約束の時間……
璃月港はすっかり夜闇に包まれ、街を彩る提灯に光が次々と灯っていく……
「ああ、緊張する…」
「落ち着きなって、ホシノくん。今の君はどこにだしても恥ずかしくない男前だよ!」
髪をバリバリに油で固められ、服装も黒のしっかりとした装いはいつもと違う…胡桃の男前という表現もあながち間違いではないだろう。当のホシノ本人はいつもの着やすい服と違って身体が心なしか強張っている様子。
「ほら、甘雨さまも待ってるよ!」
「!」
胡桃に促されて向けた視線の先……佇む甘雨に息を呑む。
いつもなら、飼い主を見つけた愛犬のように近づいていくのだが…心臓がバクバクして中々足が踏み出せない。
何を今更と自分でも思う躊躇をしているうちに、彼女がこちらに気がつき歩み寄ってきた。
「ホシノさん!」
―――翔一!
亡き姉と重なる彼女の顔立ちと声。思い出す救えなかった過去…
今日、このデートを終えたら自分は踏ん切りがつくのだろうか。
「か、甘雨さん…今日も綺麗ですね…」
「え? ありがとうございます。ホシノさんはいつもと装いが違いますね。すみません、私ったらいつもと同じ服装で…」
緊張する自分とは対照的にいつも通りの甘雨。
改めて接していると雰囲気以外は姉とは全然違う。活発だった姉とは違っていつも落ち着いておっとりしているし、持ち前の優しさも個人ではなく璃月で生活を営む全ての人々へ向けられている。
やっぱり、違う…彼女は自分の姉じゃない。
それでも、大切に想う自分の気持ちは変わらない…璃月で死にかけた自分を海から引き上げてくれて、立ち直るまで何度も気にかけてくれた彼女。
ああ、そうか。始まりは面影を重ねたからかもしれない。だとしても、自分は……
「……俺、やっぱり甘雨さんのことが大好きです。」
「? ――どうしたんです、急に?」
呆気ない空振り。胡桃さえ、急な告白からのフラれてしまうまでの速さに口が開いてしまらなかったが、当のホシノは気にしていない様子。『いえ!』と笑って誤魔化すと甘雨の手をとった。
「さ、行きましょう甘雨さ…―――」
――ゾワッッ!!!!
「!」
しかし、幸せな時間は招かねざる者の気配に一瞬で台無しとなった。
「ホシノさん?」
(――アンノウン…だけじゃない! この感覚は!?)
★ ★ ★ ★ ★ ★
『ゲッゲゲゲ!!』
璃月港の郊外…その空に再び獲物を求めて笑うクロウロードが飛翔する。
やむを得ず斬り落とした脚も元通り、身体もほぼ全快。これなら、『神罰』を行うのには持って来い……
ドドドガーンッ!!!
『!?』
…そう簡単にはいかなかった。
突然、眼前で炸裂する強い衝撃と冷気に真っ逆さまに墜落してしまうクロウロード。地べたに落下してのたうち回っていると、そこへ人影が近づいてくる。
「――いくら仙術で機雷を隠していたとはいえ、何も対策をしているとは考えなかったのか?」
『――!』
お前は!! そう言いたげに睨む視線の先には申鶴の姿。
彼女が来たるべき襲撃に備え、あらかじめ罠を仕込んでいたのだ。まあ、まんまとひっかかるとは彼女自身も予想外だったが。取り敢えず、早めに片付けられることに越したことはない…あわよくば、演目を遠目で眺めるくらいは…
「――此方も手ブラで来ると思ってたのかい仙人サマ?」
「!」
その時、後ろからの気配に素早く槍を振るい、ギャン!!と飛んできた『触手』を弾いた… いいや、それは触手ではなく鎖に繋がれた鎌だ。
璃月では見かけない異様な武器を手に黒髪の女がゆらりと現れる。凶暴さを隠さない舌なめずりはお友達になりたいわけではないのは明白。
「何者だ?」
「アタシかい?アタシは『小城 イズナ』…身分としてなら、コイツのほうが分かり易いだろ?」
すると、小城と名乗る彼女の腹に現れたのは不気味に輝く歪なオルタリング。主を光に包み、その姿を異形に変え…見覚えのある姿に申鶴を目を見開く。
「アギト…だと!?」
ホシノとは違う暗い灰色をした女性的な体つきながら、顔は牙を剥くイタチ科の獣のように鋭く、黒い複眼が吊り上がっている。武器や色、随所の禍々しいフォルムの違いはあれど素人目でも判るアギトの系譜。
小城の発言させたこのチカラは『アギト・ミラージュサイズ』。正義…仮面ライダーの名を冠さない、幻影の死神。
闘争と血に飢えた凶刃が、今…歓喜に震え、眼前の獲物へ襲いかかる!
★ ★ ★ ★ ★ ★
何もよりにもよって、今じゃなくたって…!
謀ったようなタイミングに怒りすら覚えるホシノ。すぐさま、身を翻して向かおうとするが…
「――ホシノさん、どうかしたんですか?」
良いのか? この日、このタイミングを逃して…?
甘雨が時間を作って、
凝光が取り計らい、
胡桃だって協力してくれた。
……この時のために、多くの人が尽力してくれたことを無駄にするのか?
しかし、敵は恐らくアギトもいる。任せろとは言っていたが、申鶴ひとりで大丈夫なのか?
自分のすべきことは……
「甘雨さん…」
彼女に重なる姉の面影… ああ、そうだ。やるべきことはひとつ。
―――ホシノは甘雨の手を取った。