それからトムとのやりとりは細々と続いた。
レオノールは孤児院にいたこと、養子になった先で妹がいたことをトムに教えた。
驚いたことにトムも孤児院出身で、二人して孤児院あるあるで盛り上がった。
トムは一人っ子だと言っていたが、レオノールの義理の妹を恋しく思う気持ちに上手く寄り添ってくれた。
最初は日記相手に何を話そうか迷っていたのが嘘みたいに、トムからの返事を心待ちにしている。
トムは良い話し相手だ。
物理的な意味でだけでなく、欲しい言葉を的確に返してくれる。
それ以上に、レオノールはトムに惹きつけられた。
何故かわからないけど、追いかけなければという気分になる。
レオノールが話しかければトムは必ず返事をくれるのに、どうしてか、いつもほんの少し手の届かないところにいるような気持ちになるのだ。
あっという間にクリスマス休暇が迫っていた。
あのハッフルパフ生とニックが石にされて以来、継承者は鳴りを潜めているようで、新しい事件は起きていない。
休暇に入る前にレオノールはハーマイオニーに依頼されていたスリザリン生の髪の毛を渡した。
「クラッブと、ゴイルと、セオドールと、あとこっちはパンジーとダフネの」
それぞれの髪を入れた試験管には、ごっちゃにならないように名前を書いた紙も入れてある。
「わあ、こんなにたくさん!」
「パンジーのは使わない方がいいかも。変身してドラコにべったりくっつけるなら別だけど」
クィディッチの試合があった頃からだろうか。パンジーがドラコにべたべたしていることが多くなった。それに反比例してレオノールがドラコといる時間も減っている。
「それはちょっと遠慮したいわね…… ミリセントのなら私も持ってるわ」
「ミリセントならクリスマス休暇は帰るって言ってたよ」
「なら丁度いいわね。レオノールはホグワーツに残る?」
「迷ってるけど、一応残るつもり」
邸の中を見たい気持ちもあるが、寒い時期にわざわざ帰るほど至急の用事があるわけでもないし、小瓶はたくさん持ってきているのでまだ残りがある。
「当日にクラッブとゴイルを誘い出す役目をお願いするかもしれないわ」
「オッケー、でもあの二人と一時間も会話が保つかな。私がいなくても睡眠薬盛ったお菓子を目の前に置けば一発だと思うけど」
「あの二人ってそこまで単純なの?」
「食べ物に関しては目が無いからね」
それから二人はどのタイミングでポリジュース薬を使うかを話し合った。万が一スパイ行為がドラコにバレてもレオノールが関与していたことは知られない方がいいということになり、当日レオノールは立ち合わないことになった。
クリスマス当日。
休暇が始まってからがらんどうになっていた学校が、雪に包まれた時特有の静寂さでさらに人寂しく感じられた。
元からスリザリンは休暇毎にほとんど人がいなくなるが、他の寮生がここまでいない休暇はホグワーツに入って以来初めてだった。含みのある目線を向けられないで済むレオノールにとっては心地良い休暇だ。
スネイプ先生の研究室の取っ手にプレゼントのリボンを引っ掛けようとしていたレオノールは丁度中から顔を出したスネイプ先生とばったり顔を合わせた。
中に招かれたレオノールは直接先生にプレゼントを渡す。
中身は去年より手の込んだジンジャーたっぷりのミンスパイだ。ちなみにスネイプ先生からのクリスマスプレゼントは帽子だった。マフラーの次は帽子という、安直なチョイスだ。
「最近はどうだ?」
去年と違って今年に入ってからはほんの数回だがこうしてスネイプ先生の研究室で顔を合わせている。
「普通ですよ」
「何か変わったことはないか?」
「んー、特には?」
「そうか」
顔を合わせたからって特別話すことがあるわけでない。
ザビニの大鍋を爆発させたことで何か言われるかと少し思っていたが、何も言ってこないところを見るにレオノールが犯人だとは気づいていないようだ。
二人は黙ってスネイプ先生が入れた紅茶を啜った。
「秘密の部屋は見つかりました?」
「まだだ」
スネイプ先生がはーっと重い溜息を吐く。
「何か知らないか」
スネイプ先生が言う。
先生がそんなことを私に聞いてどうするんだ。
「そんな、先生達を差し置いて私が知っていることなんてないですよ」
スネイプ先生は諦め悪そうにしばらくレオノールの顔を見ていた。
レオノールは本当に何も知らない。
今こうしている最中にも、継承者は新しい犠牲者の目星をつけているのだろうか。
