誰からも相手にされない。
誰も大切にしてくれない。
だから、私の方から見捨ててやることにした。
====================================
本日も晴天。5月中旬はすっかり暖かく、寧ろ暑いほどだった。
今日の授業も終わり。試験期間ということで、部活動は停止中。勿論自主練習は禁止できないので、体操服に着替えている生徒は自主練勢なのだろう。
中間試験まであと一週間。
まだ一週間あるさ派と、もう一週間しかないよ派で、クラスは二分されているようだった。
俺はというと、普段から程々に勉強しているため、油断はできないにせよ、憂慮はしていなかった。
ただ、俺には他に頭を悩ませていることがあった。
====================================
今日は珍しく、草十郎から夕飯の誘いがあった。
いつも私からばかり誘っているので、そろそろ主従関係をはっきりさせねばならない。
忠犬が自分に傅く様は、中々に心地よいものだ。
その日の夕食はカレー。草十郎に勉強を教えたついでにご相伴に預かった。
普段通り会話は穏やかに進む。
「有栖。突然なんだけど、都会でも他人から物を盗むことはダメなことだよね」
そうですね、お茶を飲みつつ頷く。
今日の食後のお茶は番茶だ。冷たくて美味しい。
「じゃあ。逮捕されて嬉しい泥棒っているのかな?」
なんの話をしているんだ、この男は。
「一般的に考えれば、いないでしょうね」
ミステリー小説の内容だろうか。
草十郎が一緒に行こうと約束した図書室に、独断で赴き。あまつさえ、可憐な少女とお近づきになり。進められるがままに本を借り、それが面白かったと素直な感想を伝えられ、有栖が暫く不機嫌になったことは記憶に新しいことだった。
また違うミステリー小説でも押し付けられたのか、と猫が威嚇するように警戒しつつ話を聞いていた有栖だったが、どうやら草十郎はいつもと様子が異なる。
「そうだよね。そうに決まってるんだ。じゃあ一体・・・」
彼はまたしても思考の沼に嵌まっていく。
何だか自分だけ置いてけぼりにされたような気がして、少し不機嫌になった。
詳細を話すように仕向けるも
「大丈夫だよ。俺一人で考えてみようと思うんだ」
と、取り付く島が無かった。
草十郎が怪しい。
ずっと険しい顔でうんうん考えている。
無い知恵を振り絞らず、私に頼ればいいのに。
と思うが、昨日やんわりと断られている手前、こちらからは言い出し辛い。
授業は真面目に受けているし、期末試験は恐らく大丈夫だとは思う。
そこは心配していないのだが、それ以外の時はずっと上の空であり、私と話す時ですら、
「あ、ごめん。聞いていなかった。すまないがもう一度言ってくれないか?有栖」
と言われた時は、懐が海より深い私でも、堪忍袋の尾が切れそうだった。
しかし、草十郎が真剣に悩んでいるのも伝わってくる。
故に怒り辛いし、調子が狂う。
さっさとそんな瑣末な問題は解決してほしかった。
それについてやんわりと同級生の山村にそれとなく相談すると、
「それは…きっと!恋心を盗まれたのでは???」
などと、カリオストロもビックリの論を展開したため、暫くは誰にも相談しないことにする。
こんな時、友達が少ないのは辛いものだ。
仕方がないので、足で稼ぐことにする。
放課後、草十郎が向かったのは近くのコンビニ。
何をするのかと思えば、コンビニには入らず、近くで気配を消して店内を観察していた。
私は最初からそれを見ていたから草十郎の位置がわかるが、少し意識を逸らしたら彼を見失ってしまいそうだ。
比喩でもなく、彼の隠業は完璧なのだろう。
十五分も経過すると、またしても顔を知っている生徒がコンビニへ。
(神室さん?)
神室がコンビニに入った事を確認し、草十郎も店内に入った。
(彼の目的は、神室さん?)
