Dクラスの同級生、佐倉愛理に危機が迫っている。
彼女は悪質なストーカー被害に遭っていたようだ。
グラビアアイドル、という性質上。身バレした時のリスクは相応に高いとみて良いだろう。
しかし、釘を刺したつもりではあったが。
なかなかどうして、予想通りにはいかない。
性犯罪者の考えることなんて予想もできないか。
彼女から来た一本の電話。
おそらく、今まさにストーカーから追われているのだろう。
端的に、助けを呼ぶ内容だった。
彼女は現在窮地に陥っている。
わざわざ俺を頼って電話してくれたのだ。
できれば早急に助けに行きたい。
しかし、Cクラスとのもめ事も処理し終えた矢先であり俺はまだ学校にいた。
しかも佐倉の大体の場所は端末でわかるが、正確な場所までは特定できていない。
その端末も、もし途中で落としていたりしたらあてにはならないだろう。
このままでは手遅れになるかもしれない。
移動しながらダメ元で電話をかける。
とりあえず、人手を増やすに越したことはないはず。
「静希、折り入って頼みがある」
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「この辺りですが・・・」
有栖と神室、草十郎は綾小路に言われた場所に来た。
幸いにも距離は近く、電話から僅か数分での到着となった。
「ありがとう、有栖。綾小路にはこのあたりにいるかもしれない女子生徒を探してほしいって頼まれたんだ。どうやら、何者かに襲われてるかもしれないらしい」
「襲われている?」
「ストーカーって言ってた。大丈夫、それくらいの意味はわかるよ」
草十郎でもストーカーくらいは知っているようだ。
「やばいじゃん!さっさと探さないと!」
「チャットで名前と写真がおくられてるハズなんだけど。どうやって見るんだろう?」
「貸せ!」
神室はすぐにチャットを開き、名前と写真を確認する。
「佐倉愛理さんですか。しかし、路地裏とは」
(佐倉さん。あまり目立たない子だとは思っていましたが、確かによく顔貌を確認すると非常に整っている)
しかも抜群のスタイル。ストーカー被害という触れ込みにも信憑性が増した。
綾小路に指定された場所はとある路地裏の一帯。
繁華街のビル群が乱立する表通りから、一本入った場所。
人を無意識に遠ざける、暗く、黒い、汚い道。
清掃が実際に行き届いているか否かは関係がない。
明かりが届かず、人目に付きにくい場所を人は本能的に忌避する。
「しかし、一つ一つ探していくのも億劫です」
路地は十数本以上あり、しかも不運なことに、路地の抜けた反対側の通りまで、数十メートル以上の距離がある。
一本ずつ通り抜けて探していたらキリがなさそうだ。
「こんなに道があったら、どこにいるかなんてわかんないじゃん」
「三人で手分けをしますか?」
有栖は草十郎にそう提案する。
しかし、かの少年は、どこか確信めいたように告げる。
「いや、多分大丈夫。おそらくだけど、あっちのほうで人の気配を感じるんだ。俺は自分の勘に従ってみるよ。神室は有栖を頼む」
「アンタほんと何者・・・?」
そう言って走り出す草十郎。
瞬く間に背中は小さくなり、目的の路地に入った。
東側に七本目。一本数十メートルもあるビル群の路地を虱潰しに探していたら、10分以上は後回しになっていたであろう。
「足はっや・・・私たちはどうする?他の道を探すか?」
本来ならば山勘などには頼らず、全ルートを虱潰しに回るのが得策。
草十郎の勘が、100%当たることなどありえない。
それは有栖も充分承知している。
その上で。
少し逡巡しつつ。
「私たちも、静希君を追いかけましょう」
(私らしいやり方ではないことは否めませんが)
しかし、彼女の勘が。草十郎の勘を信じろと告げていた。
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「フヒヒ!雫ちゃん!一生僕と、愛し合おうねぇ・・・!」
「や、やめて・・・嫌・・・、嫌・・・」
女を路地裏で、押し倒しながら唾液を垂らす男。
彼の眼は彼女を観ているようで、彼女を観てはいない。
焦点が合っていない。
何をされるのか、考えるのが怖い。
恐怖で、脚が動かない。
ただ、一つ言えるのは。
女は今から、男に侵されるということ。
「こーんなに、僕は、君のことが、だだだ大好きなんだよぉ」
