土曜の朝、レオノールがハリー達に会いにグリフィンドール寮に行くと、明け方のうちにハリーがクィディッチの練習に連れ去られたらしく、ハグリッドのところに行くはずだった予定を急遽変更してハリーの練習を観戦しに行くことになった。
レオノールは談話室を見回したが目当ての人はいなかった。少し残念に思いながら、「どうしたの?」と尋ねてきたハーマイオニーになんでもないと首を振って、談話室を出るロンの後に続いた。
大広間で包んできた朝ご飯を片手に三人はクィディッチの競技場に向かう。
「去年の最終戦はハリーが医務室にいて惨敗したから、今年はウッドの気合が入ってるんだよ」
「ウッドってだれ?」
「クィディッチチームのキャプテンさ。レオノールも何回か顔合わせてるだろ」
「そうだっけ?」
「ねえ、私はレオノールと会えるのは嬉しいんだけど、こんなに頻繁にグリフィンドールに来てて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。私、今スリザリン内で放置されてるから」
「それはそれでどうなの」
「結構快適だよ」
「レオノールってマルフォイとどうなの?」
「どうって、まあ仲良くしてるかな」
「マルフォイのやつ今年はよくハリーに絡んでくるんだよな。レオノール、どうにかしてよ」
「えー、私がどうにかしても意味ないよ。ハリーがしっかりやり返すのが一番だよ」
毎回絡みに行くドラコもドラコだが、毎回ドラコの喜びそうな反応をしてしまうハリーもハリーだ。ハリーがドラコを完全に無視するか、ドラコが二度と手を出そうと思わないくらいにやり返せば、ドラコだって絡むのを止めるだろう。でもそうなってしまうとスリザリンのレオノールがハリー達と話せる機会が減ってしまうので、レオノールは都合良く黙っておくことにした。
競技場に着いたが、ハリー達の練習はまだ始まってすらいなかった。
「そっちは授業とかどう?」
スタンドに座ってレオノール達はお喋りを続ける。
「もうロックハートが最悪でさ、」
ロンがロックハートが授業に持ち込んできたピクシー小妖精で散々な目に遭ったことをレオノールに話し、憤慨するロンをハーマイオニーがまあまあと宥めた。
「ロンったら。先生は最初の授業だからちょっと加減を間違えちゃっただけよ」
「加減を間違えた? 闇の魔術の先生が一番やっちゃいけないことだろ」
「ピクシー小妖精、いいなあ。私たちのときは完全に座学だけだったよ」
レオノールは先日受けたロックハートの授業をほとんど聞いていなかった。
ロックハートの延々と続く自慢話に段々と意識が逸れ、気づいたら予鈴が鳴っていた。時々人の話を聞かなくなる癖は健在のようだった。
カシャカシャ音がすると思ったら、スタンドの少し離れたところに前にも見かけた薄茶色の髪の小さな男の子がいて、一心不乱にハリーを激写していた。
「あら、どうしたのかしら」
ピッチを見たハーマイオニーが首を傾げた。
ハリー達赤いユニフォームを着たメンバーが次々とグランドに降りてきている。
競技場の向かいから緑のユニフォームを着た集団が入ってくるのが見えた。
「スリザリンのチームよ」
「そういえばドラコが今日練習するって言ってたな」
三人は顔を見合わせた。
グリフィンドールとスリザリンのチームが合同練習するとは思えない。
つまりダブルブッキングだ。
「なんか揉めそうね」
「ハリーのところに行こう」
三人はスタンドを降りてクィディッチのチームのところへ向かった。
スリザリンは一番小柄なドラコも含めて七人全員でハリー達に箒を見せびらかしていた。
「どうしたんだい?」
「ああ、ウィーズリー。僕の父上がチーム全員に買ってくださった箒をみんなで称賛していたところだよ」
ロンはピカピカの箒を上から下まで見てあんぐり口を開けた。
「そっちのチームも資金集めをして新しい箒を買えばいい。ポッターのサイン入りの写真を売って、ウィーズリー家の骨董品並みに古い箒を慈善事業の競売にかければ少しはお金が集まるだろうよ」
ドラコはロンとハーマイオニーの後ろにいたレオノールには気づいていないようだった。
「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人お金で選ばれたりなんかしてないわ。純粋に才能で選手の座を勝ち取っているのよ」
ハーマイオニーがきっぱりと言った。
「うるさい! 誰もお前の意見なんか求めてない。生まれ損ないの穢れた血め」
ドラコが言い放った。
