ハリー・ポッターと忌まわしき一族   作:深田ハス

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03: イノセンス

 

 

 

レオノールが吸魂鬼に襲われて意識を失ったらしい。

そのことはすぐにグリフィンドールまで伝わってきた。なにせ、同じように気絶したハリーは列車の中で意識を取り戻したけど、レオノールはその後の組分けにも出てこなかったから。でも、レオノールは組分けに出席していなくて良かったのかもしれない。組分けであの名前が呼ばれたときは、ハーマイオニーですら衝撃だった。

「ペベンシー、アビゲイル!」

明るい茶色の髪をポニーテールに結んだ女の子が元気よく前に進み出るのを見て、ハーマイオニーは動揺した。

()()()()()

何も珍しい苗字じゃない。でも駅のホームで女の子がなんと叫んでいたか思い出した。”ノーラ”がレオノールの愛称なのでは? とすぐに思い付いた。

「ハリー、ロン!」

短いダンブルドアの挨拶が終わって、皿に山盛りの料理が現れたところで、ハーマイオニーは小声で二人に呼びかけた。

「ん? なに?」

ハリーは一応返事をしたが、大量の料理を皿に盛る手は止まっていないし、既に肉にがっついているロンは聞こえてもなさそうだ。

「ちょっと! 大事な話よ!」

ハーマイオニーは二人に顔を近づけて、急いで囁いた。

「さっきグリフィンドールに組分けされていたアビゲイル・ペベンシーって子、レオノールの義理の妹だと思うの」

「えっ!?」

ロンが大きな声を上げるものだから、周りの何人かが振り返った。

「どの子?」

ハリーはきょろきょろとテーブルを見回している。

「茶色い髪の、駅のホームで私達にぶつかってきた子よ」

「…あ、あの”ノーラ!”って叫んでた子?」

ハリーも思い出したみたいだった。

「そうよ。ノーラってレオノールの愛称でもおかしくないでしょ? それにペベンシーっていう名字も一緒だし」

ハリーとロンも衝撃を受けた顔をしていた。

アビゲイル・ペベンシーは三人から離れた席に座っていて、横顔がちらりとしか見えなかった。

「でも、義理の妹ってマグルのはずじゃなかった?」

「そのはずよ」

もし本当にアビゲイル・ペベンシーがレオノールの義理の妹だとしたら、なんという運命の悪戯だろう! レオノールは魔女だからという理由で義理の両親に幽閉されていたのに、まさか彼らの実の娘も魔女だっただなんて。

「レオノールは妹が入学したこと知ってるのかな?」

「知らないんじゃないかしら。汽車で倒れたって聞いてからまだ見かけていないし、医務室にいるんだと思うわ」

汽車に乗る前に会ったレオノールは明らかにやつれていた。去年のことからまだしっかり立ち直れていないのかもしれない。

三人は、妹のことをレオノールに伝えるかどうか少し悩んだが、今はやめておこうということになった。レオノール本人はまだ医務室にいるようだし、そもそもアビーが本当に義理の妹かどうかも確証がない。…それに、レオノールにとっては、あまり嬉しい再会じゃないかもしれない。まずは様子を見よう、という話に落ち着いた。

後から後から皿に現れる料理を好きなだけお代わりして、宴は終わりになった。

まずは監督生が一年生を誘導し、それぞれの寮に帰る。

三人がグリフィンドールの談話室に入るなり、元気な声が響いた。

「うそでしょ!? ノーラがスリザリンだなんて!」

アビゲイル・ペベンシーだった。

「どうしたの?」

ハーマイオニー達が近寄ると、大きな声を出したアビゲイルの前でネビルがオロオロしていた。

アビゲイルはポニーテールにまとめた茶色い髪を揺らしながら、ハーマイオニーに向かって話し始めた。

「彼が、ノーラがスリザリン生だって言ったの!」

やっぱり、アビゲイル・ペベンシーがレオノールの妹なんだ…!

