「心臓が治ったァ!?」
電話越しに青子はそう騒ぐ。彼女は四〇代に差し掛かっても、あまり落ち着きがないようだ。
「そう。ことの顛末を、貴方にも報告しておこうと思って」
私、久遠寺有珠は科学文明が苦手だ。
十代半ばでようやく固定電話の使い方が理解できた位には、世間様に疎い自信はある。
それも、最初は出前呼び出し機だと思っていたのは秘密だ。
そんな文明の力というにはあまりにもアンティークなデザインの、真上に受話器を置く、指でダイヤルを回すタイプの電話機をまだ使用しているあたり、久遠寺家の感覚が現代に追いつくことは、終ぞ来ないのだろう。
そんな頼れる相棒を今日もコキ使い、友人の青子に電話をかけた。
内容は当然、つい先日の顛末である。
「それで、何か思い当たる節はあるかしら?」
「うーん。あのジジイのすることだからなあ。あんま理解はできないんだけど、推測でいいなら。そもそも、あのジジイがその子の病気をそのまま治さずに、体内時間の調整なんて迂遠的な方法を使ったことがまず一つ目の疑問だったのよ」
確かにそれは引っかかった点である。
あの方なら、それも造作なかったはず。
「それに、私の把握してる第五魔法にはそんな便利な機能はないしね」
「え・・・?」
それは初耳だった。
確かに私は魔法についてはあまり詳しくはない。
それに、彼女の監視は
椋鳥曰く。
「アレは間違いなく、魔法っすよ!褒めて欲しいッス!マイ天使!」
と、無駄口を叩きながらそう報告してたので、つい適当に聴き流していたが。
「ロビンも、馬鹿ね…」
「それは今更でしょ?」
青子は何の気なしに切り捨てる。
「それに、素人の
確かにそうだ。彼が魔法使いに会ったことは確かだろうが、魔法を使われたなんて彼が言ったことでしかない。
そこをしっかりと踏まえるべきではあったが、ここにいる二人は仮にも専門家。素人視点という死角が抜け落ちてしまい、見事に魔法という思い込みという檻に囚われてしまったらしい。
「大体そんな便利なもんがあったら、イチイチ化粧水だの、乳液だの、アンチエイジングだのに大金使ってないっつーの!嫌、まだまだ私の肌は最高品質だけどね!?」
何を言っているのかよくわからない。たまに青子は難しいことを言う。
「私は、そのどれも使ったことがないのだけれど」
「うっせー!馬鹿!」
受話器の向こう側で、ズビシィ!!と中指を立てる音が聞こえたようだった。
「で、多分だけど。ジジイがその子にかけたのは恐らくは普通の魔術。似たようなものは、時計塔でちょっと聞いたことがあるしね」
「体内時間の調整という魔術も、大概なのだけれど…」
魔法使いとはいえ、やっていることがめちゃくちゃだ。
「で、ジジイはそれに細工したんじゃない?」
「細工?」
「そう。例えばなんだけど、強いエネルギー。生命力とか思いにとかに反応して、効力を徐々に失わせるとか」
「生命力なんて曖昧なものをトリガーにするなんて」
「私もそう思うけどね。ジジイなら何ができても不思議じゃないわ」
魔法使い同士の感覚は、一介の魔術師に過ぎない私にはよくわからないのだが。恐らくはそうなのだろう。
「で、そのついでもついで。魔術を解除する際に、心臓まで治してくれるおまけ付き。なんじゃその反則技って感じよねー。だったら最初から治しなさいっての」
「ただ病気を治すのでは、生きているのではなく、生かされているだけ。自らの意思で生きることを選択できるように魔術を使って心の成長を促した、ということね…。まるで先生のようだわ」
たぶんねーと受話器の向こうで大欠伸をしながら適当な返事。
そういえば、彼女のいるロンドンは今は早朝か、と思い至る。
「だとしたら、貴方のお爺さんはどうしてそこまで彼女に入れ込んでいたのかしら?」
「自分のジジイがロリコン疑惑なんて知りたくもないわよ。そういや、その子の名前すら私聞いてなかったわね」
「ああ、名前は―」
「成る程ね。アリス、か」
「知り合いなの?」
「いーやその子については全然。でも、ほーんと昔。私がまだ小さかった頃。実家に野良猫が住み着いてね。その子を親に内緒で面倒見てたのよ。その子につけた名前が、アリスだったなーって。それ以外のアリスなんて、それこそ久遠寺有珠しか知らないわよ」
「その猫はどうなったの?」
「父さんの車のエンジンの所に入っちゃっててね。当時の車ではたまにあったことらしいんだけど。エンジンをかけたときに死んじゃって。でそれを、無垢なガキだった私が生き返らせてってジジイに泣きながら頼み込んだわけ。そしたらあのジジイ本当に生き返らせやがって」
「生命の完全な蘇生。本当に魔法使いね」
「そうそう。でも、幼かった私はさ、それで泣いちゃったのよねー。ほんとそれだけ。私が思い出したのは」
「もしかしたら、その時の状況に少し似ていたのかもね」
「あのジジイがそんなことを気にするとは思えないけどね」
「意外と、孫の泣き顔に弱い一面があったのかも」
