(な、なんでだ…なんでだよぉぉ…)
悔しさに激しく焼かれ、斬りかかった大門。されど、刃は振り下ろされることは無い…否、振り下ろせなかった。何故なら…
「どうなさいましたか、そんな獣畜生のような声を出して?」
(な、なんで…正面を向いているんだよぉぉ!?)
既に、福郎は息がかかるくらいの眼前に立ち、刀を握る手を掴んでいたのだ。腕力・握力・体幹はあまりにも歴然たる差が無礼者の動きを封じる。そして、ギョロギョロとした眼球が唖然とする自分を映す。
「ぁ…ああ……」
「どうやら、納得していない様子。なら、今度こそ斬りあってさしあげても構いませんが…死に様を晒す覚悟はありますかな?今退けば、せいぜい生き恥を晒す程度で済みますぞ?」
「ほ…ほざけっ!!」
またしてもかけられた挑発に自分を奮い立たせ飛び退いた大門。すると、水筒を取り出して刀身にジャバジャバと中身をかけた。ただの水などではない、濡れた刀身は紫色に雷元素を放電し、電撃を纏う。
福郎はそれに目を細めた。
「なんと…元素生物の体液、おそらくは雷スライムあたりの素材ですかな。また何か『芸』でも披露するつもりで?」
「ふはははは! コレは雷電将軍の夢想の一太刀から着想を得た俺の奥義よ!人に試すのは貴様がはじめてだ…光栄に思え!!」
いくら雷神でも憤慨するだろこんなの。福郎はおろかこの場にいる殆どの者がそう思った……心海は困惑し、沙羅に至ってはあまりの不敬の極致に思考がショートしかかっていた。頭が理解を拒む。
一方の福郎。もう呆れか何かを通り越してまったのか…笑っていた。
「神の技を見て、編み出したのがその程度……技とすら呼ぶに至らない。まあ、宴会の一発芸くらいにならまだ丁度良いかもしれませぬが。」
「まだ抜かすか!」
「誰もしないから、画期的な発想と思うのならソレは間違いだ。やらないということは、相応の理由があるもの…」
素人の発想が常識を覆す…浪漫である。しかし、浪漫というからにはそんなことが起こりうる確率は奇跡の領域だ。素人の発想の大半は先人が既に実際に通っているのが常。だから、常識が成る。
「浪人風情が侍を騙るなぁ!」
斬りかかる大門。
ならば、くれてやろう…『常識』を。
「ほれ。」
「!?」
福郎は小瓶を投げた。反射的に大門はこれを斬った…瞬間…
バチチッ!!と液体と衝撃波が炸裂して悲鳴をあげた。
「ぐああぁあああ!?これはぁ!?!?」
「元素反応・拡散。元素力を用いる者にとって初歩中の初歩…と聞いていましたが、ご存知無かったので?」
元素反応…神の眼を戦いに利用する人間ならまず最初に頭に叩き込むだろう。逆を言えば、元素反応なんて神の眼持たざる者には大半が不要な知識でしかない。
そして、無知は事故を引き起こす。
「では…こちらも『一芸』をお返しいたす。」
無論、死合いに事故なんて言い訳は通じない。ましてや、卑劣を重ねたならば尚…
「ひ、ひぃ…」
もう勝負などではない…
獲物にトドメを刺しに迫る猛禽に、愚かな蝦蟇は逃げようともがくが拡散によるダメージが痺れを起こして肉体が言うことをきかない。あっという間に掴まれ、力付くで膝で座らされた。
「それでは、ご照覧あれ…兜割り。」
「!」
その時、喰われる者は全てを察す。
脳裏に過ぎる先程、得意げに叩き斬った案山子…そう自分もああなるのだと。兜はつけているが、恐らくは意味が無いと本能が諦めを語る。
「―――た、助け…」
一筋の涙が伝う。滲む視界に『よせぇ!』と手を伸ばす沙羅を見る……恋焦がれた相手を最期に見るのは運命の慈悲なのか。
まあ、喰らう側は知ったことではない。
――ズドンッッ
★ ★ ★ ★ ★ ★
「――ああ、いかん。勢いが良過ぎた…これでは、『唐竹割り』ではないか。」
福郎が振り下ろした刀は股まで斬り裂いた。
左右に肉断ち骨を割られた骸が別れて、ドシャリと地面に崩れ落ちる拍子に返り血を浴びる。真っ赤に濡れた顔に、不気味にギョロギョロと白い眼が動く。
「やれやれ、これでまずは1勝。珊瑚宮さま、この程度ならば3勝全部をワシがもぎ取っても……ああ、いかん。吐いておる。」
その凄惨たる様にいくら軍師を担うとはいえ、年頃の少女である心海が耐えられるはずもなかった。それどころか、両軍ともにあまりの惨さに青ざめたじたじとしている。『あ、あのような所業は人ではない…』『鬼だ…鬼だあれは…』などと彼方此方から聞こえてきた…
「ううむ、なんという言われよう……む?」
スッと顔に影がかかった……瞬間、煌く白刃を察し飛び退く福郎。
直後、そこにはこの場で唯一、怒りを滾らせる者…九条沙羅その人だった。
「この外道が…そんなに血を見ることが望みなら私が立ち会ってやる。」
彼女にとって大門は確かに扱いに困る部下だった。別に目をかけていたわけでもない。
だが、無知で傲慢であってもこんな死に方をすべき人間だったか?否、断じて否。正義感と道徳心が彼女の心を燃やす。
そして…そんな人間をこの『外道』は大好きだった。
「おお、わざわざ大将が出てきて下さるなら…こちらも全力であたらねば無作法というもの……」
――何?