学校に残っている生徒がほんのわずかでも、クリスマスの大広間は豪華絢爛だった。
クリスマスツリーが何本も並び、テーブルから溢れんばかりのご馳走が並んでいる。
二皿目のクリスマス・プディングを食べ終えたところで、ハーマイオニーからの目線をキャッチしたレオノールはドラコ達より先に寮に帰る。これからドラコ達と顔を合わせないように女子寮に篭るのだ。
ベッドに転がったレオノールは黒い日記を開く。
《秘密の部屋の怪物って何だと思う?》
《その話をまた耳にすることになるとは。どうしたんだい?》
《継承者が現れてね、もう何人か犠牲になってる》
《それじゃあ学校は大パニックだね》
レオノールに言えたことじゃないけど、秘密の部屋に対するトムの感想はとても他人行儀だ。
《トムは秘密の部屋の怪物が恐ろしくはない?》
《どうだろう。恐ろしくないと言えば嘘になるね。きっと並ではない力を持った怪物だろうから》
そうは言いつつも、大して恐れてはなさそうな言い草だ。
マグルの孤児院出身のトムなら震え上がってもおかしくないのに。
でも、そうか。
トムはマグル生まれじゃないから。
「…?」
小魚の骨が一瞬喉に引っかかったような僅かな違和感にレオノールは首を傾げたが、すぐにそれも忘れてしまった。
《クリスマス・ディナーはどうだった?》
《美味しかったよ。孤児院の頃ってクリスマスプレゼントあった?》
《あるわけないさ。せいぜいみんなで普段より少し豪華な夕食を食べるくらいだったよ》
レオノールは親近感に思わず微笑んだ。
《私もだったよ》
トムと話しているうちにレオノールは寝落ちした。
初めて見るそこは殺風景な部屋だった。
レオノールは鉄製の簡易ベッドに腰掛けていた。
「やっと会えた」
横を見上げると隣にトムが座っていた。
艶やかな黒髪に、みすぼらしい部屋にそぐわない端正な顔。
レオノールは距離の近さに内心どぎまぎした。
「やっと、って?」
「ずっとこうして会いたいと思っていたんだ。思ったより時間が掛かってしまったよ」
「ここはどこ?」
「夢の中さ」
レオノールは部屋の中を見回す。
掃除は行き届いているけど、古くてみすぼらしい狭い部屋。
しんしんと降る雪の冷たさが壁越しでも伝わってきそうな部屋だ。
「これはトムの記憶?」
「そうとも言えるね」
「どうして私をここに?」
「僕のことをもう少し知ってもらおうと思ってね。そしたら君も、君のことを僕に教えてくれないか」
「もう色々話してるじゃない」
「それだけじゃ足りないんだ。本当に、君は難しいよ」
困ったようにクシャッと笑うトムは、とても綺麗な顔をしていた。
結論、マルフォイは犯人ではなかった。
ずり落ちる大きなズボンを手でたくし上げながらハリーは廊下を全力疾走する。
マルフォイじゃなかったら一体誰なんだ…
そんな悩みも三階の女子トイレに着いたら吹っ飛んだ。
「あれ、ね、猫の毛だったの! ミ、ミリセントは猫を飼ってるんだわ!」
泣きじゃくるハーマイオニーの顔は黒い毛で覆われ、目は黄色に変わり、長い髪の中から長い三角耳が飛び出していた。
「それに、このく、薬は動物変身に使っちゃいけないの!」
ハーマイオニーを煽り立てるマートルは今までで一番生き生きとした顔をしていた。
嫌がるハーマイオニーを医務室に連れて行くのは一苦労だったが、マダム・ポンフリーのうるさく詮索しない性格には助けられた。
普通のポリジュース薬は一時間で効果が切れるのに、ハーマイオニーの猫化が治るのには数週間はかかるらしい。
新学期が始まってからも、ハリーとロンはその日の課題を持って毎日ハーマイオニーの見舞いに訪れている。
「何か新しい手がかりはないの?」
「なんにも」
「絶対マルフォイだと思ったのになあ」
ロンの言う通りだ。その見当が外れてしまい、振り出し以前に戻っている状態だ。
ハーマイオニーの元にはハリー達以外からの見舞品も届いていた。レオノールが時々授業ノートを持ってくるらしい。ハリーとロンのノートでは物足りないんだとか。
ロンは文句を垂れたが、ハリーはそれも仕方ないと思った。ハーマイオニーの手助けがない今、自分たちの課題で既にだいぶ苦労している。
そういえば最近レオノールと会っていなかった。
移動中に見かけるレオノールは相変わらず呑気にしているけど、どこかいつもより楽しそうに見える気がする。
