「奴は己の創った芸術品に文字通り『命を吹き込む』ことが出来るのです。それらを操り、神の眼を持つ者から元素力を奪うことこそ奴等の目的。神罰なんぞという大層な言葉は過剰に民を恐れさせるためだけのハリボテに過ぎませぬ。」
福郎から語られる神罰殺人の真実と真意。しかし、ここでまたひとつ疑問が生まれた刻晴。
「じゃあ、なんで元素力を集める必要があるの?」
「アギトがこの世界に適応するためには大量の元素力が要るのですよ。ホシノ殿もそれに関しては実感があるのでは?」
アギトと元素力。確かに振り返れば思い当たるフシがある。
テイワットに来たばかりの頃は、基本形態(グランドフォーム)しか使えない不全状態だった。それから、ファデュイの淑女の業火に焼かれてフレイムフォームが、タルタリヤからの邪眼の提供でストームフォームも復活した。さらに、ジャックンが身を切って放出した元素力でトリニティフォームはSpecⅡまでアップデートまでされている。成程、言われてみれば納得だ。
「神罰殺人はあくまで、戦準備。アビス教団を味方につけた今、元素力集めや兵糧の蓄えもより加速度的に進んでいくでしょうな。そして、奴等が十分なチカラを蓄えきった時…先の襲撃とは比にならない魔性とアギトの軍勢が璃月港に押し寄せる。――と、私は見ております。」
福郎の言葉に沈黙に沈む皆。神秘を騙る神罰殺人のベールは剥げた。ホシノは確かに強い、神の眼を持つ精鋭たちも多い。――だが、敵が更なる勢いで押し寄せれば璃月港は果たして守り切れるのか?―――凝光は考える。
(どうする?この話、何処まで事実かはさておき…)
敵がアギトなら…
一般人と同じ衣食住の必要はある以上、恐らくは何処かで徒党を組み根城としている場所があるはず。璃月港を攻めることを考えているなら相応の戦力を持ち、それらを維持するコスト管理をアビス教団だけには頼ってばかりではないだろう。
(糸口はある…!)
得体の知れない怪物の尻尾、ようやく掴めるかもしれない。
「福郎さん、とても興味深い話だったわ。出来ることなら、もっと色々とお聞きしたいのだれど…」
「残念ですが、凝光さま…これ以上、語れることはありませぬ。ワシらは元々、アレらのやり方と相容れず袂を分ったのですから。」
これ以上、めぼしい情報を『世間話』で引き出すのは無理か。ならば…
「じゃあ、ここからは『ビジネス』の話をしましょう。」
「ほう?」
話の内容を変える。ここからは、彼女のより得意な土俵だ。
そこに引き上げられた福郎も興味津々と身を乗り出す。
「私は天権として貴方たち『運送会社アギト』を対アンノウンの任務を任せたいわ。相応の報酬、並びに今回の宝盗団の一件を不問に処す…で、どうかしら?」
途端、『凝光!』と刻晴が声をあげた。無理もない、ただでさえ信用ならない相手を勝手に無罪にするどころか、あまつさえ雇うなど容認できる理由があるものか!
しかし、凝光は手をあげて制止すると福郎の様子を窺う。
(さあ、どう答える??)
「ううむ、ううむ…悪くない…悪くない……ですが、あとひとつ条件を付け加えさせて頂きたい。」
「?」
――なんだ?何を望む? 土地か?地位か?名誉か?
「ホシノ殿を…頂きたい。」
――――――は?
