4月も中旬。
有栖に頼まれたことをこなしていく。
有栖からの依頼は、他クラスとできる限り交友を深めることである。
友人が増えるのは俺にとっても歓迎すべききことであったので快諾した。
早朝7時ごろに登校し校舎を見て回る。
入学式の日に一度だけ見学して回ったが、それきりちゃんと見れていなかった。
何度見ても新しい発見がある。
図書室は7時30分ごろから開いているようだった。
登校時間まで1時間程あり、勤勉な司書が図書室を開いているのかもしれない。
有栖のお陰か読書に多少の興味が出た俺は、物は試しと見学を試みることにする。
図書室内は4席ずつが向かい合う大テーブルが規則的に鎮座する読書スペースと、本がたくさん陳列されている本棚スペースに大きく二分されている。
その大テーブルが並ぶ、東側の窓際。
朝日を浴びるのに最適であろう席。入口からは少し遠い位置。
その椅子を朝から牛耳るのは瞳の大きい美しい白髪の少女。
手には文庫本を携えている。
一心不乱に読んでいるのだろうか。
こちらの気配に気づいた感じはなさそうだ。
彼女以外の人の気配は感じられず、必然彼女がこの図書室の主であることを物語っている。
有栖に他クラスと交友を深めろと言われている俺は、迷惑かもしれないと思いつつも声をかけることにした。
「おはよう。朝、早いんだね」
話しかけられるとは思っていなかったのか、もしくは本の世界に没頭していたためか。
やはり彼女は俺に話しかけられるまで俺の存在を知覚していなかったようだ。
「あっ、おはようございます。こんな朝早くに図書室に人が来るとは思ってもいなかったので」
気づきませんでした、と彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にしないで。こちらこそ、読書中に声をかけてすまない。俺は静希草十郎。クラスは1-Aだ。仲良くしてくれると嬉しい」
「私は椎名ひよりと申します。クラスは1-Cです。こちらこそ読書仲間が増えることは大歓迎です。よろしくお願いしますね、静希君」
彼女は俺を読書仲間と思ってくれているようだ。
この勘違いはいずれバレるだろうと判断し、早期の訂正を図る。
「いや実を言うとね、椎名さん。俺は人生であまり本を読んだ経験がないんだ。それを友人に伝えると読書は経験した方がよいとアドバイスされてね。だから図書館に来たわけで、読書仲間ではないんだよ」
期待に応えられずすまない、と頭をかきつつ彼女に伝える。
「とても素晴らしいご友人ですね。はい、読書は素晴らしいものです。大丈夫です、これから本を好きになっていただければ、もう読書仲間です。いいことを思いつきました。私が初心者の静希君のためにおすすめの本を見繕います」
どうやら彼女も彼女で、多少強引なところがあるのだろうか。
少し興奮気味に俺に趣味嗜好を訊ねてくる。
「なるほど。静希君はそもそもコンテンツに触れた経験に乏しいようですね。ならば今のうちに本にどっぷり漬ければ・・・You●ubeやテレビの毒牙にかかる前に洗脳を…」
なにやらぶつぶつと独り言ちる椎名さん。
なんか洗脳、とか聞こえた気がするが気のせいだろう。
「わかりました。静稀君にはこの一冊をまずはお勧めいたします」
そういって渡されたのは『ストーンサークルの殺人』。
「とても有名なミステリー小説です。静稀君には純粋に物語が面白い作品がよい、と思いまして」
ミステリーか。事件の謎を警察や探偵が解き明かしていく様は実に興奮できるに違いない。
俺もミステリー小説を読めば、少しは賢くなれるかもしれないな、と草十郎は適当な考えを巡らせる。
「ありがとう。じゃあこれを読んでみようと思うよ。この本の代金は幾ら?」
「静希君は面白い冗談を言いますね。図書館なので、学生には無料で貸し出しているんですよ」
この貸出票に学生証の情報を、と椎名さんが諸々の手続きをしてくれている。
俺は本が無料で読める事実に驚きを隠せずにいる。
