ようこそYAMA育ち。   作:ドクトリン

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本日は2話挙がる予定です。
最後まで楽しんでいただけると幸いです。


Alice on the holy night.

暫くの後、有栖が目を覚ました。

 

「おはよう、ございます」

 

まっすぐ俺を見てそう言う。

とてもまっすぐで優しい眼差し。

 

「やあ有栖。すこし、寝坊したかい?」

俺も、努めていつも通り。

 

「こんな時も意地悪ですね。静希君は…」

彼女も、笑いながらそう言った。

 

「体調はいかがですか?」

神父は医師として、そう尋ねる。

 

「不思議です。こんなに体調が良いのは人生で初めてかもしれません」

神父は聴診をしながら、その話を聞いている。

 

「確かに、心臓に雑音はありません。調子が良いことは、本当の様ですね」

彼も、不思議に思いながらそう言った。

 

「有栖…!」

成守が、有栖に抱き着き抱擁する。

身長差が30センチ以上もあるため、成守は高価そうなスーツの膝を地面につけているが、何も気にしてはいなさそうだ。

 

「お父様…」

「今まで、本当にすまなかった…!」

「いいのです。お父様のお陰で、私はここまで生きられました。彼にも、出会うことができました」

 

そう言って二人で泣いていた。

なんとなく観てはいけない光景のような気がして、俺は遠くを見つめていた。

 

満点の夏の星空だった。

 

親子二人の会話はいったん終わった。

とりあえずは病院へ引き上げようとした最中。

 

「静希君」

有栖に声を掛けられる。

 

「なんだい?有栖」

今まで何度も見た。

調子のよい有栖の姿が見え俺も嬉しくなりつい頬が緩んでしまいそうになる。

 

「こんなに調子が良い日が、次はいつあるのかわかりません。ですから、ですから。少しだけ二人でお話ししていきませんか?」

 

そう言って、彼女は教会を見る。

俺は彼女の体調を鑑みて、断ろうと思ったが。

 

「はあ。本当に仕方がありませんね。医師として、絶対に無理だけはしないように。体調が優れないようでしたら直ぐに戻って来てくださいね。それだけはお伝えしておきます」

と、神父に先手を打たれてしまったため俺は何も言えなくなる。

 

「ありがとうございます。神父さん」

そう笑顔で有栖は俺の手を引いて、教会内に入っていく。

 

「すぐ、戻ります」

俺も苦笑しながら三人に伝えた。

 

夜の教会は、いつにもまして静謐な様相を醸し出していた。

掃除をしに来た日以来だが、あの時とは顔色をがらりと変えている印象だ。

月明かりに照らされたステンドグラスが、とても幻想的で。

今日の夜ならば灯をともさずとも、十分に足元には気を付けることができそうだった。

 

「灯かりは…つけないでお話ししましょう」

 

有栖はそう提案する。

了承しお互い少し遠くの椅子に腰かけた。

今、俺は彼女と向かい合っていることはわかる。

しかしこの明るさでは表情まで窺い知ることはできない。

 

長い、それでいて穏やかな沈黙が舞台を包む。

 

「静希君」

有栖が口を開く。

いつも先陣を切るのは彼女だった気がする。

 

「期せずしてですが。私の人に言えない過去は、全て貴方に知られてしまいました。だから、静希君にも話していただきたいのです。貴方の過去を。貴方を知りたいのです」

 

「そして、あの日(告解)の続きを」

そうだとは知っていた。それを言わないのが彼女の優しさであるということも。

 

「やっぱり聞いていたんだね」

 

「盗み聞きです。幻滅、しましたか?」

 

「そんなことないよ。あの時は助けてくれただろう?」

 

「静希君が困ってそうでしたので」

 

「そうだね。神父からは、なんとなく逃げられない気がしていたから」

 

それに。

「有栖に言われずとも。俺が、自分から話したいんだ。俺も…。君に聞いてほしい」

初めて思えた。そんな相手。

 

「知ってほしいんだ、俺のことを」

 

 

少し間を開ける。

頭の整理はついた。

覚悟もきっとできた。

 

「有栖。俺はさっき、君を殺した」

 

俺の、最初の殺人。

有栖の時間を正常に戻した。

それは、有栖自身を死へと誘うことに他ならない。

 

「そういう捉え方もできますね」

有栖はその解釈は思いついていなかったようで、少し笑った気がした。

 

「殺すなら。俺の手でと決めていたんだ」

 

お互いの表情がわからない。でも、雰囲気で話を聞いてくれているのはわかった。

とても話しやすかった。

 