★ ★ ★ ★ ★ ★
(ククッ、やはり驚いておる、驚いておる。)
福郎は心の中で笑む。まさか、天権なれど自分の愛人を寄越せなど夢には思うまい。控えていた甘雨や先まで鋭い視線を向けていた刻晴でさえ、どう言葉を選べば良いか右往左往している有様。うむ、実に愉快。さて、話を続けよう。
「何も今すぐに…というわけではございませぬ。しかし、神罰殺人の一件が片付いた後はわざわざホシノ殿を手許に置く必要は薄いでございましょう?」
「…」
凝光は顔には出さないようにしているが、苦虫を噛み潰したような思いだろう。神罰殺人の解決への糸口とゴールが見えた以上、全てが終わった後のことも考えなくてはならない。そして、ホシノの処遇もまた然り。
アギトという価値は保護という名目とはいえど、今でこそ天権の愛人に釣り合うだろう。しかし、平和になったら?ホシノという人間は果たしてその椅子に見合うだけの価値はあるのか?
「既に昨夜のうちにホシノ殿と胡堂主には話はしております。こちらとしては、アギトはアギトと共にあったほうがホシノ殿としても幸せではないかと思うのですが…いかがですかな? ホシノ殿もまず凝光殿の意見を聞いてからと仰っておりましてな…」
(この男…!)
凝光としては痛い問いだ。まだそこまで考えは至っていなかった。ゴールはまだ先、後始末を考える時ではないと。
福郎の言い分は要するに『用が済んだら譲ってくれ』と言っているようなもの。首を縦にすればどうなるか……確かに都合は良いが、それはホシノをあくまで損得勘定の『物』として扱うということだ。間違いなく、ホシノとの関係性には亀裂が入る。
(しかし…!)
なら、手放なさない場合は?
ホシノの立場と凝光の思惑は他の璃月七星やその限られた関係者のみが知り、理解している。されど、それはアンノウンに対抗しうるアギトという価値が低くなれば話は別。天権の愛人である以上、凡人であることは許されない…自ずとアギトであることを活かす道を求められるだろう。本人が望むかどうかは別として…
その選択肢をとるとなれば、千岩軍に放り込まれる可能性が最も高い。
(――でも、そんなことをすれば玉衞の範囲への越権行為にとられかねない!)
この選択肢をとれば一番に割を食うのは千岩軍を統べる刻晴だ。
天権の愛人ともなれば相応のポストを用意しなくてはならない上に、一般兵と同じように扱うわけにもいかないだろう。
千岩軍とてホシノの事情を把握しているのは片手があれば足りるほどの人間のみである。知らぬ者からすれば、玉衞である刻晴への牽制のためにわざわざ愛人を置いたと捉えられかねない。
(この答は今、出すわけにはいかない…!)
あまりにもデリケートすぎる問題。いくら天権といえど、自分の一存で決められることでは……
「さあ、是非是非聞かせてくだされ。」
「…(ちぃっ!)」
福郎がこちらを見据える。まるで、肉塊を掴む猛禽のように確実に懐を食い千切るつもりだ。
★ ★ ★ ★ ★ ★
(―――凝光さま、焦ってる……)
一方のホシノ。自分が交渉のテーブルに乗せられたことに驚きは無い……もう昨夜のうちに福郎の申し出は耳に入れられていたからだ。無論、勝手に返事なんて出来るわけもなく、その時は凝光にも話をしてからとはぐらかしたが……
「では、ホシノ殿の意見も聞いてみましょうぞ。やはり、当の本人の意見も大事ですからな。」
もう逃げられない。福郎についていきアギトの一員として生きるのか?それとも、璃月の人間として生きていくのか?
(凝光さまや皆にとって価値があるのはアギトであるということだけ…)
自分は普通の人間として天権の眼鏡に敵うものなど何一つない…
でも、守護者の意義を失ったアギトはどうなる?
