ハリー・ポッターと忌まわしき一族   作:深田ハス

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07: 蛇と円舞曲(ワルツ)

 

 

玄関ホールの掲示板に、決闘クラブ開催の告知が張り出された。

こんな時期に開催するなんて、まさか秘密の部屋の継承者や怪物対策のつもりだろうかとレオノールは首を傾げる。

継承者や怪物相手に決闘が通用するとは思えなかったが、決闘クラブ自体には興味が湧いた。

クラブの内容が気になったレオノールは他の生徒達と一緒に夜の大広間に顔を出す。が、用意された舞台に深紫のマントを纏ったロックハートが現れた瞬間にその場から退散した。

大広間を出たその足で図書室に向かう。

ロックハートの隣にいたスネイプ先生機嫌悪そうだったなあ、なんて考えて廊下を歩いていたところに、床の上をふわふわ動く何かがレオノールの目に留まった。

「羽…?」

ふわふわ舞っていた物の正体は羽だった。ペンに使うような翼の先の羽ではなく、胸毛とかのほうだ。

それも一枚ではなく、何枚かが廊下の先まで所々に落ちている。

フクロウが喧嘩でもしたのかな、なんて思いながら図書室に向かった。

 

 

 

「どうしたの?」

掛けられた声でジニーははっと我に帰る。

どこかの廊下の端で蹲っていた。

記憶がない…まただわ……

気付かないうちに知らないところに来ていた。

最近記憶が途切れ途切れで、気付いたら用のないはずのところにいたりする。

ここはどこ?

ジニーは辺りを見回した。

図書室の近くだった。顔を上げるとレオノールがいた。

「大丈夫?」

「は、はい、大丈夫です」

ちょっとよろけながらジニーは立ち上がる。身体に上手く力が入らなかった。

膝の上にあった何かがトサリ、と床に落ちた。

「!」

ジニーは慌ててそれを拾い上げる。

「あれ、それ」

急いで拾い上げたのにレオノールの目に留まってしまった。

だめ! 気付かないで!

ジニーは不自然に思われないように出来るだけそれをローブの袖の中に隠す。

「それ、ジニーの日記?」

「そ、そうです」

どうしてそんなことを聞くの? まさか…

「うーん…」

レオノールはちょっと眉間に皺を寄せて首を傾げる。

「日記、日記…最近どこかで見た気がするような…」

「えっ…!」

「ま、たぶん夢かな」

まあいいや、というようにレオノールは肩をすくめた。

レオノールがあっさり日記の言及を止めたので、身構えていたジニーは少し身体の力を抜く。

考えてみれば日記の中身なんて外から見ただけじゃわからないはず。

変に身構えなくても良かったのかもしれない。

「唇真っ青だけど、医務室行っとく?」

いつから廊下にいたのか、上手く力が入らない身体は冷え切って強張っていた。

レオノールの言葉にジニーは頷いた。

ジニーはレオノールが差し出した手を握って、二人で並んで廊下を歩いた。冷え切った手にレオノールの手の温かさがじんわり沁みる。

レオノールはこうやってジニーを気遣う声をかけてくれる。

自分が変に身構えていただけで、この人はそんなに悪い人じゃないのかも、とジニーは思い始める。

スリザリンでマルフォイと一緒にいるところを見かけるけど、同じ寮生だったら別におかしいことじゃないし、逆にスリザリンなのにハーマイオニー達が仲良くしてるってことはそれだけ良い人ということなのかもしれない。

いっときはよくグリフィンドールに来ていて話しかけてきたりこちらを見てきたりするからなんだか居心地悪かったけど、それも自分が妹に似ているからと思えばおかしくないのかも。

