ハリー・ポッターと忌まわしき一族   作:深田ハス

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02: 若草たち

 

門の前で長いこと待っていたドラコは、小道の奥にレオノールの姿を見つけて少しほっとした。

レオノールの母親の生家である邸は、門は寂れ敷地の中は鬱蒼と生い茂っていてあまりにも人気がないものだから、本当に住所があっているのか不安になっていたところだった。

この休みの間、ドラコは定期的にレオノールに手紙を送っていた。最初の頃は二、三日で手紙が返ってきていたが次第に間隔が開くようになり二週間近く音沙汰がないときもあった。ドラコは手紙を待ち侘びながら、レオノールが入学した頃のようなレオノールに戻ってしまっているのではないかと不安に駆られていた。

木陰だからだろうか、心なしかレオノールの顔に表情が乏しい気がする。

「久しぶりだな」

軋む門を開けて出てきたレオノールに少し緊張してドラコは声を掛けた。

「そうだね」

レオノールは全身黒ずくめで、なんだか変わった格好をしていた。

「あれ。なんか、顔が近くなった?」

目の前に立ったレオノールはドラコを見上げ、きょとんとして声をあげる。

四年もの間、陽を浴びず運動もまともにしてこなかったレオノールは学年一のチビだった。

それが久しぶりに会ってみると、ぐんとドラコの背丈に近づいていた。

相変わらずチビではあるが、年相応なチビになったようだ。

無表情に見えたレオノールは近くに来てみると不貞腐れているようにも見えた。

「聞いてよ、持ってた服がどれも着れなくなっちゃっててさ」

レオノールは不満そうに言って、腕を広げてみせる。

長すぎる裾をたくし上げて紐で縛った格好はなかなか滑稽だった。

「その服は誰のなんだ?」

「母親の。クローゼットの中にこれしかなかったんだよね」

変な服装も相まって、ぶすっとしているレオノールを見て思わずドラコは笑ってしまう。

「しょうがないでしょー。魔法使えないんだもん」

レオノールは駄々を捏ねる子供のように身体を揺すって長い裾をぐるぐる回した。

「も〜。せっかくだからお洒落して行きたかったのに」

ドラコはレオノールの服装をひやかすように笑った。

そんなドラコをレオノールが睨め付ける。

「人の服装の心配より自分の身長の心配をしたほうがいいんじゃない? 来年には背丈が逆転してるかもよ」

「そういうこと言うなよ!」

「あ、気にしてるんだ」

「気にしてない!」

レオノールはケラケラ笑って歩き出し、ドラコはそれに続いた。

ドラコの心配は杞憂のようだった。

 

少し離れた人目につかないところでドラコが呼び出した屋敷しもべ妖精の姿現しで二人はダイアゴン横丁の外れに移動した。

横丁に着くとドラコの父親と思わしき人が待っていた。

大人の男性にレオノールは緊張する。怖いわけではないが苦手だ。

「君がミス・ペベンシーだね。ドラコから話は聞いているよ」

通りの向かいからこちらに歩いてきたマルフォイ氏がレオノールに声をかけた。

「初めまして。レオノール・ペベンシーです。ドラコにはお世話になっています」

サイズの合っていない服にじっと目線が注がれるのを感じてレオノールの背中にじっとりと汗が噴き出た。

素人目でも仕立てのいい服をきっちりと着こなしたマルフォイ氏の前で、レオノールは叱られたみたいに身を縮こまらせた。

「えー、休みの間に急に背が伸びたんです、、それで、家に服がなくて、、、」

苦し紛れのレオノールの言い訳を聞いてマルフォイ氏はふっと微笑んだ。

「セブルスに一言言わなければな。彼は私の後輩でね。ドラコから彼が君の後見人だと聞いた時は驚いたよ」

差し出された手と握手をしながら思ったよりは怖い人ではなかったことにレオノールはほっと胸を撫で下ろした。

「去年の学校はどうだったかな。実技が優秀だそうだね」

「実技だけですが、、他はドラコには及びませんよ」

「ドラコは去年の試験で一位を取ると言っていたんだがねえ。次こそは、どうだろうね」

そう言ってマルフォイ氏はドラコに目をやる。

ドラコはしゅんと肩を落としていた。

「休みの間は何をして過ごしていたのかな」

「休みの間はですね、、実は、ほとんど家で寝ていました、、、」

まさか先祖の血を飲んでいました、と言うわけにはいかない。

レオノールは小瓶の中の血を飲むことに抵抗感がないことにすら気づいていなかったが、他所の人に大っぴらに話すことではないことは本能的に理解していた。それに寝て過ごしていたのは事実である。

「もう寝ても寝ても眠くて、、」

「はは、なかなか贅沢な休みの過ごし方だ」

マルフォイ氏はジャケットから素敵な懐中時計を取り出して時間を確認した。

「さて、私は横丁の外で少し用事があるのでね。ドラコ、先に二人でまわっていなさい。後でフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で落ち合おう」

