……それから、おおよそ1時間後
現場は千岩軍に封鎖され、布で壁を作られ視界は遮られる。
野次馬が集まり、一目でも事件現場を観ようとするが…その中を『すみません、通してください!』と甘雨は掻き分け最前列へとなんとか出てきた。
「甘雨です、状況は?」
「はっ、甘雨様。どうぞ、中へ。」
口で説明するより見たほうが早いということか。中に通され、見ると中は千岩軍らが慌ただしい…写真を撮ったり、落ちている鎧といった物品の周囲に印や数字が割り振られた札を立てたり…
その奥では刻晴が身を屈め自ら現場検証をしている。
「刻晴さん…神罰殺人ですか?」
「…ええ。私の目の前で、部下が灰になったわ。残ったのは神の目だけよ。」
眉間にシワを寄せる彼女の顔は深刻そのもの。無理もない、目の前で部下を殺されたともなれば落ち着いてなどいられないだろう…ましてや、七星としての職務の最中ともなれば尚のこと。
甘雨としても、彼女がここで感情的になる人間だとは思っていないが…
「(…少し息をつかせたほうが良いかもしれません。)刻晴さん、ここは千岩軍に一時任せたほうがよろしいかと。」
「駄目。何も見つけられてない以上、ここで退くわけにはいかない。 何か… 何かあるはず! 目の前で起きたのよ、証拠が何もないはずが!」
…前言撤回。これは少々まずいかもしれない。
仕方ない。ここは一先ず自分も情報収集にあたるべきと甘雨は歩く。元素視覚はやはり前例と同じく反応が無いため、ここは被害者の同僚に話を聞くべきだろう。
手短に千岩軍の一般人兵へ声をかけた。
「あの事件について聞きたいのですが…」
「甘雨様? あ、ああ、すみません。まだ気持ちの整理がつかなくて……死んだんですねアイツ。今朝は普通に下らない話をしていたのに………なんで…クソッ…」
被害者の友人だったのか。悲しむ様子からそれなりに親しかったのだろうが、配慮している余裕は無い。
「辛いお気持ち察します。何か彼に変わったことは?」
「いえ…ただやたら『首筋が痒い』と行ってました。見たらそこそこ腫れてたので寝ているうちに虻にでも刺されたんだろうって……」
(首筋に痒みに腫れ? …そういえば、前に灰化した被害者も同じ症状を訴えていたような?)
前に見た資料の内容を思い出す甘雨。『神罰殺人』と一口に言っても、よくよく観察すると手口に複数のパターンが見えてくる…そして、今回のような灰化の場合はよく痒みと腫れを被害者が訴えていたと過去に報告があったことを記憶している。
(偶然? もし毒だとしら… でも、簡単に人を灰にして痕跡が残らない毒なんてある?)
そんな都合が良いもの、早々あってたまるものか。
ううむ、考えても埒があかない…
(あまりこの手段を頼るのは避けたいですが……)
甘雨はあることを密かにある考えを秘める。身勝手な行動は避けるべきではあるが、次なる神罰殺人が起こる前に手を打たなくては…
一時、現場に執着する刻晴に『一緒に来てください』と声をかけ、なんとか共に現場を離れることにした彼女。
璃月の街を歩きながらある考えを打ち明けた。
「仙人の力を借りましょう。もう私達だけでは神罰殺人を止められないのは明白です。」
「!」
毛が逆立つような表情を刻晴。無理もない、甘雨の提案は彼女のポリシーを踏みにじるようなものだ。されど、被害を食い止めるどころか眼前で犠牲者を出した手前に嫌だと言えたものじゃない。
「アナタの考え、神や仙人から人を独立させたいという願いは理解を示します。ですが、これ以上の犠牲を出さないためにも…」
「それ以上言わなくていい。わかっている、私が不甲斐ないってことぐらい…」
「え? ち、違います! 別にあなたを責めているわけでは!」
まずい、意図しない捉え方をされたようだ。慌てそんなつもりはないと弁明しようとしたが…ふと、何かに気づいたように彼女は足を止める。
―――…
「……誰かが見ている?」
「?」
視線を感じる。……何処から?