それにこの前だって寮まで届けてもらったし。

そこまで考えて、この前のお礼をちゃんと言っていなかったことに気づいたジニーは慌ててレオノールに感謝の気持ちを伝えた。

「いいよいいよ、そんな大したことしてないし」

そう言ってヘラッと笑うレオノールは、去年はほとんど笑うことがなかったなんていう兄達の言葉が信じられないくらい普通に見える。

「学校はどう?」

「まあまあです」

「スネイプ先生の授業は?」

「厳しいし理不尽だなって思うこともあるけど、ハリーがされてるほどじゃないと思う」

「はは、やっぱりスネイプ先生ってハリー嫌いなんだ」

レオノールが大きな欠伸をする。

「ごめん。寝不足でさ」

「夜遅くまでかかるくらい授業大変なんですか?」

「ううん、課題はちゃんと毎日やってれば大丈夫だよ。私が眠いのはよく夢を見るからだね」

「夢?」

ジニーだって夢を見るが、それで寝不足になることなんて滅多にない。

「そう。夢で記憶を見るんだ」

「夢で記憶を見る?」

「うん。私はそういう一族らしい。秘密なんだけどね。それにまだ慣れてないから見てもあんまり憶えていないんだ。それに情報が多くて頭が混乱する」

「頭が混乱するのに、どうして夢を見続けるんですか?」

ジニーも最近記憶が途切れて頭がごちゃごちゃしている。この混乱から抜け出せるものなら抜け出したいし、自分から進んで頭をごちゃごちゃにするなんてしようとは思わない。

レオノールは少しの間うーんと考えていた。

「なんか、必要なことな気がするからかな。それに私ずっと孤児院にいたから、一族と繋がりがもてるっていうか、自分の居場所を見つけるみたいで嬉しいのかも」

居場所が欲しい。

それはジニーも一緒。

兄達のお下がりに囲まれて、兄達みたいに優秀にならなきゃって思っていると押しつぶされそうになる。

でも。

ジニーは袖の中で日記をぎゅっと抱き寄せた。

今はトムがいてくれる。ジニーだけの秘密の友達だ。

一緒に授業を受けたりはできないけど、トムは間違いなくジニーの居場所の一つだ。

レオノールとお喋りしたこと、トムに教えてあげなきゃ。

 

 

 

 

マダム・ポンフリーにジニーを預けて医務室を出たところで、レオノールはそっと握っていた手を開いた。

掌の上にあるのは鳥の羽だ。ジニーの髪についていたやつ。

ジニーは日記を落としたことに気を取られていて気にしていなかったみたいだけど、ジニーが蹲っていた周りにも羽がいっぱい落ちていた。

ジニーがフクロウに襲われたのかとも思ったけど、それらしい怪我はしていなかった。

それによく見るとフクロウの羽じゃなかった。フクロウの羽は飛ぶ時の音を消すためにもっと表面が全体的にふわふわしている。

なんの羽だろう?

それにジニーの日記も気になった。

最近誰かが日記を書いているところを見た気がする。

レオノールは頭を掻く。

やっぱり夢かな。

夢の解像度は上がった、と思う。でもまだ目が覚めるとどんどん記憶が薄れていってしまう。

普通の夢と同じで、起きたすぐは少し覚えているが、一日経つ頃にはどんな夢を見たかなんてほとんど忘れている。断片的な場面だけ覚えていたりするけど、それが何を意味するかまでは汲み取れない。

長い道のりだなあ。

そもそも何処がゴールなのかも分かっていない。

なんとなく大事なことな気がして、続けているのだ。

また欠伸が出てきて手で口を覆う。

図書室に戻るのは止めて寮で寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャスティンに襲い掛かろうとしていた蛇をすんでのところで止めたのに、ハリーに向けられたのは恐怖と懐疑の目だった。

「やばいよ、ハリー」

ロンの声は、キングクロス駅でホグワーツ特急に乗り遅れたときと同じくらい焦っていた。

「パーセルタングが話せるなんて聞いてなかったよ! しかもあんな大勢の前で喋っちゃうなんて…」

ハーマイオニーも暗い顔をしていた。

「サラザール・スリザリンは蛇と話せることで有名だったのよ。大昔の人だもの、ハリーと血が繋がっていてもおかしくないわ。これで益々みんながあなたを秘密の部屋の継承者だって言い出すわね」

今まで犠牲者が出ても、二人はハリーが犯人なはずがない、と気にせずにいてくれた。その二人が今、顔を顰めている。

そんな。

蛇と話ができることなんて魔法使いなら普通だと思っていた。

それに僕はジャスティンに蛇をけしかけたんじゃなくて襲おうとしていたところを止めたんだ!

