クリスマス休暇が終わる前日、スネイプが研究室から出ようとすると外のドアノブに包みがぶら下げてあった。中には少しひしゃげたクッキーが入っていた。宛名とクリスマスツリーの絵のみが描かれたカードを見て、自分が言えたことではないが、母親に似て筆不精な娘だとスネイプは思った。クッキーはスネイプ好みのあまり甘くない、さっぱりした生姜味だった。
スネイプは知らなかったが、レオノールはクリスマス休暇の残りをプレゼントのお返しを考えるのに費やした。幸いにもクリスマス前日までに校内を徘徊してる時に偶然厨房を見つけており、そこにいたしもべ妖精達の力を借りることができた。レオノールは彼らにクッキーの焼き方を教わり、綺麗なメッセージカードの作り方やプレゼントの包み方のアドバイスをもらった。お返しをクッキーにしたのは、ダンブルドアの助言もあったし、食べ物ならすぐに消えてなくなるから良いだろうと思ったのと、お菓子の中でクッキーが一番失敗しなさそうだったからだ。みんなの分は甘めのレモン味にし、ロンのお母さんとスネイプ先生の分は生姜味にしてみた。センスはちょっと微妙なところがあったが、やっぱりプロなだけあってしもべ妖精たちの指導の元で作ったクッキーはレオノールが初めて料理したとは思えないほど上出来だった。
ハリーもロンもクッキーとメッセージカードを喜んでくれた。
そんなこんなでクリスマス休暇は終わった。
レオノールは勢いよくカーテンを引き、自分のベッドを見下ろす。
まただ。しかも徐々に悪質になってきている。
まさかすぐにはトランクの中まで漁らないだろうと高を括っていたのが仇になった。
ベッドの上に散らばる教科書のページを拾い集めながらつい溜息が口を突いて出た。
寮に溶け込まずグリフィンドール生とつるんでいることが多いレオノールを、それでも相変わらずドラコに気に掛けられているレオノールを、面白く思わない人はスリザリンに山ほどいる。そんなスリザリン生達による洗礼第二弾が勃発していた。先頭を切っているのは主にドラコに気がある女子達だろう。女の嫉妬はマグルいじめよりも強烈だった。しかもドラコにはバレないようにしてくるところがこれまた陰湿だ。
レオノールはページを順に並べて端を大まかに揃えたところで「レパロ」と唱え教科書を直す。最初はページの順がごちゃ混ぜになったり元よりかさばってしまったりと上手くいかなかったが、最近はちゃんと元通りに直せるようになった。手でページを揃えるのは面倒なのだがこうした方が失敗が少ないので一手間かけるようにしていた。
レオノールは直した教科書に盗難防止呪文を掛け、トランクの中に戻す。トランクの中の被害に遭わずに済んだ他の本達にも呪文を掛け、さらにトランクにも呪文を掛けるが、気休めにしかならないだろうとわかっていた。教科書に掛けた盗難防止呪文は持ち主以外は触れなくなるのだが、触れないだけであって呪文は掛けれてしまう。彼らが知恵を付ける前に対策を考えなければいけなかった。うっかりトランクを正しい手順で開けられてそこにくそ爆弾でも入れられたらたまったもんじゃない。
レオノールは今からでもグリフィンドールに移れないだろうかと真剣に悩みながら寮を後にした。談話室にいるドラコに見つからないかと心配したが、ドラコは寮におらず杞憂だった。
談話室を出たレオノールはグリフィンドール生に会いませんようにと祈りながら図書室に向かった。ドラコには自分の好きにさせてくれと豪語したが、正直これ以上状況がキツくなるのは避けたかった。そのためにグリフィンドール生もドラコも避けている最近の自分にうんざりしていた。
図書室に着いたレオノールは防犯についての本を片っ端から漁った。
二、三時間経ち、それなりの成果が集められたかなというところでレオノールは早めの夕飯を食べに大広間に向かう。今日のメインはローストチキンだった。デザートのジェラートまで存分に味わったレオノールはもう一度図書室に向かった。図書室の手前まで来たところでドラコの声がして、レオノールは急いで柱の陰に隠れる。
「誰かに試してみたかったんだよ」
柱の陰から覗くと床に無様に転んでいるネビルをドラコとクラッブとゴイルが囲んでいる。
「やめてよ!」
「でも、ほら、お前にはこの方が似合ってるんじゃないのか?抜け腰のロングボトムは今日からグリフィンドールじゃなくて沼に帰るべきだな!」
普段レオノールに接する時とは別人のようなドラコの声を黙って聞く。
ドラコが毎度ハリーとロンに突っかかっていくことは知っていたし何度も見ていたが、他のグリフィンドール生もこんな風に虐めていることは知らなかった。
レオノールはやるせなさでいっぱいになった。
