レオノールはどこからともなくかぼちゃの香りが漂い出すようになった廊下を歩きながら伸びをして凝り固まった関節をほぐした。
ただ今、プチ家出中だ。
ドラコに、自分がいなきゃレオノールはスリザリンで一人ぼっちなんだと、なんだか上から目線で言われたのが癪だった。それにジニーのことを指摘されて、動揺したのもあるかもしれない。
逃げ場のない孤児院と違って、ホグワーツは広い。律儀にスリザリンに帰る必要はないじゃないかと気づいたレオノールは、ここ最近厨房の隅で寝泊まりしている。流石に場所はそれほど広くないし寮のベッドほどの代物は用意できないので身体の節は少し痛んだが、しもべ妖精達はしょっちゅうお菓子をくれるしグリフィンドール寮からも遠くないしで厨房は何かと便利だった。厨房ではここ最近毎日パンプキン料理が作られている。廊下でかぼちゃの香りがすると思っているが、もしかしたら本当は自分の身体から匂っているのかもしれない。
ハリー達はレオノールが夜には寮に帰っていると思っているようだったが、実のところ教科書を取りに行く以外ほとんど戻っていなかった。
実は、最初の頃に一度本当に双子の寝室に行こうとしたことがある。だがそのときは間違えてパーシーの部屋に入ってしまった。熱心にノートに何か書き込んでいたパーシーはレオノールが近づいてもしばらく気づかなかった。パーシーが書いているのが交換日記のようなものだとわかったところでようやくパーシーはレオノールに気付き猛烈に慌て出した。レオノールがノートの中身を読んだと思ったらしい。グリフィンドールに居ても構わないからノートのことは誰にも言わないでくれとさえ言われた。実際何を書いているかまではほとんど見えていなかったのだが、それまでパーシーに会うたびに寮に帰るように諭されていたレオノールはこれ幸いとパーシーの取引に応じることにした。
そんなこんなでますます快適になったグリフィンドール寮ライフを満喫している。が、そろそろ自分の寮に戻らなきゃなとも思い始めていた。
スリザリン寮の中で浮いているのはもう慣れてしまったし今更なんとも思わないが、流石に寮自体に何日間も帰っていないのは糸の外れた凧のように居処が定まっていない気がして少し落ち着かなかった。
それに、ドラコに言われて以来できるだけジニーのことを気にしないように気をつけていたが、一緒の空間にいるとどうしても気になってしまう。気にしないように気をつけるというのはなかなか難しいのだ。物理的に距離を置いたほうがいいのかもしれない。
静かな早朝の廊下に馴染み深い赤いユニフォーム姿が歩いていた。ハリーだ。
レオノールはその後ろ姿を追いかけて横に並ぶ。
「おっはよー。今から練習?」
ハリーは眠そうに目を擦っていた。
「おはよう、レオノール。うん、競技場に行くところ」
「途中まで一緒に行こうか?」
レオノールは散歩がてら校舎の外までハリーについて行くことにした。
「こんな朝早くに何してたの?」
「寮に着替えとか取りに行こうかなと思って。この時間なら起きてる人も少ないだろうし」
「え、本当に寮に帰ってなかったの?」
ハリーが驚いた声を出した。
「まったくじゃないよ。時々荷物取りに行ってる」
「じゃあどこで寝てるの?」
「ちょっと良いところを見つけてね」
「まさか本当に双子のベッドで、、」
ハリーは信じられないという顔でレオノールを見た。
「んなわけない」
レオノールは笑った。
「風邪引かないでよ。最近流行ってるみたいだし」
ハリーは心配してくれてるが、厨房は十分暖かいので風邪は引きそうにもない。
「そういえば最近ジニーが調子悪そうだよね」
レオノールがそう言うとなぜかハリーはじっとレオノールの顔を見てきた。
「あのさ、」
しばらく何か考えていたハリーが思い切ったように言い出す。
「その、ジニーを見てると、妹さんのことを思い出したりするの?」
「えっ」
レオノールはびっくりして固まった。
それを見たハリーが慌てる。
「ごめんっ! 踏み込み過ぎだよねっ、今のは忘れて、」
「…なんで知ってるの?」
「え、あ、ハーマイオニーがさ、君がジニーの前だと様子が普段と違うって気づいて。それで、レオノールって妹いたよねって話になったんだ」
ハリーが気まずそうに言う。
「えー、、私そんなにあからさまなの、? ドラコにも言われたよ、、、」