過ぎるかつての記憶。突然、人権を奪われて怪物のレッテルを貼られ、有無を言わさず銃口を向けられた日々。何もしていないのに晒される差別。理不尽な数々の別離。
願えば、凝光さまはその後も無碍にはしないはず。でも、それは彼女の手の届く範囲でしか生きられる権利は無いということ…
(―――なら、いっそ…)
誰かの迷惑になるくらいなら、アギトはアギトと共にあるべき…
「俺は……」
「―――その心配はいらないよ。」
否。不躾な問いに答えたのは胡桃。
普段はおちゃらけている彼女だが、福郎を見据える眼差しは真面目そのものだ。
「貴方は勘違いしているかもしれないけど、ホシノくんはどんな立場であるよりも先に『往生堂の人間』なんだ。
確かに、アギトはアギトと共にあったほうが幸せという理屈は一理あるかもしれない…でも、『衆生のため』と簡単に他人の命を平然と奪うような人に大事な従業員を渡すことは出来ないよ。」
「胡桃殿… しかし……」
「アギトだろうと、天権の愛人だろうと、ホシノくんの帰る場所は往生堂だ。それはこれから先に何があっても変わらない。悪いけど、諦めて福郎さん。私は貴方を信頼できない。」
拒絶。華奢の少女でもあるに関わらず、人を殺めることも厭わない大男を前に堂々と一歩も退かない。
天権すら答えを迷う問いにあまりにも真っ直ぐに突きつけた答えに周囲が騒然とするが……当の福郎は揺るがない。どうする?貴様に意見を求めていないと切って捨てるか…或いは……
「―――うむ。胡桃殿の考えはしかと受け止めた。その上で、ホシノ殿の意見を改めて聞きたい。」
落ち着いて、今一度問う。
同じアギトでありながら人斬りである自分についていくのか?
「――俺は…」
考える…いや、それまでもなかった。
こんなにも大事に思ってくれる人がいる、帰れる場所がある…なら……
「福郎さん、やっぱり俺は往生堂の人間です!今回の話はありがたいですが、無かったことにして下さい!ごめんなさい!!」
「…」
断る…その返答に暫しの沈黙が流れる。
そして、ボソリと福郎の口から洩れた……
「…(――羨ましいのぅ…)」
小さい声だが、その声はホシノの耳に届いた。
怒るでも落胆でもなく、微かに洩れた羨む言葉…しかし、すぐに身を正して彼は凝光と向き直る。
「ふむ、ならばホシノ殿の話は無しにしましょう。凝光さま、ここは我等に今一度時間を頂きたい。お互い改めて話し合いの場を設けるという形にしたいのですが、宜しいですかな?」
「そうね。また機会を此方から設けましょう。」
こうして、群玉閣の会合は一度お開きとなった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
(――危なかった!)
福郎が去った後に、凝光は額の汗を拭う。
もし胡桃が拒否の姿勢を通さなければどうなっていたことか!
「往生堂の堂主に助けられたわね凝光。」
「ええ、否定はしないわ。」
刻晴にも軽く突かれるが、一方で彼女も安心したのだろう。もし、ホシノを千岩軍に放り投げるつもりだとあの場で言われでもしたらと内心、気が気がでなかった。そんなことになれば、キレた刻晴が反論して会合は混沌とし、散々な有様になっていたのは想像するに容易い。
取り敢えず一旦は機会を持ち越せたが…それは、それとして…だ。
(――全てが終わった後…か……)
福郎が言ったとおり、ホシノの処遇について確かに考えなくてはいけない問題なのは事実。無論、全てが終わったらサヨウナラなんてつもりは毛頭に無い。『天権の愛人』というカードをきったのは自分である以上、責任は果たさなければ。
(願うことなら、ホシノくんには穏やかに過ごして貰いたいものだけれど…)
当の本人は感動したのか、ぐしゃぐしゃに泣いており胡桃にヨシヨシとなだめられている。やはり、天権の掌より往生堂のほうが彼にとっては最良の場所だろう。
(しかし、福郎…あの男はどうしたものか…)
問題はこちら。稲妻での凶行や九条沙羅の神の眼の件といい、彼からもたらされた情報で神罰殺人の進展は大きかったものの、大きい爆弾であることに変わりはない。稲妻とは積極的な外交は無いものの、みすみす見逃したりはしないはず……
――ん?、甘雨…そんな神妙な顔をしてどうしたの?
「凝光さま、先ほどの男ですが……『アビスの気配』がしました。」
「――は?」