ハーマイオニーはかなり怒っていた。
昨日の自分はいつまで経ってもホグワーツ特急に乗ってこないハリーとロンを心配して散々気を揉んでいたのに、あろうことか二人は街中で車を飛ばして学校にやってきたのだ。パーシーを除いたグリフィンドールの皆はそのことが武勇伝だというように二人を褒め称えるし、当の本人達は反省してるかと思いきや満更でもなさそうなのだ。
もう、やんなっちゃう。
ハリーはヘドウィグを連れていたんだから学校に手紙を送ればよかったのに。そうじゃなくても、ウィーズリーさん達が戻ってくるのを待って学校に連絡を取ってもらうことだってできたはずだ。ウィーズリーおじさんの車を飛ばして、もしマグルに見られでもしたらどれだけ大変なことになるか、ちょっと考えればわかるはずなのに。どうして男の子って後先考えずに動くのかしら。
新学期が始まる前だったからということでマクゴナガル先生がグリフィンドール寮から減点しなかったのは、本当に不幸中の幸いだ。
「おはよー」
「あら、おはよう、レオノール」
ハーマイオニーのところにレオノールがやってきた。初日からマルフォイは置き去りにしてきたみたいだった。
ハーマイオニーの反対側では、緑のネクタイを締めたレオノールが普通にグリフィンドールのテーブルに来たことにジニーがびっくりした顔をしていた。
「えっと、」
レオノールがジニーを見る。
「おはよ、」
「え、あ、どうも」
二人はぎこちない挨拶を交わしてから、レオノールは椅子に座った。レオノールに見えないところでジニーがちょっと顔を顰める。
そんな様子の二人に挟まれてハーマイオニーは首を傾げた。
ジニーを前にするとどうもレオノールの様子がおかしくなる。
昨日のホグワーツ特急でも似たようなことがあった。
列車の中で二人を探している間にレオノールとは一度会っていたのだが、ハリー達を見つけられず自分のコンパートメントに戻ってしばらくして、ハーマイオニー達のところにレオノールがやってきたのだ。レオノールはハリー達が見つけられたかどうか尋ねた後、ジニーと自己紹介をした。
自分から新しい人に話しかけることはほとんどしないレオノールがジニーに声をかけたので、ハーマイオニーは少し変だなと思った。それに自分から話しかけた割には口数が少なくて、何を話したらいいか迷っているようだった。
普段のレオノールは、用がなければ話さないし、逆に話すときは意外に饒舌だ。それが、ジニーには自分から話しかけにいくし、その割には口数が少ない。
一方のジニーは、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店でマルフォイがロンの家のことを悪く言った時に一緒にいたレオノールに良い印象を持っていなかった。レオノールはマルフォイと違って悪い人じゃないと一応ハーマイオニーが弁護したけれど、レオノールがジニーの近くに来ると挙動不審になるのもあって悪いイメージは払拭できていないみたいだった。
「ハリー達は何があったの?」
レオノールが聞く。
二人はまだ大広間に来ていなかった。
「それがね、!」
まだ腹の虫が治まらないハーマイオニーの語尾に力がこもる。
「なぜだか二人とも九と四分の三番線に入れなかったらしいのよ。それで、二人は学校まで車で飛んできたのよ!」
「車で飛んだ? どういうこと?」
ウィーズリーさんの車のことを知らないレオノールはハーマイオニーの言っている意味がわからずきょとんと首を傾げた。
怒りがおさまらないハーマイオニーは早口で、昨日寮で双子達が話していたウィーズリーさんの車の説明をする。
「へえ、ジニーのお父さんの車なんだ」
「そうだけど」
ジニーはまだ伺うような顔でレオノールを見ていた。
ハーマイオニーが、二人がその車を使ってマグルの前で空を飛びさらに校庭の暴れ柳に車を突っ込ませたこと話すと、レオノールは声をあげて笑った。
「あはは、二人とも相変わらずだね」
「笑い事じゃないのよ!」
「ごめんごめん。でも柱を通り抜けられないなんてことがあるんだね」
「それは不思議なのよね」
「そういえば夏休み中にハリーが大変だったっていうのは?」
ダイアゴン横丁で会ったときに、休み中大変な目に遭ったハリーのことを少しだけレオノールに話したが、ウィーズリーおじさんとマルフォイ氏が喧嘩を始めてしまったものだから結局話しかけのままだった。
だが、ハーマイオニーが説明し始める前に、ハリーとロンがやってきた。
ハーマイオニーはそっけなく「おはよう」とだけ声をかける。ハーマイオニーを見る二人はちょっとだけ罰が悪そうだった。
「レオノールもいるんだ。おはよう」
「おはよー。二人とも昨日は大変だったんだってね」
「散々だったよ」
「夏休みの方はどう大変だったの?」
「それがさ、」
