ハリー・ポッターと忌まわしき一族   作:深田ハス

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04: 蛇達のいるところ

 

暗闇に浮かび上がるホグワーツ城はまさに暗闇に浮かんでいるようだった。ボートのへりのランタンが湖に反射して更にその幻想さを引き立てている。

レオノールは無数の星が浮かぶ夜空を見上げていた。

「どうしたの?」

同じボートに乗ったハリーが聞く。

「空ってこんなに広かったんだなって。まだ慣れないから」

「その閉じ込められてたっていう部屋に窓とかはなかったの?」

「あった。レンガの壁しか見えなかった」

ハリーは複雑な気持ちで一緒に空を見上げた。

二人の頭上には満点の星空が広がっていた。

湖を渡り、大きな樫の扉を通って、上級生や先生達が集まっている大広間に入った。

人には一応慣れたつもりだが、何千もの瞳が注がれると押し潰されそうで不安になる。

レオノールは深く息を吸って少し俯き、前だけを見た。こうすると背が低くて髪の長いレオノールは髪の毛と前の人の背中しか見ないで済む。

 

ぼろぼろの帽子はどんどん生徒を寮に振り分けていき、ハーマイオニーとネビルはグリフィンドール、ドラコはスリザリンに組み分けられていった。

たった今双子のパチルがそれぞれグリフィンドールとレイブンクローに組み分けされた。

「ペベンシー、レオノール」

双子でも違う寮になったりするんだな、二卵性と一卵性で違うのかな、とか考えていたせいで余計に飛び上がりそうになった。

中央の椅子に向かって歩く。一斉に大勢の視線が注がれるのを感じた。

他の新入生よりもひとまわり小さく膝下までの黒い髪に病人みたいに青白い肌のレオノールは一際目を引いたのだが、本人がそれに気づく由はなかった。

マグゴナガル先生に促されて椅子に座り、古ぼけた帽子が頭に被せられた。

「おや、まただね」

「!?」

直接頭の中に声が響いてびっくりしたが、よく考えればここは魔法の世界だ。帽子が喋っても、そいつが被っている人の頭の中に直接話しかけてきてもこの世界では()()()なことだ。

目を開けてみたが見えたのは帽子の内側だけ。真っ暗だった。

「今度は一段と難しい…しかし、ああ、その二つか。変わった組み合わせだ。さて、あとは君がどちらを選ぶか、だ」

「選ぶ?」

「君は赤と緑、どちらがいい?」

「赤と緑? 」

「そうだ」

「…なら、緑」

その方が自分の目の色に合うはずだ。

「よろしい、それが君の選択だ。スリザリン!」

ラジオのボリュームを上げたみたいに急に雑音が耳に入ってくる。さっきまでは帽子の声しか聞こえなかったのに今はやる気のない拍手が聞こえる。

レオノールは帽子を返して、緑のネクタイを締めている人達のいるテーブルについた。

組分け帽子を置いてテーブルに座るまであのドラコがずっとレオノールのことを見ていたのだが、レオノールはそんなことには少しも気づかなかった。

ハリーが呼ばれると今度は大広間全体が一気に静かになって、グリフィンドールに組み分けされた途端に爆発するような歓声が起こった。

ハリーは嬉しそうに赤いネクタイのテーブルに加わった。

最後から二人目のロンもグリフィンドールになって同じ赤毛の人達に迎えられていた。

 

ダンブルドアの短い話が終わると空っぽだった皿に山盛りのご馳走が並んだ。

ご馳走を頬張りながら、新しい仲間との話に花が咲く、というわけにはいかない。少し話を聞いていると、スリザリンは親同士の付き合いが深いらしくその分大体の生徒は入学前から知り合いのようだった。ざわめきの中、レオノールは一人で黙々と目の前の見たこともない食べ物に舌鼓を打つことに没頭した。少し離れたところに座っていたドラコがコンパートメントであったことを掻い摘んで話し、周りにいる女の子にレオノールに話しかけるようにけしかけていたのだが、レオノール本人はそんな彼らの会話には全く気づいていなかった。

 

「ねぇってば」

小突かれて初めて隣の女の子に話しかけられていることに気づき、レオノールはびっくりして口の中のアップルパイを飲み込んだ。

「あなた、見かけたことない顔だけど、ご両親はどこにお勤め?」

”ご両親はどこにお勤め?”名前よりそっちが先?

急に話しかけられたことに驚いていて、よく考えもせずに勝手に口が動いてしまった。

「いない」

「いない?親がいないの?ならあなた今までどうしてたの?」

「孤児院と、それから–––––」

「孤児院? じゃあ()()()()あんた穢れた血なのね?」

”穢れた血”ってなんだろう。それにおかしな言い方だなとレオノールは心の中で首を傾げた。”穢れた血”の意味はわからないが何かしらの悪態であることは容易に想像が付いた。なら、”やっぱり”とはどういうことだろうと思っていると今話しかけてきた女の子の少し奥から見たことのある金髪がちらりと見えた。

なるほど。どうやら来る時の列車のコンパートメントで相手にしてはいけない人間を相手にしてしまったらしい。やっちゃったなと思ったが、今更どうにもならないので、とりあえず目の前のアプリコットのジャム入りのヨーグルトをたんまりと器に盛った。