ロンの杖がバーンッ!と音を立てたのと、ドラコに駆け寄ったレオノールが平手打ちを喰らわせたのが同時だった。
その場にいたほとんどの人は杖から逆噴射した赤い閃光が当たりよろけて尻餅をついたロンに気を取られていたが、何人かは打たれた頬を押さえ唖然としてレオノールを見るドラコをしっかりと目にした。
「…何するんだよ」
「何事にも限度ってものがあるでしょ」
真正面からドラコを見たレオノールは静かに言った。
「ロン! ロン! 大丈夫?」
ロンを心配して駆け寄るグリフィンドール生のざわめきにかき消され、ドラコとレオノールのやりとりはほとんど周りに聞こえていなかった。
唖然としたままのドラコをその場に残して、レオノールはハリーとハーマイオニーに加わってナメクジを吐き出し続けているロンを支えてハグリッドの小屋へと向かう。
レオノールとマルフォイの一部始終を見ていたハリーは、ハグリッドの小屋に向かいながらレオノールの顔をちらりと盗み見た。
「大丈夫?」
「うん」
頷いたレオノールからは感情が読めなかったが、心配するほどの暗い顔はしていなかった。
小屋から顔を出したハグリッドはものすごく不機嫌そうだったが、客が誰だかわかった途端に目尻を下げた。
「お前さんたちか。てっきり、ロックハート先生がまあた来たんかと思ったわ」
ハリーがロンの杖が逆噴射してナメクジの呪いが当たったことを手短に話した。
小屋に入ってレオノール達でロンを椅子に座らせると、ハグリッドはロンに洗面器を渡した。
ロンは早速えずいて巨大ナメクジを洗面器に吐き出していた。
「出てこんよりは出しちまった方がええ。全部吐いちまえ」
レオノール達もそれぞれの椅子に座り、ハグリッドが出してくれたお茶とお菓子を受け取った。
顔馴染みの訪問客に喜んだファングがハリーのローブを一瞬で涎でべとべとにした。
それからしばらくハグリッドの小屋で過ごしたが、校舎に帰る頃になってもロンのナメクジは止まらなかった。
レオノールが地下寮に戻ったところで、ドラコとレオノールは初めて喧嘩した。
「なんであんなことするんだよ!」
レオノールが談話室に入ってくるなり待ち構えていたドラコは彼女に詰め寄る。
ドラコの頬にはほんのり赤い跡が残っていた。
「友達を侮辱されてるのにいつまでも大人しくなんかしていないよ」
レオノールはいつもより冷めた調子でドラコに言い返した。
「僕は友達じゃないって言うのか」
「そんなことは言ってない」
「じゃあなんでだよ。僕がいなかったら君はスリザリンで一人ぼっちじゃないか」
そのまま女子寮に上がろうとしていたレオノールがくるっとドラコに向き直った。
「私は、一度たりともドラコの前で君の友達を悪く言ったことはない」
レオノールの怒気にドラコは思わず黙った。
「ドラコとハリー達に友達になって欲しいとは思ってないって言った。だけど、ドラコが私の友達であると同時にハーマイオニーも私の友達なんだからね。私の前で私の友達が侮辱されたんだから私だって怒る」
談話室のど真ん中で言い合う二人の様子を、スリザリン生達は遠巻きに伺った。
「それに限度ってものがあるでしょ。いくら仲悪くても言っていいこととそうじゃないことがあるよ」
「限度を知らないのはどっちだよ。今年に入ってから何回グリフィンドールに行った? 君はスリザリンなんだぞ」
「それは関係ないでしょ」
「関係ある。スリザリンの君がこんなにグリフィンドールに行かなければいいんだ」
「だから私がハリー達と友達でいようが私の勝手だよ」
「そういうんじゃない、、、、、君は、そんなにあのウィーズリーの妹を追いかけて何がしたいんだ?」
その言葉にレオノールが僅かに動揺したのをドラコは見逃さなかった。
「……どういう意味?」
「図星なんだろ。僕が気づいていないとでも思ったか」
今年に入ってからレオノールがグリフィンドールの寮やテーブルに顔を出しに行く回数が明らかに増えた。
レオノールがあのウィーズリーの小柄な妹にわざわざ話しかけに行くのも何度か見かけている。滅多に自分から新しい人に話しかけないレオノールだからドラコはすぐに気づいた。教室を移動する時だってグリフィンドールの一年生とすれ違うとレオノールがそちらに気を取られることにドラコは気づいていた。それだけじゃない。ウィーズリーの妹とお互いに仲が良いというよりレオノールだけが話しかけに行っている。
レオノールは顔を顰めたまま何も言わない。
「なんなんだよ」
ドラコはグリフィンドールの奴らに、ウィーズリーの妹に、嫉妬していた。
自分の寮のクィディッチチームのお披露目よりグリフィンドールの練習を優先して見に行ってしまう。