「…それが、どうかしたの?」

ハーマイオニーは彼女の元気さに少し驚きながら、質問を投げかけた。

「ノーラは私に、グリフィンドールかレイブンクローかハッフルパフに入るといいって言ってたの。だから、もしかしたら同じ寮になるかもって思ってたのに、なのにノーラがスリザリン生だなんて! あんまりだわ!」

「もう会ったの?」

ハーマイオニーは驚いた。てっきりまだ二人は顔を合わせていないのだと思っていた。

「もちろん! 列車の中でね。私、頑張って探したんだから! 会うのは久しぶりだったけど、すぐにノーラだってわかったわ!」

「ノーラって誰だ?」

そのとき、後ろからシェーマス・フィネガンの声がした。もう、本当に男の子って空気読めないんだから!

「私のお姉ちゃん。レオノール・ペベンシーよ」

「うぇっ、レオノールに妹が–––––?」

シェーマスが言い切る前に、ハリーが慌ててシェーマスの足を踏んづけた。

「あなたがレオノールの妹なのね」

アビゲイルは一瞬きょとんとしてハーマイオニーを見上げてから、ぱぁっと無邪気に笑った。

「うん、そうよ。アビゲイル・ペベンシー。でも、みんなアビーって呼ぶの。ノーラもアビーって呼んでたわ」

「アビー、ね」

ハーマイオニーは少しだけためらってから繰り返した。その名前を呼ぶことに少しだけ気が引けていた。

「うん、それでいいよ!」

アビーはまたにこっと笑った。

「ごめんね、自己紹介がまだだったわね。私はハーマイオニー・グレンジャー、三年生よ。こっちのハリーとロンも同じ学年なの」

「へえ、三年生! ってことはノーラと同級生? ノーラは私の二個上なんだよ。私、初めてのことばっかりで、本当はこの学校に来るのちょっとだけ心配だったの。でも、ノーラがいるから大丈夫って思ってのに……」

「レオノールのこと、ノーラって呼んでるのね」

ハーマイオニーはしゃがんでアビーに目線を合わせた。

「うん。小さいころからずっとなの」

アビーが無邪気な笑顔でレオノールについて話すのを聞いて、ハーマイオニーの胸に重いものが沈んだ。

今までハーマイオニーがレオノールから義理の妹の話を聞いたのはたった一度だけだ。義理の両親について話すことはほとんどないし、その頃の話をするときのレオノールの顔からはいつも能面のように表情が抜け落ちていた。

「私、ノーラに会いに行ってくる!」

アビーはそう言って、談話室の出口に向かって駆け出そうとした。

「待ってアビー」

ハーマイオニーが素早く手を伸ばして、アビーの腕をそっと掴んだ。

「なあに? すぐ戻ってくるって!」

「アビー」

ハーマイオニーはそっとアビー引き戻した。

「ホグワーツでは夜は出歩いちゃいけないことになっているのよ。それに、スリザリン寮の場所もわからないでしょ? それに……それに、彼女、今はあまり人と話したくないかもしれないの。最近色々あったから、」

「どうして? 私、ノーラの妹だよ? それなのにこの数年間一言も話せてないんだよ? 今日やっと会えたのに!」

アビーは不満げに唇を尖らせた。

ハーマイオニーは一瞬言葉に詰まった。ハリーとロンも気まずげに視線を交わす。

「…それは辛かったと思うわ。でもね、レオノールも、色々あったの。あなたが悪いんじゃないんだけど、今のレオノールにとって、あなたと会うのは少し…辛いかもしれないのよ」

「そんな、だってこんなに会えるのを楽しみにしてたのに……」

アビーは悲しそうに眉を落として俯いた。

「とにかく、今日はもう寮で休みなよ」

横からハリーが声をかける。

「それがいいわ。今日一日新しいことばかりで疲れているだろうし、明日からは授業が始まるのよ」

「覚えることがたくさんだぜ。まずは教室までの道を覚えなきゃいけない」

ロンがおどけてみせる。

「僕達なんか最初は行き方がわからなくて毎回遅刻ぎりぎりだったよ」

「あなた達は、ね。私は授業の五分前にはちゃんと教室に着いていました」

近くにいた新入生達も明日から始まる魔法の授業の話に興味津々だった。

アビーは、さっきより明らかに落ち着いていた。

「…寮が違っても、どこかでノーラに会えるかしら?」

「もちろん。私達も、寮が違う人とも仲良くしてるわよ」

「そっか」

俯いて考え込んでいたアビーは頷いた。そしてハーマイオニーの顔を見上げてぱっと笑った。

「教えてくれてありがとう!」

「どういたしまして」

アビーは他の新入生達と女子寮に上がっていった。

「……悪い子じゃないんだね」

その後ろ姿を見ながらハリーが呟いた。

「ええ。むしろ、すごくいい子なのかも」

ハーマイオニーも静かにうなずいた。

でも、だからこそ、レオノールとの再会が心配だった。

 

