原神✕仮面 〜アギト、『契約』の地にて〜   作:ジュンチェ

46 / 58
盟友 Ⅷ

 

 

 正直、ダメ元だった。いくら凝光様の手回しがあっても軽くあしらわれて終わりだろうなぁ…そう、ホシノ自身だって思っていた。しかし、申鶴に圧される形で約束はなし崩しで結ばれてしまい、ついに公演当日。

 いつになく落ち着きがないホシノは往生堂での家事に忙しくしている。いつもより小まめな掃除、気合の入った洗濯、手の込んだ調理…さながら、花と巣を往来する働き蜂ような動きに胡桃は溜息をつく。

 

 

「ホシノくん、緊張を紛らわせたいのは分かるけど…少し落ち着きなよ。」

 

「あはは…わかっちゃいます?」

 

 

 一先ず座らせ、話をする。多分、このままデートをしても力んで空回りする未来しか見えない。

 

 

「そんなに緊張する? やっぱり、死んだお姉さんと甘雨さまが似てるから?」

 

「…そうかもしれません。俺自身もよく解らないんですけど……」

 

 

 思いかえす甘雨との初対面。酷く驚いたものだ…死んだ姉と瓜二つの顔と似た声の女性が現れたとに動転し、危うく彼女に飛びつくところを白朮先生にたしなめられたのは璃月暮らしが長くなった今でも忘れられない。それから、姉・ユキナとは関係ない他人の空似で、他ならない彼女が海で漂っていたホシノを助けてくれたことを理解した。

 それから往生堂に引き取られた後もほぼ一方通行な交流が続いて今に至る。しかし、今回は観劇という今までにないイベントはかえってホシノ自身を不安にさせていた。どうしたらいい?何をしたらいい?

 

 ――そんな有様を見ていられず、胡桃は自分の思いを告げる。

 

 

「ホシノくんが甘雨さまを死んだお姉さんと同一に見ているなら、それは芳しくないことだよ。

 人の死を見送る往生堂の人間としても、何よりも甘雨さまに失礼ってことは…あえて言うまでもないか。」

 

「…すみません。」

 

「私には想像がつかないけどさ…もし、自分の喪った大事な人とドッペルゲンガー並みにそっくりさんに出逢うなんて。

 頭では別人って割り切ろうとしてもそう簡単にはいかない…それは辛いことなんだろうねって、口先で垂れ流すのは簡単。でもそれじゃあ、ホシノくんの心は何一つ解決しないでしょ。」

 

 

 胡桃という少女は無責任な同情はしない。そんなものは同情した本人は満足しても、された側を一層に惨めにするだけだからだ。だから、彼女は『行動』をするのである。

 

 

「だから、まずは『身嗜み』だよ!」

 

「――え?」

 

「普段通りの格好でいくつもりだったの?フレンドリーな甘雨さまだけど璃月七星・天権の秘書、立場がある人なんだよ?失礼が無いようしなきゃ。」

 

 

 た、確かに。いつも料理を持って追いかけ回していることが日常になり過ぎていためすっかり失念していた…

 

 

「そ、そうだねフーちゃん。でも、俺は服なんて…」

 

「取り敢えず、私のお父さんが着てた良いかんじの服が残ってたから貸してあげる。髪は任せて…こう見えて整えるのは慣れてるからね。」

 

 

 ワキワキと手を動かす胡桃はどうやら逃がしてくれなさそうだ。残念ながら今から理髪店に行く時間もモラも無い……『あー、ヨロシクお願いします…』と半ば諦めに近い形でホシノは身を委ねるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

 

 

 『麒麟仙女』……仙獣・麒麟と人間の間に産まれた仙女の物語。

 

 

 彼女は愛らしく、山に住む風の仙人に預けられすくすくと育ちます。他の山々の仙人たちにも可愛がられて、その身体はぷくぷくと丸くなり幸せな日々を送っていました。

 

 ところが、ある日…仙女は足を滑らせ山の下までコロコロと落ちてしまいます。いっぱい食べて大きくなった身体では止まることは出来ず、ついには山の麓まで……

 

 重い身体と目をまわした彼女は山に戻ることは出来きません。

 そこへ、たまたま通りかかった悪い人間たちが仙女を見つけます。

 

 

「これはもしや、麒麟の子ではないか!その角は飾れば芸術品、煎じれば万病を治す薬になるという!」

 