「すごいね、これだけ蔵書があって全部無料で読めるなんて。卒業までに読みきれないだろうな」
「ここだけの話ですが、実は私の目標はこの図書館の、すべての本を読破することなのです」
きっと間に合わないでしょうが、と少し恥ずかしそうに語る椎名さん。
「それはすごいね。きっと椎名さんならできるんじゃないな。もし卒業まで間に合わなかったら、卒業後も図書室に来れば達成できるし、椎名さんがいてくれる方が俺も利用しやすい」
椎名さん俺の言葉を聞き、嬉しそうに笑いながら言った。
「やっぱり静希君は面白い方ですね。私のことは是非とも、ひよりと呼んでいただけると嬉しいです」
「もちろんだよ。これからよろしくねひより。また図書館に来るよ。とりあえずは借りた本を読んでみようと思う。初めての読書で時間がかかるかもしれなけれど」
「個人個人の読むペースがありますから。また、お待ちしております」
彼女は名実ともにこの図書館の主なのかもしれない。
まだ入学して二週目なのにすごいなあ、と感嘆しつつ図書室を後にした。
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時刻は8時も過ぎ。
やわやわと生徒が増えて、廊下も賑わい始めた。
毎日この時間に登校するようにしているオレは、自クラスへと足を進める。
クラスでは池や山内など、すでに半数程度の生徒が席に座り昨日あったくだらない話で盛り上がっているようだった。
その中で、見たことがない生徒が一人、教壇側のドア付近に立っている。
あれは同学年の生徒だったようなと思いながら、このままでは教室に入れないため声をかけてどいてもらいこととしよう。
「すまない。教室に入りたいんだが、少しどいてくれないか?」
オレはいつも通り、抑揚をつけずに知らない背中に声をかける。
「これは申し訳ない。すぐにどくよ」
彼は申し訳なさそうにドアから去る。
右手に携える本はかの有名なミステリー小説だ。
久々に読んでみたいなと、図書館への思いを馳せていつも通りの「Dクラス」へ入る。
気のせいかもしれないが。
俺が話始める前に彼はこちらに振り向いた気がする。
まるで、背中にも目がついているようだ。
でもきっと、たまたま。気のせいだろう。
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俺は図書室を出て、自クラスに向かう。
その道中、他クラスで話せそうな人はいないかなとDクラスを覗いてみる。
生徒は半分ほどが登校しているが、当然俺は誰とも面識がない。
生徒たちは見かけない顔に少し訝し気に思ったのか、こちらを一瞥するもすぐに学友とも世間話を再開する。
残念なことに俺は誰からも話しかけられることはなく。
既に友人同士で盛り上がっている中に話しかける気力は俺にはない。
また今度かと思い教室を後にしようとすると、後ろから声をかけられた。
「すまない。教室に入りたいんだが、少しどいてくれないか?」
俺は努めていつも通り、虫草のように平穏に。
平静を保ちつつ振り返る。
俺に話しかけた生徒は暗い茶髪の男子生徒。
身長は俺とほとんど変わらない程度だろうか。
落ちついた話し方をする、聡明に見える生徒だと思った。
「これは申し訳ない。すぐにどくよ」
そう言い残し教室を後にした。
山では、生き物の気配に敏感になる。
逃げるため。狩るため。殺すため。
そんな中で過ごした俺も、自慢ではないが気配には敏感だった。
ある程度の距離が開いていても、ちょっとした息遣いなどで生き物の位置はわかる。
ではそれが、都会での生活に役立つのか、と問われたら、間違いなくNOだろう。
街中を歩いていても人の多さに辟易するし、満員電車なんて想像もしたくない。
そんな俺が先ほどは背後に近づかれるまで気が付かなかったようだ。
俺も山から出て、少し都会にかぶれたのかなと自己解決した。
だが、もしも。
これが山だったらどうだろう。
きっと、俺は。彼に無抵抗に。
なすすべもなく殺されていただろう。