よろしくお願いいたします。
言い忘れたが、私、坂柳有栖は先天性心疾患を患っている。
多くの姑息手術の末にたどり着いた大手術。
一応の成功を収めたようだ。
父も泣きながら医師たちに感謝していた。
私の
しかし、現代医療がどれほど高度化しようとも。
先天異常による、形態的異常を無理やり正しい形に補正しているにすぎず。
まあ、乱暴な言い方をしてしまえば、道路工事のようなもの。
いつ、また道路が壊れるかなんてわからない心臓だった。
そして、幾たびの大手術と、入退院を頻繁に繰り返したことで、疲弊しきった私の身体は。
まあ当然ながら普通の学校に通えるほどの体力はなく。
リハビリを繰り返しては、少しの期間退院し、だましだまし、細々と学校に通っていた。
そんな、ある日。
四年前。小学校六年生の時だったか。
いつも通りの綺麗すぎる病室で。
私は、一人の先生と出会う―。
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ストーカー事件から特に何かイベントがあったわけではなく。
期末試験はつつがなく終了した。
有栖は、身体の調子が悪いようで、学校を休みがちになった。
期末試験も病院での受験が特別に認められたようだ。
さすがと言わざるを得ないのだが、全部満点で終えたらしい。
しかし、別室受験の彼女の成績はクラス平均に加えることはできないらしくAクラスは僅差の2位に沈んだ。
葛城もよく頑張ってはいたと思うが、絶対的エースの不在と、葛城自身も有栖のことが心配だったようでAクラスの得点は思ったより伸びなかった形となる。
そのな中、当然この静希草十郎の点数が伸びているはずもなく。
平均41点と、赤点ライン割とすれすれで突破と相成った。
もしものことだが。
有栖が普通に受験していたら、彼は赤点だったかもしれない。
試験からの解放感とうだる暑さによるストレスで交感神経がおかしくなりそうな7月20日。
本日が1学期最後の日となる。
「皆、期末試験大変お疲れ。今回Aクラスは平均2位という結果に終わったが、これはむしろチャンスだろう。まだまだこのクラスで上を目指せる、ということだからな。では本日で終業式となるが、8月1日からは夏季クルーズ船2週間の旅が開始となる。それまでは、皆各々疲れをとるなり、部活をするなり、勉強をするなりと思い思いの夏季休業を過ごしてくれ。では、解散」
真島の号令とともに、一斉に生徒が弛緩する。
皆、我先にと教室から出ていくようだ。
いち早く夏休みを満喫したいのだろう。
そんな俺は、隣人の空白の席を見て、寂寥感を覚える。
「最後まで坂柳は来なかったな…静希、
葛城に声を掛けられる。
「ぼうこ?」
「テスト範囲だったろう…ぼんやりしている、ということだ」
そうだったらしい。
できればテスト前に教えて欲しかった。
「葛城、君は帰らないのか?」
「そうだな・・・どの学年も、皆夏季休業に大騒ぎだ。もうちょっと教室で大人しくしてから帰ろうと考えている」
「それもいいだろうね」
葛城は椅子には座らず俺と話す。
なんとなく、元の持ち主が不在である有栖の席は座りがたいのだろうか。
二人で夏の予定などを話していると、校内放送が流れた。
『1-A、静希君。職員室の真島先生のところにいらしてください』
「ごめん、葛城。」
「気にするな。また今度な」
そう言って葛城と別れる。
きっと、彼も俺が元気のないのを心配してくれたのだろう。
そう思うと、ありがたかった。
職員室は1年の階と同じ階だが、棟が真逆である。
口の字に作られている校舎は、各棟が東西南北を向いている。
生徒たちがの教室は南棟なのに対し、職員室や理事長室など、主に教職員関係者が使う部屋は北棟に集まっているのがこの学校の構造であった。
東棟を経由して職員室へ。
ちなみに東棟には、理科室、音楽室などの特別教室がある。
今も音楽室は、吹奏楽部の練習が始まったのか、トロンボーンの練習音が廊下まで聴こえてくる。
「一体何なんだろう?」
真島に呼び出される内容にこれといって特に思い当たるフシはない。
ドアをノックする。
特に返事はないが、形式上するものらしい。
そのまま「失礼します」と小声で言いながら入室。
真島の席では、彼が忙しそうに書類仕事をこなしていた。
