「――君、『アギト』だろ?」
どうしてバレた? 変身を解く時も細心の注意をはらっていたはず……
「ああ、どうしてバレたかわからないって顔してるなぁ? うちの従業員が見てたんだよ…この間の戦いで君がアギトから戻った姿をさ。」
「…!」
……トータスロードたちと戦って死にかけた時か!
そう言えば、やられた時に何処かの建物に突っ込んだ記憶あったけど北国銀行だったのかよりによって…今更、気がついたところで遅いが。
「事務職とはいえ、曲がりなりにもファデュイの人間…彼女の言葉は嘘とは思えない。」
「じゃ、じゃあ勘違いなんじゃないですかね? 見間違いってこともあるでしょ? だってホラ、俺は神の目だって無いし?」
でも、誰かが『見た』だけなら決定打にはならないはず。惚け続ければ逃げきれるとホシノは距離をとろうとするが…
…まだ彼はファデュイを甘く見過ぎていた。そんなあやふやな称号程度で仮にも執行官であるタルタリヤが自ら動くわけが無いのである。
「へぇ〜? まだシラを切るんだ? じゃあ、君から溢れる2つの元素は何かな?」
「……え?」
「しかも、岩と炎……奇しくも、アギトが宿していた元素と同じだ。神の目を持つ者とて扱えるのは一人につき1種の元素…
――なのに、神の目を持たない君がどうして2つも元素を体内に宿しているんだい?」
それは、神の目を持たないホシノが故の致命的な見落とし。神の目を持ち元素を視認出来る元素視覚を持つタルタリヤだから気がつく彼の異様さ。
ホシノの身体には『岩』『炎』ふたつの元素が血液のように循環していた。それが、どれだけテイワットの人間からすれば異常なことかも…いや、そんな自ら身体の状態すらホシノは把握していなかった。
(……隠し通せないのか。)
白状しようが、変身して強引に切り抜けようが、少なくとももう璃月に居ることは出来ないだろう。それに後者を選べば往生堂の面々にも危険が及ぶ可能性は十分にありうる……
「なあ、はやく教えてくれよ? 君がアギトなのかどうなのか…なんなら、手荒い手段に出たって俺は構わないぜ?」
「お、俺…実は……」
★ ★ ★ ★ ★ ★
「――つまり、向こうから疑ってきたのにアギトだって信じてもらえなかったってコト?」
どういうことなの…事務机での手先を思わず止めてしまう胡桃。往生堂になんとか戻ったホシノから一部始終を聞いた彼女はファデュイに目をつけられたなんて聞いた瞬間には流石に肝を冷やした。しかし、その話のオチに困惑せざらえないモノ…
「そうなんですよ! 俺は真面目に答えてるのに『興が冷めた…』って。挙げ句の果てに『見間違いだったかも…』とか言われて、もう散々です!」
「あー、いつものヘラヘラした調子で話してたから信用してもらえなかったのかぁ。なるほど~。」
夕飯の準備に取り掛かるホシノの憤慨とは対照的に胡桃と鍾離は妙に納得してしまう。真実だろうと話し方ひとつで疑念のベクトルを反射させてしまうのはある種の才能かもしれない。最も信頼を勝ち取るべき営業には全くをもって不向きなスキルだが…
「うんうん、とんだ災難だったね。そう言えば、鍾離先生って執行官と付き合いあるんでしょ。クレーム入れといてくれない?」
「それで止まる彼等ではないだろう。とはいえ、このままでは良くない…俺に考えがある。」
考え? ホシノは首を傾げる。
ファデュイに絡まれた以上は千岩軍か可能なら甘雨あたりを頼ることが賢明だと思うのだが……鍾離が取り出したのは何かのチケットの様子。
これは……旅館の宿泊券?