「「!」」
屋根だ。進行方向にある瓦屋根の建物の上に人影がこちらを見下ろしている。マントに身を包み、フードで顔を隠しているが恐らくは男。何より甘雨の目に留まる特徴は…
「ヒルチャールの…仮面?」
彼が身につける白い不気味な仮面はこの世界でありふれているが、好まれるものではない。むしろ、敬遠される小鬼の魔物が忌々しい己の素顔を隠すために使う装身具だ、進んで身につける輩なんてまずいない。
「誰よ、あんた?そんな縁起の悪いマスクなんかつけちゃって…」
「…」
「! 待ちなさい!!」
刻晴が話しかけた途端、男は踵をかえして逃げだした。すぐさま鼠を追う猫が如く刻晴は追いかけはじめ、甘雨も『ま、待ってください!?』とそのあとに続いた。壁を駆け上がり、屋根と屋根を飛び移っていく2人だが男も中々速く追いつけない。
「止まりなさい、早く! 怪我したくないでしょ!」
「刻晴さん、一般人に武器は…!」
「あんな身のこなしの一般人いるか! 神罰殺人にも関わってるかもしれない…逃がすわけにはいかないわ!」
いや、確かにそうなのだけども。これが万一、ファデュイやその関係者であったら外交問題へ一直線ルートだ…勿論、それも確証なき空論に過ぎないのだが。
そんな追いかけっこをしているうちに男は軽やかに風の翼を用いて着地すると璃月の外れへ繋がる山道へと逃げていく。
「逃がすか!」
「待って!?」
刻晴は聞く耳を持たず、璃月港を離れていった。駄目だ、完全に冷静さを欠いている…このまま放っておくわけにもいかないが、報告を怠るわけにも……
いや、ここは事後報告だ。何か嫌な胸騒ぎがする……甘雨もまた山道を刻晴を見失う前に走るしかなかった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
辺りはすっかり夜闇に包まれてつつあった。
男は竹林…その中にある粗末な木の建物の前で足を止める。
刻晴も追いつき、身構えると気がつく。このボロくても独特な雰囲気は放つここは…
「ヒルチャールの集落?」
既に魔物たちの姿は無い…確か千岩軍が数日前に壊滅させたと報告が挙がっていたが、どうしてこんな場所に?
「…」
男は何も語らない。ただ黙って手をあげるとあばら家の物陰から新しい人影が現れる。……待った、あれは『人』なのか?
『手筈通リダナ。』
この世界に存在しない生き物、ジャガーが頭でそこから下は人間のフォルム…なんだコイツは?黒い毛並みの獣人…いや、この纏う不気味さは『怪人』と表すべきだろう。片手剣を握り、黄色マフラーを冷たい夜風に靡かせ、眼は獲物を見つけた獣に相応しく爛々と輝いている。どうやら、こちらを『狩り』の対象としているらしい。
刻晴の知る由もないが、この怪人は『ジャガーロード(剣)』と呼ばれる。豹と冠されるだけあり俊敏で優れたハンターだ。
「…何者かしら? 話し合いが出来ないなら相応の手段をとらせてもらうけど?」
『…ハハハハ。』
刻晴の警告を鼻で嘲笑い、彼女の眼の前に跳躍するジャガーロード。成る程、言葉は通じても話をする気が最初から無いのなら…お望み通りの解決方法をしてやろう。こちらも片手剣を取りだし構えをとる。
「…」
『…』
いがみ合う獣のように半円をゆっくりと描くように歩む両者…
……そして、
「はっ!」
『!』
ダンッ!と蹴られる地面に交錯する刃。奇しくも、お互いに俊敏さとスピードを持ち味とする両者の斬り合いは激しく火花を散らし、常人ではついていけないもの。気を抜けばどちらかが斬り刻まれるのみ。
互いの強みとしてはほぼ互角。されど、パワーでは怪人であるジャガーロードの剣が上回っていた。
『フンッ!』
突き出される切っ先が少女の心臓を狙う!
獲っ…!
