「久しぶりね。静希君」
西洋人形をそのまま人間の形にはめて抽出したような、美しい造形。
その白肌は、未だに太陽の光を知らないかの如く、神秘的であり、絶対的。纏う黒衣とのコントラストがより一層彼女の白さを際立てる。
何より美しいのは、その漆黒の髪色。
未だ穢れを知らぬその容貌を持つ。
俺を拾ってくれた大恩人、
この容姿で、20年以上前に
「有珠…」
「有珠?」
有珠の冷たい一言で、場が凍る。
「静希君、貴方はいつから、私を『有珠』と呼べるほど偉くなったのかしら?」
凍てつく声。
冷めた眼差し。
鳥肌が立つ。体が危険信号を出している!
「ごめん、友達と混ざっちゃって。有珠さん」
宜しい。と有珠は満足げ。
彼女にとって、この呼び方はとても大切らしく。初めて会った時からこれを徹底させられている。
「久しぶりだね、有珠さん。3月以来になるのかな」
「ええ、そうね。この学校では、なかなか在学中に連絡を取るのは難しいから」
二人の間に、特別な会話はない。しかし、久々の再会に少しばかり心が躍っているのは、きっと草十郎だけではないと思いたい。
「二人とも、座ってお話ししましょう」
理事長の鶴の一声で、全員着席となった。
「でも、どうして急に学校に?」
純粋な疑問だ。次会うのは3年後と、草十郎は勝手に思っていたのだが。
「私は、貴方の保護者として登録されているから。会おうと思えば会えるの」
「そうなんだ」
入学時、誰が草十郎の保護者として登録されているのかなど、考えたこともなかった。
しかし、有珠がそれを担ってくれていようとは。
「いつも、ありがとう」
「きにしないで」
再びの沈黙。しかし、お互いにとっては何の苦痛にもならない。
これが二人の距離感なのだろう、と成守は理解する。
「久遠寺さんがいらしたのは、他にも理由があってね。彼女は私と旧知の仲なんだよ」
「そうなんですか」
「紅茶の趣味関係で、昔からそこそこお世話になっているの」
「そこそこはひどいですよ。以前差し上げたティーカップは、それなりに入手が困難だったんですから」
「それについてはどうもありがとう」
二人が存外に仲良さそうに話すのを見て、草十郎もつい笑みが溢れる。
「それにこの学校が建てられている地域の管理者は、久遠寺さんですからね」
「管理者?」
「まあ言ってしまえば元締め。一番地域で偉い人だね。ここらの市区町村の一帯の土地を管理しているのが、代々『久遠寺家』なんだ」
有珠は否定も肯定もせずに、ただ出された紅茶を飲んで話を聞いている。
そんなもんなのか、と草十郎はとりあえず納得する。
「それで、本題なんですが」
理事長が滔々と語り始める。
「私の娘、有栖・・・紛らわしいので、娘と呼びます。娘の容態が、芳しくないのです」
理事長は項垂れながら話す。
その声色には覇気を全く感じられない。
「そうなんですか・・・」
有珠は何も語らない。
俺も薄々察していたが、見て見ぬふりをしてきたその事実をはっきりと言われ、何とも言えない気持ちになる。
「今まではずっと状態が安定していたんですよね?そんなに急に変わるんですか」
「心臓疾患はいつ急変が起きてもおかしくはないからね。それに、娘は中学に入るまでは殆ど学校に通えないほど、闘病生活を送っていたんだ」
そうなのか。知らなかった彼女の新事実に驚く。
今はあんなに元気そうに振る舞っているのに、全く想像がつかない。
「でも、今回はかなり悪そうなんだ。これ以上悪化するとなると、補助循環装置の導入が検討されるらしい」
なにやらよくわからないが、きっととても激しい治療なのだろう。
いつごろまで入院になるかなど、素人にはわからない。
依然として、俺はなにも言えずにいると、今まで無言を貫いてきた有栖が口を開いた。
「今から、静希君にとっては突拍子もないことを言うわ」
何やら、前置きをして、有珠は語り出す。
「恐らくは、魔法のバランスが崩れたのね」
「魔法?」
聞きなれないワードに反応してしまう。
理事長は受け入れているようで、俺だけが知らない事実のようだ。
「私は有栖さんを、
全く理解が及ばないが、有珠の語りはこちらを構ってはくれない。
「魔法のバランスが崩れたことで、体内時間が不安定になってしまった。早くなったり。もしかしたら、もっと遅くなったりと。
歪で不安定な速度で進むようになってしまったのよ。彼女の時間はもしかしたら、心臓の機能が悪化した状態で、進行速度が遅い状態で停滞しているのではないかしら」
「どういうこと?」
有珠は、
「つまり、彼女は。今までは魔法によって身体は成長もしなければ老化もしない、時間の流れる速度が極めてゼロに近い世界で生きてきた。彼女の体格は一般的な高校生と比べて小柄だったでしょう?それはきっと、彼女が魔法をかけられた四年前から成長できていないから。それに付随するように、というよりは。こちらがメインの目的なのだけれど。彼女の心機能は悪化も改善もしない、ある意味では治っている状態が保存されている身体になった」
