クリスマス休暇。ドラコの言った通りスリザリン寮は見事なまでに空っぽになっていた。
考えてみれば一人きりになるのは久しぶりだった。
レオノールは特に寂しいとも思わず、毎日談話室のソファで二度寝を満喫した。そのまま腹の虫が鳴るまで寝る。が、一度お腹が空いて目が覚めてしまうともう一度寝るのは無理だった。なので仕方なくずるずると毛布から這い出て、朝ご飯兼昼ご飯を食べに大広間へ向かう。午後は学校の中を歩き回って薄暗くなってきたところで夕食を食べに行き、女子寮に上がってベッドに入る。そんな生活を繰り返していた。
だが、クリスマスの朝はちょっと違った。朝目を冷ますと、ベッド脇のテーブルに小さな包みの山があった。
見覚えのない荷物に首をかしげたが、包みの一つに”レオノールへ”と書いてあるのが見え、レオノールは手を伸ばした。包紙を開けると大きなお菓子の詰め合わせと真っ赤なメッセージカードが出てきた。
”メリークリスマス!たくさんお菓子食べてね!ハリーより”
レオノールはあんぐり口を開けた。
…クリスマスプレゼントだ!!
急いでテーブルの他の包みも振り返る。どれもレオノール宛になっていた。
手前から順に包みを開けてく。
ロンからも大きなお菓子の詰め合わせ。ハーマイオニーからは描きやすそうな羽ペン。彼女はゆっくりとしかレポートを書き進められないレオノールを見てはいつも何か言いたそうに顔を顰めていた。もちろんそれは羽ペンの質が悪いのではなく、単にレオノールが字を書き慣れていないだけなのだが、ハーマイオニーがそれに気づいているかは不明だ。ドラコからは黒い手袋。裾の部分だけ緑の生地が使ってあり、滑らかで手触りが良かった。
そしてスネイプからはマフラーが送られていた。黒くて柔らかいマフラーは一見すると地味だったが、光に当たるときらきらと光った。メリークリスマスの一言もない、スネイプらしいといえばスネイプらしいプレゼントだった。ノットからはプレゼントではなかったが、綺麗な濃紺のメッセージカードが送られていた。
最後に”素敵なクリスマスを!”というカードの付いた、誰から送られてきたかわからないセーター。
ベッドいっぱいに広がったプレゼントを前にレオノールは頭を抱えた。
クリスマスにはプレゼントを送り合うということをすっかり忘れていた。孤児院にいた頃はぼろっちいツリーを飾ったりいつもより豪華なディナーが出たりした記憶があるが、自分で誰かとプレゼントを送り合うなんてことはしたことがなかったし、自分がそれをするようになるなんて思ってもみなかった。
プレゼントを送られるなんて思っていなかったので、グリフィンドールの三人にもドラコやノットにもレオノールからプレゼントは送っていない。スネイプにも、もちろんだ。嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちになりながら、ひとまず彼らのプレゼントは脇に寄せ、今度は送り主不明のセーターと対峙した。
十五分かそこらの間うんうん唸りながら頭を捻ったが、自分にセーターを送ってくるような人は誰一人として思い浮かばなかった。スリザリンで仲の良い人はドラコとノット以外にいないし、この学校以外ではそもそも連絡を取り合うような人がいなかった。
結局考えても考えても思い付かず、送り主のわからないセーターを着るのは気が引けたので、セーターは包み紙の中に残したままハリーとロンを探しに大広間へ小走りで向かった。
大広間に行くと二人が食べているところに会えた。二人はレオノールを見てメリー・クリスマス!と口々に言う。
寮から小走りで来たレオノールは息が上がったまま、二人に弁明する。
「二人とも、あの、お菓子ありがとう。私、クリスマスに、プレゼントをもらうなんて思ってなくて、それで、その、」
うまく言葉にできないでいるレオノールをハリーとロンは優しい目で見守った。
「気にしなくていいんだよ、レオノール」
「そうだよ、レオノールが悪いことしたんじゃないからさ」
「あの、今度お返しする、から、ちょっとだけ待ってほしい」
プレゼントを送ってもらった手前、こちらからもなにか送りたかったが、買うお金もないし、何を買っていいかもすぐに思いつきそうにない。
