ハリー・ポッターと忌まわしき一族   作:深田ハス

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賢者の石
01: 糸が織りなす綾


 

「ねぇアビー、それだけはだめ。返して!」

「やっ!アビーのだもん!」

妹はうさぎのぬいぐるみを抱っこしていやいやと首を振った。

四歳の子どもにムキになるのは年上として情けないってわかってる。

でも、でもタフィーはマリオットが新しい家族のとこに行くときに私にくれた、大事なぬいぐるみなんだもん。たった一つの私のものなんだもん。

「それは私のだよ!返してって!」

「やっ!」

 

ガシャンッ!!

 

アビーの後ろの大きな窓ガラスが割れた。大きな破片がアビーと私の上に降ってくる。

 

大きな音がした二階の部屋に駆けつけた夫婦が目にしたのは粉状のガラスにまみれた二人の子供だった。

「何をしてるんだ!!」

「アビー!!」

マシューは大声を上げ、カミラは悲鳴を上げて泣いている自分の娘に駆け寄る。そしてこの恐ろしい養女を振り返り罵った。

「もう娘に近づかないで! この怪物(フリーク)っ!!」

 

ごめんなさい。

窓ガラスを粉々にしちゃって。マシューさんがプレゼントしたカミラさんのお気に入りの窓ガラスだったのに。

ごめんなさい。

絨毯をガラスの粉まみれにしちゃって。マシューさんの大事な絨毯だったのに。

ごめんなさい。

アビーを泣かせちゃってごめんなさい。

でも、窓ガラスを割ったのは私じゃないの––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアの前に立ったスワン夫人はもう一度この風変わりな手紙の差出人を確認した。

 

彼女、レオノール・ペベンシーがこの部屋に入ったのは、四年と数ヶ月前のこと。

金持ちのペベンシー氏は自宅から遥か遠く離れたこんな田舎のマンションにわざわざ娘を幽閉しに来た。しかも部屋のドアに三重の南京錠までつけさせて。

レオノール・ペベンシーは養女。そう噂に聞いた。養女として養子縁組をしたはいいがなんらかの理由で幽閉せざるを得なくなった、とも。

 

最初に彼女をここへ連れてきたときペベンシー氏は

「他言無用、決して子供を部屋から出すな、決して子供に近づくな」

と真剣な表情で言った。

そのときに車の助手席から養女を見ていた夫人の怯えた目付きが印象的だった。

それまでは夫妻がわざわざ引き取った養女を虐待しているのかと疑っていた。虐待するくらいなら引き取らなきゃいいのに、と思った。

だが、夫人の怯えた目付きは養女を虐待する夫を恐れるものというよりも得体の知れないものに向ける眼差しに近い気がした。

 

問題の養女自体は少し暗いが大人しそうな子だった。が、それが返って余計に夫人の眼差しを不可解なものにした。

ああ見えて実は恐ろしい子なのかもしれない。突発的に獣のように暴れたり、霊に取り憑かれていたり、夜な夜な宇宙人と交信したり、…。

彼女が来たばかりの時は色々な考えが頭をよぎったが、一ヶ月を過ぎても部屋からは唸り声どころか水を使う音以外一切音がしなかった。

奇声を発せられても困るが物音一つしないのも得体が知れない。

不気味な子。

そう思った。

 

 

ある朝彼女の朝食にスクランブルエッグを作りながらふと、何もない部屋で一日中過ごすのは死ぬほど退屈なはずだ、と思った。

そこで思い出した。

部屋には息子の使っていた教科書や昔の入居者が残していった本があるじゃないか。片付けるのが面倒で放りっぱなしにしていたのだ。

あの子の年齢には少し難しいかもしれないが、死ぬほど退屈なら読むなりなんなりするだろう。辞書もあったはずだからその気になれば読めるはずだ。もういらない物だから破かれても構わない。これ以上下手に関わりたくない。

 

