告と思われる張り紙や、芸能人の写真などが散見されるだけで、これといって手掛かりになりそうなものは認められない。

 

「恥ずかしながら、俺は世情に疎い自信があるんだ。バスの行き先について記載されてるものを見つけられそうにないよ」

「ふふ、本当に面白いですね。そういえば静希君が制服を着ていないのはなぜでしょうか?」

「制服…。学校に着ていく服のことだね。生憎まだ、受け取れていないんだ。俺の入る予定の寮には届く予定だから、入学式の日に寄って着ていこうと思ってたんだけど」

「そうなんですね。私が言いたいのは制服です。このバス内は貴方と運転手以外、私含め全員が同じ高育の制服を着ています。故に、このバスが高育に向かう、ということは推測できるとは思うのですが…」

 

俺は少し考え頷く。

「なるほど。その赤い服が制服だったんだね。俺は制服をまだ見たことがないから気づかなかったよ。てっきり、都会で流行してる服だからみんな着ているのかなと思ってたから」

 

…数秒の沈黙が訪れる。有珠は顔を下に向けながらプルプルと小刻みに震えていた。

 

「有栖、大丈夫かい?急に調子がおかしくなったようだけど…」

「いえ、いえ。失礼しました。静希君があまりにも面白いものでして、つい大声で笑ってしまいそうに。はしたない行為をなんとか抑えていました。決して静希君をバカにしたわけではありません」

「いや、自分が流行に疎いことは分かってるんだ。今度、俺もファッションについて調べてみるよ。何せ、都会では流行り物を着こなせない者は淘汰されると聞いたからね」

「そこじゃありませんよ…」

とうとう少し破顔しながら、突っ込んでしまう坂柳有栖。何を隠そう、人生で初めてのツッコミ役だった。

 

 

「私、足が不自由なのです」

そう彼女は呟く。

「だから今までは車通学だったのですが、今日からそれもできないので。練習がてら歩いて登校したのですが、ご迷惑をおかけしてしまいました」

「迷惑だなんて。君と会えたお陰で俺も高校に辿り着ける訳で、寧ろ感謝させて欲しい。本当に不安だったんだ」

「大袈裟ですね、静希君は。」

 

 

本当に、不安だったんだよ。

 

そう返事はしなかった。

代わりに笑って誤魔化した。

 

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