「じゃあ楽しみにしてるよ」
ロンの言葉に顔を顰める。期待に応えられるかな。
ふと目線を下ろしたレオノールは首を傾げた。
「その服…」
どう見てもレオノールに送られてきたセーターの色違いだった。
「ウィーズリーおばさんのお手製だよ」
「ウィーズリー…ロンのお母さん?なんで?」
「僕がママに話したんだ。ハリーがプレゼントをもらう宛てがないって。そしたらママってばウィーズリー家特製セーターをハリーに送ってきたんだ。レオノールのことも話したんだけど、もしかして届いてた?」
レオノールはこくこくと頷いた。
「やっぱり」
ロンは苦笑いした。
「僕にも見せてよ」
ハリーに言われ、レオノールは寮にセーターを取りに行く。大広間に戻ってくると双子とさらに上の兄弟でグリフィンドールの監督生のパーシーがいた。みんな同じ色違いのセーターを着ている。レオノールのセーターは淡い桃色だった。
「どうやら兄弟が増えちまったみたいだな」
レオノールがみんなの前でそれを着るとジョージがにやっと笑って言った。
それからレオノールはハリー達に誘われて雪合戦に参加した。上級生対一年生の結果は惨敗で、レオノール達は双子とパージーが投げたカーブする雪玉を何度も顔にくらい、頭から足先までびしょ濡れになった。雪合戦で激しく体力を消耗したレオノールは午後ハリー達がグリフィンドール寮の暖炉でマシュマロを炙りながらチェスをしている間丸くなってソファで寝ていた。あまりにも爆睡していたのでハリーが起こしてくれなかったら危うくクリスマスディナーを寝過ごすところだった。
テーブルに所狭しと並ぶいつもの倍以上に豪華な料理を見て、起こしてくれたハリーに感謝した。これを食べ損ねていたら絶対来年のクリスマスまで後悔していた。そんなディナーだった。
翌朝、前日の夜にたらふく食べたせいかいつもより目覚めが悪かった。
大広間に朝食を食べに行くと、ハリーとロンが何やら興奮気味に話している。
「おはよう」
「おはよう!ねえ、レオノールも一緒に行こうよ!」
「どこに?」
「ハリーが不思議な鏡を見つけたんだ。ハリーのパパとママが映るんだって。今夜一緒に見に行かない?」
「夜に行くの?」
「そうさ。大丈夫、絶対フィルチには見つかんないよ!」
レオノールはちょっと眉を上げた。前に夜のホグワーツを歩いた時は不気味な声を聞く羽目になった。それにスネイプの言い付けもある。
少し気がひけるが、一人で出歩くわけではないし、ハリーも大丈夫と言っているからいいかな、なんて思った。
男子二人が夜にスリザリンの寮まで迎えに来てくれることになった。
スリザリンの寮はスネイプの研究室からすぐなのに大丈夫なのだろうかと思ったが、ハリー達は全然平気そうだった。
夜スリザリン寮の前でレオノールは二人を待っていた。杖灯りを点けるわけにもいかず、真っ暗な中で壁にもたれ掛かっていた。
「レオノール!」
突然自分の名前を囁かれた。周りを見回したが誰もいない。と思ったら暗闇の中ににゅっとハリーの頭だけが浮かんだ。
レオノールはびっくりしてその場で飛び上がった。
「ほら!」
という声と共に今度はハリーの隣にロンの顔が浮かんだ。
「どうなってるの?」
「透明マントだよ」
ハリーがそう言うと二人の残りの身体も出てきた。
透明マントは軽くてとてもさらさらしていた。
レオノールは二人の間に入れてもらい、透明マントを被った。内側からはちゃんと外が見えた。
「ここだよ、この部屋の中」
しばらく歩いて普段行くことのないあたりの部屋の前に着いた。
中に入ると当分使われていなかったような雰囲気が漂っている。その部屋の中に天井まで届くような見事な鏡が置いてあった。ハリーが言っていたのは多分この鏡のことだ。遠目では普通の鏡でしかない。
ハリーはマントを脱ぎ捨てると急いで鏡の前に立った。
「ほら!見えるでしょ!僕の両側にいるのが父さんと母さんだ!」
レオノールはロンと顔を見合わせた。そんなものは鏡に映っていない。
「どういうこと?」
ロンも鏡の前に立った。
「君しか見えないよ–––––違う、僕が見える!」