 

 

 

 

 

組分けの間ドラコは、列車の中で倒れたレオノールのことが心配で気が気じゃなかった。

列車が急に停止してしばらくして、ドラコ達がいたコンパートメントに吸魂鬼が現れた。吸魂鬼は銀色に光るなにかに追われてすぐに退散していったが、振り返るとレオノールが床に倒れいていた。その後コンパートメントを通りかかったルーピン先生が応急処置をして、列車がホグワーツに着くと先生がレオノールを抱き抱えて医務室へ連れていった。

レオノールが談話室に戻ってきたのは、組分けが終わった夜遅くのことだった。

部屋に残っていた生徒達は、入ってきたレオノールを一斉に振り返る。

「レオノール! もう大丈夫なのか?」

心配で気を揉んでいたドラコは、ふらふらと女子寮に向かっていこうとするレオノールを呼び止めた。

「ん、」

呼びかけにぼんやりと振り返ったレオノールは、まだひどい顔色をしていた。

周囲がレオノールとのやり取りに意識を向けていることをドラコは肌で感じた。夜ももう遅いのに、珍しく談話室にはいつもより多くの生徒達が残っていた。

「もういいのか?」

ドラコは腕を掴んでレオノールを正面から見た。

「んー…チョコレートをもらったよ」

ちぐはぐな返事が返ってきた。

「…アビーはどこの寮になった?」

目線を合わせないままのレオノールが言う。

「…グリフィンドールだ」

「…そっか」

それが嬉しいのか、嬉しくないのか、ドラコには読み取れなかった。

しばらくレオノールは黙ったままだった。

「…今日はもう寝るよ」

「あ、ああ。おやすみ」

手をひらひら振ってレオノールは女子寮に入っていった。

その様子を見て談話室ではまたひそひそ声がした。

今年に入ってから、いや、去年レオノールが秘密の部屋から戻ってきてから、レオノールに対するスリザリン生の空気は不自然に変わった。スリザリン生の間である憶測が流れていることを、ドラコも知っている。

 

”レオノールは、例のあの人の娘じゃないのか?”

 

どこからこんな話が出たのか。

まずはレオノールの出生の不確かさだ。レオノールが謎に包まれたヴィヴィエールの一族の末裔であることは既にスリザリンでは周知の事実だが、父親についてはまったく分かっていない。

そして、去年の秘密の部屋の事件で、レオノールはマグル生まれでないにも関わらず事件に巻き込まれた。ダンブルドアはレオノールも他の被害者と同じく石にされていたと説明したが、他の被害者は校内で石にされていたところを発見されているのに、レオノールだけは秘密の部屋に連れ去られ長いこと失踪していた。

本当に連れ去られたのか? 母親が魔法族なのに?

ヴィヴィエール家の女と結婚する人は、純血の中でも魔力の強い人だという噂もある。レオノールの父親も魔力が強い人に違いない。

強い魔法使いといえば、例のあの人。

もしや、例のあの人がレオノールの父親なのでは?