僕はスリザリンの末裔なんかじゃないはずだ…

どんなに違うと訴えても、それらしい理由で論破されてしまう。

二人にまで見放されてしまったら……

ハリーは焦燥感に苛まれ、ぐったりと肩を落とした。

こんなの、悪魔の証明だ。

ハリーがどんだけやってないと言い張っても、周りから見たらハリーがやったようにしか見えないんだ。

そして、悪いことは重ねて起こる。

ジャスティンが石にされた。

しかも第一発見者はハリー。

床に転がるジャスティンと黒く煤けた首無しニックの前にいたところをピーブスに見つかってしまった。

「襲われた! 襲われた! 生きてても死んでてもみんな危ないぞ! 命からがら逃げろ!! 襲われたぞ!!」

ピーブスの声で教室から生徒達が飛び出てきた。

駆けつけたハッフルパフのアーニー・マクミランがハリーを指して「現行犯だ!」と叫ぶ。

マクゴナガル先生がアーニーを一喝してくれたが、その先生ですらハリーに素っ気ない。

先生達の現場検証が終わって、ハリーは校長室に連れて行かれた。

マクゴナガル先生はハリーを届けると去っていってしまい、ハリーは誰もいない校長室に一人取り残された。

魔法界の雑貨屋といえばこんな感じだろう、という部屋だった。広い円形の部屋には、洒落た机の上に小さな魔法道具がたくさん並べられていた。ポッポッと煙を出して動いているものもある。

遠足気分で来たかった、とハリーは思う。一連の事件の犯人と間違われて学校を追い出されるかもしれないと怯えながらではなく。

鉤爪脚の机の後ろの棚には、ぼろぼろのみすぼらしい帽子が置いてある。

ハリーの心臓がドキッとした。

組分け帽子だ。

ロンにもハーマイオニーにも打ち明けていないが、ハリー自身も自分はスリザリンの末裔じゃないと言い切るのに躊躇ってしまうのは、入学した時に組分け帽子に言われたことが引っかかっているからだ。

ハリーはそっと帽子を棚から下ろして頭に被った。

大きすぎる帽子は目の下までずり落ちてきてハリーは真っ暗な帽子の内側で目を瞑った。

「ハリー・ポッター。気に悩むところがあるようだね」

低い声がハリーの耳に囁いた。

「はい、あの、お聞きしたいことがあって、」

「私が君を組分けした寮が、間違っていなかったかと気にしているのだね」

帽子に見えるわけでもないのにハリーは頷いた。

「さよう。私の言葉はあの時と変わらない。君はスリザリンでも上手くやれる可能性がある」

鉛を飲み込んだようにハリーの胃がずしんと沈んだ。

てっぺんを鷲掴みにして帽子を脱ぎ、元あった棚に押し戻した。

 

 

ダンブルドアとの話し合いが終わったハリーは一人とぼとぼと廊下を歩く。

ダンブルドアはハリーが犯人ではないと信じてくれた。それなのに、何か打ち明けておくことはないかと聞かれたハリーは、ドビーのことも、正体のわからない声のことも、何一つ話せなかった。

