入学式がつつがなく挙行された。
校長、生徒会長、来賓、国の来賓まで呼ばれている。
聞きなれない校歌を歌詞カードを見ながら頑張って歌ったが、周囲の生徒は真面目に歌っている生徒が半分ほどで、残りが適当に時間をつぶしていた。
こんなものなのかな、と自己解釈をする。
初日は入学式の後は自由時間となる。
生徒たちは本日寮に引っ越してきたばかりで、まだ生活基盤が不安定なものも多いためだ。
今日一日は部屋を片づけたりなどして時間を使うことになるだろう。
俺は帰り支度もそこそこに、ぼーっと晴れた空を見ていると、隣から話しかけられた。
「静希君。お友達に折り入って頼みたいことがあるのですが、話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。今日は特に予定はないしね」
ありがとうございます。と返事しつつ言葉を紡ぐ。
「実は私、一人暮らしが初めてでして。しかしご覧のとおりの体です。なので、日用品の調達を手伝っていただきたいのです」
「つまりは荷物持ちだね。了承した」
確かに有栖の華奢な体では、生活必需品を揃えるだけで一苦労だろう。
1時間後に校門の前に集合となった。有栖は他のクラスメイトと話すことがあるようだった。
それにも誘われたが明るい間に見て回りたいところもあったため遠慮しておいた。
校舎を一通り見て回ることにする。
へー、ほーなどと、使い方まるで分らない部屋や機械が山のように散見される。
感嘆しながら学校回っていると、食堂付近で生徒同士のもめ事を見つけた。
何やら生徒複数人で言い争いになっているようで、とりあえず様子を見に向かう。
「勝手に横入りしてんじゃねえよ!」
「そっちこそ生意気なんだよ!!」
なんでも食堂の待合スペースで列を乱した輩がいたようで、俺は興味をなくしその場を去った。
最後に聞こえた、落ちこぼれのDクラスのくせに、という言葉の意味はよくわからなかった。
ぶらぶらと校舎内を回っていたが、そろそろ有栖との待ち合わせ時間となったので校門へ向かう。
有栖はすでに待っており、近くのベンチに座り読書していた。
「待たせたね有栖」
「いえいえ、まだ集合時間の5分前ですし。行きましょうか」
本を鞄に仕舞つつ立ち上がる。有栖の目的地は定まっているようで、迷うことなく歩みを進める。
「何を読んでいたの?」
「罪と罰、です。静希君は読んだことがありますか?」
「恥ずかしながら、読書はあまり経験する機会に恵まれなくてね。その本も読んだことがないんだ」
「とても素敵な作品ですよ。今朝読んでいる生徒を見かけたもので、つい私も読みたくなってしまい図書室で借りてきました」
「図書室?」
「はい。さすが天下の高育の蔵書。基本的な文学から少しニッチな書籍、果ては医学論文なども閲覧できるそうですよ」
図書室、というものを想像する。
言葉尻から、恐らくは本がたくさん陳列しているところなのだろう。
「それはすごいね。俺も読書には興味があったんだ。時間があるときに行ってみるよ」
「では、私が再度行くときに声をおかけしますね」
そういって二人で買い物へ向かう。
どうやらケヤキモールという商業施設があり、大体のものがそこで揃うようだ。
モールへの道中にも会話は進む。
「そういえばクラスメイトと話していたんだろう?」
「ええ。『お友達』になれそうな方々と少々。まあ、あいさつと、今後の方針を話しました。取るに足らない話です」
「そうなんだ。クラスメイトとは仲良くしたいしぜひとも俺にも紹介してほしい。そうだ、その人はこの買い物に誘わなかったのかい?」
有栖は少し面白くなさそうに顔を膨らませながら答える。
「静希君は、私と二人きりの買い物は嫌でしたか?」
「もちろん大歓迎だよ。ただ、いろいろ購入して回るなら人手は多いに越したことはないからね」
山でも冬越しの食糧は村の皆で協力して準備する。
漬物や干し物など、各家で分担して制作し、それを村民で分けるのだ。
山の越冬は大変だ。食料の確保は夏の終わりごろから意識し始める。
「それは理解していますが、あえて私はあなたと二人で買い物することを選んだのですよ。それなのに、その態度は少しひどいです」
ヨヨヨ・・・と泣くふりをする有栖。
「揶揄わないでほしいな、少し照れてしまうよ」
会話は穏やかに進む。俺は初めての友達に少しばかり舞い上がっているのかもしれない。
「買い出しは終了ですね」
買ったものは調味料や調理器具。
毎回俺は有栖から「これは持っていますか?」と尋ねられ、持っていないと回答したものを片っ端から購入している。
あとは食材。明らかに一人分ではないので、2、3日分ほどの買いだめだろう。
「有栖は料理が好きなのかい?」
寮への帰路につきながらも会話は進む。
「といいますと?」
「今日購入したものは全部料理関連のものだったし、食品も調理が必要なものばかりだ。だからそう思ったんだけど」
「なるほど、確かにその帰結になるのは頷けます。ですが私は料理はできませんよ。紅茶を淹れるのは得意ですが」
「じゃあ入学を機に始めるとか?」
「違いますよ。勘違いを正しますが、それは静希君にプレゼントするものです」
「え?」
俺の頭に疑問符が生じる。
「なんでまた俺に?」
「私が料理ができないからです。ですが、おいしいものを食べるのは好きです。しかし、その手段がない。ならば誰かに作ってもらうのが妥当とは思いませんか?」
「有栖の日用品は揃っているの?」
「それについては問題ありません。今のところは静希君が代わりを担っていただけそうですし。」
「それで、俺に夕飯を作れと?」
「無理強いはしません。静希君に断られたら、代役を探すまでです」
少し考える。
が、人生経験があまりに不足している俺は、こういう時の上手な対応が、終ぞわからない。
きっと都会では、入学式で出会った友達に夕飯を振る舞うのは普通のことなんだろう。
「うん、有栖にはお世話になっているしね。あまり料理に自信があるわけではないけど、お礼として今日は腕を振るわせてもらうよ。でも、あまり男の部屋に頻繁に入りびたるのも有栖の評判をさげることに繋がりかねないし、女子生徒で同じく作ってくれる人を見つけるまでの期間限定、ということで」
「私は気にしませんが、とりあえずはそれでよいでしょう」
こっちが頼まれていたはずなのに、いつの間にはイニシアチブをとられていることに、最後まで気づかない俺だった。