身構える沙羅。肌で感じる…福郎の纏う空気が変わったのだ。か弱い獲物を弄ぶ『獣』から、戦士と向き合う『強者』へ。
(――何をするつもりだ?)
この男、見たところ神の眼は無い。自分も刀は本来の武器ではないが、神の眼を扱える者であることは大きいアドバンテージになるはずなのに…スッと向ける切っ先には全く恐れがない。
間違いなく、何かしらの切り札をきるつもりだ。
「では、今一度ご照覧あれ。―――変身。」
「!」
刹那、眩い光が視界を奪う。目眩ましか!?
否、確かに福郎は立つ……その姿を異形、ミラージュアシュラへと変えて。
「な、なんだ…その姿は!?」
「アギト……まあ、ご存知無いのも無理はないか。では…」
―――推して、参る。
★ ★ ★ ★ ★ ★
結果として……福郎=アギト・ミラージュアシュラは九条沙羅を死闘の末に重傷を負わせ打ち破った。
そのまま、首を刎ねようとした福郎だが珊瑚宮心海からの情け…もとい、制止により彼は代わりに九条沙羅の神の眼を奪うことで命を助け、幕府軍を撤退させた。
無論、この一部始終はまたたく間に天領奉行・九条孝之の耳に入ることになる。面子に泥を塗られたからか、はたまた娘を三途の川に蹴飛ばされたからか、怒り狂うまま部隊を再編成させ海神島へと突撃させた。
そして、その全てをたったひとりで福郎は返り討ちにし、戦線を血の海と骸の山を築きながら押し返してしまう。
鬼神が如き戦いぶり…されど、想定を遥かに超える幕府軍の被害に珊瑚宮心海は雷電将軍の出陣を恐れた。よって、福郎の所属する南十字船団ごと抵抗軍から追放したのだ。
「――今迄の話、真実かしら?」
凝光の詰め寄る視線は鋭い。
いくら大海を隔てた鎖国中の稲妻の出来事とはいえ、他国と堂々と揉めた人間を迎えいれて、あまつさえ商売の許可を出したのだ。下手をしたら外交問題にだってなりうる。その所業はホシノや胡桃…果ては刻晴すらも唖然としていた。
一方の福郎……『ううむ、ううむ…』と首を傾げる。やはり、商人の端くれとしてそう簡単に認めるわけには…
「うむ、全て事実。偽りは何一つありません。」
認めた。実にあっさり…
そして、自ら証明するようにコトッと懐から出した雷の元素が灯る神の眼…間違いなく、九条沙羅の物である。
「ワシがアレやコレや誤魔化すより、凝光さまは北斗船長の言葉を信じるでしょう。
―――で、どうなさるおつもりで? 稲妻の幕府と揉めたワシ等を璃月からつまみ出しますかな?」
「早まらないで頂戴。あくまでこれは世間話よ?だから、貴方にもこの場にあうぴったりな『話題』を出してほしいわ。」
話題を出してほしい…軽く言っているがが要は、まだ腹にしまっている情報を吐けということだ。稲妻の出来事は確かに知らぬ人間からすれば大法螺も良いところ…だが、天権である彼女が口にすれば胸に留める人間も少なくないはず。それは、商人としてこれからやっていく身からすれば致命的だ。
「しかし、しかし……ううむ… もし『世間話』程度の話題であれば…まあ、無いことも……」
組む両腕、捻って捻る首。さてさて、どうしたものか…
知らぬ存ぜぬは許してくれなさそうだ。どう切り抜ける?嘘は駄目だな、恐らく見抜かれる。いっそ、本当に他愛ない世間話をしてみるか?いいや、これも駄目だ。国の最高権力者がそんなに甘いわけがない。ならば……
「―――そういえば、凝光さまはアギトについてどれだけご存知ですかな?」
「?」
欲しい物をくれてやる。