「なんと運の良いこと! さあ、連れて帰って角を折ろう!」

 

 

 仙女に伸びる魔の手… 身体の重さと恐怖で逃げられない…その時でした。

 

 

『――貴様ら、それは仙獣の子と知っての狼藉か!』

 

 

 天から舞い降りる貴い光…その輝きに仙女は言葉を失いました。

 これが彼女が生涯、忠誠を誓う相手となる岩王帝君との出会いだったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

 

 

 ―――本当に勘弁してほしい。

 

 璃月港に建設された特設ステージで劇のリハーサル…その冒頭部分を観ていた甘雨。何処となく挙動不審でいつもの落ち着きが無いのは他ならないこの『麒麟仙女』のモチーフは自分、甘雨自身なのだ。言ってしまえばホームビデオを大衆に公開されるに等しい所業に羞恥は限界突破し、目が死んでいる。

 

 

(よりにもよって、なんで……)

 

 

 璃月には多くの御伽噺があるのにどうしてこの物語が選ばれたのか。折角なら自分なんかより、岩王帝君が主役の話にすれば良いのに…

 

 

「――はぁ…」

 

 

 虚空を仰ぐ。脳裏に浮かぶのは先日の凝光との会話……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――凝光様、本気なのですか!?」

 

「ええ。ホシノを私の『愛人』にすれば彼の立場は璃月の人間だと明確にできる。これなら私たちにとっても都合が良いし、ホシノも庇護を得られる以上、お互いにウィンウィンな関係よ。」

 

 

 群玉閣にて、甘雨と主である凝光との口論。基本、凝光の意向に従順な秘書である彼女が真っ向から異を唱えるなんてことはまさに空から槍でも降ってくるのか…なんて周囲の職員たちも浮足立つ。

 凝光は『愛人契約』についてあくまでお互いに十分なメリットがあると説くが、甘雨は頑なにその理屈を受け入れようとしなかった。無論、それには理由がある。

 

 

「降魔大聖からの話をお忘れですか! 今迄、散々傷ついてきたホシノさんに更に『同じアギト』と戦えとでも!?」

 

 

 降魔大聖…つまり、ショウは群玉閣に望舒旅館襲撃の際にアンノウンに混じりホシノと別のアギトの姿があったと凝光ら七星に報告していた。この未知のアギトが何者かは謎だが、アンノウンを率いているようだったとのこと。

 もし、敵対勢力にアギトがいるとすれば…いずれ、ホシノは同胞と戦うことになるのだ。孤独に戦ってきた彼にそれはあまりにも酷い。

 

 しかし、凝光は意見を変えることはない。

 

 

「なら、尚の事。敵にアギトがいるなら、彼の立場があらぬ嫌疑で危うくなることは明白でしょう?」

 

「し、しかし…!」

 

「甘雨、落ち着きなさい。貴方が彼に穏やかに生きていてもらいたい意思は理解する……でも、その代わりに四六時中、あらゆる勢力から彼を守ってあげることが出来る?」

 

「そ、それは……」

 

 

 言葉に詰まる甘雨。凝光の言うようにホシノは既に正体を嗅ぎつけた者たちから既に狙われつつある……

 彼に不信の眼差しを向ける仙人、利用を目論む商人、ファデュイをはじめとした諸外国の勢力…果ては、璃月七星の中でも意見が別れている。特に千岩軍を司る刻晴に到っては投獄・尋問し、さっさと洗いざらい知る情報を吐かせるべきだと提言するほど。

 

 守りきれる…なんて安易には言えない。天権である凝光ですら『愛人契約』という強いカードをきってなんとか牽制になるくらいなのに、一介の秘書官で仙人としての立場も無い自分で何が出来るものか。

 

 

(私は…無力だ……)

 

 

 項垂れる甘雨。あらゆる誹りを受けるべきは帝君に任された地を護ることすらままならない自分であるべきなのに…

 

 そんな彼女を見かねた凝光。

 

 

「一介の民としてではなくホシノと向き合ってみなさい。そうすれば、自ずと進むべき道はわかるはずよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――一介の民としてではなく、ホシノさんに向き合う…か…)

 

 

 凝光さまも難しいことを言ってくれる。

 なら具体的にどうすれば良いかははぐらかされるし、答は皆目検討もつかない。

 

 やがて、日が暮れ約束の時間が迫る………どうやら、それまでに考えは見いだすことは無理そうだ。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。