テーブルに着いたハリーは、休みが始まってからずっとドビーという屋敷しもべ妖精に手紙を止められていたこと、バーノンおじさんに居ないふりをするように言われたちょうどその日に現れたドビーにペチュニアおばさんの渾身の出来だったケーキを浮遊術で頭からぶちまけられたことを話した。
「それでかんかんに怒ったバーノンおじさんに一週間部屋に閉じ込められてたんだ」
「ふうん」
レオノールの反応は拍子抜けするくらい淡白だった。
流石に薄情すぎるんじゃないかしらと思ってから直ぐにレオノールの生い立ちを思い出したハーマイオニーは、前言撤回し頭の中でレオノールに沢山謝った。四年間一歩も部屋から出させてもらえなかったレオノールに、たった一週間部屋に閉じ込められたことへの同情を求める方が酷だ。
「そこにロンとフレッドとジョージが迎えにきてくれて、そこからはロンの家にいたんだ」
「へえー。で、そのハリーを迎えに行った時の車が、昨日学校まで飛ばしてきたやつなのね」
「そう、それだよ」
二人は悪いことをしたというような顔と得意げな顔を混ぜたような、変な表情になった。
「よお、おちびちゃん!」
「早速スリザリンから抜け出してきたな」
双子は朝から元気もりもりだった。
「ハーイ。今期のハリーの白馬の王子第二号・三号だね」
「一号は誰だ?」
「そこはやっぱロンじゃない」
「ロニー坊やが?」
「僕らを差し置いて第一号?」
「百歩譲って白馬が良いところじゃないか?」
「白馬じゃなくて赤毛だろ」
双子は盛大に戯けてみせ、それを見ながらレオノールが笑う。
「あの人ってフレッドとジョージとも仲良いの?」
みんなより一足先に大広間を出ていくレオノールを見ながら、ジニーがハーマイオニーに囁いた。あの人、と呼ぶあたりまだ悪いイメージが拭い切れていないかしら、と思う。
「ええ。最初の頃フレッドとジョージがよくレオノールのことを構ってたのよ。それにレオノールもああ見えて結構ノリが良いというか口が悪い時もあるし、なんだかんだで相性良いのよね」
「…そうなんだ」
そう言うジニーの声は少しだけ拗ねて聞こえた。
そういうことだったのね、とハーマイオニーは気づく。
ジニーはレオノールに嫉妬しているのだ。
憧れのハリーに心配されるレオノールに、自分の兄達に可愛がられるレオノールに。
でも、たぶん、レオノールにはハリーに対してそんな気はないんじゃないかしら。
お節介をするのは良くない気がして、ハーマイオニーはもう少しだけ彼女らの様子を見守ることにした。
レオノールが大広間を出て行って直ぐにウィーズリーおばさんからロン宛に吠えメールが届いた。
爆音が治り、ほとんどテーブルの下で縮こまっているロン達を見て、ようやくハーマイオニーの腹の虫が少しだけ治まったのだった。
今年最初の授業は、マクゴナガルの変身術だった。
レオノールは配られた黄金虫をきっちりボタンに変えた。黒くて艶々したボタンの出来にマクゴナガル先生は満足そうだった。
「相変わらず調子良いな」
変身術が終わり、次の教室に向かっているときにセオドール・ノットが話しかけてきた。
「もちろん」
変身術はレオノールの得意科目の一つだ。
「実家はどうだった?」
セオドールに聞かれて、なんて説明しようかレオノールは考える。
植物でいっぱいになった温室を見て邸の庭を思い出した。
邸の庭は蔓だらけだった。
「庭をちょっと整理しなきゃ」
「庭?」
「うん。蔓だらけなんだよね」
この夏は寝てばっかで一回も庭に出なかった。
「邸は、何か見つかったのか?」
「部屋がいっぱいだったよ」
薬草学は今年から第三温室で授業だった。
合同になったレイブンクロー生とは普段からあまり喋らないし、マンドレイクの植え替えをするのに耳当てをしていたのであんまりお喋りは弾まなかった。
全身がほんのり土臭くなって帰るころ、ハリーを見つけた。
レオノールが声を掛けようとした瞬間に、バシャバシャッと音がして何かが光った。
何かと周りを見回すと、ハリーの近くにいる薄茶色の髪の男の子がカメラを構えていた。
二人の会話を聞き取ったドラコが、また悪い顔をしてハリーに絡みに行く。
相変わらずだなあ、なんて思いながら、レオノールはその後に付いていった。
「ポッター、サイン入りの写真を配ってるんだって?」
ドラコが中庭いっぱいに響く声をあげる。
「みんな、聞いたか? ポッターがサイン入りの写真を配るそうだ」
「僕はそんなことしていないぞ。適当なこと言うな、マルフォイ」
二人は毎回この調子だ。
ハリーを見かけるとドラコはすぐにちょっかいをかけに行く。ハリーも同じようにやり返す。
お互い大して実害はないし、レオノールは二人のじゃれあいを放置することにした。
「ロン、杖の調子はどう?」
ハリーとマルフォイのやりとりに注意を向けていたロンは急に話しかけられてちょっと驚いていたが、すぐに顔を顰めて首を横に振った。