少し揶揄い気味に、私は青子に返す。
「な訳ないわよ。話は変わるけどさ、最近拾った少年に、有珠がここまで入れ込むだなんて。あの有珠がねぇ?」
青子も揶揄い返したいのだろう。
向こうでニヤニヤしているのが伝わってくる。
「確かに送られてきた写真を見たけど。結構イケメンだもんね、彼」
「そうかしら。私は、“彼”の方が好きよ。素朴で、飾らないところが」
「ハイハイ、ご馳走さま。結婚して15年以上経ってるのに、相変わらずノロケてんのね」
「私は素直な感想を述べただけよ」
それに、あの子の名前が。経歴が。境遇が。
私たちの高校生活を豊かに彩った、“彼”と瓜二つだと、青子が知ったのなら。
きっと青子も、あの子を放ってはおかなかったでしょう。
これは、青子には伝えていないけれど。
「でも通りで、私の考察が全然当てにならない訳だわ。だって、魔法じゃなかったんだしー」
恥ずかしいわ、と言いつつ電話は切れた。
有珠に再び、静かな時が訪れる。
今日は清々しい夏の日だ。
空の天井は高く、入道雲はそれに負けじと背伸びをしている。
有珠の個室に、優しいノックが三回。
もうノックはしなくてもいいと何度も言うのに。
彼は律儀に、相変わらず。
「有珠、紅茶を淹れたんだ。一緒にどうだい?」
「ありがとう、
そう返事をして、いつもの居間に向かう。今日のサンルームは少し暑いかもしれない。
「草十郎は、元気だったかい?」
「そうね。彼女もできそうだったわ」
「それは、すごいね」
二人で、穏やかに。軽やかに言葉を紡ぐ。
ふと、青子との電話を思い出す。
はるか遠くにいる、かけがえのない友人に。
笑いながら、言いましょう。
「そうね。でも――。貴方の考察も、素敵だったわよ」
心の底から一緒に歩みたいと思うひと。
そんなひとへの強い思いが、魔法の力を押し退けて。
それで彼女の時間が進み始めた、だなんて。
大層な御伽噺で。出来の悪いファンタジーみたいだけれど。
有珠好みの物語だった。
初期プロットではここまでしか話を作っていなかったためこれにて本作は一応の完結となります。ハッピーエンドのつもりです。
原作「魔法使いの夜」も、草十郎が「生き方」を知る所、プロローグのような感じで完結するので、それをリスペクトした形です。
早くまほよ2を出して欲しいですね。
個人的には未完で終わる作品が余り好きではないため、初期プロット通りに書き上げることにしました。
今後は毎日投稿ではないとは思いますが、自分のペースでゆっくりと小説投稿も続けていけたら、と考えております。
本作を書こうと思った経緯を書きます。
草十郎と「アリス」の話が書きたいと思いまして、誰かいないかと探していたところ坂柳有栖を見つけました。
まほよは1980-1990年代が舞台で、よう実は2010年代が舞台なので、その辺りのズレを活かせたら面白いかなと考え、彼を二人出すという、ある種の叙述トリックを作りました。
同じ環境で育ったのですから、きっと二人とも朴念仁の逸般少年です。個人的には結構面白いオチだったんじゃないかな、と考えておりますがいかがでしょうか。
第五魔法についてはまだ不明瞭なことが多く、調べても余り分かりませんでした。そのため、実は魔法を使われていなかったというある種の逃げたオチにしてしまいました・・・。有栖が封印指定されていない理由もそこにあります。
今作を書くに辺り、個人的に絶対に避けては通れないのが、草十郎の殺人でした。しかし、草十郎に人殺しをさせるわけにはいかない。
これは非常に難しかったのですが、有栖を殺すことにしました。
彼にとっては、最初で最後の殺人でしょう。
私の拙いプロットでは、よう実の要素をあまり入れられなかったのが悔やまれます。鬼頭とかも出したかったです。
今後は、元気になった有栖と草十郎の、高育でのドタバタ話も書きたいなーと考えております。需要があるかはわかりませんが・・・。
有栖をメインに据えるにあたり、病弱設定がかなり描写のしにくさを生んでいたため、今後投稿を続けるにあたっても身体については早期の解決が必要でした。
今の彼女なら、無人島や体育祭も楽しめそうですね。
初の小説投稿であり、至らない点が多々あったでしょうが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
想定していたよりもとても多くの方に読んでいただけたようで、いくら感謝してもし足りません。楽しんでいただけたのなら幸いです。
当然なのですが、感想がよう実についてのモノが多く、初期プロット通りに進めるか非常に悩みました。しかし他に納得のいく話も作れず、そのまま文字に起こした形になります。
長々と後語りまで読んでいただきありがとうございます。
また、感想・評価などしていただけたら幸いです。
良かった点、悪かった点なども書いていただけると今後の活動の励みになります。