「ハーイ」

後ろから軽快な声がしてハリーは振り返る。

「レオノール」

「寮に帰るとこ?」

ハリーは頷く。

「久しぶりにグリフィンドールに顔出してみようかな」

そう言ってレオノールはハリーと並んで歩き出した。

「なんか暗い顔してるね。悩み事?」

そういうレオノールは相変わらず呑気な顔をしていた。

「いや、」

なんでもない、と言おうとしてハリーはちょっと考えた。

組分け帽子にスリザリンを勧められていた、なんてロンとハーマイオニーには中々打ち明けられないでいるけど、レオノールになら話してもいいかもしれない。

「レオノールは組分け帽子の言うこと、どのくらい信じてる?」

「うん?」

レオノールは首を傾げた。

ハリーは去年の入学式で組分け帽子にスリザリンを勧められたこと、さっき校長室でもう一度帽子に尋ねてみたが前と同じことを言われたことを話した。

「えー、あのぼろい帽子でしょ。そもそも組分けなんて適当だと思ってたけど」

「え! そうなの?」

「他の人がどうか知らないけど、私は赤と緑のどっちがいい?って聞かれて緑って答えたらスリザリンになったよ」

衝撃の告白にハリーはびっくりした。

「え、じゃあレオノールは自分からグリフィンドールじゃなくてスリザリンを選んだの!?」

「スリザリンを選んだつもりはなかったんだけどね。その頃は寮のカラーなんて意識してなかったからさ。緑色の方が自分の目の色に合うかなーなんて思ってね」

呑気に答えるレオノールにハリーは呆気に取られてしまった。

「ねえそれより、決闘クラブでまた騒ぎを起こしたんだって?」

「意図して起こしたわけじゃないよ」

ハリーはため息をついた。

そういえば、レオノールはハリーがパーセルマウスなこともジャスティンが石にされたことも知っていておかしくないはずなのに、今までと同じようにハリーに話しかけてきた。

ハリーは恐る恐る口を開いた。

「…レオノールは僕がやってないって信じてくれる?」

「私が犯人だったら現場にいるところを見られるような間抜けなことはしないよ」

即答だった。

ハリーと目があったレオノールはふっと笑った。

重かった胃がすっと軽くなった気がした。

「こんなにもハーマイオニーと一緒にいて課題の面倒まで見てもらってるハリーが、実はコテコテの純血主義の継承者でマグル生まれを排除したいと思っています、なんて面子一ミリもないよね」

容赦ない物言いだけど、それが今のハリーには有り難かった。

「言われてみればそうだよな。もし僕がスリザリンの末裔で秘密の部屋の継承者ならハーマイオニーと友達でいないよね」

「うん。まあ、犯人って疑われないように敢えてハーマイオニーと一緒にいるようにしてるとかはありえるかも?」

「レオノールってば!」

ハリーは思わず声を上げたが、さっきまでの重い気持ちはすっかり消えていた。ハリーを犯人と疑うような言葉をさらっと口にするが、疑っていないからこそレオノールはそういうことを軽々しく言うのだとハリーはよく分かっていた。

「あはは、ごめんごめん。ハリーって結構お人好しだもん、できないと思うよ」

そのまま二人はグリフィンドールの談話室に向かって歩く。

「ポリジュースの調子はどう?」

「順調だよ。ハーマイオニー曰く完成まであと一歩って」

「そうなると決行はクリスマスくらいかな。今度スリザリン生の髪の毛渡すよ」

「魔法薬学の腫れ薬はどうやって爆発させたの?」

「あー、あれね。双子と改良した花火だよ。そうそう、双子に臨地実験の結果を教えてあげなきゃ」

談話室に入ると、ハリーとレオノールに一斉に目が向けられた。

グリフィンドール生の中にさえ、ハリーを犯人と思っている人がいる。彼らからハリーに向けられる目線は易しくない。

ハリーは突き刺さる目線に身をすくめた。

レオノールも同じ類の目線を集めているが、少しも気にかける様子もなく談話室を横切っていく。

ハリーの継承者説ほどではないが、レオノール継承者説も少なからず囁かれていた。

「これはこれは!」

「継承者のお二人様が揃ってお出ましだ!」

二人に気づいたフレッドとジョージが大袈裟に宮廷風のお辞儀をする。

「いつの間に継承者が増えたの?」

レオノールはケラケラ笑いながら双子に合流した。

もちろんフレッドもジョージも、レオノールのことはおろかハリーのことだって継承者だとは微塵も思っていなかった。レオノールに至っては、「カメラボーイがマグル生まれなんて知らなかった」と言っている。他の人なら疑うところだけど、レオノールなら充分ありえる話だ。

ハリー達はしばらくの間、石化事件が起きる前の頃のような時間を談話室で過ごした。

 

 

 

 

 

 

レオノールは自分のベッドの上でジニーにもらったプレゼントを開けることにした。

体調の悪いときに助けてくれたお礼だと言って、談話室を出るところで渡されたのだ。

包み紙の中は、黒い日記だった。

ジニーの日記とよく似ている。

お揃いってこと?

