璃月は原則、『人間による統治』が為されている国で岩神の信仰こそされてはいるものの政には関わってはいない。ただ、岩神以外にも国の在り方について口出しをしてくる上位存在のような者がおり…それが『仙人』なのである。岩神同様の民の信仰の対象であり、超常のチカラや知恵を司る。そして、甘雨と申鶴もこの仙人の弟子であり、甘雨は仙人とのパイプ役も兼ねているとのこと。
凝光曰く、普段は山々に静かに引っ込んでる彼等だが…看過できない有事の際などは首を突っ込んでくる時もあるらしい。此度の申鶴との一件も仙人側はホシノを信用しているわけではないという意図を含んでいるのではと睨んでいた。 ―――そこで、この『愛人契約』である。
「天権の愛人ともなれば、下手にちょっかいを出そうものなら私と事を構えることになる。それは仙人や璃月の人間からしても避けたいことでしょうからね。」
いくら仙人がホシノを異物と見なそうと凝光が囲ってしまえば簡単に手を出せない。また、悪意を持つ人間からも護れる傘になるのだ。アギトという身の上を考慮すれざ決して悪い話ではない。
「往生堂の胡堂主にも話は通してはあるけれど、今すぐここで答をとは言わないわ。でも、なるべく早く返事をして頂戴。」
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「――って言われてもなぁ。」
群玉閣を後にした璃月の往来の中でホシノはぼやく。正直、気はすすまない…確かにアギトがあらゆる視点から特異な存在で善し悪し様々な感情を持たれることも理解するのだが。
確かに現在進行系でファデュイ…もといタルタリヤから個人的に絡まれていたりもするし、今後とも自分がアギトであることを嗅ぎつけた人間が何かをする可能性はゼロではない。メリットは確かに大きいハズ………待てよ?
「…凝光様の愛人になればもっと甘雨さんに会えるってコト!?」
この男、実に能天気であった。
そんな彼を空の群玉閣から見おろす凝光。その傍らにはジャックンが飛んでいる…
『随分と大きい手札をきったな天権。アレがそんなに大事な駒か?』
天権の愛人なんてなりたい人間なんて璃月中にごまんといるだろう。無論、望んでも手に入らない者が大半…そんな特等席を交渉の材料にするのはホシノに相応の価値を見いだしていること他ならない。そして、彼女は語る。
「彼は今の璃月においてアンノウンを探知出来る唯一の存在で仙人まで匹敵するチカラを持っている。そして、彼は間違いなく帝君の加護を受けている…違う?」
『…何を根拠に?』
「先のアビス教団襲撃の時、貴方が発した岩元素の光は帝君由来のモノでしょう?普通の人間やそこらの元素生物程度では元素力の潮流を起こすなんて出来るわけないもの。」
アビス教団襲撃の際に璃月に溢れた岩元素の奔流…あれは魔神クラスでなくては起こせない現象で、これの元素力を吸収したことでアギトはトリニティフォームSpecⅡへパワーアップした。国の危機という一大事で都合よくタイミングを計ったような奇跡は岩神の干渉を確信させるには十分だろう。
「そして、貴方は帝君からの『御目付役』ってところかしら? ――どう?」
『…………わからん。我が覚えているのはこの地を護れという『契約』のみ。海で漂う奴を拾ったのは偶々だ。岩神のことなんぞ知らん。』
――そう、何も知らない。いったい自分が何者かさえ。
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ホシノは先に行った甘雨や胡桃たちと万民堂で合流した。
凝光と話をしている間、申鶴はこっぴどく甘雨に怒られたらしく戦っていた時の威圧感は何処へやらと無表情ながらしょんぼりと落ち込んでいる様子。
「此度の件、改めて謝罪する。我に出来ることがあれば何でもチカラになろう。」
―――ん? 今なんでもするって…
「ふんッ!」
「んぎぃぃ!?」
ゲジッと胡桃に足を蹴られ悶えるホシノ。いやいや冗談ですって…睨みをきかせる雇い主の横でピョンピョンするのを尻目に鍾離は申鶴と話を続ける。
「そこまで気負わくて良い。ホシノも別に怒ってはいないようだし、今回の一件はこれで終わりにするのはどうだろうか?」
「し、しかし…」
「此方も穏便に済ませたい。君に頭を下げさせた上にこき使いでもしたら風体が良くないし、君の師匠である留雲借風真君の面子にも関わるだろう。お互いに長引かせることは1モラの得にもならない…解ってくれるな?」
両者を尊重した完璧な対応じゃないですかァ…落とされた本人が蚊帳の外ってことに目を瞑ればよぉ……あ、ごめんなさいもう蹴らないで胡桃ちゃん…
いや、まあホシノとしても別にもう怒ってはいないのも事実だけどね??何なら、謝れるだけすごくえらい。仮面ライダーなんて崖から落とされたり水に沈められたりなんてザラだしで何かこう勢いでなあなあにされて謝罪なしからの共闘とか割とあるからね?( 平 成 )
え? 令和の後輩たちってどっちもあんまりないの??