ドラコは柱の陰に隠れたレオノールには気付かず、クラッブとゴイルと共に大笑いしながら行ってしまった。
「レ、レオノール!」
柱の陰から出てきたレオノールを見たネビルは飛び上がった。
「いつからいたの!?」
「ネビル、君…」
ネビルは慌てて目に浮かんだ涙を拭った。
「へ、平気だよ。僕、慣れてるから」
立とうとしたが、両足が引っ付いていてバランスが取れず、また転んだ。
レオノールが杖を出して反対呪文を唱えた。ぱっとネビルの両足が離れる。
「あ、りがとう、、」
ネビルはまた目を拭いながら鼻を啜った。転んだ時に擦りむいた膝が痛かった。
「ドラコっていつもあんな感じなの?」
手を差し出したレオノールが小さい声で聞いた。
「え、いや、えっと、うん、僕が意気地なしだから、」
「…ごめん、ネビル」
なぜかレオノールはしゅんとしていた。
「え、レオノールは悪くないよ!」
「でも知らなかった」
「君は何も悪いことしてないよ。そ、そういえば最近談話室に来てないね」
「うん。ちょっと今寮で面倒なことになってる」
「そうなの?でもレオノールはお母さんが魔女なんでしょ」
「うん。それとは別件」
そう言ってレオノールは大きくため息を吐いた。
ネビルはレオノールが抱えているのが防犯の本ばかりなのに気づいた。
ネビルの視線に気づいたレオノールが少し頬を歪めて笑った。
「じゃあ。僕は寮に帰るね」
「うん。またね」
レオノールは図書室に入っていき、ネビルはグリフィンドール寮に戻った。
談話室に入ったところでハーマイオニーに「ネビル!どうしたの?」と声を掛けられた。
ズボンもぼろぼろな上に、頬も擦りむいていたことに初めて気づいた。
レオノールは図書室で更に本を調べていた。
さっきのドラコを見てとても腹が立っていた。ドラコがしていることに対しても、悪戯されないように逃げている自分に対してもだ。
もう逃げるもんか、と思った。ここは孤児院じゃないんだから。今は曲がりなりにも帰る家がある。泣き寝入りはもう御免だ。
頭に血が上っていて、気づくと図書室には他に誰もいなかった。見回りにきたマダム・ピンスの執拗な目線に追い出されるように図書室を出た。
廊下は真っ暗ではなかったが、かなり薄暗かった。
空気が嫌な感じがする。
そういえば不気味な声を聞いたのも図書室から帰るところだったっけ。
スネイプにあまり一人で出歩くなとも言われていたな。
やばいな、これ。
大丈夫、今日は迷わず寮への道を辿れているはずだ。
気のせいだと思いたかったが、さっきから足音が追いかけてきている。
もう少し先に行った廊下を曲がったところに双子が教えてくれた秘密の道がある。一旦そこに隠れよう。
レオノールが走ると足音も早くなった。
廊下を曲がった壁のタペストリーの扉の中に隠れてしまうと、足音が止まった。
レオノールはタペストリーの裏で息を潜める。
再び足音がしたが、今度はゆっくりで、周囲を見回しながら歩いているようだった。
扉の前あたりで足音が止まる。
カツッ、カツッと足音が近づく。
レオノールの心臓が止まりそうになった。
「そこで何をしている?」
新しい足音とスネイプ先生の声がした。
扉の前の足音がタタンッと鳴って、足の主が廊下の中央に動いたのがわかった。
いまだ!と、レオノールはそのまま隠し道を滑り降りると力の限りに走ってスリザリンの談話室に帰った。
息を切らして帰ってきたレオノールを何人かの、特に女子がちらちらと見てくる。彼女達の方を見ると手元をさっと隠す。レオノールはピンときた。
「レディトゥス・フルティーバ 盗まれたものよ、戻れ」
レオノールが黒い杖を振ると彼女達の手元からばらばらになったレオノールの教科書が飛んできた。呪文の効果は抜群だ。
「レパロ」
談話室のほぼ全員がこちらを見ているのも気にしないで、ばらばらになった教科書を一言で直す。
元通りになった教科書を脇に抱えて、教科書が飛んできた元のテーブルに詰め寄った。
名前は知らないが一個上の女子生徒達は、レオノールが上級生で習う呪文を最も容易く使いこなすところを目の当たりにする。更に、殺気を放って近づいてくることに二人揃って青ざめた。
「な、何よ」
それでも片方が虚勢を張る。
目の前の小柄な一年生は犬歯を露わにし、獲物を狩る肉食獣のような笑みを浮かべた。
「よーく聞きな」
初めて聞くレオノールのドスの効いた声に二年生の二人は震え上がる。殺気で広がったレオノールの髪がゆらゆらと揺れた。
「今度私の荷物に手出したら、倍返しどころじゃ済まないから。私、あんた達と違って育ちが悪いんだ。汚い手もいっぱい知ってる。孤児院育ちを舐めんなよ」
それだけ言い残して女子寮に行くと、自分のベッドの周りに新しい防犯呪文を掛けていった。