新学期が始まったばかりなのにスリザリンの自分を置いてけぼりにして、大して仲良くもないウィーズリーの妹に会いに行ってしまう。
こっちは同じ寮で、一年一緒に過ごした仲なのに。
「…姉妹ごっこでもしたいのか?」
その日は険悪な雰囲気のまま二人とも寝室に上がった。
ウッドによるクィディッチのしごき練習は毎週末のように行われた。週末にまとめて課題をやることができなくなったハリーは、毎日授業終わりにこつこつと課題をこなさなければならなくなったが、嬉しいことにロン、ハーマイオニー、そしてレオノールがハリーと同じタイミングで課題をするようにしてくれていた。
ロンのナメクジ事件以来、ほとんど毎日レオノールがグリフィンドール寮に入り浸っている。
ハーマイオニーによるとハーマイオニーを穢れた血と呼んだことでレオノールとマルフォイが喧嘩したらしい。レオノールには申し訳ないがハリーは少なからず気分が良かった。
レオノールはスリザリンに組み分けされてしまったが、その後もハリーの友達であることに変わりはなかった。別々の寮生として過ごして一年以上経つが、スリザリンの悪しき風潮にも染まらず最初にホグワーツ特急で会った時から変わらないままの(良い意味で変わりはした)レオノールが好きだった。
だから、レオノールがスリザリンでマルフォイの隣にいるのを見るたびにハリーはむしゃくしゃした。
マルフォイはハリーからすればとんでもなく嫌なやつだ。
去年の終わりに攫われたレオノールを助けるために手を組んだ時は少しマルフォイのことを見直していたが、自分の家柄を鼻にかけてロンの家のことを馬鹿にしたり、ハーマイオニーの生まれを差別したりするマルフォイを見ていると、やっぱり良いやつとは思えないし、どうして今までレオノールが一緒にいたのか謎なくらいだ。
レオノールは「悪いところばかりじゃないんだけどねえ」なんて、典型的なDVの被害者みたいな庇い方をしている。
レオノールは教科書やちょっとした着替えまで持ち込んでいて、本格的にグリフィンドールの談話室に居着いている。
「双子のベッドで寝泊まりしてるんだ」なんてふざけて言っているが、男子寮でレオノールを見かけたことはないし、流石に夜はスリザリンに帰っているだろうとハリーは思っていた。
今日もレオノールは当然のように、ハリー達と並んでグリフィンドールの談話室の一角に課題を広げていた。
「そういえば新学期初日のやつ、二人はなんか罰則受けたの?」
「そりゃあもちろん」
堂々と言うロンを咎めるようにハーマイオニーがちょっと眉を上げた。
「僕はトロフィー磨きでハリーはロックハートがファンレターに返信を書く手伝いさ」
「へー、思ったより軽いね」
「軽いもんか。罰則があったのがナメクジの呪いが逆噴射した日の夜でさ、磨いてる最中もナメクジが止まらなかったから最悪だったんだぜ」
レオノールはちょっと目線を上にやって、ナメクジのかかったトロフィーを磨くロンを想像したようだ。
「ナメクジの粘液が良い研磨剤になったんじゃ、?」
「なってないから! もう二度とトロフィー磨きなんて御免だね!」
「それなら校則を破らなきゃいいのよ」
いつも通り一番課題の進んでいるハーマイオニーがピシャリと言った。ハーマイオニーのほとんど終わりかけのレポートはびっしりと細かい字で埋められていて、それでもハリーやロンのより倍近い長さがある。
「ハリーも大変だった?」
「僕は大変だったっていうか、」
丁度良いタイミングだと思ったハリーはロン以外には言っていなかったあの日の出来事をハーマイオニーとレオノールに打ち明けることにした。
「もちろんロックハートの手伝いなんてもう御免だけど、それよりも、」
そこでレオノール達にだけ聞こえるように声を落とす。
「ロックハートの部屋で変な声を聞いたんだ」
変な声? と首を傾げてハーマイオニーとレオノールはハリーを見る。
ハリーはロックハートの部屋で聞こえた声を聞いたままにレオノール達に話した。
「引き裂いてやる、なんて、不気味だわ、、」
「相変わらず物騒だね。ロックハートはなんて?」
ハーマイオニーは心配そうな声を出した一方、レオノールは案外けろっとしてハリーに尋ねた。
「それがロックハートには聞こえてなかったんだって」
ハリーの代わりにロンが答える。
「そんなに小さな声だった?」
「いや、耳を澄まさないと聞こえないとか、そんな小さな声じゃなかったよ」
「そっかー」
「レオノールは何か心当たりない?」