見せてきたのは、大量の盗撮写真。
買い物している。授業を受けている。果ては自室内での彼女。
「ひっ…」
背筋に寒気が走る。
おぞましさに我慢ができず、思わず写真を叩き落としてしまう。
「なんでそんなひどいことをするの?」
男は少し、黙り。
急に声色を静かにする。
「なんで僕をたたくんだよ。なんで、なんで。生意気だよ。ちょっとかわいいからって。そう、これは教育だ。お前が先に手を出したんだ。自業自得だ」
ずっとぶつぶつとつぶやいている。
彼は何を見ているのか。何を言っているのか。
まるで、わからない。
「さあ、愛し合おう。そうだ、僕が、愛してあげよう」
グラビアアイドル、なんて活動をしていたからには。
自業自得だという人もいるかもしれない。
でも、わたしは。
「遅れてしまってすまない」
知らない誰かの、知らない声がした。
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「君を探していたんだ」
参入者は少年だろうか。
まだ若さの残る、その声色で。
優しく優しく、語りかける。
「誰だ、お前。誰だ、お前、誰だ・・・」
男に焦った様子はない。
もはや正気を保ってはいないのか。
ずっとずっと、同じ言葉を念仏のように繰り返している。
男はゆっくりと、場を制するように立ち上がる。
自分の
「ああ、大丈夫。綾小路からの頼みでね」
少年は幼子を慈しむように。
平生の通りの話しぶり。
「お前は誰だって聞いてんだよ、ガキ!」
今まで劇の主演であった自分を無視され、男はひどく喚き散らす。
しかし、少年は意に返さず。
「五月蠅いなあ。人が話をしているんだ。少し黙っててくれ」
彼は心底うんざりした表情で、ため息を吐き出す。
「ガキが、五月蠅いんだよ。僕をコケにしてさぁ…!生意気なんだよォ!」
男は隠していたサバイバルナイフを右手に携えた。
刃渡りは10センチ程か。
隠し持っておくことは容易な大きさで。
ヒトを殺すには、充分な長さ。
凶器を見て、それだけで。
少女は恐怖で腰が抜けた。涙が止まらず嗚咽がでる。
唇が渇く。心臓の音がうるさすぎて聞こえない。
声が出ない。息ができない。
今からあの少年は死ぬ。そして、その後は、
「ちゃんと見とけ。オマエのせいでアイツは死ぬんだ。オマエの、せいだ。殺す、殺す。仕方ない、仕方ないんだ」
少女はこれから起きるであろう悲劇に、眼をつぶってしまう。
もう何も見たくないのだ。
辛いこと、悲しいこと。目の当たりにすることができない。
果てには巻きこんだのだ。名も知らぬ少年を。
ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で許しを請う。
だが少年は少し不機嫌な様相で。
「まずいなぁ」
少年も少し困った表情。
それでいて一切の呼吸を乱さず。
男からは一瞬も
男との歩幅を、目測を、距離を。
「ああ、あああ!!!」
少年に向かい、男はナイフを振りかぶり突進した。
ナイフにおける格闘術の本質は。
軽量さとリーチな短さを利用し、
自分の頭より高く振りかぶるなど、本来ならば言語道断。
しかし、その軌道は少年の左肩口から頸動脈を切り落とす一撃。
全身で最も血圧が高く、体表から最も近い動脈故に、
傷つこうものなら重症。
切り裂かれようものなら必殺。
例え素人のナイフ捌きであったとしても。
ナイフの軌跡。少年は一瞬たりとも目を逸らさない。
目指すは男が3歩目の右脚を出した瞬間。
右脚を一歩前に踏み出す。
自分から間合いを詰める。
狙うは側面。左の親指と人差し指間で刃を受ける。
親指のつけ根がナイフによって数センチ削り取られるが、切断までには至らない。
意に返さずナイフを手でつかみ、ひねり上げナイフを奪い取る。
その勢いに任せ股関節を内転させる。
痩躯全身を弓のごとくしならせることで、回転力により右脚を跳ね上げる。
そして、自分の背中に全体重を乗せるようにして、一本背負い。
男を背中からコンクリートに叩きつける。
少年の左手から流れ出る鮮血が、男のワイシャツと黒ずんだ
少女が予測した惨劇は起きず。
ただ、男は意識を刈り取られた。
そして少年は。
「大丈夫かい?」
息絶えた、虫や草のような音で。
人間の
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