もしかしたら、クルーズ船関連の書類なのかもしれない。
「真島先生、ただいま来ました。何か用事でしょうか」
「おお、静希か」
さあ行こうか、と言われ、彼に誘導され応接室と札のついた部屋に誘われる。
「ここは…?」
「文字通り応接室だ。外部からの来客に対応するための部屋だな」
「外部…?学校の、外ということですか?」
「そういうことだ。入るぞ」
真島は小さいノックをして、失礼します、と言いながら部屋に入る。
俺も続いて入ることにする。
「失礼します」
応接室に入る。
高価そうな革張りのソファが鎮座している。
傍には大きな机がある。
天板は檜だろうか、美しく、雄大な木目を呈している。
壁には掛け軸がかけられているが、草書体のため草十郎は読めない。
また、部屋の隅の花瓶には、満開のひまわりと、黄色や橙のバラのブーケが生けられている。
夏を彷彿とさせる、明るく美しい花だ。
来客をもてなすには相応しいなと、草十郎と思った。
「やあ、よくきてくれたね。静希君。真島先生、ありがとうございます。後は私たち二人だけで」
わかりましたと言い、頭を下げつつ退室する真島。
どうやらこの二人の上下関係は真島が下のようだ。
「貴方は・・・」
「自己紹介が遅れたね。私は坂柳成守。有栖の父だよ」
「有栖の、お父さんですか」
そういった彼は、優しそうに微笑む。
柔和な笑みで、上品な方だと思った。
「驚くのも無理はないね。あまり娘とは似ていないと自覚はしているんだ」
笑いながらそう語る成守。
「静希草十郎と言います。いえ、寧ろ俺は納得しましたよ。お二人の雰囲気は、とてもよく似ていますから」
本心からそう思った。
二人の上品な立ち居振る舞いと、笑い方が似ていると。
「そうなのかい?そんなことはあまり言われないから嬉しいよ」
成守も満更ではなさそうな雰囲気である。
「それで、有栖のお父さんがなぜ俺に?」
草十郎は純粋な疑問をぶつける。
「私は、この学校の理事長をしているんだ」
「貴方が・・・。ということは」
「そう。そして、君をこの学校に招き入れた、張本人でもあるね」
そう。俺の入学を許可した人。
俺を、この学校に入れてくれた人。
「貴方が、そうだったんですね。その節は、お世話になりました」
深く、頭を下げる。
“彼女”から、入学には理事長が特別な計らいをしてくれたとは聞いていた。
返しきれない恩義がある。
「そんなに頭を下げないでほしい。寧ろ、私の方こそ感謝したいんだ」
彼にそう言われ、頭を上げる。
しかし、草十郎に感謝される謂れは思い当たらない。
「有栖と、仲良くしてくれてありがとう」
そう、彼は頭を下げて、笑いながら言った。
当然のように。
「頭を上げてください。こちらこそ、なんです。本当に、彼女には感謝しても仕切れないくらいの。恩があって。だから、俺の方がやっぱり、感謝すべきです」
「じゃあ、お互い感謝しあう、ということでどうかな?」
理事長は、終始笑みを崩さず、そう提案してくる。
「そう言っていただけるのなら、こちらとしては願ったり叶ったりです」
こんな目上の人と話す経験もないのに、頭まで下げられるとタジタジになってしまう。
終始ペースを理事長に握られているが、それもやむなきことだろう。
草十郎にとっては、有栖も彼も、両方とも恩人なのだ。
しばらく話していると、ドアが優しくノックされた。
「いらしたようだね」
理事長は立ち上がってドアまで迎えに行く。
俺もなんとなく座っているのは気まずいので、理事長が戻ってくるまで立って待つ。
理事長が、旧知の顔を連れて戻ってきた。
「久しぶりね。静希君」
「…有珠」
山から下りた俺を、拾ってくれた人。
その人だった。
読んでいただきありがとうございます。
校内の構造は勝手に考えたので、もし間違えておりましたら申し訳ありません。
以前、感想の中にご質問のをいただきました。
「この舞台設定は、よう実だけなのか、まほよも繋がっているのか」
それについては当時はネタバレになるため、回答を控えさせていただきました。今ようやく回答出来てほっとしております。
当作品は、「よう実」と「魔法使いの夜」両方の世界観を舞台設定に据えておりますので、苦手な方は何卒ご容赦していただけると幸いです。