足元が崩れ落ちる感覚。
いや、落ち着け私。
まだ早とちりの可能性がある。
脳内ピンクの影響を受けるな。
そう自分を鼓舞しながら、店内の観察を続ける。
すると、草十郎が神室の手を掴んで何やら会話している。
ああ、これはもう。
私は、逃げるようにその場を後にした。
次の日から、草十郎は悩み始める前の姿に戻った。
======================================
「静希君。テスト直前で申し訳ないのですが。今から少しだけお時間を頂戴してもよろしいですか?」
放課後、有栖に声をかけられる。
「勿論大丈夫だよ。勉強にも少しだけ、疲れてきたところだったんだ」
その日はカラオケボックスに行った。
俺は人生初めてのカラオケだったので、音の騒がしさに若干辟易とする。
個室で二人でドリンクを飲んで過ごすこと約五分。
神室が部屋にやってきた。
「坂柳、話って何さ…」
そう言いながら個室内へ。
入口からは俺の座席は死角になっていたのか、俺がいたことを部屋に入るまで気づかなったようだ。
神室は俺の顔を一瞥すると、途端に悲し気な顔を浮かべた。
「アンタ、やっぱり…」
「やはり、そうでしたか」
有栖もその反応に呼応し、何かを納得した様子。
俺、有栖、神室。
三人の会話が幕を開けた。
「アンタ、昨日はそんな奴に見えなかったけど。もう私のことを話したんだ?」
「話す?」
何のことかわからず、オウム返し以外出来ない。
「もう坂柳の術中にハマってて、その自覚すらないわけだ。私も、信用する奴を間違えたね」
自嘲しつつもどこか物悲しそうに漏らす神室。
「いえ。静希君を選んだ貴方は、確かに慧眼でした」
有栖が会話に参戦する。
「何が慧眼だ。こいつは、昨日の約束をもう反故にしたんだよ」
「確かに、静希君は私と頻繁に二人で過ごしています。しかし、ただのお友達です」
「だから私の敵なんだろうが!」
「確かに、敵という捉え方もできるかもしれませんね」
「ようやく認めたか。坂柳」
二人の舌戦に俺はついていけない。
一体何が彼女たちを動かしているのか、まるで見当がつかない。
「昨日のこと、申し訳ありませんが知ってしまいました。ですが」
「先に奪ったのはあなたです」
「っ!やめろ!!」
有栖が凍えるような凍てつく声でそう語る。
「ですが、私にあなたを害する気持ちはありません。たまに、だけで。それだけでよいのです」
「何が害することはないだ!嘘ばかりだ!それなら、今後一切話しかけないでくれ!」
大声で叫ぶ神室。
やけっぱちになっているのがひしひしと伝わる。
「今後一切?それはできません!なぜなら!」
有栖も語気に熱が籠り、平生より昂っているようで。
「私の、初めての、お友達を独り占めしないで下さい!!!」
「もうこれ以上、万引きについて詮索しないでくれ!!!」
ヒートアップどころかオーバーヒートした二人が同時に叫ぶ。
直後、お互いに顔を見合わせ、以降無言となった。
永遠にも感じる静寂が三人を支配する。
「口を挟んですまない。よくわからないけれど、二人とも一度落ち着いたらどうだい?」
俺の助言は、カラオケボックスの喧騒にかき消されていないか少し心配だった。
後日談だが。
いつから仲違いしていたか俺は知らないが。
どうやら二人は仲直りしたようだ。
後日、神室に呼び出された。
「私と坂柳は、お互いの知られたくない秘密を握り合ってんの」
つまりは痛み分け、ということらしい。
神室の秘密については大方想像がつく。
「アンタさ、本当に坂柳に話してなかったんだ。あの日のこと」
「だって、そういう約束だったじゃないか」
あの日以来、彼女は万引きをやめた。
けじめをつけようと、彼女は真島先生に万引きについて自白した。
しかし、まだ数回の犯行であったこと、彼女の反省した姿、彼女の家庭環境の問題により、ある程度の情状酌量と、これからの素行改善の余地があると判断されたようだ。
「坂柳にも助けられた」
有栖は、罰則を判断する生徒会と個人的取引していたようだ。
彼女を数日の自宅謹慎で済ませた上、情報が外部に漏れないよう完全にコントロールしたようだが。
どんな手を使ったのかは想像もできない。
彼女は相変わらず、俺の想像を遥かに凌駕する。
時刻は一八時を過ぎたあたり。
早く夕飯の準備を開始せねば、有栖に小言を言われてしまう。
「静希、アンタは、なんで」
彼女が今日、尋ねたかったことはこれだろう。
彼女は俺が語るのを待っている。
まるで、教会に迷い込んだ迷える子羊のようだ。
「俺の勝手な考えだが。君は万引きを、誰かに罰して欲しかったんじゃないか?」
神室は無反応を貫く。
彼女は俺に背中を見せている。
お互いに相手の表情を知ることはできない。
偶然にも、告解室に似ていると思った。
「でも、そうやって。自分の価値を下げるのはよくないよ」
彼女がその行為をする理由は、俺にはわからない。
彼女の過去に何があったかを、俺は知らない。
「別にいいじゃん。私がどうなろうと、何をしても。誰も気にしない」
彼女は、とても悲しそうな。
それでいて何かに祈り、縋るような。
そんな声色で吐露する。
「でも、これからは違うじゃないか」
俺は努めて、優しく。慈しむように語る。
「君が傷つけば、友達の有栖が傷つく」
今までは独りだったかもしれないけれど。
これからは。
「だから、これからは。自分を大切にしてあげてほしい」
神室の背中は、少しだけ震えているように見えた。
更に後日談。
神室にどんな秘密を知られたのかを有栖に尋ねたが、
「静希君には一切関係ありません」
と不機嫌そうに一刀両断されてしまった。
有栖にとっては初めての引き分け。
彼女からしたら、勝利以外は敗北なのかもしれない。
しかし。
「真澄さん。さっさとついて来なさい」
「頭ピンクお嬢さんに指図される言われはないんだけど?」
と、二人でぎゃーぎゃー言い合っている。
有栖にとって、真に対等な友達ができたのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価をお待ちしております。