それからテーブルの食べ物が全て無くなりダンブルドアが立ち上がるまでレオノールは再び黙々と食べ続けた。

 

なんだかんだ孤児院にいた頃の雰囲気に似ている、と校歌合唱を聞きながら思う。レオノールが最初いた孤児院の子供達は殆どが排他的な上に攻撃的で、口喧嘩なんて赤子の遊びのようなもの、ありとあらゆるいじめが頻発していた。

グリフィンドール生の葬送行進曲調の校歌が終わると、各寮の監督生たちが新入生を呼び集めだした。これから寮に向かうらしい。

列に並びながらレオノールは今度はダンブルドアの言った注意について考えていた。

「とても痛い死に方をしたくなかったら」などと言ったら絶対に何人かの物好きな生徒は四階の様子を見に行くに決まっている。だったらいっそのこと何も言わずに人避けの呪文みたいなものでも掛けておけばいいのに。

レオノールには言葉とは裏腹にダンブルドアが生徒の誰かに四階の秘密を暴いてほしいと考えているように思えた。

そんなことを考えていたら前方の人達が止まったのに気づかず前の人の背中に追突してしまい、レオノールは飛び上がった。

「っ、ごめんなさ……い?」

ふと顔を上げると見たことのある金髪だった。

「…金髪の蛇(ブロンド・スネーク)さん」

「蛇じゃない。ドラコだ!」

良い反射速度だ。でもドラコはラテン語で蛇って意味なんだけどな。

「孤児院にいたんだって?」

ほらきた。

レオノールは黙って頷いた。

「じゃあ汽車で言ってたのはなんだったんだい?孤児院で閉じ込められてたのか?」

金髪の蛇(ブロンド・スネーク)は小馬鹿にしたように聞いてくる。

レオノールは言い返そうと口を開いたところで考え直した。

この場で、孤児院から自分を引き取った家族に幽閉されていたことを説明をするのはすごく惨めな気がした。ハリーやロンならまだしも、この人にそんな身の上話をする必要があるだろうか。

特に言い返すこともなく「どうだろうね」と言ったきり黙ってしまったレオノールをドラコは拍子抜けしたようにしばらく眺めていた。

 

監督生は階段を降りてどんどん地下へ向かっていく。

塔のてっぺんに寮があるのも嫌だけど、地下にあっても階段が面倒だなぁと思った。体力のないレオノールに何段も続く階段はキツかった。しかも火事になったら一酸化炭素中毒になっちゃうじゃないか。いや一酸化炭素は二酸化炭素より軽いから低い所にいる分には安全なのか。でも窓がなかったら換気できないし。

会話が途切れなんちゃらという金髪の男の子はなぜかこっちをちらちら見ていたが、体力がなく周囲の歩く速さについていくのがやっとのレオノールはそんなことを気にしている場合じゃなかった。最後尾を歩いていたレオノールは少しずつ列から遅れていく。

そうこうしているうちに古い石壁がぱっと消え、ぞろぞろと談話室に人が入っていく。レオノールも続いて談話室に入ったがすぐにしゃがみ込んでしまった。ゼエハアと息を吐く。下り階段だったぶんなんとか列に付いてこれたが、それでも体力が限界だった。談話室の端っこで息を整えている間上級生が変な物を見る目つきでレオノールの横を素通りしていった。

しばらくしてようやく息が整ったレオノールは顔を上げて談話室の中を見回した。

緑の明かりに照らされた地下牢。ランプシェードもカーテンも絨毯も全て深緑。窓の外は水中だ。

空が見えると嬉しかったが、湖の中が見えるのも悪くない。数センチ先のレンガの壁しか見えない窓よりはマシだ。

分厚い絨毯は暖かそうだし、暖炉もある。

何より好きなときに出られるのだ。

他の一年生はすでに寮に入っていた。レオノールも一人で女子寮に入る。部屋には五つベッドがあり、それぞれの荷物がふかふかのベッドの隣に積み上がっている。

窓際のベッド。それがレオノールの場所だ。心なしか他のベッドから孤立している気がする。

同じ部屋の女子は誰も話しかけてこなかった。パンジーが周りに言ったのだろう。後ろでひそひそ声が聞こえる。

「”怪物(フリーク)”の次は”穢れた血”、か」

レオノールはふふっと鼻で笑った。

一難去ってまた一難。

まあ、慣れたもんだ。

ベッドに入るとどっと疲れが出てきた。思っていた以上に疲れていたようだ。瞼が落ちると同時に意識も飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

組分け帽子に組分けされる夢。

夢だとわかったのは帽子が

「緑か黄色か?」

と聞いたから。

私は

「黄色か青か?」

と聞かれたから。

これは祖母の記憶。

初めて見た祖母の記憶。

やっとだ。

嬉しくてたまらないのと同時にほっと安心する。

これでやっと一人前になれる。

これでやっと自分の場所にいられる。

黒髪のあの端整な男の子の顔がふと浮かんだ。

 

 

私は談話室でゆっくり目を開けた。空の小瓶を手で弄ぶ。

物心がつく前から、私の母には自我がなかった。

母は()()()()()()に支配されていた。いや、自ら支配させていた。

そんな母の数少ない彼女自身の記憶。

記憶の中の青年があの男だと知ったのはそれから間も無くのことだった。

 

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