「父上はどちらへ?」

「なに、大した用事ではないさ」

マルフォイ氏はどこかへ行ってしまい、レオノールはふーっと大きく息を吐いた。

「どうした?」

「緊張した」

「父上に? どうして?」

「ホグワーツの先生以外の大人と話すことってほとんどないんだよ」

「でも僕の父上だぞ。緊張なんてする必要あるか」

ドラコは忘れているようだが、レオノールは(義理ではあったが)父親という立場の人間に四年間幽閉されていたのだ。レオノールは苦笑いする。

よっぽど苦手だったようで、今になってどっと疲れが襲ってきた。

買い物はこれからだというのに。

二人はまず制服を新調しに行く。

レオノールほどではないがドラコも背が伸びていた。マダム・マルキンの店に入った二人は制服一式を買う。

普段使いにもできそうなワンピースドレスも買ったレオノールはその場で買った服に着替える。

ドラコには見劣りするが真っ当な格好にはなった。

休みの間にいっぱい寝たお陰で、レオノールの身体は知らないうちに随分と成長していたらしい。新しい服は去年のものからだいぶサイズが変わっていた。

通りに戻った二人は、足りない羊皮紙や羽ペンを買い足し、悪戯専門店の中を物色し、新しい箒が飾られたショーウィンドウの前の人だかりに混ざり(箒に釘付けになっていたのはドラコだけでレオノールは相変わらず箒に興味はなかった)、最後にフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店にやってきた。マルフォイ氏はまだ来ていなかった。

書店の上階に横断幕が掲げられ、誰かのサイン会があるとでかでかと書いてある。

書店の中にも人だかりができていた。

マルフォイ氏との会話で神経を使い、箒を眺める人々に揉まれたレオノールはすっかり疲れ切ってしまっていた。

人だかりの中に入っていって教科書を買う気力はなく、辛うじてまだ人の少ない階段の端でレオノールはしゃがみ込んでしまった。

一年間の学校生活でかなり体力は着いたと思っていたのが、同年代の元気な男子の無尽蔵な体力には足元にも及ばなかった。

そんなレオノールを心配したドラコが二人分の教科書を買ってきてくれることになった。

階段の端に腰掛けてドラコを待ちながら、レオノールは人だかりの中心にいる人物を眺めた。

派手な水色のローブを着た男の人は安っぽい笑顔を周囲に振り撒き、その度に周囲の御婦人衆から嬌声が上がる。ものの数分しか経っていないのにレオノールはその男の人にうんざりしていた。

