申し訳ありません。
話しているうちにバスは目的地へと辿り着いた。
俺は有珠が転ばないように注意を払いつつ、彼女の降車を確認する。
俺は制服を寮に取りに行かねばならない。
事前に連絡があり、鍵は寮の管理人が預かってくれている手筈だ。
「じゃあ、俺は寮で制服を取ってくるよ。これから仲良くしてくれると嬉しい」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
別れた後は小走りで寮へ向かう。
寮の方向は有栖に教えて貰ったから間違えることはない。
彼女はなんでも知っているんだな、と感心しつつ走る。
寮の前では寮長が待っており、すぐに鍵を渡し着替えるように言ってきた。
今から着替えてもギリギリ集合時間に間に合わないくらいの時間だ。
さっさと済ませて学校へ行かねばならない。
これから自室となる部屋に入り身支度。ネクタイの締め方は練習してきた。
割と上手に結べたと自画自賛しつつ、荷物を持参し学校へ。
再び俺は走り出した。
ふと通学路の桜の木を見る。満開から幾日か老いたようだ。少し散り始めている。
最期に懸命に自己の存在した証を世界に叫んでいるようだった。
走ったお陰もあり集合時間には間に合いそうだ。
学校にはクラスという数十人単位の組織分けが存在するのは入学前の説明で聞いている。
この学校は40人が一クラスのようだ。
自クラスがAなのを確認し、走らず、かつ速やかに1-Aに向かった。
クラスに入る。
俺は最後の人間だったようで、39人からの視線を感じる。
が、直後に皆各々会話を再開したようで、こちらへの注目は消えた。
空席が一つなので迷わず自分の席へ。
教室でのお作法は不明瞭だが、とりあえずは右に倣えか、と思い着席しつつ様子見をする。
「お疲れ様です。今朝ぶりですね」
唯一の顔見知りが隣だったのは、俺にとっては幸運だった。
「やあ有栖、まさか同じクラスとはね。心強いよ」
「こちらこそ、お友達が隣の席で嬉しいです」
「俺が友達?」
「そうですよ。もしかして、私は弄ばれたのですか…?」
オヨオヨと泣く演技をしながら有栖は言う。
少し周囲の人間(特に男)から睨まれている気がして、慌てて言いつくろう。
「いや、違うんだ。俺は今まで一人も友達がいなくて。だからびっくりしただけなんだ。そうだね、俺からも有栖にちゃんと伝えよう。友達になってくれてありがとう、これからもよろしく」
「静希君は今までお友達が一人もいらっしゃらなかったんですか?」
「恥ずかしながら、山から降りてきたばかりでね。山には大人たちはたくさんいたけれど、同年代や年下はあまりいなかったんだ」
「山から、ですか」
そうだよ、と返事すると時刻は集合時間。
ぴったりに教室の前のドアが開き、黒スーツが似合う真面目そうな男が教壇に立つ。
「皆揃っているな。まずは入学おめでとう。俺は真島だ。このAクラスの担任となる。担当は数学だ。勉強については気軽に相談してくれ。また、この学校にはクラス替えがないため俺が卒業までの3年間、君たちの担任務めることになる。今から1時間後に入学式が予定されているが、それまでの間に入学した君たちへこの学校独自のルールを説明するガイダンスを行おうと思う。事前に送られていた資料を読んだ者もいるとは思うが、今一度の説明だ。質問は俺が全て話し終えた後に受け付ける」
台本があるのか、それとも真島がこれまで同じ説明を何度もしていたのか。
どちらにせよ真島の説明は澱みなく、淡々と進められていく。
「これが学生証。IDカードになっており、内部に貯まったポイントで商品を購入することができる。まあ、校内でのみ使用できる貨幣と思ってくれて構わない。敷地内の全施設でこのポイントが使用できる。学校内においてこのポイントで購入できないものは存在しない」
「そして、ポイントは毎月1日午前0時に自動的に振り込まれる。君たちのカードには、全員平等に10万ポイントが既に入っている」
「そして、この学校は生徒の実力を測っている。この学校に入学した時点で、君たちに10万ポイント相当の価値があると判断されている。ポイントをどのように使用するかは各人の自由だが、無理に他人から強奪など、犯罪行為やいじめなどは当たり前だが厳禁だ。では質問を受け付ける」
真島先生は教室をさっと見渡すが、誰も質問する気配がなさそうだ。有栖の方を見ると少し考え込むようにして顎に手を当てている。
俺といえば、いきなりあいでぃー?カードなどと言われ、その時点で内容があまり理解できていない気もする。