「それは、俺にこそ相応しいと思ったから。俺は生まれながらの獣未満のバケモノなんだ」

 

今こそ語ろう。

俺の罪を。

 

告解。自分の罪を認め、聖職者に語ること。そして、その罪における神からの赦しを得る。

赦しの秘蹟。人は必ず、罪を犯す生き物と仮定した上で成立している。

ある種最も――「人間らしい」行為である。

 

あの日の告解。その続きを語ろう。

 

「では、私から静希君にお尋ねします」

「貴方はなぜ、山から下りてきたのですか?」

「山の中にいれば、貴方は幸せだったでしょうに」

 

あの日と、一言一句違わぬ問い。

 

違うのは、神父ではなく、有栖が俺に問いかけた、ということ。

 

凛とした、意志の強い。清廉潔白で、何物にも汚されていない声。

きっと、この世のすべての悪意に打ち勝ってきたであろうその純粋な声。

その声に、俺はきっと、一生逆らうことができない。

長い沈黙の後。ゆっくりと、ゆっくりと。話そうと思う。

 

「山の話をしよう。山ではいろいろなことをやらされた。

突然衣服とナイフだけ渡されて、子供だけで1週間生き延びる遊び(訓練)

子供たち同士でお互いの首を絞めたり、殴りあったりする遊び(訓練)

野犬の群れの中に放り出されて生き残るために、罠を張ったり。仲間を切り捨てて、村まで戻る追いかけっこの遊び(訓練)。突然1か月間、食料を一切大人から渡されなくなる期間(訓練)とかもあったっけ。

生まれた時からそうだった」

 

「そして、俺が10歳くらいからなのかな。自分の年齢は、実はわからないんだけれど。

俺よりちょっと背の高い、兄貴分みいな人が夜中にいなくなった。

彼について大人に尋ねても、こういうことは偶にあるとしか言ってくれなかった」

 

「それがあってからかな。夜の闇が少し怖くなったんだ。でも、その時はそれだけだった」

 

「それからは同じことの繰り返し。

お互い首を絞めあう。時には刃物を用いて行う。お互い夜襲を掛け合い戦う。

こんなこと、何の意味があるのかなんてわからなかった。わかろうともしてなかった。わからなくても生きていけたから」

 

「ある日、本当に偶々だったんだ。

俺がいつもさせられていたことの『意味』を理解してしまったんだ。そうなった夜、大人たちが来た」

 

「その日、俺は『静希草十郎』と名付けられた。その日俺は名前を得たんだ。

名前は一覧表みたいなのがあって、適当に選んでいたな。

後から知ったことなんだけど。過去にも俺ではない、『静希草十郎』という名前の個体はすでに出荷されていたようなんだ」

 

「少し、話が逸れたね」

 

「その時、人物の写真と詳細なプロフィールを見せられて。その行為(殺人)を命じられた。

でも、俺はそれができなかったんだ。

その意味が分かってしまった途端に、今までやってきた当たり前のことが出来なくなってしまった」

 

静寂が教会を包む。

教会は、もしかしたら音が反射しやすいようになっているのかもしれない。

遠くで微かに聞こえる。蛇口から垂れ落ちる水音だろうか。

 

それがとても大きく聞こえ、二人の静寂を取り持った。

 

「『鳴けない鳥は要らない』そう言われ、山を下ろされた。

それからは、有珠…さっきの黒髪の女性に拾われて」

 

彼女は何も語らない。

ただ、俺をじっと見つめているのだろうか。

どのような表情を湛えているのか。

この暗さではわからない。

 

「でも、そんな山だったけど。あの世界は完璧だった。

全てがある世界。余分なものがない世界。満ち足りて永遠に停滞した世界」

 

山の生活は閉じていて。閉じていることすら気づけないほど、閉じきっていて。

 

「俺は今でも、山が恋しいんだ。あんな思いをして出てきたのに」

だからこそ完璧だった。

 

「都会では皆が優しかった。皆が俺を気遣ってくれた。でも、俺が皆を受け入れられなかったんだ」

山では自由に生きていた、俺。

 

「うらやましかったんだ。俺は自分がない。なのに。皆、自分を持っていた。確固たる自分を」

俺にはそれがない。だから、他人との境界があいまいで。皆の感情がわからない。

 

「ストレスだった。そして、こんな不出来な自分をずっと引け目に感じてた。

俺にそんな感情を抱かせる、都会も、学校も、友人でさえも。ずっと嫌だった」

 

「そして、そんなことを思う自分が。一番嫌いだった」

皆、いいやつなのに。

学校は、楽しいところなのに。

都会は、楽しいはずなのに。

俺をこんなにも苦しめる。

 

