――いち! ……うイチ!!
「―――ショウイチ、起きて!」
「うおっ!?」
目を覚ませばソファの上…マンションの部屋の主からの呼びかけに飛び起きた翔一。窓から差し込む光は山吹色で空も茜色…まだ着いた時は明るかったのに、うたた寝してしまえば数時間なんて本当にあっという間だった。
「ううん…あ、『姉さん』帰ってたんだ。おかえり。」
「全く、よく他人の部屋で堂々とくつろげるのかしらね?」
「堅いこと言わないでよ、折角の姉弟なんだし!」
ショウイチの実姉で唯一の肉親……名は『ユキナ』。甘雨に似ているが、髪は栗毛で何より角が無い外見は普通の人間だ。今でこそ別々に暮らしているが、何かと入り用の時はお互いに助け合うほど仲が良い。最も弟が図々しく姉に甘えるというのが大抵のパターンなのだが……『全くもう。』と許すあたりこれも家族のバランスのひとつなのだろう。
「…今日のライブの約束、忘れてない?」
「もちろん、そのためにわざわざバイクで来たんだし!」
そして、今日は姉弟で仲良くお互いの『推し』であるアイドルのライブへ行く約束。チケット2枚はちゃんと手元に、会場への足も兼ねる翔一は愛しのソファを後にし、ヘルメットをユキナに渡し自分も持っていざ外へ。外に停めていた愛車のバイクに姉を乗せて発進……を?
「……あれ?」
エンジンがかからない?キーを挿し込んで何度捻ろうがうんともすんとも言わない…まさか、こんなタイミングで故障? 冗談じゃない、何も姉さんと一緒に出かけるこんな時に……
「翔一……」
ごめんね姉さん、すぐに……なんで震えているの?
後部座席に座る姉は自分の服をギュッ掴んで前を見ている……つられて視線を移すと黒ずくめの物悲しげな表情を浮かべる青年が立っていた。男女どちらともつかない中性的な顔立ちで浮き世離れした雰囲気で気の所為か後光がさしているような気さえする…誰なんだろう。姉の知り合い?
「あの、何か御用ですか?」
『…』
青年は翔一の問いには答えない。ゆっくりと歩み寄ってくる…その距離が縮まるほどユキナの鳥肌はたちと震えは大きくなっていった。
そして、口を開かずに彼は告げる。
『 はじめまして、哀れなアギトを宿した子たち。申し訳ありませんが私は貴方たちの命を奪わなくてはいけません。 』
「は?」
「! 翔一、逃げて!!」
ユキナの悲鳴とほぼ同時に青年から青白い光が飛び出し、怪人として形を為し権現した。クジラを彷彿とさせつつも、不気味なぬるりとした灰色の外皮とトライデントを持つ異形…その名は『水のエル』。
彼は哀れな獲物を見据え、手の甲を反対の手の指先でZ字になぞる。それは神の子である人間の魂を神の身許へ送るための祈り…則ち、殺人を行う合図だ。
『人ノ子ヨ、定メヲ受ケ入レルノダ。』
「み、未確認!?」
『…アァ、今ノ人ノ子ハ、アノ低俗ナ者共ト我等ノヨウナ神ノ使徒カスラ見分ケラレンノカ。――マァ良イ。』
すると、驚く翔一のバイクに光る呪詛が一気に迫り上がはじめ命を奪わんとするが咄嗟に『危ない!』とユキナが引っ張り事なきを得た。直後、呪詛に包まれたバイクは爆発四散し燃え盛る炎を平然と踏み越えて地面に転がる姉弟へと迫る。
『 苦しまないように送ってあげて下さい。 』
『御意。』
向けられるトライデントの切っ先。咎人を断罪する処刑人のように伸びる影……翔一は震えることしか出来ない中、ユキナは立ち上がった。
「翔一、ユウさんに連絡して! ここは私が何とかするから!」
「姉さん?」
馬鹿な、こんな怪物を丸腰の女性ひとりでなんとかできるわけがない!しかし、彼女は歯を食いしばり叫ぶ…否、吼えた!
「うがぁぁぁァァァ!! ――変身!」
光り輝き、乙女の姿は緑の野獣へと変わる。赤い複眼に長い双角…アギトに似つつも有機的で非なる存在『仮面ライダーギルス』へと。
「ガァ!!」
恐怖を奮い立たせた闘争心で抑えつけ、彼女は水のエルへと飛びかかるやトライデントを掴み組みついた。しかし、異形の存在は余裕を崩さない。
『――『ギルス』! マダソノ因子ヲ持ツ者ガ生キ残ッテイタカ!』
「ウウゥ!」
全くギルスは歯が立たなかった。呆気なく振りほどかれた勢いで道路標識の看板に叩きつけられてしまう。
「うぅッ……翔一、はやく逃げて!」
「あ、あぁ……」
に、逃げろと言われても足が動かない。突然現れた怪人に加え異形と化して戦う姉…頭の中が混乱して何をどうすればいいのか。
そして、そんな怯える小僧ひとりなど格好の餌食だ。
『…ナラバ!』
「!」
トライデントを逆手に持ち替え横に構える水のエル。則ち、投擲の構え!見定める視線の先は翔一と気がついたギルスはすぐさま飛び出す。
「危ない!」
直後、ドスッとトライデントが背後から庇ったギルスを貫き殺しきれない勢いのまま翔一に突き刺さる。串刺しにされた姉弟…激しい激痛と永遠のような刹那、水のエルに引き抜かれた衝撃でふたりはゴミのように地べたに伏した。
ギルスは変身解除されユキナの姿に戻り、腸を破かれた血が地面に流れ落ちていく。せめて弟に触れようと手を伸ばすも届かない……
「姉…さん……」
「……翔一…」
――― ご め ん ね
姉が最期に遺したのは謝罪の言葉。
それは愛する弟を残してしまうことか、それとも彼に待ち受けるであろう数奇な運命に対してのことなのか……
その時、ユキナに取り憑いていた『不思議なチカラ』は彼女を見限り幽体離脱が如く白いエネルギーが飛び出して今度は瀕死の翔一に入り込んでくる。されど、流れる血は止まることなく冷たくなる体温を感じながら翔一は姉の亡骸を見据えて目を閉じるのだった………