★ ★ ★ ★ ★ ★
璃月近郊の何処かの霧がかかる森…
アビスの魔術師・炎は数体のヒルチャールを引き連れていた。
『ここに本当に『奴ら』がいるのか?』
『yaaa!!』
現在彼等は人探し…と言っても人かは定かではないが、ある勢力への接触を求めてこの一帯を徘徊している最中。なんでもアビスの勢力ですら簡単に手を出せない璃月港を『神罰殺人』なるもので巷を騒がせている輩らしく、あの凝光ですらその尻尾を掴めていないという。
唯一目撃された構成員はヒルチャールの仮面を被っていたとか…
『…(もし、我々アビス教団の一派だとしたらこちらで把握していないのはおかしいはずだが…それにしても、やけに霧が深いな。)』
まだ昼間な筈なのに、不気味な濃霧のせいか光が遮られ薄暗い。此処一帯は未開の秘境もあるらしいし隠れ家としてなら最適だろう。
『家庭訪問するには難儀だがな。』
「―――これはこれは、アビス教団が宗教勧誘か?」
『!』
その時、何処からともなく響く重い声。ヒルチャールたちが身構えるがアビスの魔術師は制止する…今回の目的は敵対ではない。少なくとも今のところは…
『声の主よ、貴様が神罰殺人を取り仕切る者か? 我等は偉大なるアビスの使徒! 此方に敵対の意思は無い、話がしたい!』
「―――話だぁ? 神様なんざこっちは間に合ってるんだが?」
『宗教勧誘ではない! 我らは貴様らと同盟を組みたいのだ!』
同盟… その言葉を聞くや声の主は『ほう?』と感心を示すと深い霧の奥からぬるりと姿を現した。ヒルチャールの仮面をつけた外套の姿…かつて、刻晴をジャガーロードがいる場所までおびき出したあの男。
『その仮面…我等の同胞ではないのか?』
「あ? ああ、悪いがコイツに深い意味は無い。顔を隠せればなんでも良くてね…」
そう呟くと彼は仮面を外し、バリッと素手で砕いた。すると、外套は風に吹かれた灰のように消えて、シルクハットを被った紳士の姿が露わになる。顔は影になって見えないが雰囲気から見てあまり若いように見えない…
『(稲妻人…いや、フォンテーヌ人か?にしては…) そ、そうか。取り敢えず、姿を現してくれたということは交渉する気はあるということだな?』
「……お前達次第だ。オメェさん方の同盟とやらがどんな意味なのかによるなァ?
――コイツは俺の個人的な考えだが、異教徒同士ってのは殺し合うか見て見ぬふりかの選択肢しかねえと思うんだが?」
同時に男の背後に浮かび上がる蠢く異形のシルエットたち…ここで自分の気分を損ねたら命は無いという脅しか。されど、ここでたじろいていては交渉なんてものは成り立たないとアビスの魔術師はあえて不遜に構える。
『まあ、そうはやるな。お互いに七神の支配が気に食わないという点は共通しているだろう?ならば、今は一時でも手を取り合おうではないか?
それに、我等はお前達の邪魔をするアギトの排除に手を貸すことも吝かではない。その準備も既に進めている。』
「ほお? 一応言っておくが奴の強さは身を持って俺が知っている。アイツはなぁ曲がりなりにも『最強のアギト』と呼ばれた男だ。ヒルチャール如きで済む相手じゃないぞ?」
男は『アギトの排除』に興味を惹いた。なら、交渉の余地はあるはず…!
『無論、解っている。だから、まずはお互いに腰を据えて話をしよう。悪い話ではないぞ?』
「……ふてぶてしい奴だ。 まあ、良い。話だけでも聞いてやる……ついてこい。」
ヨシ。テーブルをつかせることには成功した。後は組織の規模や質を探りつつ、『我々で』今後を決めよう…アビス教団にとって他者なんてものは利用出来るか不要なのか、それだけが重要なのだから。
「……ああ、そうだ。」
『?』
な、なんだ…?