「甘い。」
『!?』
否。獲物は眼の前で雷霞となって消えた…
次の瞬間、嵐のような雷元素を帯びた斬撃が四方八方から遅いかかり、苦悶の声を洩らすジャガーロード。瞬間的なれど、怪人をも凌駕する加速は勝敗の道筋を分けるには充分だった。
『グ…アァ……』
「大したことないわね。さ、取り敢えず拘束させてもらうわよ。」
『ウゥ……ハハハハ。ヤハリ、ソノチカラ…オマエモ゙、『アギト』ト同ジ… ヤハリ、許サレヌ…人ガ神ニ近ヅクナド!』
「?」
膝をつく怪人が何か喚いている。知ったことではないが、コイツが何かしら神罰殺人に関わっていることは間違いないだろう。
あとは、傍観を決め込んでいるヒルチャールの面をつけた男を確保すれば……
「刻晴さん、うしろ!」
「え?」
突然の甘雨の声に振り返れば、眼の前に火スライムの詰められた樽が迫っていた。
火元素の塊である生物が詰められたそれいわば、火薬の袋とそう変わらない。更に運悪く、刻晴は自身が使った雷元素が放電状態にあり……
ドガァーーン!!!
★ ★ ★ ★ ★ ★
なんとか追いついた甘雨が目にしたのは、爆発に呑まれる刻晴だった…
警告虚しく、炎に弾きとばされ彼女は地面に転がる。
『クククク…』
火スライム樽を投げつけたのはもう1体の息を潜めていたジャガーロード。黄色い体色と赤いマフラーのこの個体は武器を持たない代わりに純粋なパワーに優れるようで、刻晴が立て直す前に素早く体当たりし近くの木へ勢いよく叩きつけた。
『かは…』と洩れた息と血…ガサガサと揺れる枝葉がその強烈な威力を物語るには充分だろう。ましてや、怪人の加速がついたタックルを生身で受けたとなれば、いくら才があり鍛錬してる身でもひとたまりもない。
「……あ゛……が…」
「刻晴さん!」
まずい! 甘雨は素早く矢をつがえ放つ。
氷元素を圧縮・結晶化させた矢は零度に至り、空を裂く速度は燕が如く……されど
『フン!』
――パァン!!
救済の一矢は剣の一振りに阻まれ砕け、役割を果たすことなし。
立ち直った剣持ちのジャガーロードはシャッと刀身をはらうと今度は甘雨を牽制するように切っ先を向けた。
「どきなさい!」
『ムン!』
まだだ。次々と番えられ放たれる氷の矢…それでも怪人の巧みな剣捌きが一矢たりとも通すことを許さない。
はやく助けなくては手遅れになる可能性があるだろう。焦る甘雨だったが、それを尻目に刻晴を締め上げた素手のジャガーロードは程よい木の洞を見つけて獲物と共に幹へ飛び移った。
トドメを刺すつもりだろう。刻晴もダメージが限界に達してしまったのか虚ろな眼でぐったりしている…
「駄目ッ!!」
もう悠長にやっていられない。一か八か突っ込む、甘雨…しかし、やはり剣持ちのジャガーロードが立ち塞がり……
――ガッ!!
『グ…!?』
その時、怪人の顔面に鋭く鮮やかな蹴りがめり込んだ。
唐突に割り込んできた一撃に剣持ちのジャガーロードは情けない声を洩らしてクルリと宙を舞い、火スライムの樽が起爆した火に無様に落下。この衝撃で一気に火の粉か舞い上がり…闇夜に紛れ込んだ『乱入者』を照らし出す。
金色の雄々しい鋭い双角… 赤い複眼… 怪人と呼ぶにはあまりに凛々しく『戦士』とした金色の姿…
「な、……あなたは一体…」
「…」
戸惑う甘雨を乱入者は軽く一瞥し、まだのたうつ怪人に手を突き出す構えをとる。どうやら、彼は闘うつもりらしい。
一方、刻晴を捕えていた素手のジャガーロードは戦士の存在を感知するなりすぐに獲物を手放して地面へ軽やかに着地。余裕を見せていた先からうってかわり、怨嗟の滲み出る低い声を鋭い牙が並ぶ口から絞り出す…
『アァギィトォォ…!』
「アギト?」
それが戦士の名か? 取り敢えず、ジャガーロードたちの意識が彼に向いている間に刻晴を助けなくては……
『ヤハリ、アギト! コノ世界デモ我ラノ邪魔ヲスルカ!』
「…はっ!」
そして、アギトとジャガーロードたちの戦いの火蓋がきられる。
……やがて、これが璃月を揺るがす『神罰殺人事件』の大きな転換点となっていくのだった。