気恥ずかしいような気持ちでレオノールは苦笑いする。
まさかハーマイオニー達からも同じことを言われてしまうとは。ここ最近はドラコに指摘されたのを気にしてジニーに話しかけに行くのを控えるようにしていたのに。
「マルフォイにも?」
「うん。そりゃスリザリンのドラコから見てわかるんだもんハリー達でもわかるか。それにしても義妹がいたなんて話よく覚えてたね。そんなに話したことあったっけ?」
「ううん、多分一度だけ。ハーマイオニーが覚えてたんだ」
「さすがはハーマイオニーだね」
十月も半ばを過ぎてだいぶ日の出が遅くなってきていたが、二人が外の渡り廊下を歩く頃には校庭に陽が差し始めていた。
「ところどころね、似てる気がするんだ。雰囲気とかがさ」
明るくなり始めた校庭を見たままレオノールは言った。
「レオノールはまた会いたいと思ってる?」
「んー、」
レオノールは苦笑いした。
「もう二度と会うことはないんじゃないかな」
会いたいかと言われれば会いたい。
でも会える機会が来るとは思えなかった。
いつの間にか競技場のすぐ近くまで来てしまった。
「そろそろスリザリンに戻ろうかと思って」
「ええ、戻らなくても良いのに」
「なかなかそうも言ってられないよ」
ドラコだけでなくハリー達からも指摘されてしまった以上、やっぱり物理的に距離を置いた方がいいだろう。
レオノールは手を振って競技場に入っていくハリーを見送った。
「随分参ってるな、マルフォイ」
「ノット」
談話室の隅の机に座るドラコ・マルフォイにセオドール・ノットは声を掛けた。
側から見たら普段と変わらないように見えるマルフォイだが、付き合いの長いセオドールは、セットした髪の崩れ具合がマルフォイの疲労バロメータになっていることを知っていた。今のマルフォイはオールバックにしたところから大きな一房が額に落ちてきている。まあまあ疲れているようだ。セオドールの推測を裏付けるようにマルフォイがハアッと大きくため息を吐いた。
「なんでなんだ?」
途方に暮れたようにマルフォイが呟いた。
レオノールが姿を消したスリザリン寮では、現在レオノールに代わってマルフォイが孤立していた。
原因は単純でかつ複雑だ。
マルフォイとレオノールが喧嘩して以来、レオノールが授業で得点しなくなった。普通に考えればそれはレオノールの責任でレオノールが責められるべきだが、スリザリン内では何故かマルフォイが悪いという空気が流れ、マルフォイがハブられているのだ。レオノールほどの扱いではないが、普段人に囲まれていることが普通のマルフォイにとっては大きな差だ。
マルフォイは訳がわからないというように頭を振った。
「謝ったら戻ってきてくれるんじゃないか?」
セオドールはお疲れの様子のマルフォイに提案する。
「なんで僕が謝らなきゃいけないんだよ。寮に馴染めてないのはレオノールなんだぞ」
「レオノールにとっては全く苦じゃないみたいだけど、君はそうじゃないんだろ」
マルフォイは何も答えなかった。ここのところ余所余所しくなってしまったスリザリン生達を寂しそうに眺めている。
セオドールは面白いものを見るような気持ちでそんなマルフォイを眺めた。
マルフォイには家族付き合いの延長で知り合った
マルフォイの代わりに授業で組むことが増えたレオノールは相変わらずのびのびやっているし、むしろ前より心なしかふっくらした気がするくらいだ。
レオノールはスリザリン生の多くと違って生まれや身分の上下に物凄く疎い。
レオノール自身の育った環境がそうさせているのかもしれないが、皮肉にもヴィヴィエールという生まれ自体も同じような気質を持っている。
マルフォイとレオノールの間を取り直す気は一切なかったセオドールだが、あまりにも憔悴したマルフォイが気の毒に思えてきて、次にレオノールに会ったときには一言くらい言ってやろうと思いながら談話室を出た。
図書室の奥の机を陣取ったレオノールは、適当に面白そうな参考書をパラパラめくりながら、どのタイミングで荷物をスリザリン寮に戻そうか考え始める。少しずつ持ち出していた荷物はいつの間にか一度に運び込める量ではなくなっていた。
「見つけた。久しぶりだな」
課題を広げたまま考えに耽るレオノールにセオドールが話しかけてきた。
