ようこそYAMA育ち。   作:ドクトリン

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普通じゃない授業

入学から1週間。今日プール開きのようだ。

 

なんでも1年の全クラスで、同じ週からプールの授業が始まるらしい。

まだ肌寒さも残る4月の水泳は、俺個人としては正直に言えばあまり気乗りはしなかった。

 

「静希、今日のプールは楽しみだよなあ!」

橋本がそう語る。

葛城と同じく、彼も俺に気を使ってくれていたのか早くから頻繁に話すようになった。

俺は正直に、あまり楽しみでない旨を伝える。

 

「はぁー!お前さん、枯れてんねぇ!もったいないよ、もっともっと自分に正直に行きなYO!」

など、朝からどんちゃん騒ぎだ。

男子生徒だけでなく、女子生徒も朝から少しそわそわと落ち着かない様子である。

 

「といってもなぁ・・・」

気が乗らないものはそうだ。

そもそも水着を一着も持たない俺は、昨日慌ててケヤキモールに買いに走ったわけで、特別な道具が必要な授業は前もって伝えてほしいものだと素直に思う。

 

「橋本、あまり騒ぐな・・・」

葛城はやはりクラスのリーダー的存在であり、どっしりと泰然自若に構えている。

 

「お前らが高校生にしては浮いてなさ過ぎなんだよなぁ・・・」

普通の高校生のことを考えれば、確かに橋本の言に分があるのかもしれない。

 

「静希、首のそれはどうするんだ?」

「包帯のこと?まあ、少々濡れるくらいなら問題はないと思うけれど。」

俺は首に包帯を巻いている。

それについて高校で指摘されたのは、いつぞやの夕飯時に有栖からと、今の葛城からで二回目だ。

 

「ほんとだ!静希、怪我でもしちゃったの?もしかして、ちょっと遅めの中二病ってやつ?」

橋本にかわかられるが、ちゅうに?という概念がわからず返答に困る。

 

「私たちは高校1年生ですよ橋本君。それに、あまり人のことを詮索をするのは礼儀がなっていませんね」

有栖が助け舟を出してくれた。

きっと話題を切り替えろ、というパスなのだろうと理解する。

彼女に感謝しつつ、提案に乗ることにする。

 

「有栖、君はプールの授業に参加するのかい?」

「私は見学の予定です。まあ、仕方ないですね」

自分の足を一瞥しながらそう返答する有栖。

特に残念そうな様子はない。

 

「そいつは残念。姫さんの水着姿を拝めないとは」

 

橋本はなぜか、有栖のことを姫さんと呼ぶ。

確かに彼女は、お姫さまと呼ぶにふさわしい外見ではある。

しかし、一介の高校生に付けるあだ名としては、些か大仰だ。

 

「それは残念だね。俺は有栖とプールに入るのを、楽しみにしていたんだけど。」

少しだけ硬直する有栖。

 

「私と、ですか」

「うん。だって友達だしね」

「そうですか。そうですか。では、また、機会があれば、ご一緒いたしましょう」

「それは嬉しいな。楽しみにしているよ」

 

葛城と橋本は、俺と有栖の会話に何やら困惑と、恥ずかしさを感じているようだ。

「草の字、お前さんは本当、なんていうか。人たらしだねえ」

だれが草の字だ。

「静希、俺はお前のそういう純粋なところを好ましく思っているぞ」

「ありがとう。葛城」

「ちょっとちょっと!俺は無視かよお二人さん!!!」

 

俺も葛城も笑う。もしかしたら、有栖も。

橋本にしか出せない独特の雰囲気もあるようで、彼はAクラスのムードメーカーのような立ち位置となっている。

最近俺がよく、葛城や橋本と話すので、有栖とも交友は必然増えていく。

 

先日有栖と一緒に夕飯を食べているときは、

「当初の予定には含んでいませんでしたが、これはこれで」

と、葛城を筆頭とした男子生徒と交友が深まっているのを、楽しんでいるようだった。

 

プールの授業が始まった。

女子が恥ずかし気にスクール水着を着ている。

普段の制服とは違うその立ち姿に、成程、橋本の言いたいこともわかるな、と一人で納得する。

 