なんとなく言いたいことはわかった。
とどのつまり、何かしらの方法で不変になったのだろう。
まるであの山での生活のように。
「でも、彼女を一時点に留まらせている魔法に何かしらの不具合が生じた。そして、彼女の時間は再び動き出した。だから心臓の状態が変化したんでしょうね。最初に悪くなったのは、不運ではあるのだけれど」
成守は俯いたまま話を聞いている。
彼も大体のことは理解しているようだ。
俺は純粋な疑問を口にする。
「なんとなくわかったよ。要は有栖にかかっている魔法が壊れてしまったんだろう?だったらまた魔法を直せば解決とはいかないのかな?」
有珠と成守の反応が悪い。この方法は難しいのだろうか。
「魔法は、扱うのがとても難しいのよ。私でも無理ね」
「じゃあ使える人を見つければ」
二人とも反応が芳しくない。
すると一つの疑問が生じる。
「じゃあ、有栖は誰に魔法をかけられたんだい?」
有珠でも無理なもの。
一体だれが、有栖に魔法をかけたのだろうか。
「それについては私が説明しよう。私が、とある高名な魔法使いに頼み込んでら娘にかけていただいたんだ。私の身勝手な判断で・・・」
彼は後悔しているのか、それともそうではないのか。
それはわからないが、口調は覇気がなさ気であった。
「その方は、今はどちらに?」
「わからないんだ。その時は、本当に偶然、出会うことができただけで…。すみません、私の身勝手な行動のツケに巻き込んでしまって・・・」
「起きてしまったことは仕方ないわ。それに、私の土地にいる、生ける魔法の被験者を放置しておくわけにもいかないもの」
それに。と有珠はまだ付け加えるようで。
「それに、私の可愛い養子を高校に入れてくれたから。まあ、トントンよ」
「さっき理事長が言っていた・・・」
「そう。君は、私がこの高校に入学させた。坂柳有栖、娘の、監視役として。この学校は、外界からは隔絶されているからね」
理事長が申し訳なさそうな口調でそう語る。
有珠が、俺がすぐに入学できる高校を見つけてきてくれた時は飛び上がるほど驚いたものだった。
まさか、裏でこういう取引があったとは。
そして、三月の入学直前時に、有珠から写真を見せられた時に言われたのだ。
「この子を見守りなさい」、と。
最初にバスで話した生徒が、件の子だったときは大層びっくりした。
「そうか。だから俺は、Aクラスだったんですね」
全てが付合する。
成績の悪い俺が、優秀な生徒が集うAクラスに配属された理由。
有栖の隣の席の理由。
もしかしたら、有栖が入学式の日にバスを利用したことですら。
その全てが。
この二人によって、定められていたことだったのか。
この、閉ざされた箱庭で。
「改めて。君を利用した形となってしまい、本当に申し訳ない」
再度、首を垂れ謝る理事長。
先ほど彼が俺にお世話になっていると言っていた理由は、こういった事情も含まれていたのだろう。
「そんな、寧ろ。こんな経歴が怪しい俺を入学させてもらったんです。しかも、有栖は俺の友達になってくれました。初めての、友達に」
だから、やっぱり感謝こそすれ、彼が俺に頭を下げる理由はない。
何度目かの沈黙が部屋を包む。
そして、まだ話は終わっていない。
「結局、有栖の魔法についてはどうするんだい?」
「昔の友人に専門家がいて。連絡をしてみたのだけれど、彼女も自分が実際に使用したわけではない魔法については、正直詳しくはわからないとのこと。一応助言はくれたのだけれど」
彼女、というのが誰のことかはわからない。
もしかしたら、久遠寺の屋敷に飾ってあったポートレイトに写っていた、あの利発的な茶髪の女性だろうか。
「助言…」
有珠はコクリと可愛らしく首を縦に振り、そして語る。
「彼女を、殺すのよ」
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坂柳有栖。
先天性心疾患のため、幼少期から長らくの間入院生活を繰り返すことを余儀なくされた。
彼女はいくつもの手術、術後合併症を乗り越え、ようやく全ての手術が終わったころにはもう小学校も終了間際。
命があっての物種ではあるが、さらなる厳しいリハビリと、手術侵襲による小さい体への影響は考えるに余りある。
高校生活を学校で過ごすほどの元気を得るなんてもってのほか。
ともすれば、成人を迎えられないだろうというのが、現在の医療の限界だった。
そんな中。彼女の父、坂柳成守は、とある魔法使いの家に足を運ぶ。
曰く、その魔法使いは。
死んだ猫の命すらも蘇らせて見せたという。
故に、成守は縋った。
莫大な金銭と引き換えに娘の健康を、と。
それに魔法使いは応えた。
どこにでもある、ありふれた話だ。
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