あれから一週間、相変わらずレオノールは寮で気まずい思いをしている。
レオノールが談話室で上級生に喧嘩を売って以来、洗礼第二弾は鳴りを潜めた。荷物は安泰になったが、居心地の悪さは変わらなかった。大勢がいる談話室で喧嘩を売ってしまったので、今度は変に警戒されるようになってしまったのだ。特に二年生の女子なんかはレオノールの姿が見えると縮こまって逃げていく。頭に血が上っていたとはいえ、これまたやっちゃったなと思ったがどうしようもない。
威勢よく腹を立てたはいいが、それを実際に誰かにぶつけるのは思った以上に大変だった。結局ドラコのことは避けたままでいる。
溜息を吐いて談話室を出ると、今日はどこへ逃げようか考える。
しばらく考えた後レオノールは比較的安全と思われるハグリッドの小屋に行くことにし、校庭に足を向けた。
校庭を歩いている間誰かに尾けられているような気がしていたのだが、小屋に着いて振り返ってみても誰もいなかった。
レオノールのノックで扉から顔を出したハグリッドはなぜかレオノールを見てほっとしていた。
「なんだ、お前さんか。俺はてっきりあの三人がまた来たかと–––––。まあ入れや」
小屋の中はとても蒸し暑かった。
外はいい天気だというのにハグリッドは窓という窓を閉め切り、暖炉まで炊いている。
事前に一言もなく押しかけたのは自分なのだから文句は言うまいとレオノールはシャツの袖をめいっぱい捲った。
ハグリッドは紅茶とロックケーキを出してくれた。
前回食べた時に歯を折りかけたので申し訳ないと思いつつロックケーキには手をつけなかった。
「どうしたんだ?」
「別に」
「あー、そうか。うん、まあゆっくりしていったらええ。そんで、–––––」
ハグリッドは何か気になるようで始終暖炉の様子を見ている。
「–––––そんで、ええと、何を話しとったっけな」
「まだ何も話してない」
「そうか、そうだったな。何か話すか?」
「私の母親はどんな人だった?」
「カイラか。あいつはな、ちょっと待っとくれよ–––––」
ハグリッドはそう言ってまた暖炉の前に行く。
「お前さんの母親か。カイラはな、–––––」
ハグリッドはぽつぽつとレオノールの母親のことを教えてくれた。途中からハグリッドは暖炉の前に椅子を移し、火の前に座ったまま喋っていた。レオノールはハグリッドの話を聴きながら、暖炉の火の真ん中にある丸い石をぼんやりと眺めていた。
だらだらと一時間くらい経ち(レオノールにはもっと長く感じられたが)、流石にこのままだと蒸し焼きになると身の危険を感じたレオノールはハグリッドに礼を言って小屋を出た。
校庭を歩いている間やっぱり誰かに尾けられているような気がしてレオノールは何度も後ろを振り返って見た。校舎に着いたところでもう一度振り返ると、ハリー達三人がハグリッドの小屋の前にいた。どこかで入れ違いになったようだった。
それからほぼ毎日ハリー達を小屋の周りで見かけるようになった。行き場を失ったレオノールは休み時間の度に図書室に籠る。毎度同じ道を通るのも味気ないのでわざと遠回りしたり、ジョージとフレッドに教えてもらった近道やら隠し道を通ったりもした。
昼休み、そんな隠し道の一つを通って医務室の近くに出たとき、ばったりとロンに会った。
「レオノール!こんなところで何してるの?」
急に廊下に現れたレオノールを見てロンはびっくりした声をあげる。
レオノールはちょっと気まずいが流石に今から隠れたりはできない。
「図書室に行くところ」
「図書室?こんなところ通って?」
「廻り道」
「ふーん。なんか会うの久しぶりだね」
「ロンはどうしたの?」
一見元気そうに見えるロンだが、片手を血だらけのハンカチでぐるぐる巻きにしていて、そこから異臭がする気がする。
「聞いてよ!」
待ってましたと言わんばかりに声を荒げてから、ロンはまわりを見回しながらレオノールに囁く。
「ハグリッドが小屋でこっそりドラゴンの卵を孵化させたんだ。僕たち今その手伝いをしてるんだけど、昨日の夜ドラゴンに指噛まれちゃってさ」
そう言ってロンは腫れ上がった片手をレオノールに見せる。異臭がするのは気のせいではなかった。
レオノールはロンの緑色に変色しかけた手を見ながら、ハグリッドが大事そうに火にかけていた石を思い出して、ああ、と納得する。
「あれドラゴンの卵だったんだ」
「レオノール、知ってたの?」
「丸い石を火にかけてるところは見た」
「流石にもう手に負えなくて。今度、土曜日の夜にこっそりチャーリーに引き取ってもらうことになったんだ」
「そうなんだ」
チャーリーってだれ、と思ったが、片手が普段の三倍には腫れ上がってるロンと長話をするのは気が引けて、医務室に向かうロンを見送った。