別に俺はそういった欲がないわけではないのだ。

ただ、山では異性の若い人間と接する機会がなかっただけで。

どちらかというと、そういう方面の心理的成長がまだできていないのかもしれない。

 

和気あいあいとプールサイドで話す生徒の中で、最も目立っているのは葛城だ。

高校1年生とは思えない鍛え抜かれた鋼の肉体は、巌をも想起させる。

上背も高く、もはや同じ人間というよりは別の生物のようだ。

 

皆が着替えてやってくる中、有栖だけが遅れて制服でやってくる。

プールサイドのベンチに座り、見学をしていろと体育教師から言われて従っているようだ。

離れた彼女と目が合った気がしたので、少し手を振りつつ話しかけに行く。

有栖も小さく右手を振り返してくれた。

 

「静稀君、結構良い体つきなんですね」

少し照れたように見える有栖にそう言われるが、あまりピンとは来ない。

「山ではこれくらい普通だよ。寧ろ俺は体が小さい方だったな」

山で生き抜くにはこれくらいではまだまだ足りない。

山菜や薪を一日中集めるうちに、幼いころから強靭な足腰が形成されていくのだ。

しかも俺は山から下りてしまった。

かつてより体が重く感じてしまう。

 

「最近運動不足を自覚していてね。なんとかしたい、とは考えているんだけど」

「それならば、ジムに通うのはどうだ、静希。俺も入る予定なんだが、一緒に行く友人を探している」

「ジムって、運動する施設のことだよね?葛城はすごいな。既にその体なのに、まだまだ上を目指してるんだね」

「俺のトレーニング道は、未だ道半ば。それに静希も無駄のない、しなやかな良い筋肉を持っている」

「買いかぶりすぎだよ。俺は生きていくのに必要だっただけで、努力で身に着けたものじゃないんだ」

 

しかし、ジムには興味がある。

運動不足解消をしたい時は葛城に相談しようか。

 

「静希君、そういえば水泳部に入るか迷ってましたよね。泳ぎ、お好きなんでしょう?」

有栖に言われ、焼肉に連れて行ってもらえた日にそのような話にもなった気がするなと思い出した。

「確かに、ベンチプレスをあげるためというよりは、走ったり、泳ぐのに最適そうな四肢だ。そうだ、折角の機会、俺と泳ぎで競争しないか?」

葛城は既にやる気満々のようだ。

 

「といっても俺は―」

と言いかけたところで体育教師のホイッスル。授業が始まる。

「楽しみにしているぞ、静希。」

そう葛城に笑顔で言われてしまうと、もう断りづらい。

まあ、都会では競泳を頻繁にするのだろうと自己完結した。

 

「見学者は1人か。たくさん参加してくれて先生はうれしいぞ!」

水泳部の顧問なのだろうか。

とてもうれしそうに俺たちに話しかける。

 

「そうだな、今日の授業では、男女別50メートル自由形でタイムを競ってもらう。男女とも、1位の生徒には俺からボーナス5000ポイント進呈だ!ただし、最下位は補習授業を受けてもらうぞ!」

おお、やえー!と歓声と悲鳴が上がる。

どの道、授業での競泳は避けられなかったようだ。

 

「あの、私泳げないんですけど…」

そう女子生徒が言うと、続いて男女問わず10人程度が手を挙げて口々に同じく、と進言する。

 

「もちろん、競泳は泳げる生徒だけだ。泳げない生徒も安心しろ。今日中に基礎は叩き込んで、必ず、夏までには全員泳げるように特訓してやるからな!」

白い歯をきらりと輝かせそう言ってくれる先生。

泳げない生徒の中には「えぇ・・・」と先生のテンションに困惑している者もいる。

 

どうしようかと悩んでいると、葛城に

「想定通りになったな、静希。さあ最初に一緒に泳ごう!」

と手を引かれ、ずんずんと飛び込み台へ連れていかれてしまった。

 

先生も先生で、やる気のある生徒が嬉しいらしい。

「皆お手本を見ておくように」、など調子よく言って囃したてる。

他のクラスメイトも、俺の体が思ったよりもしっかりしていることに気づいたようで、ちょっとした視線を感じる。

 