「授業の度に会ってるでしょ」
ドラコとの間では冷戦が続いており、スリザリン寮にもほとんど帰っていないが、セオドールとの仲は特に何も変化なかった。
なんなら授業でドラコとペアを組まなくなったぶん代わりにほとんどセオドールと組んでいるので、前より顔を合わせるタイミングは増えている。他にも時々ダフネ・グリーングラスとかとも組むが、授業内での必要な会話以外ほぼ喋っていなかった。
「最近寮で見かけないよな」
「ほとんど帰ってないからね」
「ほんと、どこで過ごしてるんだか」
完全に他人事という口調で、セオドールはわざとらしく肩を竦める。
セオドールはそのままレオノールの向かいに座って自分の課題を広げ出した。レオノールも構わずぺらぺらと参考書を眺める。ロンとハーマイオニーはハリーの練習を見に行っている。今日のレオノールは珍しく別行動だ。
「最近どうなんだ?」
「つつがなくやってるよ。でもそろそろ帰ろっかな。寮のベッドも恋しくなってきたところだし」
ジニーのこともあるし、それに授業で点を取らないように気を使うのにも飽きてきたところだ。
寮から家出して以来、レオノールは授業で得点するのを避けていた。元々手を挙げることはしていなかったが、今はわざと呪文を成功させるのを遅くしたり、薬の作る速さを落としたりしている。
「それがいいね。マルフォイが気の毒だからな」
「ドラコが? なんかあったっけ?」
喧嘩して以来一度も口を利いていないドラコの最近の様子を思い浮かべるが、特に変わったことは思いつかない。
「マルフォイは、今ちょっと孤立してるかな」
「なんで?」
レオノールは読みかけの本から顔を上げた。
「君が授業で点を取らなくなったからさ」
更にわからずレオノールは首を傾げた。
「それとドラコがどう関係するの?」
「つまり君という得点源がなくなる原因を作ったドラコに責任がある、って感じかな」
「授業で点を取らなくなったのは私なのに?」
「手綱を離した調教師が悪い、みたいな?」
「私は虎かナニかなの?」
「気ままなドラゴンくらいかな」
レオノールは呆れて目をまわすしかなかった。
「よくわかんないけど、まあそのうち帰るよ」
「そのうちっていつだろうね」
「そうだねえ、今の寝床もまあまあ気に入ってるんだよね」
「ポッターのベッドでも陣取ってるってわかったらマルフォイが発狂するだろうな」
「なんでそうなるかな。それにそこは普通に考えてハーマイオニーのベッドでしょ」
「ああ、そこも疎いのか」
セオドールは一人で納得し面白そうに笑っていた。
なんでセオドールが面白そうにしているのかレオノールにはわからなかったが、目を光らせたマダム・ピンズが巡回してきてしまいレオノールは仕方なく本に戻った。
レオノールはここ数週間で一番濃厚に漂うかぼちゃの香りを胸一杯に吸い込んだ。今日のレオノールは人の少ないタイミングを見計らって自分の寝室に教科書を運び込むというミッションも終え、授業も終わった今、あとは思う存分大好きなパンプキン料理を腹に詰め込むだけだった。
甘くて香ばしい香りに満ちた大広間をご機嫌に横切り、スリザリンのテーブルに着く。早めにテーブルに着いていた何人かのスリザリン生がじろじろと見てきたが、レオノールの頭にはハロウィンのご馳走のことしかなかった。
一口口に入れたとろとろのパンプキンスープがじんわりと口の中に広がり、次に空っぽの胃に染み込んでいく。朝と昼に荷物を運び込んでいたので、今日はほとんど何も口にしていなかった。
「ん〜〜」
思わず声が漏れてしまう。
今度はスコーンを頬張り、忘れずに肉も頬張る。
レオノールが舌鼓を打っているところにドラコがやってきた。
料理の影に埋もれて見えていなかったのか、真正面まで来てからレオノールがスリザリンのテーブルにいることに気づいたドラコはびっくりした顔をした。
ドラコはちょっと気まずそうにしていたが、寝不足と空腹で頭の回っていないレオノールはそんなことは大して気にも留めず口をいっぱいにしたままひらひら片手を振った。
一瞬ためらっていたがそのままドラコは正面に座った。
「んー、確かにちょっとくたびれた?」
セオドールに言われた先入観からだろうか。今まで授業で見かけた時には気が付かなかったが、近くで見てみるといつものドラコより元気がないようにも見える。