「え?」
今度はロンが鏡に見入っていた。
「大きくなった僕が映ってる。トロフィーを両手に持ってて、最優秀寮杯とクィディッチ優勝杯だ!それにバッジも付けてる!ハリー、この鏡って未来を見せてくれるのかな!?」
「そんなはずはないよ。僕の家族はもう死んでるんだ。人によって見えるものが違うのかな」
「確かに。そうなのかも」
「レオノール、君は何が見える?」
レオノールは鏡の枠の上の部分に書かれた文字を見ていた。一見意味を成さない単語の羅列に見えるが、反対から読むとちゃんとした文になっていた。
レオノールは鏡に近づくのを躊躇った。
鏡はどんよりと濁っていた。
レオノールは離れたところからじっと鏡を見た。
鏡にうっすらと映るレオノールの両隣に女の子がいた。
レオノールはその二人を見て顔を顰め、目を逸らそうとした。そこでふと、かろうじて窓ガラスに景色が映るのと同じ程度にもう一人の人の影が自分の後ろに見えることに気付いた。母親だろうか。目を凝らしてみるが顔まではわからない。
気づくと鏡のすぐ前まで近づいていた。
真っ暗な闇への入り口のようにそびえる鏡は夜の窓ガラスを思わせた。
窓ガラスは嫌いだ。
レオノールは顔を顰めてさっと鏡から離れた。
「よく見えなかった」
「嘘だろ」
「もう一回見てみたら?」
「いいや。ガラスは苦手なんだ」
レオノールは再び鏡を見ようとはしなかった。
ハリーとロンがどちらが先にもう一度鏡の前に立つかで言い合いをしていたところで、突然部屋の外から音がした。
「まずい!」
ハリーが三人にマントを被せた途端、ミセス・ノリスが入ってきた。フィルチが激愛している猫だ。ミセス・ノリスは黄色い目を光らせながらぐるりと一周回ると部屋を出て行った。フィルチが確認しにくる前に三人は急いで部屋から出た。
スリザリンの談話室に戻ったレオノールはベッドの中で鏡のことを考えていた。
自分の望みなんて分かっている。
鏡に映った懐かしい二人の顔を思い返した。
もう二度と会うことのないであろう二人は元気にレオノールに笑いかけていた。
クリスマスだというのに気分は最悪だった。
二人の顔を頭の中から追い払い、眠りに落ちた。
レオノールはあの鏡のある部屋に来ていた。
鏡の前に立つと前来た時と同じように両隣の女の子と手を繋いで立つ自分が見えた。その二人が誰なのかはよくわかっている。
二人の顔をよく見ようと一歩前に出た途端鏡の中の景色が一変した。
え…?
寄り添い合う男女の影だ。
かなりぼんやりとした影で紙の下から透けているのを見ているようだった。
今度は大勢の人に囲まれる女の人に変わる。
それからどんどんスピードを上げて他の景色にぐるぐる変わっていくうちに景色が重なり歪んで沢山の色をぐしゃぐしゃに塗り重ねた絵のようになった。
鏡面が褪せた色の絵の具を重ねに重ねたキャンパスのようだ。
更には鏡面が次第に暗くなり、中央に人の姿が浮き上がってきた。前に自分の後ろに見えた人影だ。
自分だった。
いや自分ではない。
鏡の中の人は自分よりうんと背が高いし、何年も陽に当たってなさそうな青白い肌は自分のより生気がない。しかも顔のパーツは自分にそっくりなのに、全体的に虚ろで能面のようだ。この人が母親なのだろうか。
鏡の中の女の人はどこか遠くまっすぐを見たままだった。
「
女の人がぼそっと呟く。
そこで目が覚めた。
悪夢を見た後のように目覚めが悪い。
時計を見るとまだ外は薄暗いくらいの時間だった。
しかしもう一度寝る気も起こらず、ベッドの上で起き上がって顔を擦る。暖かく着込んで談話室を出た。
校庭に出るとまだ太陽は出ていなかったが、降り積もった雪のせいでぼんやりと明るかった。
ドラコからもらった手袋をしたまま雪を掬う。
手の上でゆっくり雪が溶けていくのを見ていると、後ろから雪を踏む音がした。
振り返るとダンブルドアが立っていた。レオノールを見て微笑んでいる。
「おはよう、レオノール」
「…おはようございます」
「どうかね、老人の散歩に付き合ってくれんかの?」
レオノールは黙って頷いた。
二人は並んで歩く。
「それにしても随分と早起きじゃのう。儂なんぞ若い頃は寝ても寝ても寝足りんかったというのに。なにか考え事でもあるようじゃな」