自分の日記を誰かにプレゼントするなんて可笑しな気がするし、あれだけ人に見られるのを嫌がっていた日記なら尚更だから、そんなところだろう。

書かれている年数から日記が五十年前のものだとわかる。

お揃いはいいけど、どうしてわざわざ五十年前の日記を使うのだろう?

今時の流行り、とかいうやつ?

レオノールは日記の黒い表紙に手を滑らせた。

黒い皮表紙の、やたら年季の入った日記。

何故かとても大切なものな気がする。

表紙を捲ると最初のページに名前が書いてあった。

「…T. M. リドル……」

…懐かしい。

レオノールは自分の中に湧いた感情に首を傾げる。

T. M. リドルなんて人に今まで会ったことはないはずなのに。

さらにページをめくってみるが、どこまでめくっても日記は真っ白だった。

しばらく考えてから、レオノールは日記の真っ白なページにインクを落としてみた。

「!」

インクは紙の上で一瞬明るく光り、そして吸い込まれるように消えた。

インクが吸い込まれた箇所に、代わりに綺麗な筆跡の文字が浮かび上がる。

 

《こんにちは》

 

レオノールはその文字を指でなぞる。文字は現れた順に薄くなって消えていった。

 

《どうも》

 

レオノールは返事を書き入れる。

 

《あなたは誰?》

《トム・M・リドルです》

 

「…トム……」

レオノールは小さくその名前を呟いた。

そうだ、トムだ。

不思議とレオノールは納得する。

 

《貴方の名前は?》

 

レオノールはちょっと考えてから返事を書く。

 

《レオノールです。あなたは何?》

《初めまして、レオノール。僕はかつてホグワーツに在籍していた生徒で、この日記はその頃の僕の記憶を閉じ込めたものです》

 

記憶のくせに自己紹介するのか。

レオノールの知っている記憶とは随分定義が違うようだ。レオノールの知っている記憶は、もっとこちらが一方的に覗くものだ。

日記の古さから考えて、このトムがホグワーツにいたのは五十年くらい前なのだろう。

 

《あなたは今どこにいるの?》

《わかりません。お伝えした通り、僕は過去の記憶に過ぎませんから。どうして気になるのですか?》

《この日記を返そうかと思って》

 

ジニーには悪いけれど、本来の持ち主がいるなら返した方がいいだろう。

 

《この日記を持っていればいずれ現代の僕に辿り着くでしょう。それまでは君が持っていてください。僕で良ければ話し相手にもなります》

 

日記相手に何を話そうか。

普通の日記さえ書いたこともないので、レオノールは迷う。

 

《わかりました。とりあえずもう夜遅いのでまた明日》

《そうですね。おやすみなさい、レオノール》

 

日記におやすみと言われるなんて変な気分だ。でも不思議と悪い気はしない。

それどころか何故か嬉しかった。

閉じた日記の表紙をもう一度撫でる。

レオノールは日記を枕の横に置き、スーツケースから取り出した小瓶の中身を飲み干してからベッドに横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図書室の隅。

マグルの分厚い本が並ぶ人気のない一角。

その一角に彼がいた。あの彼が。

石像のように整った顔の眉間にちょっと皺を寄せて真剣に机に向かっている。少し伸びた黒髪が一房、はらりと乱れた。机の上に広げた手帳を覗き込む彼のうなじが、青白い。

「面白いものを作っているのね」

赤い瞳がこちらを振り返る。

彼は怪訝な顔をした。

「…ヴィヴィエールか」

彼はちらり、とだけこちらを見た。

彼が自分の名前を覚えていたこと自体が驚きで、喜びだった。

「今日は調べ物じゃないのね」

「何故知っている?」

「貴方が夢中になって何かを調べてるって、みんな言ってるわ」

私は自分の躍り上る気持ちを悟られないように、ゆっくり話した。

「ずっと探しているのに、手掛かりもないままだ」

しばらくして彼が言った。

少し落胆したように言う彼は少し眉間に皺を寄せていた。

 

「トム・M・リドル」

日記に書いてある名前を私はゆっくり読んだ。

彼が夢中になって書き込んでいたのはまっさらな日記だった。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、トム

もう一度だけでいい

貴方に会いたい

 

 

 

 

 

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