入学二日目からは授業が開始された。
授業内容は俺にとっては難しかったが、わからないことがあれば先生や有栖が丁寧に解説してくれた。
葛城や橋本を筆頭に男子生徒とも交流ができた。
特に葛城は面倒見がよく、都会が不慣れな俺を機にかけ、頻繁に話しかけてくれた。
翌日には一緒に食堂にも行った。皆とてもいいやつだと思った。
クラスメイトは真面目な生徒が多い印象だった。
Aクラスではほとんど見たことはなかったが、他クラスでは授業のさぼりや居眠り、他の生徒に高圧的に接してい生徒も大勢いるらしい。
このクラスにはそのような生徒が少なかったことは俺にとって、幸運だった。
数日もたてば、初対面だったクラスメイトも大体は顔なじみになる。
俺の“ど”が付く田舎育ちというウィークポイントは、いじられつつも皆からの評判は割と良く、男女ともに交流は増えていた。
「静希君は部活動はなさらないのですか?」
入学式から三日後の夜、焼肉屋で有栖と食事をとっている際にそう尋ねられる。
今日は折り入って話したいことがあると事前に連絡を受けていた。
入学から欠かさず夕飯は俺の部屋で二人でとっていたため、部屋で話してもらえるのかと思っていた。
しかし、まさかの個室の焼肉店。一般常識はないが店内の調度品などを見るにおそらく値段は高いだろう。
あの木彫りの熊なんて、何の意味があるのだろう。
山でのトラウマを思い出すので、本音を言えば撤去してほしかった。
おごるので付き合ってくれ、と有栖に言われ、一度は遠慮はしたが結局押し切られ、ごちそうになっている次第である。
「部活か…少し興味はあるんだけれど、一度も部活動をしたことがなくてね。未経験者が今から経験者に交じるのもいかがなものかと」
「未経験者歓迎の部活動なんていくらでもあるでしょう」
「サッカーボールがどれかすらわからない俺がサッカーを今から始めるのはさすがに無理だよ。半ば運動系は諦めている」
それならば、と。
「もっとシンプルに考えてみては?走るのと、泳ぐのでは、どちらが静稀君はお好みでしょう」
「うーん。その二つだと、泳ぐ方、かな。そうなると、水泳部になるんだろうか」
「運動系だとそうなりますね。では文科系の部活動は?」
「文科系もいいかなと一考はしたんだけれど、やっぱり俺は勉強が遅れているから。とりあえずは部活は入らず勉強に専念しようかなとは思っているんだ」
有栖はどこかに入る予定はないのか、と尋ねる。
「私も特に所属する気はありません。チェス…ボードゲーム部などがあれば、所属するのも吝かではありませんでしたが」
「なかったんだ?」
「どうやら対外的に学校の評判がよくなる部活動が多いようで。ボードゲームは、今でもあまり日の目はみませんね」
そうなんだ、と返答しつつ食事を進める。
チェスのルールは知らないが、有栖のことだしきっと強いのだろう。
そもそも山にチェスはなかった。あったのはせいぜい獲物とのチェイス…と今日覚えた英単語でダジャレを一つ、したためる。
葛城曰く英単語はこういうくだらない覚え方が功を奏することもあるらしい。
初めての焼肉は脳が飛び出るほどにおいしい。
山では一生食べられないだろう。山の肉はこんなに脂身もないし、柔らかくはない。
どんなものを食べて過ごした牛なんだろう。俺よりいいものを食べてそうだ。
「今日一緒に食事をしているのは他でもありません。例の件について結論が出たのでその報告です」
例の件。有栖が何かしらの情報収集を陰でしていたのは察している。葛城も薄々感づいていたようだが、俺に何か訊いてくることはなかった。
有栖から語られる内容は衝撃だった。
月初めに支給されるポイントは増減する可能性があること。
それは生徒の評価に依存していること。
その評価は、授業態度や試験の点数が影響すること、などである。
「すごいね有栖は。確かにここ数日過ごしていたど、10万ポイントなんて大金はどう頑張っても俺には使いきれないと思っていたから。最初にたくさんあげて、成績の悪い生徒は貯金でやりくりしろってことなのかな?」
俺は勉強ができない。
だから来月からはもらえるポイントが激減するのは自明の理だろう、と軽く落ち込む。
使いきれる額では当然ないのだが、それでも見るからに目減りするとメンタルにくるものはあるだろう。
「それはまた別の事情がありそうですが、まあ現状は節約に越したことはありませんね」
「だとしたらなおさらこんなお店をおごってもらうなんてできないよ。有栖は成績が優秀だから来月以降もポイントに困ることはないかもしれないけど…」
「いえいえ。静希君のおっしゃる通り、私がポイントに困ることはあり得ませんからどうぞ遠慮なく。これは普段ご飯を作ってくれているその感謝の気持ちです」
「俺も一緒に食べてるし、一緒に食べるのは楽しいからそんなの気にしなくても構わないのに」
少し照れたような(気がした)表情の有栖。
しかしそれもすぐにいつもの余裕のある笑みへと変わる。
「そうですか、では押しつけがましいですが、一応おごったということで折り入って頼みごとがあります」
「一宿一飯の恩、ともいうしね。内容にもよるけれど、引き受けようと思う」
有栖の目的はこれだろう。
普段からお世話になっている(こちらも助かっているのだが有栖はそう捉えていはいないのだろう)相手に、さらに借りを作るのは彼女の流儀に反するのかもしれない。
有栖から頼まれごとの内容を聞くが、大したことではなさそうだった。
「わかったよ。他でもない有栖の頼みだしね。とりあえずは引き受けた、ということで。でも成功するか保証はできないよ」
「引き受けてくださるだけで助かります。では、明日からよろしくお願い致しますね」
有栖はいつも通り、不敵な笑みを浮かべている。
彼女はいつも遠くを見ている。
まるで、遥か遠くの星を追いかける子供のようだ。
有栖もこの学校を楽しんでいる。
クラスメイトも皆楽しそうだ。
皆、各々将来や夢に希望をもって過ごしている。
では俺は楽しめているのだろうか。
勉強の解はすこしずつ出せるようになったのに。
自問自答するが、解は出せなかった。