―――う〜ん… う〜ん………
「!」
いつの間にか眠っていたようだ。飛び起きたホシノは辺りを見回す……窓の景色は暗く夜になり、病室も灯りを燈されている。どれくらい寝ていたのだろうか。往生堂の皆も心配して…………
……いや、もう戻れなかったなそう言えば。
「目を覚ましたようですね、ホシノさん。」
「! 白朮先生。」
起きた彼を待っていたのは白朮と相棒である白蛇の『長生』。ホシノにとって彼は璃月に流れついてから世話になっている主治医である。
白朮は予め用意していた小粥を差し出し、これを受け取った。鼻腔を擽る米の香りは空腹を思い出させ、ぐぅ~と腹の虫が鳴く。恥ずかしい限りだが、白朮は笑って流す。
「さあ、まずは食べましょう。衣食住がおぼつかなくては治療どころではありませんから。」
「…いただきます。」
礼を述べ匙で一口頬張るホシノ。空の胃袋に温かい米の優しい甘みが染みる…下品だとは理解しつつも、そのまま勢いのままガッついて気がついたら一分も絶たず一粒残らず胃袋の中。欲を言えば、食べごたえがある肉とかが欲しくなってくるが…まあ、不卜盧で望むようなものではないだろう。
「ごちそう様でした。」
「お粗末さま。気分はどう?」
ふぅ…と一息。不思議とのしかかる感情も少しだけ軽くなったような気がする。
「ありがとうございます、おかげさまでだいぶ良くなりました。あ…でも、俺に今は手持ちが……」
「お代は結構。その代わり、少し外に出て話しませんか?」
★ ★ ★ ★ ★ ★
外はすっかり日も暮れて…璃月港の街並みに明りが灯る。
暗くなっても尚、活気に満ちる人々とは裏腹にホシノの顔は俯き影がかかっていた。白朮が丸一日以上、目を覚まさなかったとか色々言っているがあんまり頭には入らない。
そんなホシノを見兼ねたのか白朮は彼が一番触れられたくない話題を切り出す。
「―――そう言えば、往生堂を追い出された…と言ってましたね。」
「!」
「少し気になったもので。どうしてアナタを追い出すような真似を雇い主である彼女がしたのか……あくまで、医者の観点から見れば、特に問題になるようなところは見当たらないのに。」
…知らない。知りたくもない。
少し回復したメンタルも容赦なく切り刻む白朮。そう言えば彼は何処に向かうつもりなのだろう…このままいけば、大衆食堂である万民堂なのだが。
「ホシノさん、アナタは身元不詳の外国人…その身柄は月海亭にて預かりの身で往生堂は身柄を借り受けているという形になっています。だから、そう簡単に雇い主の好きに出来るわけではない。
それに、彼女は責任感がありますから、そう簡単にアナタを放り出すとは思えないんですよ。」
「……でも、俺をクビにするつもりだったのは…」
「そう本人の口から聞いたんですか?」
聞いていたわけではない。来訪した刻晴による暴露がキッカケで知った……何か言い訳みたいなことを胡桃はしようといたのは気になったけど、すぐにビートルロードの襲撃でそれどころではなくなった。
「まずは、落ち着いてお互いに話を聞くのはどうですか?」
話…? はっ!?
ホシノはここでようやく白朮の意図に気がつく。見えてきた万民堂のテーブルには胡桃が座っているではないか!
「白朮先生!?」
「逃げない。」
騙された!…いや、別に騙してはいない。
まあ自分をクビにした雇い主に会いたいわけもなく、後退りするホシノだが、白朮が逃がしてくれずあれよあれよと引きずられ万民堂の食堂を覗ける物影へ。
渋々ながらホシノは胡桃の様子を窺うことに。此方に気がつかない彼女はひとり…かと思いきや、此の世の終わりのような顔をした七七を飼い猫のように抱き上げている。
「ハァ〜…七七ちゃん、聞いておくれよ〜 最近、上手くいかないことばっかり。望舒旅館の営業は失敗、刻晴さまから云われの無いことでド突かれ、挙げ句の果てに従業員1名が行方不明ときた。何かさぁ、こう厄介事が多いと疲れちゃう。
すぅぅぅ〜〜〜………おえ゛ッ、薬臭い。不卜盧の臭いだ。」
「…」
胡桃と七七の関係性は前者からの一方的な特大のベクトルなのは周知の事実。それをあまりにも見事に体現した構図は苦笑いモノだが、そんな彼女に料理を運んできたのは万民堂の看板娘である『香菱』だ。
「まだホシノさん見つからないの?」
「……まあ、うん。そうだね、不慮の事故みたいなものとはいえ、万民堂にも迷惑をかけちゃったし…本当に申し訳ない。」
「ううん。胡桃ちゃんも誰も悪くないよ。」
――? どうして自分の不在が万民堂に迷惑を?
首を傾げるホシノ。万民堂の卯師匠と香菱の親子は知り合いだが、どんな理屈でそんなことに? それは、香菱の続けた言葉に答があった。
「でもさ、どうして万民堂にホシノさんを入れようと思ったわけ? なにか往生堂で不満があったの?」
え……
★ ★ ★ ★ ★ ★
胡桃にとってホシノとは……その出逢いは鍾離が拾ってきたことが全ての始まりだった。
主に許可無く、月海亭から手続きを済ませて連れてきたことには基本的に心優しき(自称)彼女でさえ憤慨せざら得なかった。往生堂には新しく人を雇うには懐事情が心許なく、ましてや海を漂い異国から流れついた身元不詳の外国人なんて……
しかし、時が経つに連れホシノの評価は変わっていった。
「……問題があったわけじゃない。寧ろ、良いことが多かったよ。三度のメシは美味くなったし、家計も家事も前より安定してるから仕事に集中出来るし、ありがたいこの上ないんだとさ………」
最初のギリギリ生きてるボロ雑巾みたいな時から見違えるほど回復したホシノ。
だからこそ、ある考えに至った……
「彼、往生堂にいるべき人間なのかなって。」
「その流れでどうして?」
「まあ、うち葬儀屋じゃん? 人はいつかは皆死ぬのに…と言えど、働く人間は選ぶ職場だし…何よりもまだまだ偏見が根強いからね。ましてや、外国人ともなれば風当たりは強い。だから、ちゃんと選択肢を用意してあげようと思って。ホシノくんがホシノくんらしく生きられる道をね。」
ホシノ自身を思えばこそ。死に携わる仕事だからこそ他者の生き方を蔑ろにしない…それ故に往生堂から『離れても良い』と選択肢を与えようとしていたのだ。だから、水面下で卯師匠ともホシノの引き取りについて相談していたのだが……
「まあ、当の本人が何処行っちゃったんだが…… あ〜、どうしよう七七ちゃん〜」
「…ん」
顔を擦り付けてくる胡桃に七七は無愛想に指をさし示す。
促されて顔を上げるとその先に……
「胡桃ちゃん。」
「ほ、ホシノくん!?」
★ ★ ★ ★ ★ ★
―――なんて自分は馬鹿だったんだ。
もう居場所がない? あったじゃないか…帰る場所も、大切に思ってくれる人も!
だから、伝えなくちゃ。ごめんなさいと、『自分の気持ち』…
「ホシノくん、心配したんだよ! 一体どこに…」
「胡桃ちゃん、俺…………」
ドガァァーーン!!!!
「「!?」」
その時、璃月港に響く爆発音。
何事かと見上げれば……夜空に燃えて光る一番星。
空に浮く群玉閣から炎と黒煙が立ち昇っていた。