レオノールはなんと言おうか迷っていた。
「鏡の中に幻でも見たかな?」
レオノールはぎょっとして隣の老人を見上げた。
「どうして…?」
「儂はマントがなくても透明になれるんじゃよ」
ダンブルドアはにっこり笑っていた。レオノールは黙って前を向いた。
「夢を見ました」
しばらくしてレオノールは言った。
「ほう。どんな夢かね?」
「鏡の夢です。鏡の中に色んな光景が順番に浮かんで、最後は一人の女の人になった」
「女の人とな?」
レオノールは眉間に皺を寄せた。
「私にそっくりでした。でも、どこか違ってて、」
「儂が思うにそれはきっと君の母上達なのじゃろうな」
ダンブルドアは少し変わった言い方をした。
「母
「そうじゃ。君の母上の一族の女性は皆瓜二つの顔をしておる。君の母上も、その母上も、皆そっくりじゃった」
「どうして母達の姿が鏡に見えたんです?他の––––」
言いかけてからハリー達のことをばらしてしまってよいものかと迷ったが、そういえばダンブルドアは透明マントのことも気づいているような素振りだったことを思い出した。
「––––他の二人には自分の望みしか見えていなかったのに」
「あの鏡が映すものが何か気づいているようじゃね、結構結構。あの二人には見えていないものが君には見えた。これは君の一族が持つ力によるものじゃ。君の母上の一族は他の魔法族にはない力を持っておった」
「杖無しで魔法が使えることですか?」
「それとは違うのう。杖無くして魔法を使える者は、稀ではあるが他にもおる」
見るとダンブルドアは柔和に微笑んでいる。が、それ以上詳しく話すつもりはないようだ。
二人は湖のほとりまで来ていた。湖には厚い氷が張っている。
「杖無しの魔法といえば、儂との約束は守れておるかな?」
部屋から連れ出されてヴィヴェール邸に着いた時、人前では杖無しで魔法を使わないようにとダンブルドアに言われていた。
「一度だけ破りました」
クィディッチでクィレルの椅子を壊した時だ。
「正直でよろしい」
ハグリッドの小屋の近くに来る。煙突からは煙が上がっていた。
「最近はどうかね?」
「クリスマスプレゼントをもらいました」
「ほほう」
ダンブルドアは愉快そうに笑う。
「でも私は何も用意してなくて。何をあげたらいいか分からないし」
「心の籠ったものならなんでもいいんじゃよ、レオノール」
「心の籠ったもの…ですか」
「儂なら靴下が欲しいところじゃが、じゃが、甘いお菓子も悪くない。紅茶のお供はいくらあっても良いからのう。ところでスネイプ先生とは上手くいっていないのかな?」
レオノールはしばらく答えなかった。
「…スネイプ先生は私を引き取って迷惑してるんじゃないですか?」
「ほほう、それはないじゃろうよ。むしろ君のお陰で助けられていると言えるじゃろうな」
レオノールの言葉を聞いて何故かダンブルドアは悲しそうに笑った。レオノールには訳がわからなかった。
「スネイプ先生は優れているところも多いが一部の面においてはとても不器用な人じゃ。君にそのクリスマスプレゼントを選ぶのに一時間も店の中をうろつかれた、と店の者が文句を言うておったわ」
レオノールは黒くて柔らかいマフラーに目を落とした。
「スネイプ先生の好きなものってなんですか?」
「おお、それは自分で聞かなくてはダメじゃよ、レオノール。もっと他のことでも、彼を頼りにすれば良い」
ダンブルドアは優しく諭すように言った。
「子供でいられるうちは存分に甘えておくべきじゃ。そのうち否が応でも君は大人の世界に巻き込まれてしまう。そうなる前に今ある特権を使うべきじゃ」
「それは母の一族が持つ力が原因ですか?」
「そうじゃのう。残念ながら儂は君の母上達には勝てそうにもない。特に君の母上はとても強かな女性じゃったからの」
ダンブルドアは地下牢の入り口まで送ってくれた。
「さて、儂はスネイプ先生をお茶にでも誘おうかの。儂は甘いお菓子が好きなんじゃが、生姜味はちと苦手での。スネイプ先生にお菓子を勧めると生姜味のものばっかり食べてくれるんじゃ」
ムフフと悪戯っぽい笑顔を見せて老人は帰っていった。