「私が思うに、好きな人でもできたんじゃないかしら」
「レオノールが?」
思わずハリーは聞き返してしまう。
「そんなわけ」
ありえない、とロンが笑う。
「男の子って子供なんだから」
ハーマイオニーは不機嫌そうに尻尾でぱしぱし枕を叩いた。
その枕の下から金色のお見舞いカードがのぞいているのをハリーは見つけてしまった。
ハーマイオニーは隠そうとするが、飛びついたロンが引っ張り出して声を出して読み上げる。
ミス・グレンジャーへ、早く良くなるようお祈りしています
貴女のことを心配しているギルデロイ・ロックハート教授より
ロンはそこで読むのを止めたが、文面を見ていないハリーにもその後になんたらの受賞歴がつらつらと書かれていることが容易に想像できた。
ハーマイオニーは急いでカードを引ったくり返す。
「あんなものを枕の下に入れて寝てるなんて、」
医務室の帰りにロンが呆れた声を出す。
ハリーにも信じがたかった。
ハーマイオニーほど優秀なら、ロックハートのやつがどんなに無能かいい加減わかってもいい頃だろうに。
レオノールもあんなふうに誰かに夢中なんだろうか。
ハリーはレオノールがマルフォイにもらったカードを枕の下に入れるところを頭に思い浮かべてみたが、すぐに頭を振って止めた。
それはない。
そんなレオノールは想像できない。
きっと何かいいことでもあったんだろう。
《そんなに義妹のことが恋しいのに、どうして会いに行かないんだい?》
トムの問いかけは唐突だった。
そんなにしょっちゅうアビーの話をしていただろうか。そうかもしれない。というよりトムからアビーの話題をふってくることもよくあった。
《それは無理だよ》
《どうしてだい?》
トムは畳み掛けてくる。
いくら相手がトムでも、この話は嫌いだ。
《アビーにはもう会えないから》
短く返事を書くとレオノールは日記を閉じた。
目を閉じてため息を吐く。
日記を枕元に置いて、小瓶の中身を飲んだ。
彼の血は恐怖だった。
夏休み明けの図書室。
彼がやってくる。
「良い夏休みだったか?」
「それほどよ」
幸いにも私の声は震えていなかった。
「また探し物かしら?」
「何故僕が何かを探してるって思うんだ」
「ただ聞いてみただけよ」
彼はにやっと笑った。
「確かに僕は今見つけたいものがある。けれど、今度こそは僕一人で見つけてみせるよ」
「そう。見つけられるといいわね」
彼が新たに探しているもの。それが何なのか私は知っている。
瞳に赤い光をちらつかせた彼は、端整な顔に野性と欲望を剥き出しにしている。
それでも私は彼に憧れているのだ。
「やあ」
爽やかな声がした。
レオノールは突然の場面転換に目を瞬く。
自分がどこにいるかわかると、否応なく気持ちが沈む。
見飽きた部屋だ。
細かいアラベスク模様が所々掠れた壁紙。向かいのレンガ壁しか見えない窓。古いクローゼットに本が詰まった棚。
「ここは孤児院じゃないね」
鉄格子のついた窓から振り返った美青年が言う。
「そうだね、トム」
寝心地の悪い簡易ベッドにトムは腰掛けた。
黒い髪と端正な顔立ち。
でもいつもとは別人に見える。
欲望が露わになった顔にレオノールは少し不安になる。
「トム?」
トムが座ると小さいベッドが更に小さく見えた。
「君は本当に手がかかる」
部屋を見回してトムが言う。
声音は優しいままなのに、急にトムが恐ろしく見える。
「こんなところで時間を潰している暇はないんだ。助けてくれないか? この部屋からなかなか出れなくて困ってるんだよ」
「…扉から出ればいいじゃない」
「君は出たことないんだろう?」
レオノールは黙った。
「あの棚の後ろには何があるんだい?」
トムは大きな本棚を見る。
「…何もないよ」
「どうかな?」
トムが手を上げる。
「やめて!」
レオノールは声を上げた。
トムが手で払うような仕草をすると重い本棚がすっと浮いて横にずれた。棚の裏から傷だらけになった壁が顕になる。
「これを隠したかったのかい?」
無数の傷が刻み込まれた壁をレオノールは直視できなかった。
「“私がやったんじゃない”。君は何をしなかったんだ?」
レオノールは答えなかった。
「君の記憶を読み解くのは本当に骨が折れるんだ。教えてくれないか?」
怖い。
目の前で優しく微笑む青年が。
「出てって! この部屋から出てって!」
トムがにやっと笑う。そしてぐにゃっと歪んだ部屋と共に闇に吸い込まれていった。