だとしたら、秘密の部屋の事件でレオノールだけ失踪していたことも説明が付く。レオノールが秘密の部屋の継承者だったのだ。

憶測はあっという間に寮内に広まり、今までレオノールを除け者扱いしていた皆がレオノールの顔色を伺い始めていた。

翌朝、朝食の席でパンジーが「体調は大丈夫?」とレオノールに声をかけた。パンジーがレオノールを気遣うなんて、初めてのことだった。

ミリセントも「今日の薬草学、組まない?」と声を掛けている。ミリセントが授業でレオノールとペアになったことはない。

ドラコは、なんとも言えない気持ちで周囲の態度の変わりようを見ていた。

ドラコには、レオノールの父親が例のあの人だなんて、信じがたかった。

当の本人は、そんな周囲の変化には一切気づいていないようだ。

レオノールはもともと人の気持ちに鈍感だけれど、ここのところは特に気もそぞろな様子だ。

原因は自明だ。

アビー・ペベンシーだ。

ドラコも列車で会った、あの義理の妹。

グリフィンドールに組み分けされて以来、ドラコは度々アビーがスリザリン生の中にレオノールを探しているところを見かけていた。レオノールは授業の間の移動のときなど徹底してアビー含めグリフィンドール生を避けているので、気づいていないかもしれない。

ドラコはアビーについてはほとんど何も知らない。レオノールからは、義理の両親から幽閉されていたことしか聞いたことがなかった。てっきり義理の妹とも仲が悪いのかと思っていたが、列車で話しているところを見た感じ二人の仲そのものが悪いようには見えなかったし、アビーの方はレオノールと話したそうだ。それに、ドラコの記憶が正しければ去年はレオノールもアビーを恋しがっていたはずだ。

昼食に向かっていたドラコは、大広間の中からアビー・ペベンシーの声が聞こえ、扉の陰で足を止めた。

「どうして私にスリザリンは向いていないの!?」

アビーの言葉に、昼食を摂っていたグリフィンドール生達がざわめくのが聞こえる。

「急にどうしたの?」

この声はグレンジャーだ。さっきまで後ろを歩いていたはずなのに、いつの間に大広間に入ったのだろう。

「スリザリン寮に移してって先生に言いに行ったの! でもダメだって。移動なんてできないんだって!」

アビーは微かに涙声だった。

「スリザリンに移りたいだって!?」

これはシェーマス・フィネガンの声だ。

「スリザリンに行きたいなんて言う奴はいないぞ。マルフォイみたいな奴がほとんどなんだぜ」

ドラコは深く息を吸って、扉の影から飛び出して行きたくなる気持ちを抑えた。

フィネガンはグレンジャーか誰かに怒られていた。

「アビー、残念だけど、そうなの。組分け帽子の判断は変えれないのよ。たとえ本人がどれだけ不満でもね」

「それに、もし寮を移動できたとしても私はスリザリンには向いていないかもしれないって言われたの! でもノーラだってスリザリンにいるのよ! だったら私だってそこにいていいはずよ!」

ドラコが扉の端から覗くと、グレンジャーが宥めるようにアビーの肩を撫でていた。

「スリザリンは……少し特殊なの。……野心家が多くて、団結力も強くて、魔法に強い誇りを持っているわ。でもちょっと閉鎖的なところがあるの。特に、マグル生まれに対しては、まだ偏見を持っている人が多く残っているの。そのせいでマグル生まれの人がスリザリンになることはあまりないし、いたとしても、たぶん寮の中で肩身の狭い思いをしていると思うわ」

「私はそんなの気にしない! 偏見がある人なんて、無視すればいいんでしょ? ノーラが平気なんだから私だって平気よ!」

ドラコは、頭を抱えているグレンジャーを見ながら、珍しく彼女に同情した。

アビー・ペベンシーは何も知らない。レオノールがアビーの両親に幽閉されていたことも、それに、たぶん、レオノールの母親が魔女なことも。

ドラコは、咄嗟に自分がスリザリン生であることを隠したレオノールの気持ちがよくわかった気がした。

昼食を終え談話室に戻ったドラコは、図書室から戻ってきたレオノールに声をかける。

が、レオノールは「あとで」とか言って、目も合わせずに女子寮に入っていってしまった。

大広間でのことを教えようかと思っていたのに。

義理の妹のことで参っているのはわかるけど、ちょっとそっけないんじゃないか。

いや、家族の問題だし、レオノールも大変なんだろう。

今年のレオノールはまるで落ち着きがない。談話室にいたと思ったら、図書室から本を抱えて戻ってきたり、読み始めたかと思えばまたどこかへ駆け出していったり。

レオノールもきっと大変なんだ。

ドラコは少し寂しく思いながら、自分も男子寮に向かった。

 

 

 

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