「なんだよ」
ドラコはぶっきらぼうに言うが、顔はちょっと嬉しそうだった。
「戻ってくることにしたのか?」
目は上げず皿に料理をよそいながらドラコが言う。
「うん。ここのところサーカスで閑古鳥が鳴いてるらしくてさ。調教師も寂しいかなと思って」
レオノールも皿に料理を足しながら答えた。
「なんの話だよ」
「さあねー」
皿に料理を盛りながらドラコが口を開いた。
「…今度から穢れた血って言葉は使わないようにするさ。君と本人の前ではね」
「ん、よろしくー」
最後の一言を付け加えるあたりがドラコらしい。
「…それに、ウィーズリーの妹のことは悪かった」
気まずそうにドラコが付け足す。
「ああ、それはいいよ。実際本当のことだし。私もこれからグリフィンドールに行く回数は減らすようにするよ」
「…何があったんだ?」
さらっとレオノールが言ったのでドラコが怪訝そうに聞いた。
「思ったより妹が恋しいんだなって気づいた」
料理を頬張りながらレオノールは言う。
「君に妹なんていたのか」
「数ヶ月だけいたよ。義理だけど」
レオノールの言葉の意味を理解したドラコが固まった。
「嫌になるよね、もう会うことなんてないのにさ。ずっと影を追っちゃうなんて」
疲れているからだろうかレオノールはいつもより饒舌に自分の話をした。
「それも飲み込んでいくしかないんだけどさ」
後半は重い瞼が降りかけてきていたが、去年は食べきれなかったデザートまでしっかりお腹に詰め込んだのでもう思い残すことはない。
早く食べ終わったらゴーストのニックとの約束で絶命日パーティに行っているハリー達のところに合流しようかと考えていたのだが、そんな体力はなかった。
まだ大勢が大広間に残っていたが、レオノールは眠い目を擦りながら地下寮へと向かう階段を下る。
階段を降り出してすぐのところで何かが聞こえた気がしたレオノールは足を止めた。
何故か急に目が冴えてきてしまい、じっと耳を澄ませる。
また音がする。
重い何かを引き摺るような音だ。しかも天井の方から聞こえてくる。
が、すぐに聞こえなくなってしまった。
首を傾げながらレオノールは踵を返して今来た道を戻り、更に階段を登った。
一階分の階段を登り、次の階段も登ろうとして手摺りをぐるりと回ったところでばったり人に出くわした。
「わっ、と」
赤毛の女の子が手摺りに片手をかけて茫然と立っていた。
「ジニー?」
俯いてぼうっとしており、焦点が合っていない。
「大丈夫? 調子悪い?」
「レ、オノール……?」
レオノールが下から顔を覗き込むようにして声を掛けると、ジニーはようやく夢から覚めたようにはっとしてレオノールと目線を合わせた。
体調が悪いのか顔は真っ青で、足元はおぼつかず今にも階段を踏み外しそうだ。
「え、な、なんですか?」
「すごく体調が悪そうだから声掛けちゃったんだけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
そう言って歩き出そうとしたジニーはぐらりとバランスを崩してそのままレオノールに倒れ込む。
ジニーの身体は冷え切っていた。唇も紫だ。
「寮まで送ろっか。それとも医務室行く?」
関わるのは控えようと思った矢先だが、こんな具合の悪そうなジニーを放っておくことはできない。
「寮に、帰ります、」
同年代よりチビなレオノールは一つ年上とはいえ小柄なジニーとほとんど背が変わらない。
レオノールが肩を組むとジニーは大人しく体重をレオノールの身体に預けてきた。
双子に教えてもらった近道や自分で見つけた抜け道を組み合わせたグリフィンドール寮までの楽でかつできるだけ短いルートを進む。
ジニーの身体はしばらく歩いても冷え切ったままだった。
沈黙を紛らわせようとしてレオノールは考えなしに口を開く。
「私、昔妹がいたんだけどさ、」
「いもうと、?」
ジニーはまだ少しぼんやりしているようだった。
「うん、二つ下のね。その妹がちょっとジニーに似てる気がするんだ」
ジニーは何も言わない。
レオノールが内心焦って次の話題を探している間に、ジニーが少し躊躇ったのちに口を開いた。
「レオノールは、ハリーのことが好きなんですか?」
「ん? うん、好きだよ。ハリーも君のお兄さんのロンも優しい友達だよ」
「…ん?」