「ああ、気にしなくていいですよ…『よくあること』ですから!」
「よく…ある…?」
スゥ…と、申鶴の戸惑いを含む視線が向けられたことに気がついた胡桃。んん?
「ホシノくん、往生堂の福利厚生が疑われる言い方しないでくれる!?」
風評被害も甚だしい!
それはさておき、事実上のお咎め無しの措置は姉弟子である甘雨も難色の表情を示す。一応、同門の不始末に璃月を預かる身としても何らかの形で責任はとらせたいのだが……と思っていた矢先、『ああ、そうだ』と鍾離が何かを思い出す。
「そういえばホシノ、凝光殿からなにか頂いたのではなかったか?」
「ああ、そうだ!ええっと…」
おもむろにゴソゴソとポーチを漁るホシノ…すると、2枚のチケットを取り出した。
「ジャーン! 凝光さまから頂きました『麒麟仙女』のチケットです! 甘雨さんと一緒に行ってきなさいって言われました!」
「はい?」
なんだって? 恐らく今夜の催される迎仙儀式の前夜祭の演目のソレだろうが何を思って凝光様はそんなことを!? 確かに甘雨としてもホシノを気にかけているのは否定しないがあくまで璃月を預かる者と民の関係性であって……
「というわけで、甘雨さん一緒に行きましょう!」
「うっ!?」
ええい、グイグイくる…! しかし、彼女とてこの程度の押し程度で折れる秘書官ではない。落ち着いて距離をとりいつもの微笑みでやんわりと言葉を連ねる。
「ええっと、お誘いいただきありがたいのですが…私も仕事がありますし、新しく始まった神罰殺人への対処もあります。申し訳ないですが、今回は……」
「ええ??でも、凝光様は甘雨さんに休暇を出したと言ってましたよ?」
「――初耳なんですが。」
有給申請なんてここ数百年した記憶がない。
「…(なにか事務の行き違いがあったのでしょうか…)」
いやいやいや…と上司の計らい(あと多分は半分からかいだろう)に無頓着な有様に胡桃は呆れ鍾離は苦笑い。すると、ピキーンと申鶴は何かを閃いたのか『ならば…』と口を開いた。
「甘雨お姉さま、ホシノ…御二人は歌劇に行ってきてほしい。神罰殺人は私が対処にあたる。」
「申鶴!?」
「お二人には迷惑をかけた。不始末の償いだと思ってくれまいか。」
贖いというより姉弟子の退路を絶ったという自覚はない。
ただ、この提案は自他共に認める図々しいホシノも流石にそれはチョット…と難色を示す。観劇したいのは山々だがアギトとしての戦いをいくら謝罪だといってもアギトとしての戦いを他人に押し付けるのは気が進まない。やっぱり申し訳ない…
「成程、良い提案だ。この機にふたりとも羽をのばしてきて良いだろう。」
「鍾離先生!?」
またこの人勝手に話を進めてる!?
「心配することはない。彼女は留雲借風真君の弟子、実力はホシノと負けず劣らず…一時とはいえ璃月港の守りを任せるには申し分ない筈。そうだろう甘雨殿?」
「は、はい、それは勿論…… って、そういう問題ではなく!」
「わかった。この申鶴、師である留雲借風真君の名に賭けて璃月港を護ると誓おう。」
あ…ああぁぁ……となし崩しで話は決まってしまう。しれっと師匠の名前まで出してきてしまいもう甘雨は真っ青、胡桃もやれやれと首を振り、ホシノもあわあわと右往左往。唯一、この場で楽しげに笑っていたのは鍾離だけだった。