「心はまだ山にいるんだ」

あそこでは自分が何者かを考える必要がなかった。

ただ、日々を生きているだけでよかった。

 

「あそこで、俺は死ぬべきだった」

俺は人を殺すために生まれた。

こんな俺を作った山を、未だに美しいと思ってしまう

だから、俺は人間じゃないんだ。

 

「君の隣にはいられないんだ。だから、ありがとう。有栖」

 

永い、静かな時間。永遠にも錯覚する。

もう全て出し尽くした。

なぜか心は晴れやかだ。

人に心の内を明かすのは、意外と心の整理がつくもんだなと実感する。

明日にでも退学届けをだそう。

すっきりした。これから再スタートを決められるかもしれない。

 

そうして、今持っているモノを全部放り投げてまた逃げだそうとしている。

そんな俺を正面から小さい温もりが抱きしめる。

 

「もう、いいんですよ」

「有栖…」

彼女の確かな温かさが、俺を包み込む。

 

「己を否定するのは、もうやめましょう」

 

「貴方は、本当に素晴らしい人です。他人を思える人間です。誰かのためにこんなに考えて、祈って、思いを馳せることができる人間です。誰かのために笑って、誰かのために悲しんで、誰かのために頑張っている人間です。そんな、貴方だからこそ、私は」

 

彼女は祈るように。

 

「好きになったのですから」

 

優しく優しく、言葉を紡ぐ。

彼女は俺を抱きしめ続ける。本気を出せばすぐにでも振り払える華奢な体。

でも、内に秘める熱が。

誰よりも熱いことを俺は知っている。

 

「でも、俺は。君を助けられなかった。約束、したのに」

 

「もう、充分に助けられていますよ。貴方が、ここにいてくれるだけで。でも。もし、また助けてくださるというのなら。私のさっきの約束を、叶える助けをして頂きたいのです」

 

『いろんなことをしたいです。いろんなものを観たいです。そして、人として、生きたいのです。貴方と、一緒に』

 

先ほどの、有珠の願い。誓い。祈り。

それを、俺は。

 

「俺で、いいのかな…。生き方がわからない。自分さえわからない、こんな俺で…」

「はい。人は誰かと関わり合い、自分を知っていくのです。そして、私は誰よりも。貴方と一緒が良いのです」

 

有栖との約束。

一度は果たせなかった。

だけど、今度こそ彼女を助けたいと、何よりも俺自身が願う。

俺自身から由来した、初めての願い。

 

「俺も、君とずっと一緒にいたい・・・」

ずっと自分が何者なのかわからなかった。

経歴も、年齢も、名前すら仮初の。こんな俺。

そんなちっぽけな存在の最初の産声。

 

「誰があなたを罰しに来たとしても。私があなたを赦します。私が一生、貴方の傍にいます。だってあなたは今…」

 

俺の目には、何よりも熱い、心の証。

 

「泣いているじゃありませんか」

 

俺は、声をあげて情けなく泣いた。

情けなく、女の子の胸の中で。

ついさっき生まれた赤子の様に。

どれほど泣いたのかはわからない。

泣き疲れて眠ってしまったようだ。

だけれど、彼女の温かさだけは変わらずにずっと傍にあった気がした。

 

教会から出ると、三人が笑顔で出迎えてくれた。

数時間も待たせてしまったのに。皆、笑顔で出迎えてくれた。

 

前では三人が話をしながら歩いている。

俺と有栖は手をつなぎながら少し後ろを歩く。

会話はぽつぽつと。だけれど、心は通じている気がした。

 

「静希君」

「なんだい、有栖」

「これからは、草十郎君とお呼びしても、よろしいですか?」

「それは構わないけれど…なんで?」

「なんででもありませんよ。ただ、そう呼びたかっただけです」

彼女は、ちょっと拗ねるようにそう言った。

 

「その名前は、実はあまり慣れていないんだ」

「だったら私がたくさん呼んであげますね。大切な、貴方の名を」

 

空を見上げる。

依然として、星は燦然と煌めいている。

大きな宇宙に放り込まれたようだった。

 

「きれいだ…」

素直に。本当に素直に、そう思った。

山の星はもっともっと満天で。空気も澄んでいて。あたり一面星だらけだったけれど。

君と一緒に観る空が、こんなにも美しい。

 

星が瞬くこんな夜をたった二人で分かち合う。

 

俺たちは、二人とも独りぼっちだった。

そして今日、同じ空を見上げて誓おう。

 

この痛みを分かち合い、生きていくことを。

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