「さあ、よーいドンでスタートだ。いくぞ、よーい」

ドンの発声とともに、俺と葛城は飛び込む。

 

葛城は筋肉で浮かびにくいにも関わらず、スイスイと滑らかに進んでいるようだ。

かく言う俺はというと。

飛び込み時点で腹から水面に入った俺は、全身にひどいむち打ちをくらい。

さらに初めてのプール故に、泳ぎ方もわからず。

 

遠くに見える葛城の美しいフォームを見様見真似で再現を試みるが、あえなく失敗。

葛城が50メートル泳ぐ間に、俺は5メートルしか泳げなかった。

 

「すまん、静希」

葛城に頭を下げられてしまう。

 

「気にしなくていいよ。俺が泳ぎに興味があったのは本当だしね」

衆目で半裸の大男に頭を下げさせるなんて、こっちの気が持たない。

 

「にしても、人生で初めて泳ぐくせに、なんで葛城と勝負ってことになったんだよ?」

葛城はこれまでの経緯をざっくりと話す。

 

「てことはあれか?姫さんの勘違い、ってことか?」

「いえ、つい先日私は静希君から部活動の相談をされ、走りと泳ぎのどちらがお好きですかと訊きました。すると、静希君が泳ぐ方と答えたのは間違いないです」

有栖も状況がいまいち理解できていない様子。

 

「いや、これは俺が悪いんだ。俺は自分で言うのもなんだが、走るのは早くてね。特に山道を走るのは得意だった。だから、得意な方は?と尋ねられたら、走る方と答えるけれど、どちらが好きかと訊かれたら…」

「泳ぐ方、ってそんなバカなことがあるかよ!」

橋本は大声で笑う。

 

「だって俺は、泳いだことがなかったんだ。だから、興味があるのは当然じゃないかな?」

「やっぱお前はサイコーに面白いぜ!!」

何が橋本の琴線に触れたのかは知らないが、背中をバンバンたたかれながら言うのは痛いからやめていただきたい。

 

「静希君は、本当に予想ができない方ですね」

有栖も半分呆れているが、彼女の予想しえなかった状況をどこか楽しんでいるようだった。

 

結局男子は葛城、女子は神室が1位となり。

最下位はもちろん俺だった。

 

葛城に、賞金で昼ご飯を奢ってもらえた。俺にとっては僥倖だった。

 

 

 

おまけ

『プールサイドの懊悩』

 

静稀君は相当泳ぎには自信がありそうです。

彼は基本的に、自分を大きく見せようとしない。

 

しかし、泳ぎだけは明確に好きと言ったのだ。これは期待せずにはいられない。

 

にしても、静希君。あなた、なんて体をしているんですか!

無駄の一切ない、彫像のような肉体。

それはトレーニングで肥大したものではなく、実生活で研がれ、磨かれていった道具、すなわち、機能美としての美しさを内包していた。

 

私も一人のうら若き少女。

ほんの少ーしだけ、気になるいや、もとい興味のある男子の、意外な男らしい一面を見せつけられて、ドキドキしてしまったのは、きっと気のせいだろう。きっとそう。

 

そもそも、白昼堂々私とのプールデートを楽しみにしていただなんて!

二人きりの時に言って下されば、素直にお受けできたものを。

 

思わず舞い上がって、こちらからプールデートに誘ってしまいました。

衆目であのような態度、淑女の恥です。後悔させてやります。

 

ですが、その男らしさに免じて、偶にはエサをあげなくては。

飼い犬には定期的な散歩とエサやりが大事です。

静希君は犬扱いが嫌いなようですが。そこもまあ可愛いらしいです。まだまだ飼いならして差し上げます。

 

もし、万一、クラスで一番になったら。

 

そうですね、実は授業には出ないけれど、こっそり制服の下に着てきた水着を、静希君が土下座して、泣いて懇願するなら見せてあげるのも吝かではありません。

 

まあ、彼が葛城君に勝つことなど不可能でしょうけど。

でも、泳ぎが得意と言っていましたし、もしかしたら…

 

 

なんて懊悩が、一人ベンチで座っていた少女の中にあったなんてことは。

 

語るべきではないのだろう。

 

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