「ぜんぜんだめ。さっきの変身術は変な煙が出てきたよ」
そう言ってロンは、暴れ柳に突っ込んだ衝撃でほとんど真っ二つに折れた杖を見下ろした。
「どっかに予備とかないのかな」
「流石に杖はないと思うよ」
「ないのかあ」
レオノールとロンが喋っている横では、ハリーとドラコに小さい男の子まで加わって言い合いをしていた。
「いったい何事かな?」
無駄に大きくて陽気な声がした。
「サイン入りの写真を配っていると聞こえましたが?」
「うげ。じゃあね、ロン、ハリーも」
ロックハートが近づいてくるのを見たレオノールはするりと人垣に紛れてその場を離れた。
急に置いてけぼりにされ一人になったドラコは一瞬狼狽えたが、ロックハートに羽交い締めにされるハリーを見てニヤッと笑い、同じように人垣の中に消えた。
一日の授業が終わり、レオノールは暖炉近くのテーブルをドラコと陣取り、早速出された変身術の課題をやる。前に比べレオノールの神経が図太くなったのもあって、今年の寮は今のところ居心地は悪くなかった。
無視ではないが放置というのが現在のスリザリンでのレオノールの扱いだ。
相変わらずグリフィンドール生ともつるみ、かといってスリザリンから完全に浮くわけでもなく、嫌がらせをしても倍にして返してくるレオノールを、どう扱っていいかわからなかった結果である。さらに、レオノールは気づいていなかったが、去年の終わりから急に笑うようになったレオノールに皆距離を測りかねていたのもある。大した用がなくてもレオノールに話しかけてくるドラコやセオドールはスリザリンでは稀有な存在だ。
「今年のポッターはロックハートに絡まれていい気味だな」
レポートを書きながら、悪い笑みを浮かべてドラコが言う。
「ドラコってさ、結構ハリーのこと気に入ってるよね」
同じようにレポートを書きながらレオノールが言う。文字を書く速さはほとんど人並みになった。
「はっ!? 変なこと言うなよ! 僕があいつなんかを気に入ってるわけないだろ」
ドラコの大きい声に談話室にいた人が何事かと顔を上げたが、レオノール絡みだとわかるとすぐに気にするのをやめた。
「でも見かけるたびにハリーにちょっかいかけに行ってるしさ」
「あれは嫌がらせだ」
「だから、わざわざ嫌がらせしに行くなんて気に入ってるんだなと思って」
「だから気に入ってなんかいない!」
そうかなあ、と適当に言いながらレオノールはレポートを続ける。
「君こそまたグリフィンドールのところに行ってたんだろ」
「うん、行ってきたよ」
少しも悪びれなくレオノールは認める。
「いつになったら止めるんだ?」
「他の寮の人と友達になっちゃいけないっていう規則はないからねえ」
「このままじゃいつまで経ってもスリザリンに溶け込めないだろ」
「私、今の寮で十分居心地いいよ?」
レオノールののらりくらりとした態度にドラコはぶすっと膨れる。
「別にドラコにハリー達と友達になってくれって言ってるわけじゃないしさ、そこはそういうもんだと思ってよ」
「ったく、君は」
ドラコは今のレオノールをどうにかしようとするのは諦めることにした。
「明日、クィディッチの練習があるんだ」
「選手になったんだ?」
「ああ、もちろん。シーカーだ」
「えー! すごいじゃん、おめでとう」
レオノールの言葉にドラコはちょっと気を良くする。
「まだ内緒だけど、父上がチーム全員に買ってくれた新しい箒で明日練習するんだ」
「ああ、あのダイアゴン横丁で見てた箒? あれ買ってもらったんだ」
「それで、、明日の練習見に来ないか?」
「んー、ごめん、先約がある」
「またグリフィンドールか?」
「そう」
ドラコはお手上げだというように頭を振った。
「またユニフォーム着たところ見せてよ」
そんなドラコを置き去りにして、レオノールは女子寮に上がっていった。
一人になった私は鼻を啜った。
どこのコンパートメントも二、三人の子供が座っていた。
一人しかいないコンパートメントを見つけて、扉のガラス越しに中を覗く。
新入生らしい黒髪の男の子が、窓の外を眺めていた。
すっと鼻筋の通った端正な顔で、思わずじっと眺めてしまう。
ふっと男の子がこちらを向き、私は慌ててコンパートメントの前を離れた。
組分けのために並ばされていると、直ぐ近くにさっきの男の子がいた。
やっぱり綺麗な顔だった。
その男の子が前に出る。
帽子は頭に触れるなりスリザリン!と叫んだ。
私はそんな彼を目で追っていた。
「ヴィヴィエール、ジュディス!」
帽子は
「黄色か青か?」
と尋ねた。
「ハッフルパフ!」
と叫ばれた私は、テーブルに着く。
天蓋の中で目を覚ました。
夢を見たのだ。
組分け帽子に組分けされる夢。
夢だとわかったのは帽子が
「緑か黄色か?」
と聞いたから。
私は
「黄色か青か?」
と聞かれたから。
やっとだ。
黒髪のあの端整な男の子の顔がふと浮かんだ。