「レオノール!」

長蛇の列の中にハリーがいた。ロンとハーマイオニーもいる。

レオノールは階段の手すりの隙間から三人に手を振った。

「久しぶりだね。そこで何してるの?」

「休憩中。疲れちゃって。ドラコが教科書買いに行ってくれてる」

「げ、ドラコと来てるのか」

ロンが嫌そうな声をあげる。

「レオノールは元気にしてた?」

「うん。そっちは?」

「私は元気よ。ハリーがちょっと大変だったけど」

学校にいなくてもハリーはトラブルに巻き込まれるらしい。

「後で話すね」

三人は店の奥へ流されていった。

ハリー達が人混みに流されていったのと入れ違いでドラコが帰ってきた。

お礼を言ってドラコが買ってきてくれた教科書の表紙を見たレオノールはまたうんざりする。

「これってあのロックハートって人の本なの?」

「そうだよ、気づかなかったのか? 教科書リストに書いてあっただろ」

ほとんど興味がなかったらしい。全く記憶に残っていなかった。

騒がしい人だかりが一層どよめき、何事かと二人は下を見下ろす。

「うわあ、ハリー気の毒だな」

ハリーがロックハートにがっちり捕まれ、バシャバシャと写真を撮られていた。

ハリーはレオノールが見てもわかるくらい嫌そうな顔をしている。

「はっ、有名人のポッターは教科書を買いに来るのにも大変だな」

「あれは本当に大変だろうねえ」

ようやくロックハートから解放されてハリーがこそこそ隠れるようにレオノール達のいる階段の下までやってきた。

すかさずドラコが嫌味を言う。

「有名人のポッター。教科書を買うだけでも一面大見出しとは良い御身分だな」

「ほっといてよ。ハリーが望んだことじゃないわ」

ドラコの嫌味にレオノールの知らない女の子が言い返した。ロンと同じ燃えるような赤毛だった。

ロンの妹だ。

レオノールはその子に目が釘付けになる。

「マルフォイか」

ロンとハーマイオニーもロックハートの本を抱えて人混みから出てきた。

「ハリーがここにいるのが意外かい?」

「ウィーズリー、君がここにいる方が意外だね。そんなに新書を買ったんじゃこれから一ヶ月は君の家の食卓に上るのは水だけだろうね」

今にも殴りかかりそうになるロンをハリーとハーマイオニーが掴んで止める。

「こんなところにいたのか。すごい人だかりだ。早く外に出よう。おや、君は、、?」

人の合間を縫って現れた赤毛にのっぽのウィーズリー氏はジニーに釘付けになっているレオノールを見た。

「おやおや、誰かと思えばアーサー・ウィーズリーではないか」

ちょうどマルフォイ氏も現れたところだった。

「ルシウス」

ウィーズリー氏はそっけない挨拶を返す。

「お役所は忙しいようですな。しかも、残業までしても子供の教科書を満足に買うだけの給料は出ないらしい」

マルフォイ氏はロンの妹の大鍋から古びた教科書を取り出し、擦り切れた表紙の装丁をしげしげと眺めた。

「マルフォイ。君と違って、貧乏だろうが私や私の子供達は他所の家計に口を出さないぐらいの分別は持っているがね」

「私に分別がないだと? それは君のことだろう、ウィーズリー」

教科書を大鍋の中に放り返したマルフォイ氏がウィーズリー氏に向き合う。

「魔法使いの面汚しに言われることではない」

「君と私では魔法使いの面汚しの意味が違うようだ」

「さようですな」

マルフォイ氏の薄灰色の瞳が、遠くからはらはらと成り行きを見守っていたハーマイオニーの両親を捕らえた。

「こんな連中と連んでいるとは。落ちるところまで落ちたと思っていたが、いやはや、、」

次の瞬間ウィーズリー氏がマルフォイ氏に殴りかかった。マルフォイ氏も負けじとやり返す。

二人がぶつかった本棚から分厚い呪文の本がバサバサと落ちてきて周りから悲鳴が上がる。

取っ組み合う二人に誰も手がつけられないでいたが、ぬうっと現れたハグリッドが首根っこを掴んで二人を引き剥がした。

「やめんかい、お前さんたち」

マルフォイ氏は唇を切り、ウィーズリー氏の顔には打たれた痕があった。

「行くぞ!」

ハグリッドの手を振り切ったマルフォイ氏は肩を怒らせて店から出て行く。

ドラコに突かれ、レオノールははっと我に帰った。

「あー、じゃあね、」

ハリー達に手を振ってから重い教科書を抱え、レオノールはドラコの後を追いかけた。

 

「ねえ、レオノールがなんか様子変じゃなかった?」

迷惑そうにしている店員から逃れるように通りに出てから、ふとハリーが言った。

去年の終わりから笑うようになったレオノールだが途中からぴくりとも表情が動かなかった。いつもならハリーとマルフォイの嫌味の応酬にも構わずに話しかけてくるのに。

「え、そうだったか?」

ロンはマルフォイとその父親に言われたこと、父親のカウンターがあと少しでマルフォイ氏に決まるところだったことで頭がいっぱいだった。

「私も思ったわ。どうしたのかしら」

「何かあったのかなあ」

心配そうにハリーが言う。

そんなハリーを、ジニーはこっそり見ていた。

 

マルフォイ氏は店を出てからしばらくのあいだあからさまに不機嫌だった。

ドラコに夕飯に来ないかと誘われたが、ただでさえ苦手なマルフォイ氏は機嫌が悪いし単純に疲れ切っていたしで、レオノールは丁重にお断りした。ドラコは残念がったが、思っていたより夏休みの間で体力が落ちていたらしい。人気の多い横丁に半日以上いてレオノールは立っているのもやっとなくらいふらふらだった。

帰りも邸の門の前まで送ってもらい、教科書やら重い荷物を抱えて小道を辿る。

邸に辿り着くなりレオノールは荷物を放り出してソファに沈み込んだ。

スネイプ先生に服を買ってきてくれるようにお願いしなきゃ。

疲れ切ったレオノールは働かない頭でぼんやりと考える。

フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で出会ったロンの妹を思い浮かべた。

ドラコに怖じけずに食ってかかるところとかが、怖い物知らずのアビーに似ている気がした。

義妹を思い出してレオノールはちょっと感傷的になる。

いつの間にか寝そうになっていたレオノールは頭を振ってソファから飛び起きると、小走りで長細い書斎へ向かった。

戻ってきたレオノールは空になった小瓶をテーブルに置き、ベッドに潜り込んだ。一瞬で眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちっちゃな手。

少し開いた形の良い唇。

まだ開いてもいない瞳。

すべてが、可愛い。

まだ生まれたばかりなのに、この子はこんなにも美しい顔をしている。

少しも私に似なかった。

良かった。

可愛くて、愛おしいジュディス。

赤子を覗き込んでいた彼の碧眼が私を見て微笑む。

私は彼の大きな腕に包まれている。

ここが私の居場所。

これ以上の幸せは、ないわ。

 

 

 

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