―――これは今も尚、彼の脳裏に燻る記憶であり悪夢
「はぁぁぁ!」
日本のある市街地にて…孤軍奮闘、戦うアギト。迫るは大量の黒蟻…アントロード。ロード怪人の中で珍しく物量に物をいわせて襲いかかるタイプで、蹴散らしても蹴散らしてもキリがない。このおぞましい働きアリ共は手当たり次第に人間に牙を剥き、あちこちで悲鳴と血飛沫があがるものの流石に手が回らない。
「アンノウンが、どうして普通の人まで!?」
アギトは困惑していた。ロード怪人は超能力者や或いは近親者…すなわち、『アギトになり得る人間』しか襲わないはず。しかし、アントロードの大群は一般人だろうと軍隊蟻のように群がり喰い殺しにかかっている。
『フハハハハハ… 哀レナ人間ドモ。』
「!」
異議の軍勢…その中に全てを率いる女王蟻を見つける。働きアリとは違う女性的な身体と赤い装甲はロード怪人の長たる証…『クイーンアントロード』。
アギトは全ての中心にいるであろう奴の前に跳び移り、この惨状について問う。
「何故だ! お前達が襲うのはアギトになる人間だけだろ!」
『ハハハハ…愚カナルアギト。オ前達ハナニモ理解シテイナイ…神ノ寵愛ヲ失ウトハコウイウコトダ。モウ貴様ラヲ庇護スル者ハ誰モイナイ。滅ブガイイ、オ前タチアギトヲ見捨テタ人間諸共!』
「…なにっ!?」
女王蟻からの言葉に動揺するアギト。
これが…『人が神に届いた結果』だと言うのか。
―――こんなつもりじゃ… ―――こんなはずじゃ……
★ ★ ★ ★ ★ ★
……ホシノのアギトは弱体化している。
テイワットに来る前を10としたら、今は3割以下との本人は感覚的には感じている。目に見える変化としては、最強たる『紅蓮』『白銀』のアギトどころか『炎』『風』のチカラすら使用不可能に陥り、残る基本形態のグランドフォームすら本来のスペックには及ばないそんな中でゴリ押しでやってきたのがついこの間までのこと。
理由はまあ、異世界転移の原因にもなったとおぼしき『あの戦い』で限界を超えた代償だろうか…
「チカラが戻ってきたのはありがたいけど、もしかしてファデュイに俺の正体バレてる?」
『…かもしれんな。』
トータスロード戦から翌日…璃月の魚市場に立ち寄ったホシノは屋台に並ぶ新鮮な魚たちを物色しながら、肩に乗るジャックンに尋ねた。思わぬ執行官・淑女との遭遇は失われていたフレイムフォームの復活をもたらしたものの…裏をかえせば、動きを読まれていた……最悪の場合は身バレしている可能性すらあるということ。
璃月の生活がはじまる際、甘雨と胡桃からは何があっても『ファデュイとは関わってはいけない』とキツく釘を刺され…一応自分なりに調べた結果、特に用事なければ絡まないほうが良い人たちという印象だった。
「だとしたら、ファデュイはアギトをどうしたいのかなぁ?」
『神罰殺人は璃月にとって由々しき問題…ファデュイとしてはもしアギトを手中に収められれば利点は大きいということやもしれん。』
「……つまり、交渉のカードの一枚になるかもしれないってことですか。」
顔を曇らせるホシノ。アギトがそんな形で利用するつもりだとしたら不本意だし、勿論のこと手札になるつもりなんて無い。
淑女の行動の意図は図りかねるところだが、出来ることはまず物理的に近づかないこと…例えば、彼等の活動拠点である北国銀行から距離をとるとか。
…………しかし、ホシノは失念していた。
ファデュイはそんな程度で自衛できるほど甘い連中ではない。
「…」
「さぁ~て、お会計、お会計。――え、思ったより高い…」
後ろから不穏な足音が…コツ…コツ…と愉快な足取りでやってくる。楽しげに微笑みを浮かべる顔は選んだ魚を購入すべく呑気にガマ財布をほじくりまわすホシノの後ろ姿を見据えている…
「うわあ、予算オーバー……これ一品減らさないと駄目か。ま、仕方な………」
「――俺が払うよ。」
――ヒュッ
幸せは歩いてこない… でも不幸は軽やかな足取りでやってくる。
「鍾離先生から話は聞いてるよ? 君がホシノくんだろ、往生堂の? ちょ〜っと、話を聞かせてくれる?」
「……ぁ…」
ファデュイの執行官の青年・タルタリヤ…おそらくは今一番遭ってはいけない人間。逃げようとする前に肩に手をかけられ、タイミングを潰されてしまう。助けを呼ぼうにもファデュイに絡まれる人間なんて誰も見向きすらせず、そそくさに周囲の買い物客たちも我先にと退散していく。千岩軍も…残念ながらいない。