「質問はないようだな。では入学式まで自由時間とする」
そう言い残し真島は教師を出た。
少しざわつき始める教室内。
入学式まで野しばらくの自由時間、各々気楽に過ごそうと画策していると、一人の屈強な男子生徒が教壇に立ち声を放つ。
「少しいいか。今後俺たちは3年間共に過ごすことになる仲間だ。だからこそ、一日でも早くお互いを知り、クラスメイトとして過ごしていくために自己紹介をし合おうと提案したい。皆どうだろうか?」
いいんじゃない?など口々に声が聴こえる。
誰も反対するものはいなさそうだ。
「ありがとう。ではまず俺から。俺の名前は葛城康平。中学では生徒会をしていた。この学校でも生徒会に入りたいと思っている。これから仲良くしてくれると嬉しい」
バチパチパチと拍手が鳴る。彼のリーダーシップは素晴らしいな、と素直に感嘆する。
窓側の席から順々に自己紹介が始まる。
俺は窓際で一番後ろの席なのでもう直ぐ出番となる。
「では、次は君」
そう葛城に促され、俺は自己紹介をする。
「静希草十郎です。好きなものはあまり分かりませんが、嫌いなものは犬などの動物です。山から降りてきたばかりで、都会のことは右も左も分かりません。仲良くしてくれると嬉しいです」
パチパチ…とまばらな拍手。
どうやら無難にこなすことができたようで一安心しつつ席に座る。
人に囲まれるのも、まして衆目を浴びるのを疲れる。
次は有栖の番のようだ。
「坂柳有栖です。ご覧の通り足が不自由で、何かと皆さんにご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。これから3年間、どうかよろしくお願いいたします」
品のある立ち振る舞いと口調で自己紹介をこなす有栖。有栖の儚げな美しさに心を奪われているのは、異性同性関わらずもちらほらいそうである。
その後も自己紹介はつつがなく進んでいく中で、ふと小声で話しかけられる。
「静希君、少しお話しを宜しいでしょうか?」
頷きつつ次を促すことにする。
世間話を交えつつ有栖と話すことになった。
こんなにたくさんの人の名前を一度に聞いても覚えられず頭がパンクしそうだったためちょうどよい息抜きになりそうだ。
「それにしても、静希君は犬が苦手なんですね。私は好きですよ、犬。素直で、かわいくて、そして従順です」
「有栖、それはね都会の飼いならされた犬の話だよ。山の犬は知能が高く、脚も速い。そしてなにより、群れで行動するんだ。だから狩りの失敗はほとんどない。必ず獲物を追い詰める。すべての動物の中で俺は一番恐ろしいと思うよ」
「熊とかよりも恐ろしいのですか?」
「熊は群れないし、走るのもそんなに早くはないからね。勿論どちらも怖いんだけど」
「はて、熊の走る速さは相当なものだったと記憶していますが。まあよいでしょう」
そう話題を切り替えて有栖は一呼吸落ち着けて再度会話を進める。どうやら本題はこちらのようだ。
「私たちは10万ポイント…つまりは10万円支給されました。一介の高校生が持つにしてはかなりの大金。これを額面通り素直に受け取るかについてはまだ疑問が残ります。静希君はいかが思いますか?」
少しばかり考える。有栖の思考、質問の意図。それらを鑑みて、俺は率直にわからない、と返事することにした。
「俺は貨幣の価値はわからない。正直に言って、10万円が高いのか、安いのかもわからないんだ。だから、俺にわかることだけ回答するよ」
くすりと笑いながら、有栖は言葉の続きを待っているようだった。
「山では不条理なことばかりだ。山菜を取っているときに獣に襲われることもある。大雨で土砂崩れが起き、道路が塞がれあっという間に食糧難になることもある。小さい子供が夜の間に家から出てしまい、そのまま見つからないことだってあるんだ。でもそれらは不条理だけれど、ありえないことではないんだ。わずかだけれど、可能性があることなんだ。だからうまくは言えないんだけど、この世界ではきっと、起きることしか起きないんだ。
もし有栖が10万ポイントについて疑問に思うことがあったなら、それはきっと、起きるべくして起きたことできっと理由があるはずなんだ。
だから、その疑問を大切にすればいいんじゃないかな?」
少し笑いながら俺はそう返答した。
やっぱり俺は頭を使うのが向いていない。
正直うまく答えられてはいないだろう。
有栖はとても賢く、そして、俺はあまりにも無知だ。
「ありがとうございます。静希君の貴重なご意見を参考に、少し考えてみようと思います」
その後も何気ない会話を続けた。自己紹介も終わり入学式の時刻となった。