「フレッドとジョージのことも好きだよ。二人も良い人だよね」
「フレッドとジョージを良い人って言って良いのかわからないけど。じゃあレオノールの言う好きって、友達としてってことですか?」
「そうだよ。え、他に何かある?」
「ううん、なんでもないです」
ジニーは首を横に振った。ちょっと表情が柔らかくなった気がする。
「スリザリンなのにどうしてよくグリフィンドールにいるんですか?」
「ああ、それね。ちょっとドラコと喧嘩しちゃってさ。でももう仲直りしたから今日からスリザリンに帰るよ」
ようやくグリフィンドール寮のある塔の半ばまで辿り着いた。塔のてっぺんに寮があるのはなかなか大変だ。
ジニーはまだ体調が悪そうだが最初に比べるとだいぶ顔色が良くなった。
あと一息というところで塔の下の方からざわめきがしてきた。グリフィンドール生がまとまって帰ってきたようだ。
「誰かと思ったらジニーとレオノールじゃないか」
「こんなところで何してるんだい?」
集団の中からひょいっと双子が現れた。
「ジニーが体調悪そうでさ」
「本当だ、真っ青じゃねえか」
「これでも少し良くなったんだけどね」
「レオノールがここまで送ってきてくれたんだよな、ありがとよ」
「ペベンシー、今日はスリザリンに帰ったほうがいい」
グリフィンドール生の集団のしんがりを歩いてきたパーシーが急いで割り込んできた。
もともと今日からスリザリンに帰るつもりだったレオノールだが、他人から指示されるとちょっと素直に帰りたくなくなる。
さらにパーシーが続けた。
「校長先生が生徒は急いで寮に帰るようにおっしゃられた。君も自分の寮に帰るんだ」
「何かあったの?」
「それが、」
ジョージが説明しかけたがパーシーがそれを遮り、早く帰るように繰り返した。
仕方なくジニーをフレッドに託し、レオノールは来た道を戻った。
久しぶりに人のいる地下寮に戻ってじろじろ見られるのではないかと思ったが、拍子抜けするほど反応がなかった。
みんな興奮気味に何かについてお喋りしている。
レオノールに気づいたセオドールが手招きして、今日あった事件について大体話してくれた。
三階の廊下でフィルチの愛猫ミセス・ノリスが石にされ、壁に「秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ」というメッセージが書かれたらしい。
「秘密の部屋ってなに?」
「君って本当に色んなことを知らないんだな」
呆れたようにセオドールに言われたが、どっと一日の疲れが襲ってきたレオノールは今から詳しく説明を聞く気にもならず、興奮冷めやらぬ様子で話し続けるスリザリン生達より一足先に女子寮に上がり、久しぶりのベッドに倒れ込んだ。
一人になった私は鼻を啜った。
鞄に詰め込んだ小瓶が音を立てないか、気になってしょうがなかった。どう見ても他の子より大きいトランクも人目を引いて嫌だった。
どこのコンパートメントも二、三人の子供が座っていた。
一人しかいないコンパートメントを見つけて、扉のガラス越しに中を覗く。
新入生らしい黒髪の男の子が、窓の外を眺めていた。
すっと鼻筋の通った端正な顔で、思わずじっと眺めてしまう。
ふっと男の子がこちらを向き、私は慌ててコンパートメントの前を離れた。
綺麗でかっこいい男の子だった。
組分けのために並ばされていると、直ぐ近くにさっきの男の子がいた。
やっぱり綺麗な顔だった。
「リドル、トム!」
その男の子が前に出る。
こんな偶然ってあるだろうか。
帽子は頭に触れるなりスリザリン!と叫び、端のテーブルの人達に迎えられていった。
私はそんな彼を目で追っていた。
「ヴィヴィエール、ジュディス!」
帽子は
「黄色か青か?」
と尋ねた。
「ハッフルパフ!」
と叫ばれた私は、テーブルに着く。
天蓋の中で目を覚ました。
興奮しながら必死に思い出す。
夢を見たのだ。
組分け帽子に組分けされる夢。
夢だとわかったのは帽子が
「緑か黄色か?」
と聞いたから。
私は
「黄色か青か?」
と聞かれたから。
これは祖母の記憶。
初めて見た祖母の記憶。
やっとだ。
嬉しくてたまらないのと同時にほっと安心する。
これでやっと一人前になれる。
これでやっと自分の場所にいられる。
黒髪のあの端整な男の子の顔がふと浮かんだ。