「俺の名前は『須晶(すら)』だ。ま、短くなるだろうが、仲良くやれることを祈るぜ。」
★ ★ ★ ★ ★ ★
望舒旅館……璃月とモンドを繋ぐ道の間にある塔のような旅館。旅行者や変わり者の金持ちから訳アリまでまあまあ色んな客から従業員まで個性豊かだが、由緒正しき歴史あるこの施設はその分だけ人々から愛されている。
ホシノと胡桃が青空の下、荷車に揺られて目指すはまさにその場所。数日分の荷物を引っ提げて往生堂慰安旅行……というわけではない。そもそも、そんなモラがあるわけがない。
「あ、見えてきましたよ! すっごい大きい旅館…ということは料理とかスゴイんだろうなぁ… レシピとか教えて貰えたりとか…」
「ホシノクン、一応聞いておくけど本当に往生堂を料理店に改造とか考えてないよね? …ね?」
「…………………………エヘッ」
「『エヘッ』ってなんだい!? そもそも遊びに行くわけじゃあないんだよ! 営業も兼ねて、熱りが冷めるまで何日か滞在しようってわけで殆どキミのためみたいなもんだからね!?」
今回の目的はあくまでファデュイの目からホシノを遠ざけるためのもの。千岩軍に頼ったほうが良いのではという話だが…案の定、『アギトと疑われている』と言った途端に衛兵から門前払いをくらう始末。まあ、仕方ないだろうが…
というわけで、なんともタイミング良く鍾離が露天の福引で当てた望舒旅館のカップル宿泊券で避難することになったわけである。
「全くもう、鍾離先生も鍾離先生で『胡堂主もたまにはゆっくり余暇を過ごすと良い』…なんてさ! 休める暇あるなら休んでるっての! というか、新人がなんで雇い主に休暇を言い渡してるわけ!?」
「まぁまぁ、フーちゃんも折角のお休みなんだし楽しく過ごしましょうよ!」
「君もキミだよ!? なにその呼び方!? 私はキミの雇い主だゾ!?!? キミの!!」
荷車の上でやいのやいのと騒ぐふたり…駄獣の手綱をとる騎手の中年男が『ちちくりあうなら着いてからやってくんねえかなぁ…』とぼやくも聞こえている様子は無い。――やれやれ、と溜め息をつく……そんな矢先だった。
「あん? ありゃなんだ?」
「「?」」
進行方向……目を凝らすと何か騒がしい。雷元素由来の紫の光がチカチカと明滅している…
「誰かドンパチでもやってんのか?お二方、迂回しますからご了承くだせえ。」
わざわざ渦中を通りすぎる必要もないと荷車は進路を変える。ホシノも目を凝らすと誰かが戦っている様子がうっすら見えるが、ロード怪人が現れた時にくる例のビビッとした感覚が無いため恐らくはテイワットの現地人同士の戦いか。雷元素使いと相手は風元素……熾烈な戦いなのは遠巻きにも解るが…
あれ、心無しかこっちに近づいてきて…
「きゃあっ!?」
「「!?」」
突如、目の前に叩きつけられたフードの少女…間一髪、荷車には当たらなかったが、起き上がった彼女を見てゾッとするホシノ。それもそのはず、雷元素を纏うその姿はファデュイの構成員である『雷蛍術師』だったのだから。
そして、それを追い降り立つもうひとりは少年の影……
「――どうした、もうおしまいか?」
槍を携え、荒れ狂う風元素を纏う姿は暴風の化身。周囲への威圧感はエルロード怪人にまで匹敵するかもしれないとホシノを戦慄させた。
今まで元素使いの人間を何人か見てきたが圧倒的に次元が違う。
胡桃は彼が何者であるかすぐに察す。
「せ、仙人!?」
――仙人?
ホシノが知る限りでは璃月において岩王帝君と同じく信仰の対象であると聞いたことがある。そんな存在がどうしてここに?
「――如何なる魔であろうと、討ち祓う…それが我が務め。」
迫る仙人。狙いは傷つき息も絶えかけの雷蛍術師の彼女……
「…っ!」
このままではいけない。ホシノは荷車を飛び降り、駆け出した。