あれから約四年。

相変わらず部屋からはシャワーとトイレの音以外何も聞こえてこない。

そしてペベンシー夫妻はこの子を預けて以来一度も顔を見にこない。わざわざ田舎に幽閉する程だから当たり前のことかもしれないが、様子を尋ねる手紙さえも送られてきた試しがない。

それなのに今日、初めてレオノール宛に手紙が届いていた。

差出人はホグワーツ魔法魔術学校。

住所もなにも書いていない。誰なのかどんな団体なのかちっとも想像がつかない。

もう一つ不気味なのは宛先が「二階の隅の部屋 レオノール・ペベンシー殿」としか書かれていないこと。これだけで住所を特定するのは無理だ。案の定切手も貼られていなければ郵便局の判子もない。

気味が悪い。

持っているだけで変な病気に感染しそうだ。

早く渡してしまおう。そう思って取り出し口を開けたところ部屋の中の子供と目が合った。

 

痩せた身体とは対照的な豊かな黒髪。不思議な色の目を驚きに見開いて、こちらを振り返っている。

四年と数ヶ月ぶりにレオノール・ペベンシーの姿を見た。

 

健康的とは言えないにしても四年前と比べてちゃんと成長している。当たり前のことなのになぜか驚いている自分がいた。そして少しだけ自分が彼女にしている仕打ちへの罪悪感が頭をもたげた。

恐ろしい様子は一切ない…と分かっていても実際に目が合うと流石に緊張する。不意に豹変して襲ってはこないだろうか。部屋の中に手を入れた途端になにかされないだろうか。

視線を少女に向けたまま、手紙をそっと朝食のトレーの隅に乗せた。

 

取り出し口を閉めて振り返った途端に、思わずギャッと声を上げてしまう。

いつのまにか白い髪に白い髭を生やしてローブを着た、物語の中に出てくるような老人が立っていた。

「驚かせてすまんの、スワン夫人」

「いえ、私こそ変な声を出してしまって…」

知らない人が家の中に立っているのに不思議と変には思わなかった。

ここに立っているからには部屋の中のレオノール・ペベンシーに用があるのだろうと、なぜかすんなりと納得がいく。

そしてなぜかこの老人があの手紙に関わっている気がした。

「あの、お会いになります?」

柔和に微笑む老人に確認し、なんの抵抗もなく部屋の扉の三つの錠を順に開け、重い扉を引いた。

「あれ…?」

部屋の入り口にあるはずの机がない。ついさっきその黒い机の上に手紙を置いたところなのに。あの子供が動かしたのか。なんの音もしなかったし、そんな時間もなかったはず。…でも、まあいいか。

「どうぞ」

 

私はこれから何をするつもりだったんだっけ。そう、買い物だ。新しい洗剤が欲しかったんだわ。

 

「さてさて」

スワン夫人が早足に立ち去ると老人は部屋の廊下を進んだ。廊下の真ん中でギシリと床が軋む。部屋の奥ではドサッと何かが落ちる音と食器をひっくり返したような音がする。

部屋の奥には寝心地の悪そうな簡易ベッドが一つ、古いクローゼットが一つ、それに分厚い本がぎっしりと詰まった棚が二つ。ベッドの横に黒い机があり、その上に朝食が乗っているはずだったのだろう。だが予期せぬ訪問者に部屋の住人が慌てたようだ。トーストはトレーからはみ出し、ミルクの入っていたグラスは床に落ちて割れている。

「どうやら驚かせてしまったようじゃのう」

白髪の老人、アルバス・ダンブルドアは愉快そうに部屋の住人に微笑んだ。

朝食をひっくり返した張本人はベッドの傍の壁に張り付いていた。上はフードのついた半袖の大きなトレーナーに、下はちんちくりんなジーンズ、そして裸足。平均より二周りほど小柄な十一歳の少女は軽くウェーブのかかった長い黒髪の間から訪問者と割れたグラスに目をやった。

「君がレオノール・ペベンシーかの?」

ダンブルドアの言葉に少女はゆっくり頷いた。

 

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