レオノールは、故意ではないが遅い夜のホグワーツを出歩いたことが何度かある。何か知っているかもしれないとハリーは思った。
「夜に聞こえる不気味な声、ねえ」
んー、としばらく考えていたレオノールが「あ、」と声を出した。
「何か知ってるの?」
「あーいや、これは絶対違うや。去年夜にクィレルの声なら聞いたなあと思って」
「あー、それは確かにないね」
クィレルは去年の終わりに死んでいる。
「聞こえたのはその一回だけなの?」
「うん」
「なんなのかしら」
「本当だよ」
しもべ妖精のドビーといい、不気味な声といい、どうして自分はこうも毎回面倒事に見舞われるんだとハリーは心の中で嘆いた。
そこに男子寮から降りてきたパーシーがレオノールを見て足を止めた。
「ペベンシー、」
いつもならすぐにレオノールにスリザリンに帰るよう諭しに来るのに、今日は何故か近づいてこない。
「ハーイ、パーシー」
一方のレオノールはわざとらしいくらい軽快にパーシーに声を掛けて手をひらひら振った。
気遣わしげに見つつも何も言わずに去っていくパーシーを見てハリー達は首を傾げた。
「レオノール、あなたパーシーとなんかあったの?」
課題を終え、図書室から借りてきた本を読んでいたハーマイオニーが聞いた。
「ん? 別にー」
ちょっと悪い笑みを浮かべているレオノールは怪しさ満載だ。
「レオノールって、案外ワルだよね」
そんなレオノールにどことなく双子らしさを感じたロンが首をすくめて言う。
「そんな今さらな。暴力以外なんでもありの孤児院で凌ぎを削ってきたんだよ、ワルじゃないわけなかろう」
ロンの言葉に、レオノールはケラケラと笑った。
ハリーとロンより先に課題を終えたレオノールは、談話室に帰ってきた双子のもとへ遊びに行ってしまった。
レオノールはハリー達と仲が良いが、それとはまた違った雰囲気でフレッドとジョージとも仲良くしている。三人で額を突き合わせて何やら悪巧みしている様子は、側から見たら本当の兄妹みたいだとハリーは思った。
ロン曰く、ウィーズリー兄弟の中で一番双子と馬が合うのは末っ子のジニーらしいが、ハリーは双子とジニーが連んでいるところはまだ一度も見たことがなかった。
そのジニーはといえば、談話室の反対側のテーブルで本を読んでいる。
ちょうど本から顔を上げたところでハリーと目が合ったジニーは顔を真っ赤にして持っていた本の影に隠れた。
そんなジニーの様子を、双子の間からレオノールが見ていた。
「あのね、レオノールのことなんだけど」
レオノールがグリフィンドールに入り浸るようになってしばらくした頃、薬草学の温室への移動中にハーマイオニーが言った。流石に時間割が違うので授業の合間にレオノールが一緒にいることはない。
ハーマイオニーは、ジニーの前だとレオノールの様子が普段とは変わることを話した。
「二人は何か気づかない?」
尋ねられた二人はここ数日のレオノールの様子を振り返る。
「確かに言われてみれば、ジニーがいるときはずっとそっちを見てるかも」
「僕にはわかんないなあ」
ロンはジニーが身内というバイアスがかかっていてわかりにくいのかもしれない。
「今年に入ってからレオノールがグリフィンドールに顔を出す回数が増えたと思わない?」
「それは」
「確かにね」
これには二人とも思い当たる節があった。
「でも、それがジニーとどう関係するの?」
「思い出したんだけどね、」
ハーマイオニーは溜息を吐いた。温室に入って作業用の手袋を着けながら、後ろめたいことでも話すかのように声を顰める。
「レオノールって義理の妹がいたはずだったわ」
「義理ってことは、」
つられてハリーの声も小さくなった。
「ええ、そうよ。それで私、ふと思ったんだけど、もしかしたらレオノールはジニーにその妹のことを重ねているんじゃないかしら、、」
レオノールの深い心の傷に触れてしまった気がして、三人は押し黙った。
レオノールは母親が魔法族の出だが、赤子の時からマグルの孤児院にいた。そして一度養子縁組している。その養子縁組をした家族に四年間部屋に閉じ込められていたのだ。レオノールがその家族のことや閉じ込められていたことについて話すことは滅多になかった。
「なんで君はその妹がいたことを知ってるんだよ?」
「一度だけ妹のことを話してたことがあったわ」
ロンの問いにハーマイオニーが申し訳ないような顔をして答えた。
「よく覚えてるね」
ハリーはハーマイオニーの記憶力に舌を巻いた。
「でもその義理の妹がジニーが気になる理由だとしたら、レオノールはその妹とは仲が良かったってことなのかな」
三人とも、その答えは知らなかった。