そして、ホシノは為す術無くタルタリヤに何処かへ連れていかれたという…
★ ★ ★ ★ ★ ★
群玉閣……その円卓にて凝光は頭を抱えていた。
事実上の璃月のトップである彼女だが、目の前の問題は商人と政治家として長くやってきた経験をもってしても簡単には片付けられないものだった。
(神罰殺人は新たな局面を迎えた……璃月港に姿を現した『怪人』に『黄金夜叉・アギト』。もう民たちも目に見える形で現れてしまった以上は何かしら対応をとらなくてはならない。)
もう噂では済まされない神罰殺人。目に見える形となった脅威と謎……手掛かりを求めて関連しそうな資料の類は自身と部下で片っ端から漁ったが収穫は無い。
今のところ、正確性が高いのは飛雲商会からの情報。怪人と戦い、アギトに助けられた行秋曰く…怪人はあくまで神の目を持つ者を『神に近づく存在』と位置づけ一方的に襲っている。一連の神罰殺人も彼等の仕業とみて間違いないだろう。
一方のアギトは怪人たちと明確に対峙し、何処からともなく現れ人間を守るために戦ってくれているらしい。何のメリットがあるかは謎だが、意思疎通は出来るらしく自身を『黄金夜叉』と呼ばれることを嫌がりつつも…人格も意外と軽い調子だとか。
(……恐らく、神罰殺人の謎を紐解けるとしたら…アギトからか。)
手掛かりになりうるのは彼だけだろう。何とかコミュニケーションをとりたいところだが、基本的に現れても怪人を倒すなりさっさと立ち去ってしまいその足跡は千岩軍も追えていない。
ただ…甘雨の報告によれば、最初に確認された痕跡は璃月港に入ったところで途絶えていたとのこと。つまり、アギトは璃月港の何処かに潜んでいる。
(人の社会に馴染んだ仙人たちのように人の営みに紛れているのだとしたら……?)
千岩軍や甘雨が見つけられないのも納得…なのだが、だとしたら誰だ?
(………駄目、気になるけど今は怪人の対策を考えないと。)
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「おいおい、そんなに緊張しなくても平気だよ? 俺がそんなに怖い?」
――当たり前だろうが。
タルタリヤに絡まれるまま北国銀行に連れ込まれたホシノ。そりゃあ、怖いに決まってる…知る限りでも『宝盗団を始めとした犯罪者たちを相手に商売』や『法に触れる可能性ギリギリの貸し付け』…あとは、返済が滞った者が辿る悲惨な末路とかとか。ファデュイの傘下組織なだけに話はまだまだテイワットに疎い彼でも知っているのだ。
そんな連中の拠点に、ファデュイの執行官に直々に連れてこられるなんて猛獣の巣穴に引きずりこまれたに均しい。
「あ、あの…往生堂は北国銀行から借り入れをしてないはずなんですけど…」
「知ってるよ。鍾離先生や往生堂の主の彼女も借り入れの話はうまくかわされちゃうからね。」
接待部屋に案内されたホシノは蛇に締め上げられる鼠の気分だ。タルタリヤは世間話を軽くしようみたいな調子だが、帰らせるつもりが無いことが明白な態度で確実に獲物の余裕が削れていく様子をしっかり観察している。――彼の狙いはなんだ?
「じゃあ、俺をなんでここに?」
「ちょっとさ、君に興味が湧いたんだよ。鍾離先生や胡堂主も慈善家じゃあないし、頭もキレる。2人共、ある種の天才だ…
…だから、気になるんだ。何処の馬の骨と知れぬ根無し草である君をどうして拾ったのか。君にはどんな素質があるのか。」
――!
ビリリッと嫌な予感を感じたホシノ。まさか、彼は自分の正体に勘づいたのか?
「ご、誤解ですよ!? 俺はちょっと家事全般が出来るだけの一般人の家政夫ですよ! 特別なことなんてなにも無いですから!」
まずいまずいまずい! 強引にでも逃げないと…
『あ、俺、お夕飯の準備がありますから! これで…』とそそくさに荷物を纏めて出入り口に向かおうとする…
――ガンッ!!
「人の話は最後まで聞きなって。」
しかし、タルタリヤはホシノがドアに手をかけるより早く壁ドンして行く手を阻む。逃さない…冷たい微笑みに退路を絶たれ、後退りするホシノに最も恐れていた質問が投げかけられた。
「―――君、『アギト』だろ?」
雷電将軍欲しくて必死に石集めて天井ぶん回したんです。
ディルックの旦那がきました(2枚目)